あみとなおき
その日、恵美は一日中にやけていた。週始まりである月曜日にこんな上機嫌の人は珍しい。
「なんか恵美、今日ご機嫌だね」
大学の学生食堂で友人がうどんを食べながら恵美を見た。
「なんかあった?」
「別に~」
恵美が親子丼を食べながらとぼけた。
「そうそう、恵美合コンやるけど。くるでしょ?」
「合コン?」
「こないだ言ってたじゃん」
そういえば合コンやろうって言ってたなと、恵美は思い出した。今はそんな気分じゃないとは今更言えるはずもない。
「来週の土曜だけどいい?」
「何時から?バイトかも」
友人が手帳を見ながら、「八時」といった。
くそ、バイト終わってる。と思いながら、恵美はわかったと言った。
しかし、良く考えれば、あれは夢の話なのだ。
現実で彼氏をみつけなければ、このまま夢の中の住人にはまってしまう。芸能人にはまるよりタチが悪いではないか。そう思って恵美は気持ちを切り替えた。
「よっし、彼氏作るぞ」
恵美が親子丼を食べながらいきなり気合をいれたので、思わず友人はお茶をこぼした。
「亜美、起きて」
目を開けたらイノッチが私を覗き込んでいた。
「う…」
「もうご飯だよー」
イノッチに掛け布団をひっぺがされた。寒い。
まわりを見ると遠くで私同様寝ているさっちゃん以外、みんなジャージであぐらをかきながら化粧している。
「あー帰りたくないねー」
マミがマスカラをつけながらぼやく。
「亜美、早く起きないと寝起きのすっぴん山内にみられるよ~」
イノッチのその一言に私の目が一気に覚める。
「顔洗お」
そそくさと洗面台へ向かう。後ろからイノッチ達の笑い声が聞こえた。とはいうものの、高校生の時の化粧なんてほとんどマスカラをつけるだけで終わりのようなものだった。洗顔をすると心なし肌がぴちぴちしている気がする。
彼氏が同じ学校にはいないさっちゃんは、すっぴんに頭ぼさぼさで堂々と朝食の席につく。私といえば、中学生の初恋のように山内を目で探してしまう。あ、いた。
「亜美~。このお吸い物おいしいね」
イノッチの言葉にも適当に返す。起きたての山内は、何度もあくびをしながらお吸い物をすする。こっち、向け。
目をこすりながらふと、こっちを見る。あ、気づいた。
ずっと私が見ていたのに気づいたのか、照れくさそうに一瞬目をそらし、またこっちをむいて笑った。
可愛いすぎて困る。山内のことしか見えなくなってしまう。
ご飯を食べて、各自部屋に戻り制服に着替える。
修学旅行最終日。今日の予定は長崎の原爆資料館に寄ってから、空港に向かい東京に帰る。
部屋で荷物の整理をしながらみんなで写真を撮った。部屋で写真とっても意味ないような気がするけど…。この無意味な行為も高校生にはいい思い出なんだなぁ。
バスに乗り込み、目的地までみんな爆睡。
うとうとしだしたら資料館についた。
「ふー、あやうく現実に戻るところだった」
「は?現実?」
イノッチに聞き返されて、ニッコリ笑ってなんでもないと言った。
原爆資料館は、予想以上に迫力があった。原爆で焼けたものや、写真など、目を見張るものもあった。
私たちは他の人よりも先に表に出て、呆然としながらベンチで勝手に休憩していた。
「結構ショックがでかい…」
マミが疲れ果てたボクサーのように手を前で組んで顔をもたげて呟く。
「戦争ダメ。絶対」
となりのさっちゃんもしぶい顔をして、セコンドのようにマミの肩を抱いていた。
「あ、みんな出てきた」
出口から他のクラスの人たちもぞろぞろとみんな出てきた。
少し移動したところに、大きな銅像があって、そこの広場でとりあえず休憩らしい。みんな思い思いに写真を取り出す。
「あ、あたし野口くんと撮ってくる~」
途端に元気を取り戻したマミが、イノッチを引き連れてまた野口君のほうへ走って行く。
「なんでまたあたしが」
野口君はまたタッチー達としゃべってるからね。
「亜美、あれ見て」
ユキちゃんが指をさしたほうに、山内がいた。女の子に囲まれている。
「モテモテ~」
さっちゃんが面白そうに笑った。
私はそれどころではない。その状況を見て、動揺を隠せません。
「あれ、撮らないみたい」
女の子が山内から離れていく。ほっとする私。
ふと、山内がこっちに気がつき向かってくる。
「あたしたちちょっとあっちで写真撮ってくるわ」
さっちゃんとユキちゃんが気を利かせて離れる。
「見てた?」
山内が笑いながら私の隣に座る。
「モテモテ」
私が毒づく。これが嫉妬ってやつか?
「でも断ったよ」
「撮ればいいじゃん」
さらに毒を吐いてしまう。
「やだよ。知らない女の写真に残りたくない」
山内がふくれてそっぽむく。
そんなすべてが可愛い。
「そりゃそうだけど」
まだちょっとむくれているフリをする。
「写真撮る?」
山内がポケットから携帯を取り出す。
むくれた私は、いたずらっ子みたいな目をした山内のお陰ですぐ機嫌を直す。
「撮る」
二人で並んで、カメラに目を向ける。
「いい?いくよー、はい亜美ー」
パシャ
「なにそのかけ声」
「はいチーズだと普通じゃん。てか。チーズって意味わかんなくね。チーズって」
「いや、そうだけど。いや確かに言われてみればそうだけど。なんで名前?」
「い行だとニーの口になるから。な、あみー」
みーっていいながら山内はにこーってした。たまらなくかわいい。
「ほら、お前もみーって。みーって笑って」
私はみーみー言ってる山内に思わず笑ってしまった。
「じゃあ次、あたしが言う!」
山内がもう一度カメラを構える。
「いくよ?ハイ、あみとなおきー」
パシャ
火曜の朝は少し曇っていた。大学の二限の授業は一緒に受ける友達がいない、一人で出る授業なので、恵美は授業中、暇つぶしに夢日記をつけた。
山内についてを書くときは、どうしても顔がにやけて仕方ない。恵美は思わず咳払いなどをしてごまかした。
昨日の夢なんて、あまりのバカップルぶりに書いてる字まで笑ってる。
ここのところ、ご飯を食べていても、授業に出ていても、寝ても覚めても山内のことばかり考えてしまう自分がいて、楽しいと同時に恐怖にかられた。
私は本気で恋に落ちている。夢の中の住人に。
この夢を見なくなったら、どうすればいいんだろう。




