バレンタインデー
毎年バレンタインデーは、中学に入るまでいつも亜美と一緒にお父さんにあげるチョコを作っていた。
そんなことを、最近とても思い出す。
あの懐かしい子供の頃。欲も何もなく姉を愛していた頃。
「亜美」
直樹がいつのまにか教室の隣の席に座っていた。
「帰ろうぜ」
気づいたら、授業が終わってみんな帰ろうとしているところだった。後ろの席のイノッチもすでにいない。
「今日どっかよってく?」
廊下を歩きながら、直樹は肩をすくめ照れながら私を見る。
「バレンタインデーだし」
かわいすぎる。思わず私も照れながら直樹にくっつく。
そういえば、夢の中で私はチョコを作ったり買った覚えがないんだけど?
やばいやばい。
昇降口に出て、あわてて直樹が上履きを脱いでいる隙に自分のバックの中を見る。
バックの中には、ピンクの包装紙と赤いリボンでキレイにラッピングされた箱が入っていた。
急に、高校二年生のバレンタインデーを思い出す。亜美が、台所でチョコを作っていた情景。あの時のチョコだ。
「わっ」
直樹の声に思わず視線を向ける。
直樹が靴箱を開けたとたん、少女漫画のヒーローがもらうくらいチョコが溢れ出ていた。
思わずおかしくて笑えた。
「おまえ、笑ってないで手伝えよ。どーしよこれ」
そんなチョコでいっぱいの靴箱、初めて見た。嫉妬よりも先に、おかしくて仕方ない。
「すっごいね。モテモテですこと」
「ってか普通ゲタ箱いれるか?くさいっつの」
直樹が靴だけなんとかとってそのまま帰ろうとする。
「もって帰らないの?」
「もってかえんねー」
「ダメだよ。もって帰らなきゃ」
「えー?」
めんどくさそうに直樹が私を見る。
「いいから、バックに入れて。このままだったらかわいそうでしょ?」
私が直樹のバックをひったくって、大量のチョコを入れる。
「ってかパンパンじゃん」
仕方なさそうに直樹も拾うのを手伝う。拾いながら、私は大量のチョコの入ったバックを見る。
このチョコをあげた子の気持ちがわかる。せつないくらいに。
かわいそうなチョコ。
「かわいそう…」
床に落ちたチョコを拾いながら思わず口からこぼれた。
「え?」
直樹が私の言葉に気がついたのか私を見る。
「あ、なんでもない」
急いでチョコを直樹のバックにつめる。直樹が私を見ているのがわかる。
「それで?本命チョコはあるの?」
直樹がチョコを拾ってる私を笑顔で見る。
この人は亜美を選んだの。このチョコの送り主じゃなく。
私じゃなく。
「モテモテな人のぶんは自分で食べよーっと」
いじわるく直樹にパンパンのバックを押し付けて、歩き出す。
「あるの?」
直樹が笑顔で私についてくる。
その表情を見ながら、私はちょっと悔しがりながら直樹に亜美のチョコを渡す。
「おおっ」
直樹が待ちきれないらしく、歩きながら亜美が丁寧に包んだ包装を解く。
ふたを開けると、手作りのトリュフチョコが八つ収まっていた。
あの時、亜美が作ったチョコ。
直樹が一つヒョイっと口に入れる。
「おいしい」
それを見て私も一つ口に入れる。
「あっ。俺ンだぞ」
まるで子供みたいに、直樹が横からチャチャを入れる。
亜美の味だった。
甘くて、ほろ苦くて、ちょっと粉っぽい。おいしい、チョコ。
亜美の味だ。亜美が作ったチョコだ。
涙がこぼれた。我慢できなかった。
「亜美?」
直樹が私の涙を見て驚く。
「どうしたの?」
嗚咽がでないように口を両手で押さえる。チョコはだんだん口の中で溶けて消えてしまう。涙が止まらない。
「亜美?」
直樹が心配そうに私をのぞく。
呼吸を整える。深呼吸。直樹のほうを見る。
亜美の死からまだ立ち直れない、自分。
この人は亜美が死んだらどうなる?
どうしたらこの人が悲しまない?
その答えはわかっているのに。
不安で不安でたまらない。直樹の腕にしがみつく。
「おい。落ちるって」
強くしがみついたせいで、亜美のチョコを落としそうになって直樹が慌てる。
私はどうしたいんだろう。
直樹と離れたくない。誰にも渡したくない。それは真実。
「今日どうする?」
私の気持ちに気づきもしないで、直樹は微笑む。その笑顔に、ひどく心が痛む。一体いつから、直樹の笑顔を見るたびに、会うたびにこんなに苦しくなった?
胸が痛くて、苦しくて、罪悪感にさらされて。
だけど会えないともっと苦しい。




