到着につき【1】
船から降りて、開口一番に思った事は都会でも無く田舎でもないんだな、と言う事だった。
俺が飲み物を買って席に座った後は政治や世界情勢の話をするでもなく、どちらかと言えば談笑に近い、全員の昔話のような会話で盛り上がっていた。
帰ってきた川端さんも含め、色々と。
そんな感じで駄弁っていたら、もう時期新島に到着すると言うアナウンスが船内のスピーカーを通して響き渡った。
微細な揺れと雰囲気しかなかった航路の情報がようやっと更新されたとこだった。
それから10分程度した所で船は完全に停止し、橋がかかったアナウンスを聞いて俺達は外へと向かった。向かう道中にも人は居て、全部で30人程度はいるのではないかと思う。
いずれにせよ、その数を知った所で何とも。ただ男女比で言えば男性6割、女性4割と言った風に思えた。
そうして鋼鉄の威圧感とザザァっという波の穏やかな音をバックに、降り立ったその地面。カモメが鳴き、海の臭いが鼻を突ついた。
視界は良好、天候の晴れ具合が余計に景色の映えを強くする。太陽光が寧ろ痛いくらいだ。
「ふぅ……」
この新島は現在人口3,400人程度の島。
なので全然普通に民家などが降りてからも見受けられ、なんなら入り口からそうなので島の人達の生活感を肌で感じる事が出来ていた。
そしてそれは逆に見られてもいると言うことでもあり、港の方から来る人達に興味があるというか関心があるというか、子供達なんかは遊ぶ手を止めてまでこちらに目を向けていた。
タッタッと歩みを強め、歩く石畳みの道。立ち並ぶ家々、ガラガラとキャリーバッグを率いて向かうのは開拓者支部ーーではなく今夜泊まる旅館。
19時半から初回ガイダンスが始まる、それも今回の開催場は旅館の宴会席でだ。なのでどちらにしても旅館に向かう必要があると言うか、行かないとガイダンスすら受けられない。
だから道に迷ってられないが、現在16:00台と言うこともあり時間にかなり余裕がある。
もし道に迷ってしまってもそこまで問題ないと思うし、なんならスマホの地図を開けば直ぐにわかるし、紙の地図もあるからどちらにせよ困ることはない。
そしてそこに標識板が置かれてもいるのだから安心して道を行ける親切設計。
特に急ぐ必要がない俺たちは雰囲気を楽しみながらゆっくり向かおうか、となった。
扇状に発展している町。
こうして普通に発展している街並みはしかし60年程前の1980年頃、バカンス地として有名になっていたらしい。それもある意味社会現象にもなっていた位の規模で。
けれどその面影が今も残っているかと言えば残ってない。どちらかと言えば観光業が廃れて普通になった感じ。それに人口の急増とかもなく、穏やかに成長している様相。
活気はない。
けれど本当に穏やかな暮らしを感じる。
都会や田舎とは違う、形容し難いが質の良い静けさがここにある。
(ここで1年位訓練するんよな…)
事前情報以外に視点を巡らせた時、新島はどんなところかと思って居たが存外悪い所ではなさそうだ。
さっき見た案内板を元に俺達はズカズカと道を突き進み、角を曲がったりしながら街の外へと離れていく。
少し更地が多くなってきたけれども道はしっかりと敷設されているのでやはり迷う事はない。
それに加えて、目的地に近づくにつれて道の脇に灯籠が出現し始めている。和な色合いが強みを示す。
そんな中、灯籠を見た智樹君は「マジモンの灯籠じゃん」と目を輝かせ、歩きながらパシャッ……パシャッと数枚いろんな角度から灯籠を撮影していた。
そうしてテクテク歩いて暫く、俺達は二俣に別れた道を前にほんの少し足を止めた。
(これは…真っ直ぐしかないよな)
悩むまでも無く、目の前先にある門の奥へと続いているのが俺たちが向かうべきルートだ。これはどう見間違えてもそうにしかならない。
だからこの右に逸れて進む道は業者用なのだろうという予想は直ぐつき、ほんのちょっと止めていた脚を動かしてそのまま真っ直ぐ進むことにした。
すると段々その目の前で佇む建築物の美しさと大きさが増していく。
情報によればこの旅館はガイダンスの為に作ったらしく、後に観光事業の一環として併用するつもりらしいが当面はガイダンス専用との事。
しっかし。
「シンボル旅館…なんか凄いですね……後とてつもなくでかい」
「ザッ、和風って感じがね。あとほんとでかいね」
開拓者の職業はそれこそ世界的な物だ、故に特色を見出そうとする国々が多く、それは日本も例外ではない。国の産業と化しているならば、国の色も添えなければ映えもしない。
それにWWSOA以外にも普通に外国人がダンジョンやその近くを訪れたりする。その時のための印象を、この場合日本らしさを感じてもらう為にダンジョン周りは日本文化を強調した物が多くなっている。
目の前で聳えるは和の様式を備えた巨大宿泊施設。
部屋などがあるのであろう館は、巨大な本館の左隣に5層に連なって佇んでいる。
そしてその屋根などには日本といえば、の景色に絶対入ってくる黒く、そして鈍く光を反射する瓦の色が入っていた。
城壁を泡沫とさせる塀と、入り口部分になる横と縦に広い門構え。門自体の幅が広いのもあるせいか、全体的に何でも受け入れてくれそうな包容力を感じた。
また塀の方は窓のように空いている部分に木の柵が立てられていて、壁の短調さを緩和しているようだった。
腰壁は石では無く木だ、結構黒い系の。それでもちゃんと似合っていると言うか、景観としてはめちゃくちゃいい。
その他に電気ランタンのような、灯りの装飾が等間隔に掛けられていた。
そんな前門の景色を見ながら門を潜ると、門の間から見えていた砂利と石畳が目の中いっぱいに広がった。当たり前ではあるものの、それでも壮大な景色のように感じた。
タッタッ、ゴロゴロと、少し脇道に逸れてジャガジャガと砂利の上を幅を利かせながら歩き、灯籠の前で脚を止める。
道中にも灯籠は設置されていたがここには丁度後ろに木や草むらが植えられており、残念ながら池はなかったが、殺風景ではなかった為写真を撮ろうということになった。
それもこれも。
「折角だし旅の思い出を作りたいんです!」
という智樹君の案なのだが、断じてこれは旅先の観光地ではないという事を知っているのだろう。
いずれにせよその『折角だし』と言う所に惹かれた部分は間違いなくあり、だから俺も川端さんもその写真撮影に賛同した。
「灯籠、点灯されてないですけど、白柳さん的にはいいんですか?」
「んー……あー、夜の撮影も良いんですけどこの夕方手前の空模様も個人的に好きなので……あ、じゃあ川端さんと悠夜さんが良かったらなんですけど、夜、また撮りません?」
智樹君のそんな声に対して、特に不快感を示す事なく「俺はおっけー」そして「僕も大丈夫ですよ」と川端さんも続いて言った。
「よしっ、じゃ、これがみんなと撮る一枚目という事でっ!」
智樹君は流れる様にスマホをカメラモードにすると「じゃあ行きますよぉ」と楽しそうに声を掛けて。
「はい、サンキューのすけぇ!」
(……ん?)
「…ぇ、さんきゅ…?」
「さんきゅーのすけ……?」
手が止まった、表情も止まった。声も止まった。
「え?」
みんな困った。
そして智樹君は慌てて「え、サンキューのすけ知らないんですか!?」と声を上げた。
「…ぁーうん、ごめん、それ絶対世代じゃない」
聞いたことない。
そう思い即答していると、「んー……嶋崎さんがそう言うのでしたら僕は余計違いますね…」と川端さんも困った表情を浮かべて唸っていた。
そんな俺たちの反応を見て、智樹君は。
「えぇ…僕の学生時代これが流行ってたんですけど……」
かなり落ち込んだ、と言うか、ほんと心底驚いている様な声色と表情で言葉を並べていた。
これが所謂ジェネレーションギャップという物なのだろう。時代は移り変わるとは言え、そんなものまで変わるとは思っても見なかった。
「俺はハイチーズ勢かなぁ」
(で多分、川端さんは俺とおんなじ平成生まれやろうし)
「川端さんもですよね」
「あー…や僕は1+1は2ーって奴でしたね」
「…悠夜さん違いますやん」
「エセ関西弁やめろ」
俺はそうツッコミを入れつつ気を取り直すように「もうサンキューのすけで良いから撮り直そ」と声をかけると2人も同じように頷いて再度撮り直しが始まり。
「はーい、じゃあ改めて行きますよー、はい……さんきゅっのすけっ」
パシャッと、音が鳴る。
良い音だ。
「もういちまーい…」
そしてまたシャッタが降りる音が辺りに響く。
「はいおっけーです」
その時ーーその声が入ると共に門を潜ってきた開拓者の人達、それか関係者の人がこちらにチラリと目を向けてきていた。変なものを見るような目ではないが…。
いやまぁ、良い大人達が肩を寄せ合いながら笑って写真撮ってる訳だから、気になるのは分かんなくないし……うん。
けど…なんか一気に恥ずかしくなった。
羞恥心に見舞われた。
今はその心でいっぱいだ。
…と言うのは黙っておこう。
雰囲気がぶち壊しになる。
「……良い感じっすね。…あ、フレンズ入れてたらグループ作ってそこで写真上げたいんですけど、入れてます?」
フレンズと言うのはsnsのメールやり取りサービスの事で、昔からあるフレンズ同様のメールサービスのシステムとは違った簡略化を図り、より感覚的に操作できる様に別の会社が作ったアプリの名称である。
パクリというよりも正当進化に近いアプリとして差別化され、その利便性の高さ、だけではなく、発売当初から様々なキャンペーンを打ち出していた為、新規参入者を多く引き込むことに成功し、一躍有名になった。
大量に引き込むという経営努力により母数が多くなった為、開発から15年位経った今ではこっちの方が浸透していたりする。
そんな馴染み深くなってきているアプリはもう落とし済み。
ほんの少しばかりの社会人時代はやはり前の方が主流だったことが大きくこのアプリを入れることは無かったが、ニートになってからは無料で何かが手に入るモノが好きだった俺にとってこう言う頻繁にキャンペーンを行うモノに注目しない訳がなかった。
「俺は入れてるー」
「僕も、一応」
「お…じゃあもういっその事ここで済ましちゃいましょ」
それから直ぐ俺達はフレンズを起動し。
「じゃあ周囲1m以内の範囲で……これで来ました?」
「…あぁ、うん来た来た。……ん?」
スマホの画面上に現れる、二つの名前。
その違和感に、俺はつい怪訝な声を上げてしまった。