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一度言ってみたかった

 その日の帰り、直樹が家まで送ってくれた。二人で遠回りして多摩川沿いを歩く。

 夕日が遠くの山の方から差していて山は美しく青に輝いていた。真っ赤な光が私たちを染めていた。あのハウステンボスを思い出した。

「ねえ。ほら夕日。キレイだね」

「君のほうがキレイだよ」

 驚いて直樹を見たら、一人で満足気に笑っていた。

「一度言ってみたかった」

 最近海外ドラマを見て、ちょっと言ってみたくなったんだ。と直樹は子供みたいに笑って言った。

「一度しか言わないわけ?」

「ああ。うん。ううん。そんなことはないと思う」

 私が挑発的に言ったら、直樹はあわてて言った。

 ちょっと困った顔をして、でもまたすぐ子供みたいに笑った。

「そのうちね」

 直樹はそう言って、さっきまで私が見惚れていた夕日を見た。   

 私はそんな直樹に見惚れる。


「愛してるよ」

 言葉がこぼれていた。

 私の言葉を聞いて、夕日に見入っていた直樹がすぐ振り向いた。

「え?」

「愛してるよって言ったの」

 直樹と目と目が合って、またそう言ったら夕日色に染まった直樹の顔がもっと夕日色に染まった。

「え。何、どうした」

 直樹の戸惑いと、喜びが混ざり合った顔を見て、私は満面の笑みで言った。

「一度言ってみたかったの」

「あ、そう」

 つないでいた手を引いて、川の土手の芝生に直樹を座らせた。私の意思に気づいて、直樹はされるがままでいてくれる。

 正面に夕日を、土手の坂の下には多摩川を見て、直樹の隣に座り、私は直樹の肩に頭を置く。そのまま直樹の腕に、腕をからめた。

「寒くない?」

 直樹の声が私の頭の上から聞こえた。私は少しだけ頭を縦に振った。 

「愛してるよ」

 直樹に聞こえないぐらい小さい声で、また呟いた。

 私の頭の上にある直樹の顔は見えないから、聞こえたのかどうかわからないけど。

 空には雲ひとつなくて、夕日は周りのすべてを赤く染めている。

 多摩川の向こう岸で子供が遊んでいた。夕日にも、自分たちが赤く染まっていることにも気づきもしないで、楽しそうに笑っている。涙が出そうだった。


「…愛してるよ」


 頭上から聞こえた。愛しい声が。

 私は直樹の肩から頭を起こして、声の主を見た。

 声の主は、赤く染まった顔を私から避けるように、斜め後ろを向いていた。

 その姿が、涙で霞んだ。強い力で直樹にしがみつく。

 その瞬間、世界でたった二人だけしかこの世に存在していないような気がした。視界は何も見えない。自分と、隣に体温を感じるこの人と、たった二人だけの世界。 

「一度言ってみたかった…」

 声の主が、低い声でボソッと呟いた。

 私は腕に顔を押し付けながら、涙を両手で急いで拭いた。

 世界が再び戻ってきた。涙声がばれないように、意地悪く言う。

「一度しか言わないわけ?」

 声の主は、ちょっと考えて言った。

「そのうちね」













   


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