初回ガイダンス【3】◻︎挿絵
「あ、ちょっと時間が圧してきましたね…」
河田さんは手元の機器に目をくべると、そう焦ったように口にした。少し映像などを使って丁寧に解説し過ぎたためだろう。
だから話すつもりだったダンジョンのバイオームや、そのバイオームとVilmとの相関性。Vilmのレベルアップ、特殊階層の【偕老同層】、Vilmの基本的な取り扱いについても省くそうで。
「今の段階でVilmと言うのはバイオレンスモンスターの略称で、その名の通り凶暴な生物を指している事。Vilmは主にダンジョンに生息する生物に対して使われている、と言うこの二つ事だけ理解していれば大丈夫です。伍型や特性についてはこの一年で少しずつ学んでください」
そう足速にVilmについて片付けるとそのまま「ではレベルについて軽く」と言って話し始めた。
「レベル、というのは未だ未解明な部分が多いのですが、Vilmを殺す事によって身体や物が持つ能力性が向上する力が付与される事は確定していますーー」
ーーそして。
「その力が付与、蓄積されると能力値が少しずつ上昇していきます。ので、討伐するごとに強くなっていくと言う事ですね。それで、この【レベル】というものは各々の基礎身体能力から算出された能力値が一定値に達す毎に決定されるもので、前回との差別化を図る為に規定された測定値の名称でーー」
ーー要するに。
「Vilmを討伐した事がない状態を素の身体能力値、レベル1として捉え、Vilmを討伐して変動した能力値の度合いを測定し、その結果に合わせてレベルを表記すると言うことです。因みにですが今のところレベルが減少するという事象は一件も挙がっていません」
小難しそうに述べた割には直ぐに要約する河田さん。
もういっそのことその分かりやすさを重点に置いた説明をしてくれて構わないんだけど…まぁそんな指摘の声をあげる気はなかった。
というか時間自体もうないし。
「レベルアップの変動についてですが、これは素の身体能力の内、握力を例に挙げて50kgと仮定するとし、これをレベル1としますーー」
ーーそして。
「次回の握力測定時に100kgに変動していた場合レベル2。150kgに変動していた場合はレベル3と言った感じに倍々で力の強さが上昇し、これに合わせてレベルの表記が遷移します」
そうして河田さんはほんのりと早口気味の文言を言い切ると、軽く息を吸い、機械から目を離して「……はい、それで、そうですね…次で最後です」と言いながら機械をポケットにしまった。
それと同時にパネルの表示も始めのデスクトップ画面に切り替わった。
「レベルが上がると身体能力の他、治癒能力が高まる傾向、と言いますか…レベルが低いとわかりづらいのですがレベルの高い人になってくると目でわかるほど治癒が速いですーー」
ーーそれも。
「原型修復、つまるところ元々の人体構造に倣って治癒します。ですので普通、脚を複雑骨折した場合それ相応の術を施さないと上手く治癒されないのですが、レベルが高ければ高いほどなにもしなくても素早く元々の脚の形に治癒されます。加えて体内の異物を自動的に排出するようになると言うおまけつきですね…身体に医者が住んでるんですかね」
少し河田さんは苦笑いを浮かべていた。
「さて、これでガイダンスは以上となります。明日の測定はこのレベルの測定のために行われる物ですので、しっかり参加して下さい。後ですね、先程皆様に送りましたメールにデジタル版の仮免許が入っていますのでチェックと免許フォルダーでの管理をお願い致します。プレートカードの方は後日各人お届けしますのでお待ち下さい」
河田さんは周囲に目を配りながら注意喚起し、軽く咳払いをする。
「…ではこれで解説を終わりたいと思います。最後に何かご質問などはありますか?」
そうして問うて数秒後、河田さんはさっきしまった機械を取り出し、少し画面に目を流してから「あぁ…」と理解の声を上げて自身の左の手のひらを俺たちに向けた。
黒いグローブを強調している。
「このグローブですね。これは力の調整をする補助器具です。レベルが高く、そのレベルの力のまま普通の道具を扱ってしまうと安易に破壊してしまいますので、力の調整が苦手な人がよく付けてます。僕はちょっとこの高価な機器の取り扱いが怖かったので念のため着けてきましたーー」
ーーただ。
「皆さんにも定期的な力の調整の機会は設けてますし、この補助器具を着けているから初心者だ、という事はありませんので心配なさらず。握力調整器具は来年辺りに一律配布の予定ですがお金に余裕がある方は腕や脚、指などの部分的なものから全身調整服などもありますので、開拓者装備販売の専門店から是非購入を検討してみてください、何か壊してからじゃ遅いのでね、ええ、はい」
苦笑する河田さんのその目の奥には、少しやらかした過去がある、そんな意図が垣間見えた。
「他に、質問は」
それから河田さんは再度質問への挙手を待ったが質問の声は上がらず。
「……では、これで初回ガイダンスを終了したいと思います。皆さんありがとうございました。この後からは各自自由行動と言う形で明日の日程には遅れずに、班での参加をお願い致します」
班、と言うのは明日のみ利用する集まりのことで、この机に並ぶ人達が明日の班員である。
チラッと横を見るとずらりと並んだ横顔の中一人、俺と同じように班員にチラチラと目を向ける人と視線がぶつかった。
一瞬だけだったが。
「あ、何度もお伝えさせていただきますが、やむを得ない事情ができてしまった場合や体調不良の場合には開拓者新島支部にご連絡下さい。電話番号はその資料に記載の他、ホームページや事前配布しています書類にも記載してますので、それらの確認の上ご連絡のほどよろしくお願い致します」
そして。
「皆さんありがとうございました」
河田さんはそう言って会釈をし、壇上の脇へとはけていった。
それからの事。
班での行動を義務付けられたこの場にいる人々の一定数はこの場で自己紹介やメールでのやりとりをし、明日に向けての連絡網を確立していった。
それは俺の班も例外ではなく、右から二つ目の場所に座していたガタイが良く柔らかな笑顔が特徴的なツーブロックの男性を皮切りに、各々自己紹介から入り【フレンズ】を入れている人が多かった為フレンズで連絡グループを作る事になった。
ただ、一人だけフレンズが入っていなかったと言う事でアプリを入れるところから始まった人がいた。
いずれにせよ多分明日1日だけの仲になる確率は高い。
だからそこまで無理に交友関係を築かなくてもいいんだろうけど、何だかんだ流れに流されるまま食事をしようという話になった。
それからそれぞれ意見を交え、数あるお食事処の中から和風料亭を選び、俺の視界は食事会へと移り変わっていった。
ただそうする中でやはりあまり喋らないな、と言う印象を受ける人がいた。それがあの時目線が合った男性、山田さんだった。
何処となく怯えた表情と、黒く渦巻いた瞳。
人を信用していないような感触を覚えるその人からは、人と喋り慣れていない為喋れない、のではなく故意に喋らないようにしているという感覚も感じた。
髪の毛がそこそこ長く、あまり外に出る機会がないから髪を切らないのかと思えば、髪を整えているし、一応見られ方には気を配っている様だけれど。
「ーーだから運動しようと思ってたんだけどなぁ」
「あれ、筋トレとか出来てない感じなんですか?」
「うん。ぜんっぜんやる気が起きなくてさ……。だから明日がちょっと怖いんだよねぇ」
「…ガタイいいですのに」
「ガタイの良さは運動能力と関係ないだろ」
「まぁ確かに。…でも運動して無さすぎてってのはすんごいわかりますね」
「だろ?」
男性二人の会話の中、一人の女性が「んー……」と唸りながら割って入る。
「……やっぱりみなさんそんな感じなんですね…。私1人だけじゃなくよかったぁ」
「そうですねぇ…寧ろ鍛えてる方が凄いですよ。…あ、そうだもういっそのこと僕らで同盟組みましょう、運動できない同盟」
「それ良いですね!」
「お、いいじゃん。俺も同盟を組むよ」
「えー……。んじゃ私も同盟に入る」
「いや冴島さんジム通ってるって言ってたじゃないですか!!」
「いやっ、えー…堀内さん酷いってー、痛いとこ突かないでよー」
みんなの笑い声が良い騒がしさを作り出している。
それでそうだ、印象で言えば後一人。
ガイダンス時に隣の席だった堀内さん。
とてもはっちゃけている子で、軽い外ハネを掛けた艶やかな黒髪で、肩まで掛かる髪の長さ。可愛げな顔の造形に薄い化粧、持ち前のお淑やかな、言い換えれば清楚な雰囲気とは正反対の子という印象のある事。
人は見た目で判断しちゃいけない、と言う判断材料がまた増えたのだが、まぁ悪い意味では無い。
とにかく堀内さんはとても絡みやすく、笑顔が多い為か少しずつ話しやすくなっていく感覚があった。それは俺だけじゃなく、皆んなも感じていた。
他は印象を強く受けた、訳ではないが実際のところメンツもそこそこ個性的? で、ツーブロでガタイのいい愉快なおじさんの加藤さんに、メガネのよく似合う相田さん。
少しカールの掛かった茶髪ボブカットの冴島さん。
と言うメンツだった。
そんな人たちと卓を囲み、加藤さんを筆頭にわんやわんやと会話を楽しむ。そこに拒絶感はなく、やっぱり俺は人と話す事が無理だった訳では無いんだな、と言う確信的な感覚を覚えた。
智樹君と川端さんの時もその感覚はあったけどだ。
コンビニの事務的な会話じゃあ見出せなかった感覚が今日1日でよく分かった。
そうした中、ポケットがブルッと震えた。
スマホを点けるとそこには一通のメールが送られてきていた。
「ぁ……すみません、僕ちょっと用事ができたので先に抜けますね」
「んっ……お、彼女さんですか」
俺がスマホに目をやりそう切り出すと、加藤さんは烏龍茶をくびっと飲み干してそんな事を楽しそうに聞いてきた。
「いやそんな人全然居ないですよ。ちょっと今さっき提出した書類での不備が見つかったみたいで、お呼ばれがかかった感じです」
いや、実際そんな事はない。
そもそも俺が一体何度見直したことか。それに加えてレモンや母さんにも何度も見てもらってる、不備があったらそれは俺の文の読み間違えでしか考えられない。
「えー、島崎さんって実は抜けてません?」
すると、俺の隣に座る冴島さんが少しいじりたそうな表情を浮かべながらそう言い出した。
「すんごいしっかりしてそうなんですけどねぇ」
「ねぇ」
そしてそんな言葉に続いて堀内さんも補足という援護射撃を加えて冴島さんの同意を仰いだ。
「や、そんな事ないですよ」
「ふーん…それって堀内さんの言葉に対してですか? それとも、私に対してですか?」
「ぇ…んー……まぁ謙遜しときたいので」
「あじゃあ私か」
「抜けてるって褒め言葉なんですかね!?」
すると冴島さんは吹き出すようにあはは、と楽しそうに笑って。
「嶋崎さんまじでそれはデルってる!」
そう言った。
すると、そんな冴島さんの言葉が気になったのか。
「あの…デルってるってなんですかね」
相田さんはメガネのレンズを拭きながら、隣に座る堀内さんに小声でそう声をかけた。しかし、その疑問の声は冴島さんにも聞こえていたようで。
「えっ、相田さんデルデルしらないんですか!?」
「ぁ…えぇ、お恥ずかしながら。最近の言葉はあんまり」
「そうなんですか…ま、私は最先端を行ってるんでね」
だが、そうしてふふんと鼻を高そうに語る冴島さんを堀内さんは即座に切り捨てる様にして言う。
「…相田さん、冴島さんが言うデルデルって英語のデラックスとラーフを組み合わせた造語の略語で10年前の言葉です。その中でも一瞬流行った誤読表記、元はデラデラですね」
「あ、ちょっ堀内さんネタバレ早すぎー!」
「天狗の鼻は折ってく主義なので!」
「はーなにそれー」
冴島さんはそんな堀内さんの言葉にクツクツと笑って言うと。
「ねぇ、楓ちゃんって呼んでいい?」
と距離感を窺うように堀内さんに問いかけていた。そんな冴島さんの窺いに、堀内さんはニコッと笑っていった。
「あいいですよ。その代わり私も七海さんって呼びますねー」
「それはおこがまー」
と、言いつつ冴島さんは烏龍茶が入ったジョッキを左斜め前にいる堀内さんに突き出して「かえっちゃんよろ!」と楽しそうに言った。
そして堀内さんもそれにジョッキを優しく突き合わせて「ななちゃんも!」と返した。
そんな二人を見つつ、相川さんはメガネ拭きを折り畳み。
「…いやぁ10年前かぁ。その頃は僕DKしてた時代ですねぇー」
と、メガネを掛け直しながら言った。
そんな相川さんの呟きに左隣に座る加藤さんが「…おーそれはなんだ、ドンキーコングの略?」と反応した。
「あーいや男子高校生の略ですね。…と言いますか加藤さんの時代からもあったかと思うんですけど」
「えー? …ん……何年前?」
「30年前位ですかね、JKが定着してくる中でほんのちょっと流行したワードです」
「…いやぁ…んー、JKとかJDとかそれくらいしか知らんなぁ。それに俺小学生だわそん時」
「あ、じゃあDSですねぇ」
「おぉDS……DSとかすんごい随分となつかしい響きだなーー」
そんな感じで話が進む中そそくさと荷物をまとめ、ゆっくりと席から外れて靴を履く。
「すれ違い通信とかあってさーー」
「ーーあのぉ、では皆さんすみませんがお先に。また明日お願いします」
視線が俺に集まり、それぞれの面持ちがよく見える。
そして。
「ぉ、うん。こちらこそ。また明日、よろしく」
「島崎さんよろしくです!」
「お疲れ様です」
「よろでーす」
堀内さんは笑顔と共に片手を少し強めに振ってくれていた、ほんと元気な人だ。
「………」
ただ、そんな皆んなの明かりによって逆に陰った場所にいるような、本当に一言も喋らないーー料理注文の際位、それもかなりボソボソとした声量ーー山田さんの存在が目立っていた。
誰も気に留めていない事が更にその雰囲気をを浮き彫りにしている感じ。まぁ初めはそれぞれ声掛けをしていたが反応が乏しかったからだが。一応まだ声掛けをしているのは堀内さんくらいだった。
だけれど、山田さんは目を合わせてしっかり会釈はしてくれた。だから芯から人間を嫌っているようではなさそうだし、本当に喋らないだけなんだなと、より実感した。
それから、俺が背を向けると、場の話は直ぐにさっきの続きが始まった。
(……さてと)
こっから後も俺は俺で行くとこがある。
そこは元々予定があった訳ではなく、急遽お呼びのかかった場所だ。
(吉積さんとは電話でしか話した事ないからなぁ)
そう。
今から会うのは電話でしか会った事のない、吉積さん本人だった。




