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誕生日プレゼント

「どうして教えてくれなかったの?」

 私は山内の前で仁王立ちした。

「え?何が?」

「誕生日。十一月だったんでしょ?」

「あー。だってほら。なぁ」

 山内が照れながら笑った。

「何が欲しい?」

「なんかくれんの?」

 山内が目を輝かせた。

「買える範囲ならね」

 私は持っていたトレーをテーブルの上に置いて、山内の向かい側に座った。

 学校の帰り、寒さに耐えられずカフェに飛び込んだのだ。

「そうだな」

 山内は私が持ってきたトレーの上にあるカフェオレを取って飲んだ。そんな山内を見つめる。

 山内は真剣に考えてるみたいで、腕を組みながら渋い顔をして床を見つめた。そして時々、あっとか、あぁとか言うけど、結局またカフェオレをゆっくり飲んだ。

 私はそんな山内の見学には全然飽きないので、やっぱり山内を見つめていた。そんな私の視線に気づいたのか、山内は降参したようにため息をついた。

「やっぱいいや」

「なんでぇ?」

「だってもう3ヶ月も過ぎてるし。今欲しいもの思いつかん」

「なんかあるでしょ?ほら財布とか、ゲームとか、…チャリンコとか!」

 友達の受け売りだ。

「チャリンコォ?なんで?」

「いやなんとなく」

「…別にないよ。チャリンコもってるし。じゃあさ、次の誕生日に奮発してよ」

 母親にねだる子供みたいに、山内は言った。でも、そのお願いは受け入れられるものじゃなかったけど。

「だめ。だめ。…今年は今年」

 私は首を振りながら言った。山内はなんで?と不満と困惑の表情をした。

「いいから」

 そう詰め寄った瞬間、思った。プレゼントを残していいのだろうかと。

 亜美は今年の誕生日にいなくなる。山内にあげるプレゼントは、山内をしばることにならないだろうか。死んだ恋人にもらったプレゼントとして、見るたびに思い出させてしまうだろう。

 亜美を、忘れられなくなってしまうのではないだろうか。


 …でも。


 でも、亜美は忘れられなくさせたいのだろうか?山内に一生覚えていて欲しいのだろうか。

 堂々巡りだ。亜美の考えはわからない。私には聞くことはできない。この夢を見せる意味すらわからないのに。

 いや、この夢を見せているのが亜美なのかすらわからないじゃないか。

「亜美?」

 山内の声に、顔を上げた。最近しょっちゅう誰かに名前を呼びかけられて我にかえる気がする。考え癖がついてしまっているのかも。

「どしたの?」

 山内が不思議そうに首をかしげる。


…亜美だったら?


「やっぱ思いつかないんだけど」

 もし、亜美だったらどうする? 

 いなくなることがわかっているのに恋人にものを贈るだろうか?覚えていて欲しい。一生忘れないで欲しいとは思う。それは、きっと誰だってそう思う。でも、苦しんで欲しくはないと言うだろう。

 もちろんこの時は本当の亜美は自分がいなくなることなんて知らない。でも、今亜美の中にいる私は知っている。この人の前からいなくなることを。 

 亜美だったらきっと、山内を少しでも苦しめることなんかしない。

 優しい子だった。自分より、他人を思いやる子だった。何度も何度も、私のことを自分より思ってくれた。

「…じゃあ、いい」  

 その時初めて、私はこの夢で、亜美として行動した。

 今までこの夢では完全に「恵美」として考え、行動してきた。でもこの時初めて、私は「亜美」だということを本当に認識した。

「わかった。今年の誕生日は、奮発してあげるね」

 叶えられない約束だった。

 叶えてあげたい、約束だった。

「よろしく」

 山内がうれしそうに微笑む。今から何をねだるか考えるかのように、どこか上の空でカフェオレを飲む。それを眺める。一生眺めていたいと思う。

 突然、山内が何か思いついたようにぱっと顔を上げた。

「あ!やっぱ欲しいものってか、お願いが一つだけある」

「…なに?」

 山内は少し恥ずかしそうに、俯いて、私を見て言った。

「名前で呼んでくれない?」

「え?」

「山内じゃなくてさ。名前で」

 上目遣いで、いたずらっ子のような顔をした山内。


「直樹」


 私がひるむと思っていたのか、山内はびっくりした顔をして、顔を真っ赤にした。

「直樹。直樹。なーおき」

「…うん。それでいい」

 恥ずかしそうに、カフェオレを飲む「亜美」の直樹を見つめる。これは夢なんだ。そう心に刻む。リアル過ぎる感覚に、それは長く見失っていたことだった。 

 夢の中で亜美として過ごす自分。意思を持って、恵美のまま存在する自分。

 ふと、私の心に一つの思いが湧き上がった。それは希望のようでもあり、しかしどうにも苦しい感情でもあった。


 自分に亜美を救うことはできないのか。


 恵美の意思をもって、亜美を死から救う。それはあまりにも夢のような願望だった。

 この夢は亜美の過去を反芻している。もし私が夢で死ななければ、起きたときに亜美は生きているかもしれない。夢から覚めたら、向かいの部屋に亜美がいるかもしれない。そんな甘美な夢。

 だけど。

 そうなったら?亜美が生きていたら?きっと隣には直樹がいる。

 亜美と直樹が一緒にいるところを見ることができるだろうか?

 幸せそうな二人を、私は見ることができるだろうか?

 

 …だけど。



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