天道を象りし壮烈と絢爛の【2】
条件を付与した来年の公表、そういうと吉積さんは「そうか、分かった」と言って屈めていた腰を垂直に伸ばした。
「…ん、じゃあそう言う話でこっちも進めておくよ。ただ書類とかにサインしてもらう必要があるかもしれないから、ごめんだけどその時はよろしく」
「はい了解です」
少なくともこの予定なら魔法発現状況の検証にも時間がかかる。予想される現象を引き起こした要因の選択肢が広がるからだ、それにこっちも適当にはぐらかせる分勝手がいい。
調査の長期化は話題が廃れる原因になるだろうし、注目の短期化を目論んでの判断でもあった。
後はやっぱり「極めて稀なケース」で収められる事が大きい。
そうして本題の話を済ませると本当にこれだけだったようで、その後は談笑や近況報告、世間話と昔の父さんの話や母さんの話をちょいとしてくれて、カステラとコーヒーを肴にその話を聞いていた。
その中でも驚いたのが父さんの初対面の印象が横暴で言葉遣いがなってない『子供のような大人』だった、と言う。
全然想像できない。
どうしてもなんだかんだ優しい父の顔が浮かんでくる。
いやまぁ確かに何かと無頓着で無計画、それこそ自由奔放、マイペースな性格だが粗暴な口ぶりはと言えば…母さんとの喧嘩の時くらいだった。それもそこまでのやつ。
ただら俺と喧嘩した時…いや勝手に俺がキレてモノを言った時でも、殴った時でも、キレ散らかさなかったし…怒号を投げかけてこなかったな……。
(………)
そんな俺が抱き続けている印象を吉積さんに話すと、吉積さんは笑いつつ。
「まぁ雅俊君も成長していってたんだよ。当時は学がなかったけど、何かと意欲はあったし。ただ……いや、うん、当時はなかったものの方が多かったね。だけど、時間と花奈さんと、悠夜君。それと雅俊君のご両親が成長を促したんだと思う、大人として」
優しい顔をしながらそう言った。
けど直ぐにその顔は失せて、少し静かな口調で吉積さんは思いを並べた。
「……いやぁほんと色々あった。けどあの時…雅俊君が死んだって聞いた時は……僕はね、本当、なんの悪戯電話かと思ったんだ。それも花奈さんの口から聞いた話だから、余計衝撃だった」
「……その節はどうも…」
葬式の時、どうやら吉積さんも来てくれていたらしかった。単なる友人として出席したそうだ。だからもしかしたらその時に、俺は吉積さんと顔合わせする事になっていたのかもしれない。
そうなると何かしら違う世界を歩んでいたのかもしれない。ある意味のニヤミスだったのか、運命だったのか、当時は引き篭もりにまだ専念していた時期だった。
「……あの生意気な口調が聞けなくなると思うと、ほんと、悲しかったね。…お米も食べれなくなったし」
「…あ、ウチの米買ってくださってたんですか?」
「んーいや、普通に買おうとは思ってたんだけど雅俊君からお世話になった代って名目で毎年半俵はもらっててね、すんごく美味しかったんだけど…もうないから。……だけど、でも、ちゃんと残してくれてるものがあるから僕は満足してる」
「…残してくれたもの?」
「そう。この世界を救ってくれた…残してくれた事だ。まぁ花奈さん曰く、雅俊君は地球を守るんじゃなくて家族を守りたいって言う理由からだそうだからーー」
ーー偶然の産物らしいけど。
「雅俊君のお陰で今がある訳だから、俺はーー…ごめん、僕はね、何というか改めて逞しく生きようと思ったよ。彼が紡いでくれた時間を少なくとも無駄にはしないようにね…」
それから少しの沈黙が流れた。
何と返せば良いか今直ぐには思いつかなかった。
だからながれた静かさに、吉積さんは「…ぁ、そうだ」と少し目を開きながら手を叩いて。
「逞しさで言ったらね、雅俊君に昔馬鹿にされた事があったんだ」
懐かしそうな目をしながらそんな事を言った。
「…あぁ…ほんとうちの父がすみません…」
「あっいやいや!! そういうのじゃなくってさ!」
俺が本気まじりの平謝りを入れると、吉積さんは慌てて声を上げた。そんな吉積さんがどこか可笑しくて、俺は声を出しすぎない程度に抑えた笑い声を発しながら。
「冗談ですよ、知ってます」
そう言ってみた。
「……。…はぁ。そう言う一芸があるのも雅俊君譲りだな…」
「それはどうも」
「全く…」
だがそう言う表情はかなり綻んでいた。
俺と父さんの像を重ねて、なんて事をしているのだろうか、何かしら近しいモノを感じてか楽しそうにしていた。
「…それで、どんな感じで馬鹿にされたんですか?」
話が逸れて話題を聞きそびれかけたので空気を戻して問いかける。
「あ、あぁ、そうだった。…えっとな、それはもう酷かった。一例で…そうだな。保護して事情聴取する時にね『はぁ? テメェ何様だ? 死ね、魚の骨』ってね言われたんだよ。いやぁ初対面でアレは強烈だったよ」
吉積さんは高らかにはっはっはと笑うのだけど、俺には少し引っかかった、と言うよりよく分からない点があって「……魚の骨…?」と疑問の声を上げた。
そうすると。
「ああーうん、そう。実は僕ね、昔はガリガリだったんだよ」
吉積さんはスーツの内ポケットに手を差し込み、一枚の写真を取り出した。
「ほら、こんな感じで、右に立ってるのが僕」
「……あ、ほんとですね…めっちゃガリガリ…」
見せられた写真に映っていたのは、微妙な笑顔を浮かべる、頬骨が浮き出た男性。ヒョロヒョロで手首が細いし、スーツの上からでもその細さが分かる。
「この頃は43kg位だったかな…」
「43ですか…それはまた……」
そんなガリガリな吉積さんの左隣に立つ、ミッキーマウスのカチューシャを付けて、屈託のない笑顔を浮かべながら吉積さんの弱々しい肩に腕を回している若い金髪の男性の姿。何処となく似ている人を知っている、だが雰囲気が全然違う。
だがいずれにしても。
「これが僕って言われても想像つかないでしょ」
この人が吉積さんだとは思えなかった。
「……ええそれはもう」
「だはは! だよなぁ! いやぁ僕もだよ。この時こんなになるとは思ってもなかった」
そう豪快に笑い声を上げながら吉積さんが自身の贅肉を欲張るようにつまみ上げると「ま、それもこれも雅俊君のせいだな」と言った。
「また父さんですか…」
俺が呆れたようにそう言うと、吉積さんは再び吹き出すように笑って「ああそうだ、まただよ」と言う
「僕的には全部いい意味で、だけどね……。あ因みになんだけどそれ、実は写真を撮ってるの花奈さんなんだ」
突如として語られた写真の情景、その背景。
何となしに見ていた写真に目が固定された。
「え……ぁ、じゃあ…」
「そう」
そして、その笑顔で腕を組む男性に目線が寄った。
吉積さんは言う。
「僕の隣で上機嫌な笑みを浮かべてるのが雅俊君」
胸が高鳴った。
それと同時に。
「おぉ……」
語彙力を失った。
「おぉ…」
「…すごく驚いてるね…」
「えぇ、そりゃあ…」
こう言う写真を見た時の第一声がそんなんでいいんか、とは思うが、だがやはりこの何とも言えない感覚が一番始めに出てきてしまう。
確かにそうだ、面影があるのには気づいていた。
だが、顔に老化の痕跡がなく、なにより厳しい金髪と若い格好のせいでお兄さん臭が強い、おっさん臭くない。
後細身ながらもムキムキだ、腕とか脚とかヤバいヤバい。畑仕事してた時でもヤバいのに更にヤバいのは一重に異世界でそれよりも大変な目にあっていたという事なのだろうか。
そんな父の昔の姿を見てほぇーっとした感想を抱くのと同時に、世の大人達は年老いた親の全盛期を目にしたらこんな気持ちになるんだな、と勝手ながら思った。
てか若いなぁ、と言う感覚しか湧かない。
「ほんと…若いですね」
「まぁねぇ……もうかれこれ…どれくらいだ。40年くらいか、それくらいは経つからねぇこの時から」
そう言って直ぐ手を叩いて。
「……あ、そうそう。時間で言えばね」
吉積さんは不思議そうに。
「雅俊君、2000年生まれなのに2007年の発見時点で推定年齢が20歳だったんだよ。確か捜索願いが出たのが2005年だったから2年位の差異のはずなんだけど…13年は少なくともズレがあったんだ。当時は絶対違うって何度もDNA検査とか色々したんだけど間違いなくてね。凄くない?」
だけれどワクワクしたような口調でそう言った。
「…えぇ、確かに凄いですよねそれは。てか初耳で僕今結構驚いてます」
発見時の年齢が7歳ではなく20歳位。
異世界に行っていた…じゃなくて異世界召喚? だっけか。それで時間が歪んで…とか?
んー…異世界って話を聞くと母さんが言ってたアノという存在が気になってくるが、それと共に次元や時空という単語もレモンの話から頭に浮かんでくる。
兎にも角にもとってもファンタジックだ。
てか何でこうもファンタジーなの俺の周辺人物。
「……まぁその年齢差異のお陰で魔法の話とか異世界の話とかすんなり理解されたんだけどね」
吉積さんはそう言いながら、ちょびっと残ったコーヒーに溶けた氷水をぐびっと飲み干した。
「それは…よかったのか悪かったのか微妙な所ですね」
「んっ……。ねぇ。ほんとにそう。それに異世界の話しをする為に異世界の物を空間から取り出しては『これはこうでこう言う物だ、こうして使う』なんて言うし、見本として幾数個もの武具や物を置いていくし。お陰様でてんやわんやさ」
それから吉積さんは懐かしむように腕を組むと。
「ほんとにねぇ…」
そう言葉を溢しながら天井を見上げた。
数回パチパチと閉じられる瞼、安定した呼吸。そしてそれから少し強めに吐き出された空気の塊。
「…」
吉積さんは腕は組みつつ目線を俺に戻し、少し目を細めながら。
「……そうだ。この機会に是非にと思って用意してるものがあるんだよ。ちょっと待っててくれ」
吉積さんはそう言って奥の部屋に再び入っていった。
「………」
コーヒーはどちらも飲み干している。
俺のも氷が溶けてコーヒーの残滓が混ざった薄水が暈を増やしているだけ。
微風の冷房の音が耳をふわりと撫であげる。
机に置かれているあの写真。
二人の様相、父さんの話を聞いたりこうしてみたりする程に全然違う人間の像が出来上がっていくものの、でもこの写真から見て取れるように陽気な人間であったのは昔も今も変わらなさそうだった。
それから暫くして吉積さんは現れた。
四つの何かーー
「お待たせ」
ーー否、剣達を携えて。




