天道を象りし壮烈と絢爛の【1】
それから俺はテクテクと本館3階へ向かい、そこにある一室へと辿り着く。
見上げた先には少し風情のある木の板があり、そこに【応接の間】と太い墨文字で書かれていた。
(ふぅ……)
コンコンと、軽くノックする。
館内で鳴っているBGMの上に乗っかるように、はっきりと木の音が軽く響いた。
「…はい、どうぞ」
返事は返ってくる、男性の、少し低い声だ。
「失礼します……」
そうして入った応接間、そこには少しふくよかな体型の、だいぶ歳を召した男性が立っていた。
ドアを閉め。
「…こうしてお会いするのは初めてですね吉積さん。お久しぶりです…と言うのも変ですが、嶋崎悠夜です…」
と一礼する。
すると目の前で立つ男性ーーもとい吉積さんはニコリと優しい笑みを浮かべながら。
「そうだね、確かに初めましてだ。僕の名前は吉積圭、改めてよろしく、悠夜君」
そう言った。
「はい、こちらこそよろしくお願いします」
吉積さんの容貌が、俺が電話越しに思い描いていた印象とあまりズレておらず、寧ろ想像していた通りの姿だった。
所々白髪の生えた黒髪のツーブロック。
髭はしっかり剃られて青髭だけが髭の形を象っていた。吊り気味の目尻と少し太めの眉。シワが目立つのは年齢のせいだとそう言えば言っていた。
全体的に柔和で親しみやすさを醸し出していながらも、どっしり構えている雰囲気がやはりそこにはあった。
口調と見た目は比例すると言う事か。
それともそう見えているだけなのか。
縦のストライプが軽く入った黒灰色のスーツは、そうしたどっしり感を増幅させる働きをしていた。
「…さて、まぁなんだ。呼びつけておいて立ち話ってのもあれだし、うん。是非とも好きなところに座ってくれ」
「あぁ、はい。ありがとうございます……」
そんな吉積さんの容貌をチラリと眺めみながら、ささっと目の前にあった横長のソファーに腰掛ける。このソファーはかなり高いモノなのか、低反発で腰の静まりとフィット感が心地いい。革の質感も何か良い気がした。
ただ姿勢は崩さないーー崩せないーーもので、その沈みを堪能しながらも背筋を軽く伸ばして折った膝の上に手を乗せる。
しかし、そんな体系を取っていると吉積さんは少し笑いながら「そんなに気を張らんでもいいよ、寛いでくれ」と声を発した。
だが、だからといって崩せるか、と言えばそうでもない。社交辞令的な言葉でもよく使われる、吉積さんとの関係性や吉積さんの少し心配気味な口調からはそんな事はなさそうだが…まぁ、なんだ。
まぁだから、少し苦笑い気味に「すみません…」と二つの意味で謝って、その居住まいは壊さなかった。
追々、出来そうならするくらいにしよう。
そんな俺の固さを見て吉積さんはしかし、まぁいっかと言う表情を薄く見せて、そのまま話題を変えて言った。
「あ、そうだ。悠夜君。緑茶か珈琲、どっち飲みたい?」
「ぁー…そうですね…。じゃあコーヒーで」
「冷たいのでいいかな」
「ええ、それでお願いします」
そうしてオーダーを受けた吉積さんは「ちょっと待っててね」と言いながら併設されている隣の部屋へ入って行き、少ししてお盆を持って戻ってきた。
「……はい、これ。冷たい珈琲……後、牛乳と砂糖ね…甘蜜と。…んでこれ。かすていら」
「ありがとうございます」
「折角だ。どんどん食べてくれ」
シンプルに白い皿の上に乗せられたカステラ達。
4切れの双璧は多めのザラメをキラキラと輝かせて佇んでいた、ザラメ多いのは好きだ。
それから盆を部屋に戻し、吉積さんはよいしょ、と重たい腰を下ろすようにガラスの机を挟んだ、俺とは反対側のソファーに身を下ろした。
「……さて、どんどん食べてくれって言った矢先で悪いんだが先に済ましておきたい話があるんだ。まぁ本題なんだがな…いいかい」
「えぇ…全然構いません」
まだ手を付ける気にもなれなかったし、もしかしたらそれを見越しての声かけなのかもしれないが。
「ありがとう。…そもそも、今回こうして悠夜君を呼んだのはね、今後の魔法についての話をしたかったんだ」
吉積さんは両手を股の間で組み合わせると、腰を少し屈めて、俺の目を見ながら。
「君に判断してもらいたいんだよ」
「…何をですか」
重くもなく軽くもない、そんな様相で吉積さんは言う。
「魔法の事を世間に対して公表する…厳密には魔法の利用に制限がかからないようにする為の対策、または情報が漏洩した際に話す内容。そしてその状況について」
「…ぁあ、なるほど……」
「電話越しに決めるのも何だろう」
吉積さんは軽く咳払いをして。
「で、端的に案は二つだ。…一つ、ダンジョンに入ったら、特に異形のダンジョンに入ったら魔法が扱えるようになった。加えて使い方もよくわかる、という筋書きーー」
ーーそして。
「二つ目。ガイダンス中は本当のVilmとは対峙しないように対策を講じ、カリキュラムを組み立てている。だからその一年後、開拓業が本格化し、攻略していく中でその魔法が扱えるようになった、もっと言うとVilmを討伐していたら魔法が扱えるようになった、という筋書き」
吉積さんは言う。
「この二つが一番捻りがなく、シンプル。話としても通用しやすい。僕らとしても勝手がいい」
「…そうですね…ダンジョンについて知らない事が多いですからね」
「そうそう、能力成長概ね……あぁすまん、レベルだな。……いやぁ古風な言い方…日本語的な言い方が、もっと言えば日本文化が好きでね」
「ええそれは存じ上げてます、もちろん」
「おぉそっか、よくわかってるねぇ。……まぁ、それでな、レベルとか新しい鉱物とか薬草とかね新しいのばっかで何が普通なのか分からないから、負かすにはダンジョンに紐付けるのが最適なんだ」
魔法の発現は、少なくとも嶋崎の血が流れていないとーー実際そうなのかは分からないがーーしない。
だがダンジョンという未知がある為、その中で起こった事ならどんな事でも一つの事例として認知されるだけ。だからどう転んでも極めて稀なケースとしてしか処理されなくなる。
「で、どうだい。一応良い案とか考えてたならそれを聞きたいけど」
「…あぁ、はい。まぁあの、と言いましてもだいぶ似通った話ですけど」
吉積さんはそんな俺の言葉を聞きながらごくっとブラックコーヒーを飲み「ほぉ」と渋い声の響きで唸った。
「そうか。……ならもう決まっているって事なんだね」
「そうですね」
元々、魔法の力を隠す理由としては魔法の力の有用性、ひいてはその特異性に対して興味を持たれないようにする為。
場合によっては狙われる可能性ーー母さんが言うにはレントゲンで魔法器官が発見できたみたいだから、それに伴う拉致、解剖の可能性ーーと危険性を緩和、遮断する為にしていた。
まぁ一応国は知っているが、他言無用かつ魔法の力の利用、行使の誘引、そもそも嶋崎家に干渉をしないなどの協定がーー吉積さんと母さん曰くーー結ばれているらしい。
なんなら吉積さんは誓約書まで書かされたとか。
だから完全に魔法についての認知がなくす事は出来ないが情報の機密性の点で言えば高いと言える。と言うか高くしているらしい。
最悪日本を滅ぼすなんて父さんが明言したせいだと、吉積さんは電話越しに笑って言っていた。
その機密事項の重要度が最重要事項に設定され、ある意味憲法のような立ち位置になっている為、スパイの流入、話の流出にはびっくりするくらい神経質。
本当に魔法について知っている人は当時父さん達を取り締まり、話を交わした人達。当時の総理大臣と、現在座に就くその引き継ぎを受けた総理、今回の開拓者の確定枠につき、軍部の最上位に立つ人達だけだそうだ。
しかし今回の公言、公表で、秘密物という評価が無に帰す。
それによる障害はそんな無いだろうと考えている。
精々マスコミや物珍しさに人が集る程度。
後何処でどうやって魔法を? という、まぁ魔法の取得時の状況を聞き出される事が多くなる位か。
だけどダンジョンがあるお陰で嶋崎家の「特異な体質」ではなくダンジョンの特質という判断になり、ダンジョン攻略が世界的に盛んになると予想できる。
つまり、害という害はその程度という事。
当初危惧していた状況にはなら無い。
それに吉積さんは「魔法の力を恐れる、利用する人が現れる」的なニュアンスで俺に進言してくれていたが、世界の方向性はその当時よりも随分と傾き、レベルという追加された概念があるものの、それをよしとする世界になりつつある。
魔法の力もダンジョンによる一つの効能と認定されるのは間違いないし、俺が下手な事をしなければ。それで恐れられる事はあまりない。
まぁそれに、一定数だがレベルが上がっている人に対して恐れを抱く人がいないかどうかで言えばいるんだろうけど…それもいつしかなくなると思っている。
ダンジョンがいつどこから現れるか分からない不信感の方が強いから余計に。
寧ろレベルが上がれば体の耐久度と力が上がる。
ダンジョンの出現に巻き込まれた際死ぬ確率だって下げる事ができるのだから、そう言う恐れている人こそダンジョンに入るようになるのもおかしくない話だった。
ま、そんな感じでなんにしてもとっぴな話ながらも全体的な整合性は取れるようになっている。
だからこの提示されているニつの案は性質としても問題ないし、どっちを選んでも結果に遜色はない。
ただダンジョンは世界的に研究されている為、特に魔法の力、という特殊な能力の参入、その発現条件をこの選択によって固定してしまう事となる。
だからこの判別の重要性はとても重くーーまぁそんなの関係ないと無視しても良いんだけどーーその考えの上で俺は。
「来年、Vilmを複数体討伐出来るまで公表はしないという方向性で進めて行きたいと思います」
そう決めていた。