12月24日 贈り物
「すみません、遅くなりました。」
僕は大量の食器の入ったかごを持って、調理実習室に入る。
パーティーもプレゼント交換も終わり、使われた食器を僕は一人で返しにやって来た。
今頃、部室ではみんなで、本来の目的である大掃除をしていることだろう。
実習室のなかに入ると、広い教室の中には花堂先輩、一人がいるだけだった。
先輩は日の傾きかけた光の差し込む窓際に立って、外をぼんやりと眺めていた。
「春山君、楽しめたかしら?」
「ええ、まあ」
振り返りながら、花堂先輩は寂しそうな笑顔で話す。
「茶道部のみんなは、いつも仲が良くて楽しそうね」
「そう? ですかね」
そういえば花堂先輩以外の人が見当たらない。
「あの他の部員の人たちは……」
「みんな帰ったわよ。予定があるんでしょうね」
まあ、そうでしょうね。
早く帰りたいですよね、こんな日は。
僕はシンクに皿を持っていく。
そしてスポンジに洗剤をつけ洗い始める。
「いいわよ、後は私がやっておくから」
「さすがにそうはいきませんよ。使った分はきれいに返さないと」
きっとこの食器のために先輩は待っていてくれたんだ。
早く帰らないといけないはずなのに。
誰かまっている人がいるはずなのに。
「先輩も忙しいのに待たせちゃって、すみません。早く片付けて帰りましょう」
「そんなに急がなくても、私は大丈夫よ」
そう言って僕のところまで近寄ってくる。
「昨日話さなかったかしら? 今日、私は予定ないって」
それは、確かに聞いていた。
けど、本当なの?
「春山君?」
「はい?」
後ろまで来た花堂先輩の声に、僕は振り向くことなく皿を洗いながら返事を返す。
……っと、いきなり布のようなもので、首を絞められた!?
「っょっと、え?」
そのまま僕はくるくる回されて、止まった目の前には花堂先輩の姿があった。
気がついたら、僕の首にはマフラーが巻き付けられていた。
「捕まえた」
「えーと、これは……」
意地悪そうな笑顔を見せる花堂先輩を前にして、僕はまだこの状態がなんなのか理解できてなかった。
「これ、私からのプレゼントよ」
「え?」
僕は自分の首に巻かれた、ふかふかのマフラーに手を当てる。
グレーの無地のマフラー。
「春山君、いつも寒そうにして帰っているから」
「あの……」
「うん、似合ってるわよ、春山君」
「これは……」
「気にしないでね。ちょうどいい生地が余っていて、これマフラーにいいかなって、思っただけだから」
本当にそうなのだろうか……
でも、僕のためなんかに、わざわざ作ってプレゼントしてくれることなんて、ないだろうから。
きっと本当に余っていて、気まぐれで作ってくれたのだろう。
いや、そういうことにしておこう……
「制服とコートが黒だと、グレーが合うかな? あんまり派手なの好きじゃないでしょうから、無地でちょうどいいかしらね?」
「え、えぇ……」
「この色だと大人っぽく見えて、年上の女性と並んでも、気にならないわよ」
「……」
「あ、のう、これ、いただいても、いいんですか?」
「どうぞ。こんなもので良ければ」
「あ、ありがとう、ございます」
まさかこんな僕に、花堂先輩からプレゼントをもらえるなんて……
しかもこんなに僕のことを考えてくれているなんて。
久しぶりに嬉しくなって、感動してしまった。
僕も、僕も何かしてあげたいのだが……
そういえば!
胸ポケットに、あの券が。
え、でもこれ渡すの?
でも、今の自分には、これしか持ってないし……
「あの、これを、よければ……」
「これは?」
出してしまった。その、つい、その場の雰囲気と勢いで。
「僕からのお礼、というか、クリスマスプレゼント、です」
「なんでも……一回……願い事をかなえる……券?」
花堂先輩は不思議そうに、その文字を読み上げると、
「これ、私に?」
僕は小さくうなずく。
「いつまで……かしら?」
「卒業するまで、らしいです」
「なんでも?」
「あー 僕ができる範囲だけです」
「そう……」
そう言うと、本当に、本当に心から嬉しそうな笑顔を僕に見せてくれた。
「すごく嬉しいわ。大事に取っておいて、いつか使わせてもらうわ」
きっと花堂先輩なら変なことに使わないだろう。
たぶん……大丈夫、だろう。
しかし……
冷静になって考えると。
なんだか、こっちが恥ずかしくなってしまう。
僕は自分のしたことと、花堂先輩からの贈り物で、恥ずかしさが我慢できず、その場にいられなくなってしまった。
「あ、あの、まだ、途中なんですけど、掃除、手伝わないといけないんで、その、失礼します」
僕はマフラーをしたまま、花堂先輩に顔を向けることもなく、ちゃんと挨拶をすることもなく、教室を逃げ出してしまった。
早く部室に戻ろう。
あっ、マフラーを隠して……
って、なんで隠す必要があるんだろう?
僕はとりあえずマフラーをはずし、制服のなかに丸めて隠した。
部室に戻ると、外でみんなが帰り仕度を終えて、すでに待っていた。
「あれ、もう掃除終わったんですか?」
「終ったさ。あとは春山待ち」
「春くん、さき帰るよー」
「え、あ、はい」
「じゃあな。また来年な」
「よいおとしをー」
「はい。お疲れ様です」
「香奈衣、私も先帰るわよ」
「うん」
「じゃあね、春山君、お疲れ様」
「あ、はい、お疲れ様です」
みんな、やることやったら帰ってしまった。
「春山くん、私たちも準備したら帰ろうか」
「はい、そうですね」
僕は部室に入り、準備をする。
和室はきれいに掃除されていた。
さっきの騒動が嘘のように片付いている。
一年間ありがとう、そしてまた来年。
そう思い、僕は茶室に一礼すると、静かに戸を閉めた。
「あれ、春山くん、珍しいね。マフラーしてる」
「え? ええ、そうですね。寒いんで」
「あったかそー」
そう言ってマフラーを巻いた僕の首に、顔を突っ込んでくる。
「ちょっと何やってるんですか!?」
「暖かいね」
「近いですって、離れてください」
「なんかエプロンの匂いが……する、かな?」
……エプロンの……匂い……
「こ、校内で変なことしないでくださいよ。早く行きますよ」
校舎の外は相変わらず寒い。
まだ今日は明るいうちの下校なのに、風が冷たい。
これから寒くなる一方だ。
僕は手をポケットに突っ込んで背を丸め歩く。
「春山くん、危ないよ」
「なにがですか?」
「手、中に入れてたら」
ああ…… そうでしたね。
でも手を出してたら、また部長が掴んでくるから……
そう思っていると、やっぱり今回も掴んできた。
「部長、だから手を繋ぐのは……」
と思ったら違った。
いつの間にか僕の右手には黒い手袋がはめられていた。
「……あの、これは?」
「はい、左手出して」
僕が左手を差し出すと、そっちにも手袋を……
「はい、これで外に出してても暖かいよ」
「部長、これはいったい……」
「私からの、クリスマスプレゼント!」
「……」
僕は手袋のはまった両手を、まじまじと見つめる。
「茶道やるから、手は大事にしておかないと」
「……」
「水使うから荒れるし、荒れた手で帛紗触ったら引っかかっちゃうし」
「……」
「それに、これなら手を繋いでも寒くないしね」
どうしよう、まさかこんなことになるなんて……
みんなでパーティーやって。
プレゼント交換して。
さらに、個別で二人からもプレゼントをもらえるなんて……
こんなクリスマスは初めてだ。
もしかしたら、今までで一番幸せを感じている瞬間かもしれない。
「春山くん、どうしたの?」
「ちょっと冷たい風が、目に入って……」
「部長、僕はこんなにもらっても、今日は部長に返すものがないです」
「別に大丈夫だよ」
「いや、今度、改めて……」
「もう、もらってるよ」
「え?」
と言うと、部長が笑いながらポケットから取り出したものは……
「それは!?」
「そう、『春山くんが何でも言うことを聞いてくれる券』だよ」
「いったい何枚作ってるんですか!?」
「もう、この一枚しかないから」
「やめてくださいよ、こんなの勝手に作るのは!」
「なにしてもらうか、考える楽しみもあって、いいよねー」
「……考えるのは別に自由ですから」
そう言うと、ずっと嬉しそうにして歩く部長。
気がついたら、僕の右手は部長によって握られていた。
どうしよう、手袋してたらポケットに手を隠す理由がない。
まあ、いっか。
マフラーで顔隠せば、誰だか分からないし、顔赤くなってもばれないから。
二人の先輩からの思わぬ贈り物に、僕の心と身体は、冬にも負けないくらい暖かいものとなった。
しかし……
どうやら僕は、首を花堂先輩に絞められ、両手を秋芳部長に縛られてしまったようだ。