恩恵は【2】
「活用方法…」
智樹君がオウムを返すと「はい」と川端さんは頷いた。
「…それというのも……えっと、穀物や野菜、果物とかを育てるには、水が…必要ですよね?」
「え? えぇ、まぁそれは。枯れちゃいますから。植物だって生きていますし」
智樹君の言葉を聞くと、川端さんは「その通りです」と頷きながら続ける。
「家畜…牛や鶏も、水がないと渇きで死んでしまいますよね?」
「はい…」
「植物もそうですが、動物も何かを食べて栄養を得ないと死んでしまいますよね?」
「……そうですね…」
「家畜が食べる物は種類によりますが、ここでは鶏を扱うとして、鶏は穀物やハーブを食べさせられます。生きるのにも穀物を作るのにも、水が必要でしたよね? では鶏肉を輸出するとした時、この肉は全体を通して何を利用して作られたものですか?」
すると。
「あっ、あーなるほど。確かに水の使い方だ」
智樹君は随分と納得した面持ちで頷いた。
これは要約すると、水の使い道は大概動植物を利用した生産行為で、水を使って作ったものを利用して更に生産している。だから結局水を輸出している事になるよね? と言う話だ。
そして水の不可欠性と、水が巡り巡って生態系全体の生産力を促しているという事を説いた、改めて気が付かせる為の論述だった。
「…まぁそんな感じですね。…ですが、水単体の不足は各国続いていますので、低コストで効率の良い淡水を生成できる技術が確立されるまでダンジョンから取れる水資源の有用性は変わりません。いずれ水そのものを効率的に輸送できる機械や経路などが開発される事もない訳ではないです」
「あー…なるほど。確かに」
地球温暖化…と一昔前までは言われていたものの、実際は定期的な温暖期に入っただけという事が周知され始めた昨今。
CO2対策は余り講じられなくなってきている。
というよりもCO2の干渉より直面する危機がそこにはあった。
それが河川や湖の水位低下、最悪干魃に至っているという現状だ。
これは温暖期のせいで手のつけようが無いのは確かなのだが、しかし仕方ないで済ませていては大陸に住む生物としてはたまったもんじゃない。
その為干魃地帯の増加に当たり、低コストで大量に真水を作り出すことを命題にして国家プロジェクトが稼働しているのが現状だ。
また温暖期の影響は凄まじく、北極、南極の氷が溶ける事により海抜が高まっているという海洋問題のーー海洋廃棄物問題とは別のーー背景もあり、自体は深刻の色を強める物だった。
だから人間はその手で出来そうな事ーー沿岸部を高地にしてみたり、大陸に侵入する水量の調節などーーをして、島や大陸が海の中に沈むということがないよう努めている。
「後は…あ、やはりアフリカに齎される恩恵の部分とか知っててもいいかもしれません」
「恩恵ですか?」
「はい恩恵です」
川端さんはそう言って話を続ける。
「この話は単純に綺麗な水が飲める事に繋がるので、健康的な生活を送れるようになる、と言うことを意味しています。他にも綺麗な水を使ったお風呂にも入れるようになりますし、傷口も綺麗な水で流せるように成ります」
「確かに…」
「またそれによりですね、様々な病気や感染症のリスクが大幅に下がるのでは、と期待されているんです」
「…ぁー…。衛生環境が改善されるんですもんね」
「そうですね、本当に大幅な改善効果があると思います。あと…恩恵で言えばアフリカ全土、とまでは行かないにしてもやっぱりマリ周辺地域での農作物や家畜の生産力向上は外せないですね……」
そうして話がひと段落した所に、俺は話題の提供という形で。
「…川端さん。マリの話をしているのでしたら折角ですしWWSOAの話とかどうですかね?」
と助言する事にした。
それを聞いた川端さんは手を軽く叩き。
「あっ、WWSOA。ありですね」
と、少し楽しそうにそう言った。
ただ、やはり智樹君はイマイチピンときていないようで。
「ツー…ソーア…?」
と右から左に抜けていった言葉をなぞる様に、首を傾げた面持ちで言っていた。
「WWSOA……現在世界78ヵ国が参加する予定の世界水資源安定保有同盟の英略名ですね」
「へぇー…78ヵ国もの…水資源の同盟ですか……。どんな内容なんですか?」
「そうですね、ざっくり言うとマリを中心にアフリカへ投資する事と、マリに支援するので今後とも仲良くして下さいという…まぁ擦り寄り同盟ですね…」
「ほんとにざっくりだぁ」
川端さんは「ま、ざっくり感はさて置いて、内容ですね」と話しの入口を決めて口を動かした。
「水資源が発見されているのは現在フェルミナンのみ。なので今のうちに経済的、技術的に協力しておいて、後々困ったところで融通を聞かせたいと言う思惑がこの同盟の根幹にあります。そしてアフリカには57の国があり、その殆どの国がこの同盟に参加しています」
「ほとんどですか」
「ええ。端的に言ってしまうと同盟に入る事によってダンジョンの探索、引いては攻略の協力をしてもらえる上に先進国からの技術などを提供してもらえるからですね。後Vilm素材の買取先を増やす為です」
そういってから、少し間を開けて川端さんは言った。
「……アフリカは経済力に乏しいです、今も昔も」
と。
「それでしたら、知ってます。ずっと貧困から抜け出せないのは問題として良く耳にするので」
「そうですね…特に支援金を出しても大体が一般層に行き渡らないのでね…。なので結局その日を凌ぐ為に家族全員に重労働を迫られるのが一般で、でもだからといってお金を稼げているかと言えばそうでもありません」
川端さんは続ける。
「ですが、そんなところにダンジョンが現れました。そこから取れるVilmの素材やダンジョン素材は高値で売れますーー」
ーー効率がとてもよく一攫千金も良いところ。
「そうなると、家族の大半はそっちに流れていくようになる訳です。それに生きる為なので、子供達も例外ではありません」
「あー……」
「アフリカの国では開拓者という制度が設けられていません。国が素材売買の斡旋を執り行っているものの、ダンジョンに行くのは年齢関係なく自由なんです。それに…」
川端さんは続けた。
「……飢えや…渇きで死ぬくらいなら、稼げる所で生きて死ぬ方がいい。怖いけど、多分この怖さは何時もと変わらない。…これはドキュメンタリードラマで流された現地の人の声です。ダンジョンに行く人達の思想は少なくともこれに似た考え方で溢れかえっているんです」
「……」
「ですので、家族ぐるみの付き合いがある人達同士で結託してダンジョンに潜ったり、時には同じ素材を求める人達同士ダンジョン内で争ったりしている事もあって、それが問題視されていますーー」
ーー…アフリカ大陸内では。
「ダンジョンが3塔しか見つかってないのでね、ただでさえ集客率が高い存在なのに、更に人が集中してしまって争い事が余計に絶えないんですよね」
「…え…なんで…3つしか見つかってないんですか?」
そんな質問に川端さんは唸りつつも答えた。
「ぁーなんで…と言われましても……んーまぁ、探索するのにもお金が必要になるから、だと思いますね。周囲に巨震を起こしながら生えてくるダンジョンがあるので震源を探知して探す手法があるのですが精度に欠けますし、音も立てずにスッと現れたというダンジョンもあると聞きますのであまり震源探知は当てにならないそうですーー」
ーーなので。
「人工衛星のデータから探し出す…のですが、これも欠点と言いますか、見る事が出来るのは一面だけなので、遮蔽物によって隠れているものなどあるとそこの確認はできません。VNIRを利用して発見の精度を上げるには上げるのですがやはりーー」
「ーーあっ、あの…」
「…はい、どうしました?」
「…すみません、そのVNIR? ってなんですか?」
そんなごく普通の疑問を智樹君は抱き、川端さんに問うと、川端さんは直様持ち前の知識の引き出しを利用して。
「あー、これはですね物体の反射特性から物質を割り出す可視光線と近赤外線を搭載したセンサーの事ですね」
そう話した。
だが、そんな説明を受けても智樹君はイマイチしっくりこない表情で。
「…あ、ああ。なるほど……すみません…ありがとうございます。……ではお話は続けていただいて…」
分かった雰囲気を出しながら会話の主導権を川端さんに返した。
「分かりました。……先程例に挙げた通り、人工衛星を使うだけでは探索の限界に直面してしまいますーー」
ーーですので。
「小回りが効くドローンや、ヘリに3Dカメラを取り付けて多角的な景色を記録したり、音波機器とかで地中を探し出したりする探索が取られています。ただ、当然なのですが精度を高めた探索をしようと思えばお金が掛かります、とても」
股の間で手を組みながら川端さんは話を続ける。
「…話が逸れましたね。今各国はアフリカに注目している訳です。フェルミナンの様なダンジョンがまだあるのではないかと。ただ、だからと言って他国の領土に勝手に踏み入るのはアウト。…そこでWWSOAの出番です」
そう言う川端さんの言葉に智樹君は小さな頷きで返した。
「水資源確保という共通名目を盾にし、良質な支援を材料とする事で同盟国内での指定領土内の探索を良しとした締結をしました。まぁ支援と言っても本格的なものはダンジョンが見つかってからですがね」
「ぁー……じゃあそれっていつでも国内に入って探索できるって事なんですか」
すると川端さんは小さく首を横に振った。
「いえ。WWSOAの協議で全会一致しなかった場合、または統治国による拒否が言い渡された場合は探索してはいけないという決まりがあります。それに探索期間などは事前に設けられるそうです」
「…あーなるほど…一応拒否権と行動制限があると言う事ですか…」
そう理解を深めた面持ちをしながら、智樹君は首を傾げて、そして言った。
「…でも、国としてはあんまり嬉しくない事じゃないんですかね…範囲内と言っても領土内探索って、探索以外に何をされるか分からないですし。…一応承認制のようですけど、僕としては拒否する国が多いように思います」
川端さんはそんな疑問の言葉に確かに、といった風に唸りながら腕を組んだ。
「んー……難しいところですが、それは信用の話にもなってきますね。重い罰則があるに加えて承認制ですのですぐに特定されやすい側面もありますーー」
ーーなので。
「下手な事をしてバレる危険性はとても高い訳ですし、罰則を受けるのみに留まらず、国としての信用を落とすというのはダメージが大き過ぎます。ですから、多分、何か仕掛けるなんてことは…そうないんじゃないかなぁと僕は思いますね。…探索対象国にとってはリスクは間違いなくあるでしょうけど、リターンとリスクの話で言えば両国トントンなんだと思います」
「……そうですか…」
川端さんはそう相槌を打つ智樹君の目を見てから、姿勢を崩して背凭れに凭れかかるようにしながら天井を見上げ「いずれにせよ」と呟いた。
「マリを直近で支援するのが目的なのは変わりませんね。主要国にとって他国は副産物程度の認識だと思います。後、水が取れるのが30階層辺りなんでね……水資源を利用しようとした時、高レベルの開拓者、並びに機器が必要になってくるんですーー」
ーーマリとしても。
「産業の効率化、安定化が出来ますし、実質支配力を確立できる事になるので少なくともマリからの文句や拒否というのはないでしょう」
マリにとって、必要に応じての人員動員、これは最も大きなものであると俺も思う。
これは単純に、高レベル帯の開拓者が死亡してしまった時、補填要員の確保の為奔走する必要があまりなくなるからだ。
他にも精密機器や加工技術、整備知識など最新の技術の交流が高頻度で行うことが出来る様になる。
そこに水資源の支配力。
急に出てきたダンジョンだ、急に消えてしまうことも無きにしも非ずだが当面の利益は莫大。
そんな話を聞いて、智樹君は「支配力……か」と呟いた。
「…そうです、支配力です。もしこの話がピンとこなければ、そうですね…20年ほど前まで中国がチベットにある多くの河川を使ってダムを建設しようと動いていた事は知っていますか?」
「…あーはい、それは聞いた事があります」
「これは発電という名目で下流域全ての国に流れる河川を自由に操る為に計画されました。計画は色々あって頓挫しましたが、その水を必要とする下流域の国は生殺与奪の暴威を行使され兼ねない、寧ろ一歩手前だった状況。詰まるところ支配されかけいた状況になります。まぁーー」
ーーフェルミナンはこれと訳が違いますが。
「でも本質的には似ています。今後水不足が予見される世の中で唯一半永久的に活用できる綺麗な淡水が手に入るのですから、各国の首を掴んでいるも同然です。それを嫌った国々が擦り寄った結果生まれた同盟なので…この同盟を言い換えれば、首輪契約…のようなものですね」
「うわぁ…なんか…怖いですね……それ」
「まぁ一応マリの現トップは平和主義者なので、共和世界を重んじている間はそこまで。ですがこのままでは支配される未来も遠くないので急ぎ効率が良く低コストの水を生成できるよう各国は研究をしているんです」
そうして話がひと段落したところで俺は智樹君を横目で見ながらミルクティーを3口程直で飲んで、語りかけた。
「……結構ドロドロしてるでしょ」
カランと、溶けた氷が滑り、音を鳴らした。
レモンソーダの炭酸がシュワシュワと軽く湧き上がっていた。
「ぁー……どうなんでしょ、ドロドロしてるぅ…かどうかは分かんないですけど、なんか世界を感じました。後、ダンジョンによって生まれた問題とかはこれだけじゃないんだろうなって」
そんな智樹君の見解に、俺は頷きながら言う。
「そうだねぇ、地球資源よりもダンジョン資源の方が資源の成長速度とか再生速度とかが速いみたいだし、それにその国のバイオームとかと関係がない資源もダンジョンから採れるようになったから国家間の特色とか、場合によっては交易先が潰れるっていう問題が生まれてる。だから今は新しい物の開発競争とかが苛烈になってる」
すると智樹君は。
「んー…なんか…ダンジョンの存在って資源の宝箱みたいなもんですね」
そう言った。
だから俺は少し茶化すように、しかし真剣な意味合いを孕ませて「……ま」と言葉を紡いだ。
「パンドラの箱も兼ねてるけどね。一概に宝石が詰まってるとは言い難いよ。特産品問題以外にも問題や課題があるから」
「他にもあるんですか」
「あぁ、あるよー? 例えばさっきまで水資源の話とかしてたけど、一番人間を動かすのって資源収集だけじゃないからね」
「え、違うんですか?」
「そ。一番動かすのはレベルと言う概念。それに準じた成長力が人を一番動かしてる」
「あーレベルか…」
「この世界にレベルという概念が追加された事によって生物的な差が付きやすくなってるのよ、現状ね。そのせいで各国の戦力格差が顕著になってるーー」
ーー場合によっては。
「銃火器が効かなかったり、爆弾が効かなかったり。高レベルの開拓者1人居るだけで移動式殲滅級兵器だからね、一般人が開拓者を殺すにはダンジョン産のものを省けば核爆弾くらいしか無いんじゃない? って位に問題にされてる。」
智樹君は少し息を呑んだ。
「今の世界情勢ってめっちゃ不安定やから、力をつけた国がいつ戦争を起こしてもおかしくないんよなぁ…。有用なダンジョンを奪おーって勢力が現れてもおかしくないし。だから国の今後の課題としては国防の為にダンジョンに潜らなきゃならないし、市民ですら強く在らなければならない風潮と言うか、そう言うのがある、今の時代。ーー」
ーーそれに。
「生物の中でも特に人間は争い事が好きだから、ダンジョンがあって、ダンジョンが齎す恩恵がある限り、今ある世界の秩序はほぼ無いに等しいよ。先に行ったもんガチって言うレバレッジのなってない競争は積み上げてきた物を安易に崩壊させる事ができる危なさがあって、それが危険の中でも一番危険だからね」
そこまで言って、俺は手元に置いてあるミルクティーをストローを使わずにゆっくりと飲み干す。
最後の方は少し薄く感じつつも、元々濃厚だった味に舌鼓を打ちながらコースターの上に空になったコップを置く。
「まぁ…」
俺は一息入れて。
「…そう言った部分もひっくるめて…恩恵なんだろうけどね」
コップの底で蹲る氷を見て、俺はそう思った。
すると智樹君は俺の言葉に添えたニュアンスの意味を汲み取ってか「…最後のは……皮肉ですね」と答えを聞いてきた。
「そ、せーかい」
恩恵は良い恵ばかりではない、恩恵だからといって幸福や利益だけを得られる訳ではない。
善悪の均衡が良しとされているように、良いことと悪いことが平等に起きるように、良いものを受け取ったからには悪いものも被らなければならない。
カランッと四角い氷が音を立てて滑り落ちた。
「あ…皆さん喉乾きません? よかったら買ってきますよ」
飲み切ったコップを眺めて、俺はそう声を掛けてみた。すると真っ先に智樹君が声を挙げて。
「あーじゃあ僕アイスココア、アイスクリームとダブルホイップ乗せで」
続いて川端さんも。
「僕はアイスコーヒーでお願いします」
同様に注文した。
「分かりました。川端さんは…何かかけるものとか?」
「そうですねぇ…ではシロップを一つお願いします。あ、後お手洗いに行ってきます」
紛争により分裂したリビアは東リビア西リビアとなり、コンゴも同様に分裂し、できたのがコンゴ民主共和国とトゥラトル共産主義国。
これにより合計57の国という事になります。




