初回ガイダンス【2】
「ですので、この壁があるところまでがその階層の範囲になります。またですね、このバリアの形状も五角形の時もあれば円形の時もあります。これも例外はありますが基本的にダンジョンの外観形状と同様のものとなるので、ダンジョンの形から大概内部の様相を推測する事が出来ます」
それから直ぐ、河田さんは「続いて…」と間を紡ぎ、言葉を並べた。
「セーフティーティーゾーンについて。まず第一層目にはダンジョンの外と中とを繋ぐ出入り口として光が存在しています。この光はDBに面していて、この光の中に進んでいくとダンジョンの外、又はダンジョンの中へと出入りする事ができます。映像はですね……。…はい、この様に移動することになります」
そう言われ画面に目を向けると、映されていたのは本当に、光だった。遠くから懐中電灯の光を見ているような、真っ白い、いやもっとはっきりと物体のような感触のある乳白色のような滑らかな輝き、煌々とした存在。
けど、懐中電灯なんて比べ物にならないほど大きい。
一辺10か20m、それ以上はありそうな幅広さ。
ちょっと渦巻いている様にも見える。
高速回転していてそれがゆっくり見えているだけなのかもしれないが、ただ輝いているというよりも粘性の高い流動体のような動きがある。
その光の、厳密にはダンジョン内の映像の隣にダンジョンの外の景色も同様に映し出されていた。
ダンジョンの外側、その入り口はダンジョン内にある光と同様ーーとはいかず、大きさは対照的なのに対し、外の入り口はとても真っ黒く、闇を彷彿とさせる虚無的な存在として渦巻いていた。
そんな映像が映し出される中で、ダンジョン内にいるカメラマンは光を全体的に映し終えると、光の一番端っこ、光に触れないギリギリの場所で存在しているダンジョンバリアの元まで行ってそれに手を触れた。
そしてその状態を保ったまま、カメラマンは光の奥へと入っていく。
すると、入ると同時に手がスッと壁から離れてカメラマンの腰元に落ちた。
ダンジョンバリアは光を境に途切れている物であると伺える。それでいて光の中は壁がない、そんな風にも捉えられた。
そして瞬きのフラッシュアップ。
全視界が方向感覚を失う程に純白の光に覆われたかと思うと、その色は徐々に薄れていき、ダンジョンの外の景色が映し出された。
ダンジョン外の景色として映していた右隣の映像には、黒い入り口から徒歩で歩いて出てくるカメラマンの姿が映されている。
「これが光です。体感3秒ほどで出入りしてます。今のところこの光を越えた際に人が居なくなるなどの現象は確認されていませんので無害のものであると考えられています」
とは言うが、考えもしなかった事だ。
平然とした顔でよくもまぁ不安要素というか、怖いことを言ってくれる。
……だが、実際未知である以上可能性のサンプルを提示するしか安全性を語る事ができないのも確か。知らないもの、と言う存在はそう言うものであった。
ま、とは言え神が俺達を利用するために作った物だ。不具合かなんかで可能性の卵を壊させるなんてバカな真似はしないだろうし、あったなら絶対直ぐに対処してる。
それにこのダンジョンと言う物だって使い古してる方法だろうから、ある意味で完成度の高い存在とも言えた。
「この光を潜る事ができるのはダンジョンの初め、ダンジョンの外とを繋ぐ出入り口にしかありません。…ではダンジョンの階層を越えるには、と言うと……これですね」
その言葉と連動して動き始めた動画には、両手を伸ばしても収まらない程巨大で、淀みなく向こう岸が見える透き通った結晶の柱が地面から生えていた。
凄く幻想的に感じる美しさ。
形は六角柱で、柱の天辺は斜めに削り揃えられていて、ダイヤモンドの様な宝石的な輝きも感じさせられた。
「この支柱が次の階への移動地点、TP、テレポートポイントやSP、ステイアーポイントとも言われてます。この支柱は『光』又は『転移してきた支柱』の地点から最も遠い場所に存在しがちです…」
その説明を終える頃、また映像は切り替わった。カメラの映像は少し上下に揺れているがかなり余裕そうな動き。そしてチラリと振り向く様に視点が動いた先に、紅い体表をした何かの存在が見えていた。
それからまた、視点は直ぐに前を向いた。
かなり奥だが支柱、テレポートポイントが見える。
「…あー、距離はかなり離れていますので、もう少し早送りしましょう」
そう言うと映像は早送りで進められ、コマ送りだけれどある意味滑らかに進行する映像は、そして支柱がよく見える近さになると漸く通常速度で再生された。
「よく見ていてください」
そう言われて、映像に目を向けとさっきの赤い体表をした生き物、Vilmである緋鬼の顔がよく映されていた。
額の両端には小さな緋色のツノがにょきりと伸びていて可愛らしいが、顔は強面、寧ろ狂気的な鬼の顔がそこにはあった。
そして、ある地点で立ち止まったカメラマンに狙いをつけて襲い掛かろうとした緋鬼であったが、そのカメラマンが一歩程の距離を下がると、苦々しい表情を浮かべて後ろへと飛びのいき、歯を噛み締めながら唸り始めていた。
「この現象は所謂セーフティーバインドと呼ばれ、TP周辺域にはセーフティーゾーンという半円形のVilmが一切の行動ができなくなる空間が存在していますーー」
ーーそして。
「Vilmは本能なのかそのゾーンには入らない様警戒の姿勢を必ず示します。その為この指定範囲全域が安全地帯である事は間違いなく、補給や休息ポイントとしてよく利用されます。ただ、行動されない…詰まる所攻撃されないだけであって、ダメージを負わないゾーンという訳ではありませんのでご注意をーー」
ーーそれと。
「このセーフティーゾーンの範囲ですが、ダンジョン毎に範囲は違います。ですが階層毎に変わると言う事ではないのでそこら辺は臨機応変に対処して下さい」
そんな話をした後、さっきのVilm、緋鬼がいつのまにか支柱の近くに入っていた。いや、厳密に言えば連れてこられたような形で立っていた。
そして緋鬼は、電力を失ったロボット用に突っ立っていた。さっきまでの凶暴な様相や面持ちはなく、ただただ、力なく立っているだけ。
「先ほども言いましたがこの中ではVilmは無害化します」
動画はそのまま続き、連れてきた緋鬼の肩に手を置くカメラマン。
「階層移動はこのように、巨大なこの支柱に触れると始まります。触れる際に物を身につけていたり、触れていたりしていればVilmのような生物でも…
そしてカメラマンはそのまま水晶のような支柱に触れる。すると、ポンっとなんの前触れや遅延もなく、景色が切り替わった。
転移したのだ。
そして、その隣、カメラマンの手の先にはしっかりと緋鬼が存在していた。
「このように連れてくること、持ってくる事ができます」
それから直ぐ、カメラマンは緋鬼を引き連れてセーフティーゾーン外へと歩みを進めていき、緋鬼をセーフティーゾーン外へと追い出した。
そうすると、さっきまで元気なく項垂れていた緋鬼が活気を取り戻し、凶暴な目つきと唸り声と共に、そしてセーフティーゾーン外へと出たカメラマンに向かって襲い掛かっていった。
「こんな感じですね。生きたままVilmをダンジョンやセーフティーゾーンの外に連れ出したりすると再び戦意を獲得し凶暴化します」
それから一呼吸間を置いて「では次の話に」と言った空気が流れた時、河田さんは手に握る機器に目線を向け、何かをーー質問を読むようにしながら言葉を紡いだ。
「…ぁ、質問きましたね。ダンジョンは支柱による転移でしか階層を移動できないのでしょうか、と言う質問ですね。ぇーと、これは…先程ちらっと言いましたがSP、ステイアーポイントというものがありまして正確にはいいえです。……確かサンプルが…」
そう言って河田さんは小型機器に目を向けて、暫くいじった後「これですね」と口を動かして映像をパネルに反映した。
そこに映されたのはダンジョンの壁、ただし半透明ではなく壁と認識できる物質の存在感がある映像。
そして、その隣にはダンジョン壁の模様を簡易的にパターン化して描かれたものが載っていた。
「一応階段、と言う形で階を移動するダンジョンもあります。そのダンジョンは透明なダンジョンバリアで覆われておらず、その代わりにダンジョンウォールというこれまた破壊不能の壁が存在しています」
壁の種類の映像は、のっぺりとしたコンクリート色のものや、レンガ調の白い壁、複雑な彫りがされた黒い壁など、特異的な色調の写真が載っていた。
「ですのでダンジョン入り口から壁を見渡した時、透明な壁で無ければそれは階段移動式のダンジョンであると思います。ただまだ世界で19塔しか発見されていないので、判断には欠けますがね」
そう言いながら河田さんはその現在発見されている19塔の名前と景色、壁の特徴の簡易描きが載ったページに切り替えた。
そしてその中に2つ程、日本のものもあった。
「まぁ判断に欠けるとは言え今のところの統計ではその傾向しかないので、基本そのつもりで動いてもらっても構わないと思いますーー」
ーーでは次に。
「ダンジョンの広さについて少しお話ししたいと思います」
河田さんはそう切り返して、山岳図? のような描き方をしたダンジョンの構造図を画面に映し出した。
山の地図にある、円を用いての起伏描写や河川の描写がされていた。
ただ、その図が平面図だと思っていると次第に視点が移り動き、立体的な視点となっていった。
そして斜め視点になると地面の起伏や隆起点、木々や河川などの自然生育域などがしっかり描写され、何よりそれとなく動いていた。
「これは燈華異6階の立体測定図です。ちょっと円形の壁で表しにくいのですが…右下に書いてある面積の数式は置いておいて大体縦横125km程度の認識でいいと思います。そして……広さは階が上がるごとに増していきます」
移し替えられた映像は立体視点から平面の視点へと戻り、そこに移される図形はさっきのものとは少しばかし違う物だった。
右下に表示されていた面積の数式もさっきのものとは違う。というか数値が上がっている。
そしてそれは転々と変えられた映像全てに当てはまっていて、数式に表示される数字もやはり次第に大きくなっていた。
「このダンジョン内の広さというのはダンジョンの外観以上の広さですので、ある意味ダンジョンと言うのはハリボテの様にも考えられています。…因みにですが、今見つかっている測定済みの一番広い階層で縦横約4120kmあります。聞く分にはかなり広いですが、レベルが高ければまぁまぁの広さです。因みに日本横断で3000km位だそうなので、日本1.3周分位ですね」
と、軽く河田さんは言うのだが、ダンジョンの階層一つあたりその距離というのは大分おかしい。
そもそもその階層の広さがそれというのなら、次の階層はそれ以上という意味でもあるわけだし、そもそもこの楽観的な距離感は、直線的な運動の場合での感覚だ。
普通そこに体力や土地の特性、Vilmの動向、天候、戦力状況なんかによって大きく左右されるし、第一にその広さは大概下層ではやく上層、トップの自衛隊員らが進む深層域で、その頃にはもう事前に用意していた食料なんかとっくに尽きている様な頃。現地での自給自足も強いられる。
そうなると食料採集ポイントの探索に時間を割く必要があるし、Vilmを解体して食料にするにも、それを調理するにも同様に手間と時間がかかる。
しかし、現役のトップ自衛隊員。
まぁまぁと言う見解はつまり、それを込みでの判断なのだろう。
そう考えると河田さんは日頃からそれ位の距離を普通に経験している訳で、だから言い方は悪いが、その発言からは河田さんの壊れ具合がよく見えた。
「広さについてはこれくらいにして、続いてダンジョン内の日照時間ですが、これはその国、と言うよりも場所、緯度や経度の部分が反映されると考えられています。ダンジョンバリア、ウォール共に明るさがあり、朝昼夜がちゃんと存在しています。そして、見上げる分には普通の空と太陽の光景が流れていますーー」
ーーそして。
「その空模様のリアルさは天候という面でも存在していまして……いやぁ結構非現実的な存在な割に妙な所でリアルですよね」
河田さんは空笑いを浮かべながらパネルにダンジョンの空なのであろう映像に映し変え、解説を続ける。
「… ただですね、日照は反映されるのですが天候はダンジョンが存在している地点と同様のものが反映されない、要するにダンジョン内の天候は独自の天候サイクルで動いていると考えられています。ですがそのサイクルは見出せていませんーー」
ーーその代わり。
「と言ってはなんですが、現段階での研究者達は、実はダンジョンバリアの向こう側にある土地はただのハリボテなどではなく、また別の階層なのではと考えられています」
河田さんはそう言った。
俺もその話は聞いたことがあった。
「…天候や雲の流れなどから共通点が時折見つかるんですよね……なのでそのサンプルから推測されている訳なんです。……一応ざっくりとした説明なので細かい事は学者さんの論文など読んでもらえればいいかなと思います」