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時間が止まればいいのに

「あの、カフェラテ頼んだんですけど」

「す、すみません。すぐ交換します」

 恵美はあわてて間違えたミルクティーを持って、厨房にメニューを言いに行く。

「めずらしいじゃん。間違えるの」

 カウンターの中でオーダーを受ける、一つ下のバイト仲間が恵美に話しかける。

「恋の悩み?はい。カフェラテ」

 おもしろそうにその専門学生の女の子は笑う。

「ありがと」

 カップを受け取り、すぐに再び客のもとへ行って恵美は謝った。

 以前は一度仕事をしてしまえば忘れることができたのに、今は直樹の顔が頭から離れない。

 あの多摩川沿いでの出来事が、あの一言が今も恵美の胸を熱くする。

 

 自分ではないとわかっていても。 

 

 バイトの帰り、恵美は遠回りをして多摩川沿いを一人で歩いた。

 直樹と歩いたあの道を、一人で歩く。あの時はなかったマンションが建っているのが見えた。でも、真っ赤な夕日は昨日の夢と変わらない。四年前と変わらない。

 直樹がいないと、こんなに風が冷たかったのだろうか。夕日を見ながら恵美はそう思った。

 眼下にはきれいな夕日があるのに、恵美の脳裏に焼きついて離れない直樹の顔があった。

 目を閉じなくても、現れる。いつも、涙が出そうになる。この記憶だけは、すでに消したくても消えない。

 どうして時間は過ぎて行くのだろう。このまま止まってしまえばいいのに。 

 あの夢を見続けたまま、止まればいい。何度そう思ったことだろう。

 だけど、時間は動き続ける。明けない夜はないように。止まない雨はないように。

 覚めない夢はない。

 使い古された言葉が、今になって身に染みる。 

 

 夢の終わりは迫ってきていた。


 あの夢で、たった二人だけの世界を感じた同じ場所に一人で座る。

 夕日がだんだんと沈んでいくのを見ながら、恵美は膝を抱えて泣いた。 




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