誰が決める
話すから、煙草を一本くれないか? 別にそれくらい、いいだろう? 酒や薬を要求する訳でもないし。副流煙だっけ? それが気になるなら、一人で呟いておくから、外から見ていろよ。どうせそこの、マジックミラーってヤツだろう?
ありがとう。あんた、煙草を吸うのか。喫煙者にはきつい世の中になってきたよな。吸える場所は限られているし。昔は自分の子どもに煙草を買いに行かせる親もいたんだろう? それが今じゃ、年齢やらなんやらで買えない訳だ。ま、抜け道は幾らでもあるけどな。
さて、なにから話すか……。
事件の犯人は俺。単独犯ってヤツ。共犯者はいない。
普通に昔、世話になったのでお礼をしたいって言ったら、家に上げてくれた。今の世の中を考えれば、それって不用心だったよな。犯人の俺が言うのも変だけどさ。
まあお礼ってのも、嘘ではなかったし。ただ普通の奴らが思うお礼とは、違っていたって話だ。
警戒されていなかったから、順番に背後から襲ったよ。声を出させないようにね。楽勝だったよ。ただし子どもは誰か生き残るよう、注意したよ。なぜかは、後で教える。とにかく全員やって、奴が帰宅するのを待った。それから帰宅した奴があんたらに電話して、駆けつけた警察に俺は捕まった。
逃げる気はなかったね。自分勝手な理由での、複数人の殺人。死刑になるかなって思うし、まあ、そうなっても良いかなって。でもなるべく長く生きたいから、最高裁までごねるかもな。
で、なんで奴の家族を襲ったって話だ。
俺が奴と初めて会ったのは、何回目に捕まった時だったかな。知っているだろう? 軽犯罪。それを何度も繰り返していて、親が送ってきた弁護士が奴だったんだよ。
なんの事件とかは覚えていない。昔からよく騒いだし。よく悪さしたし。
ただなあ……。奴の、あの一言が、なんかずっと、引っかかってなあ。
奴はまじめに、弁護士として仕事をしていたよ。裁判長に訴えて、親が望むような結果になるよう、頑張っていたな。
その時に言ったんだ。
『このかわいそうな若者』
その時、思ったんだ。かわいそうって、なんだろうなって。
知っていると思うが、俺の親は金持ちだ。仕事が成功して、裕福だ。小遣いも周りより多く貰えていた。両親は離婚せず、互いに仕事に打ちこんでいた。喧嘩はほとんどしない。だから俺は、人より恵まれている部類だと思うよ。それなのに奴は、俺をかわいそうな人間だと言った。
奴が言うには、俺は仕事を優先させる親からの愛情に飢えている、かわいそうな若者だそうだ。だから親の気を引きたく、悪さをするって。
そんなこと、思ったことなかったよ。親が自宅を留守にしているのが普通だったし、言えば小遣いをくれるし。その金で友人たちと騒いで、むしろ楽しかったよ。親という監視もいないから、俺の家で騒ぐのが当たり前になっていたし。
それなのに、俺のことをかわいそうだと言ったんだ。
俺のどこがかわいそうなのか、理解できなかったね。だけど奴は繰り返し、俺をかわいそうだと言った。
それを聞いているうちに、思ったんだ。
こいつにとって俺は、かわいそうな人間なんだなって。俺と価値観が違うんだなって。
それで思ったんだ。
俺の思うかわいそうな奴は、俺のように悪さをするのかなって。
だって奴にとって俺は、かわいそうだから悪さをするんだろう? かわいそうだから、情状酌量を得ようとした。かわいそうだから、かわいそうだから。
刑事さん。俺よりよほど、父親が弁護した人間が母親と兄弟を殺し、自分は体の一部を失った。そういう奴の方がかわいそうだろう?
これは実験だよ。その結果を知りたいから、できるだけ長く生きたい。
俺の作ったかわいそうな奴が、悪さをするかどうかが、実験内容。それが事件を起こした動機でもある。
弁護士って、家族も弁護できるんだろう?
奴は訴えるんだろうなあ。かわいそうな子なんです。母親と兄弟は殺され、自身も耳を片方失い、かわいそうな子なんです。それが心に影響を与えただけです。かわいそうな子なんです、だから悪さをしても仕方ないんですって。
かわいそうって、都合の良い言葉だよな。同情されるし、情状酌量を得られるんだから。
なあ、どうして他人をかわいそうって決められるんだ? それを決めるのは、本人じゃないのか? こいつはこういう所が他の人間に比べ、かわいそうだって。なんでそれを他人が勝手に決められる? なんで他人の決めたそれを、また他人が信じる?
俺は人生を楽しんでいると思うよ。こうして煙草も願ったら吸わせてもらえたし。
なあ、俺はかわいそうか?
かわいそうな子は、どうして罪が軽くなる?
かわいそうって、なにが基準で誰が決めることなんだよ。
俺は繰り返して言うよ。俺は人生を楽しみ、かわいそうじゃないって。