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クリスマスイブのデート

 街は十二月に入ったばかりだというのに、すでにクリスマスムード一色で、今年もまた新宿のイルミネーションを見に多くの人が訪れ、恵美の働く店にもそれが反映されていた。

 バイトを始めて一ヶ月が過ぎたところで、仕事場にも慣れてきていた。恵美は笑顔を湛えてコーヒーを運ぶ。しかし頭にあったのは、いつも彼のことだった。

 仕事中も、学校でも、考えることは山内のことばかりだった。

 まるで初恋のように。

 寝ても覚めても考えていて、一日中彼のことばかり考えて過ごした。考えない日はなかった。

 夢の中でも、現実の世界でも。

 そんな自分が恐ろしいと共に、愛しくもあった。こんなに一人を愛しく思うのは、夢中になったのは生まれて初めてだった。

 そう考えると、これは初恋だったのかもしれない。 


 浩平からのメールは絶え間なく続いた。

 お互い大学生なこともあって、時間は余るほどあった。けれど、メールを交わすたびに、浩平との違いを見せつけられている気がしていた。

 教師を目指していると言った浩平は、恵美の周りの友人達とは違っていた。明確な目標があって、それを目指して日々努力をしているのが垣間見えた。バイトも、塾の講師をしていると言って、ただお金を稼ぐだけではなく、ステップアップのための糧としている。

 知れば知るほど、自分がみじめに思える時があった。眩しくて、見ていられない。

 自堕落な生活を送る自分とは、立っている位置が違う気がして、引け目を感じていた。

 彼からの好意を感じれば感じるほど、それは深まった。

 自分が彼にふさわしくないのだ。

 それでも、彼の存在が、一本の命綱のようにも感じていた。

 離したら、おしまいだ。

 だからクリスマスの誘いも受けた。

 二人の関係が、進むのか。終わるのか。それを確かめるためにも、会わなければ行けないと考えていた。

 友達に、山内のことは相談できない。だから、すべて自分で決めなければいけない。

 そんな切羽詰まった想いが、恵美の背中を押していた。

 

 クリスマスがやってきた。

 街はますます活気を増し、イルミネーションすら、街行く人にかき消されるほどだった。

 クリスマス・イブ。恵美はバイトをしていた。店内は客の九割がカップルで埋め尽くされ、夕方過ぎにはうんざりしていた。

 心境は、複雑だった。

 クリスマスにデートするのは生まれて初めてだった。浩平と、そして山内と。

 夢のクリスマス・イヴに山内とディズニーランドに行く約束をしていた。

 それは、恵美の知らないところで決まっていたようだった。でも、うれしい計画だった。

 クリスマスに彼氏とディズニーに行く事に憧れていたのだ。

「明日の予定は?」

「デートです」

 店長にすれ違い様聞かれて即座に答えた。

「やるなあ」

 しかも二人とです。それは心の中で呟いた。確実に、楽しみなのは山内とのデートだった。それが浩平に対する罪悪感でもあった。

 二股をしているとこういう気分なのだろうか?恵美は思った。

 しかも、夢の中の人物が本命だと思ってしまっていることが、さらに罪悪感を深める。

 

 家につくと、由紀子がケーキを用意していた。

 小さい頃、クリスマスは家族で過ごすのが当たり前だったのに、いつから友達や彼氏を優先させてるんだろう。ケーキを食べながら恵美はぼんやり思った。

 クリスマスの特番も十分満喫して、ゆっくりお風呂につかった後、日記帳を広げた。

昨日の夢を書いている時に、恵美はふと日付に気づいた、

 いつのまにか、現実と夢の日にちがリンクしている。

 現実の今日はクリスマス・イブ。そして、今日の夢もおそらくクリスマス・イブになるはずだ。

 なんでなんだろう。疑問には上ったが、すぐに掻き消えた。

 恵美はあまり深く考えないで、布団にもぐりこんだ。

 ただ、山内に会いたくて。 


 

「ぎゃー!マジックキングダムー!」

「きゃー!魔法の国!」

 入り口を潜り抜けて、雄たけびをあげる。周りも騒いでいるので二人の声はすぐかき消された。

「山のやつ行こ!山のやつ」

「は?走るの?うそでしょ」

 山内がアトラクションに向かって走り出す。

 右手には私の手がしっかりと握られている。子供のようにはしゃぐ山内がかわいくて仕方がない。

 アトラクションの周りはすでに人盛りになっていて、キャストの二時間待ちです、の声が響く。最後尾に並んで、二時間待ちだというのに山内の顔は紅潮している。私同様、山内もジェットコースターが大好きらしく、乗り物を待っている間、彼の顔はこれから戦隊ヒーローが出てくるのを待つ子供のように期待に満ちていた。


「きゃー」

「たのしー」

「もっと速くてもいいのに」

 ジェットコースターラブ同盟としては物足りなかったらしい。

「しょうがないじゃん。ここはマジックキングダムなのよ」

「意味わかんねーし」

 二時間待ったけど終わるのは五分ちょっと。このむなしさは、三時間かかって作った料理を十分で食べられてしまうむなしさによく似ている。まあよくお母さんがつぶやいているセリフです。

 降りた瞬間、北風がびゅーびゅー吹いたので思わず山内にしがみついた 

「さぶい…あったかいの飲みたい」

「あ、俺も」

 小走りでドリンクの売っているお店に駆け込んだ。二人してメニューを見上げる。

「何飲む?」

「えーと…。ホットココア!」

「うわ、甘そー。俺コーヒーください」

 山内がお金を払って、私にココアを渡してくれた。

「おごり?ありがとう」

 そう言うと、直樹はにこっと笑ってコーヒーを熱そうにすすった。

 そんな情景に見惚れていると、山内が私の手元にあったココアをひったくって飲んだ。

「甘っ…」

 舌を出して渋い顔をする山内をみて笑う。そして言った。

「次何乗る?」

 手当り次第に、乗り物に乗って、大笑いしながら園内を二人でまわった。

 辺りはすでに暗くなっていて、イルミネーションが輝いている。

 携帯のバイブに気づくと、家から着信がきていた。

「もしもーし」

「亜美?大丈夫?」

「うん。大丈夫大丈夫」

 お母さんは本当に過保護だなあと、また思いながら、適当に相づちをうった。

「8時までには帰りなさい」

「今日クリスマスイブだよ?」

「いいから」

「…はい」

 少し不思議に思いながら電話をきる。恵美の家には高校生の頃確かに門限があったが、こんなに厳しかっただろうか?

「何?何?なんだって?」

 突然、後ろから山内に抱きしめられた。

 びっくりして振り向くと、ものすごい近くに山内の顔があった。

 言いづらいじゃないか。

「…8時までに帰ってこいって」

「おー、了解了解。まだ時間あるね」

「ごめんね」

「なんでよ?いいじゃん。それまで一緒にいられるんだし」

 いつの間にか、山内の体にすっぽりとおさまるように向き合っていた。山内の手が私の腰を支えている。

 その体制に少し恥ずかしくなって目をそらした瞬間、山内にキスをされた。 

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