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期限付きの夢

「もうすぐ3年だね」

 イノッチがチーズバーガーをほお張りながら学校帰りのバーガーショップで言った。

「クラス替えやだねー」

 私がポテトをくわえながら言う。昨日大学の友人と話していたときのような感覚で、軽口を叩く。だけどその瞬間、血の気が引いた。


「亜美」には高校三年生はない。


「なんか三年の初めに遠足あるって。めんどいけど楽しみかも」

 私の表情には気づかないで、イノッチは続ける。

「鎌倉に行くんだって。高橋が言ってた」

 私は精一杯の力を使って、なんとか相槌をうった。

「五月くらいだって。つーか鎌倉行ってなにすんだろうね。大仏見るとかあ?」

「…うん」

「うんじゃないよ。もぉ。やる気ないな~」

「…うん」

「もー」

 行くことができない。亜美は。

「亜美?どーしたの?」

「あ、ごめん。なんでもない」

 死を意識した。手が震える。

 どうして忘れていられたのか。自分が信じられない。

 この前みんなでバレンタインの話をしていたときの違和感。

 自分の十七歳の誕生日は、亜美の命日だ。

 このまま夢を見続けられると思っていた。勝手に、そう判断していた。

 イノッチに気づかれちゃいけないと、あわててテーブルの下に震える手を隠した。 

「てか三年になったら受験じゃん?どーしよー勉強したくない」

「イノッチ大学行くの?」

 私は動揺を知らせないために、あわてて話をつなぐ。

 亜美の学校は偏差値的には有名大学を狙えるレベルだ。だけど最近正直みんな遊びすぎ、勉強しなすぎのせいでイノッチもマミもさっちゃんもユキちゃんも、どっこいどっこいに成績が悪い。

「亜美は?受験する?」

「…うん」

「じゃー一緒に予備校行こうよ。約束ね」

「…うん」

「そおだ。その鎌倉の大仏のところで合格祈願のお守り買おう。ね」

「うん」

「つーかその前に期末だし。やばい」

 イノッチがジュースを飲みながら笑う。その時、イノッチの携帯がなった。

「もしもし?うん。二階。はーい」

「タッチー?」

 私が聞くと、イノッチが頷いた。

「山内も来るよ」

 イノッチが私に言うのと同時に、階段から山内とタッチーが上ってくるのが見えた。

「こっちー」

 イノッチが手を振る。

 山内が私を見て微笑む。

 胸がざわつく。


 もうすぐ私は消えてしまう。亜美ごと。

 この夢は、期限付きだった。




「恵美?」

 友人に声をかけられて、恵美は我に返った。

「何考えてたの?すげー深刻な顔して」

 レストランで晩御飯を食べ終わり、トイレから戻ってきた友人に言われた。

「深刻なこと」

 恵美は苦笑いした。

「何何?男?」

 どの友人も、悩み事が男という考えに至るのは、お年頃だからだろうか?恵美はドリンクバーのコーラを飲みながら思った。

「そういえば、千花が結婚するんだって」

 久しぶりに会った高校時代の友人からもたらされたその情報は、充分恵美を驚かせた。

「うそ」

「マジマジ」

「できちゃった?」

「その通り」

「千花がねぇ」

「びっくりでしょ?彼氏は年上らしいよ。そうそう雄二と美波別れたんだって」

 友人の口から、高校時代の友人の名前がどんどん出てくるのを、恵美はぼんやりと聞いていた。

 名前が出てくるたびに、一人一人を思い出す。懐かしい友人たちの顔を。

 こっちが現実。

 恵美は口にはじける炭酸を感じて思った。

 自分が実際に経験したすべては、この友人たちとの過去なのだ。

「懐かしい」

 恵美が呟いた。

「今度みんなで飲もうよ」

 そうだね。と恵美は言った。

 心の準備をしなければ。

 現実を、受け入れなければ。


 考えてみると、だんだん現実と夢の日付がリンクしていったのも、すべて「あの日」に向かってのことなのかもしれない。

 恵美と、亜美の誕生日に向かって。

 その日に、きっとこの夢は終わる。

 亜美が死んだ時間を、私は体験するのだろうか。

 亜美が死んでから、私の誕生日は私の誕生日じゃなくなった。

 亜美の命日になった。

 

 あの日、亜美の事故を聞いたとき、血の気が引いた。渋谷での亜美の顔が頭に浮かんだ。

 亜美がこっちを向いたとき、すぐに目をそらしてしまった。その後どんな顔をしていた?

 もう二度と会えない。聞けない。謝れない。

 ただ、雨が降っていたのを思い出す。亜美を避けてすぐにその場を去った。その後亜美は事故にあった。

 きっとあの日になったら恵美は亜美の死に立ち会うことになる。


 夢が、終わることになる。 



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