道中【1】
さて、と。
向かうは新大阪駅にある東京行きの新幹線乗り場。今回はどうも貸し切りという事らしいがどう言った配慮のもとなのだろうか。
まぁ何にしても乗るだけなのでそう考えることでもない。
俺はテクテクと近場の駅まで歩いて行き、電車を乗り継ぎながら大阪駅、乗り換えて新大阪駅へと向かっていく。
そうして到着し、タトッとフォームにシューズの男を鳴らしながら下車すると、人が電車の中よりもいっぱいいて、人の数で溢れかえっていてーー
ーーバッグを持つ人帽子を被った人手を繋ぐ人子連れの人髪の長い人髪の短い人髪が黒くて茶色くてピアスがギラギラ目線がいっぱいある人がいっぱいいる階段に流れている人の臭いが充満してる人が多くて暑い気持ち悪いっ。
「ぅ"……」
一瞬グワンと景色が歪んで見えた。
胃から込み上がる不快感。
耳鳴りが凄い。
「はぁっ……っはぁ…」
俺は少し顔を顰め、目線を逸らすように空に目線を向ける。
そうすると、巨大な鉄パイプが幾重にも連結しあって織りなす無骨な鉄骨ドームが、この喧騒の犇きを覆うようにして存在している事に気がついた。
パチリパチリと目に収める、その巨大という形。
空の青さとその鈍色のコントラストが目の中でギラギラと映り入る。
吐瀉物が口から吹き出そうになるキツイ嘔吐感、噴き出た冷たい汗。締め付けられる頭の苦しみ。
「はっ……はぁっ………はぁ…」
しかしこうしていると胃液の逆流感と悪寒的なものがゆっくりと引いていき、視界の歪みも、それと耳鳴りも、ゆっくりとだが、確かに消えていった。
「…はぅ……」
貧血…か、いや人酔いか。
うん多分人酔いだ、この量の人はここ最近じゃ見たことがない。だからちょっと、酔ってしまったんだろう。
(はぁ……)
人に対して弱くなったなぁっと、改めて実感する今日この頃。
急に立ち止まり天井を見上げる俺に向けられる奇異な視線が嫌で、俺はサッと目線を落とし、キャリーバッグの網ポケットからタオルを取り出してから取っ手を握り直す。
「……ふぅ…」
タオルで顔を拭き、そうして人混みの中に紛れながら階段を降りる。
トコトコと、ガラガラと。
そして手元にある新幹線のチケット情報とを参照しながら駅番号を探しだし、その階段を登った。
(これ…か?)
そして漸く新幹線の改札口に辿り着く。
(多分これやろ)
スタイリッシュなデザインに改修された改札口。俺は切符口の真上にある電子パネルにそっと新幹線のチケットを翳す。
するとそこからキュンッと高周域の音が鳴って、目の前のパカパカするゲートが開いた。
俺はそれを確認してからツカツカと歩いていき、自身が乗らなければ行けない車両を確認してから乗車口に足を置く。
そうして車内に足を置いた瞬間から雰囲気の違いが伝わってくる。
床はブラウンベージュの色味が敷かれ、壁は白を基調とし、腰壁に黒の色をアクセントとして設置している。目におしゃれな感じがキツく飛び込んできていた。
(んー、どうしよ)
キョロキョロと見回しながら少し歩みを送る。
しかし、乗車口より少し進んだ程度のところで足を止めてしまう。
今回の新幹線では座席の指定が無い。
しかし、かといって迷ってるからここで突っ立ってるなんてのも邪魔だ。
なので俺はなんとなく右に曲がって短めの通路を歩き、目の前に立ち塞がったドアを横に引いた。
そうして視界に入ってきた光景は、乗車口の方よりもシックで大人びた室内の様相、座席も柔らかそう…というか高そうなものがずらりと並んでいる。
大体が四人席で構成されており、その席の真ん中には茶色い艶やかなテーブルが設置されていた。
全体的に溢れ出る高級感。
そんな演出に沿ってか、それとないクラシック音楽が流れていた。
落ち着いた曲調で、優しい弾きのピアノの音色だ。
音楽に精通していないため詳しくは分からないが、この音色が更に空気感をゆったりとしたものとして彩っているのは間違いなかった。
そうやってまたキョロキョロしながら入った車両にはまだ人は乗っていなかったようで、その場はかなり閑散としていた。
(席、選び放題ぃー…)
と言っても正味座る場所はどこでもいい。
なので車両の中程まで歩いてきたところで適当な座席に狙いをつけ、座席下にある空間に荷物を押し入れてからスッと座席に腰を下ろす。
人が来た時用に窓側の席に一応座っている。
……しかし、それにしても。
(やわらかっ…)
座った直後に包み、覆われる快適な心地よさ。予想通り触り心地がいい。特に首周りをサポートしてくれるクッションがいい感じ。
ほんと全体的に寛げる。
これで更に早いんだから至れり尽くせりだ。
(流石最新型の新幹線)
そう。
この最新型の新幹線は大阪から東京まで1時間もかからないという爆速運転をする。
そしてここにただ速いだけではなく安全面も考慮、保証されており、世界的にもトップレベルの変態性も兼ね揃えている。
車両の外装内装共に基本的に拘って作っているのもまた一つの売りだ。
この洋風に近い雰囲気のもの以外にも、和をイメージした物や民族的な装飾をしたもの、日本のご当地車両などなど作っているようで、ツアー客に観光地以外でも楽しんでもらえるコンテンツとして製作されていた。
因みにこれより速いリニア鉄道は東京と大阪の行きで25〜30分程度らしいが、乗車できる車両とポイントが少なく、それにより出発時間もかなりの間隔で設置されている為便が少ないと言うのも難点だ。
まぁなんにしても快適な旅かつ、予定を圧迫しない時間的配慮が共に存在している時点で素晴らしい。
安全で速いはほんと心地よさに繋がる。
「はぁっ……」
肺から強く空気を押し出してスマホをチラリと見てみると、現在時刻は10:10を表示していた。
この電車の発車時刻は11:00。
初回ガイダンスの開始時刻は今日の19時30分からで顔合わせだけらしいが、まず東京駅に到着後横浜のフェリーポートまで電車を乗り継ぎ、15時00分に出航する新島行きの船に乗船する。
何故新島行きなのかと言うと、今回の目的地がそこだからだ。
新島沖近くには一年半前頃に発見された異形のダンジョン、【燈華異ダンジョン】がある。
異形のダンジョンとはその名の通り、通常のダンジョンとは異なっている存在で、様相、内面共に異質なものとなっている。
と言うのも、ダンジョンは普通円柱や角柱形状で、塔の様に天に向かって伸びたものが大半として発見されている。
しかし異形のダンジョンはそうした例に倣う形状をすることがなく。
例えば円錐形のような、天に向かって行くに連れて先端が細くなっていく【紅角異ダンジョン】という角の様な形状をした異形のダンジョンがあるのだが、途中でぐにんっ、と萎れるように折れ曲がった歪な形をしている。
また別のものとして、通常とは逆に塔の入り口部分だけ地上に露出しているのだがダンジョンの全容が伺えない【天地異ダンジョン】のような地中に埋没していると予想されているダンジョンもある。
そう言った事例から、実は地上に顔を出していないだけでダンジョンは地上だけではなく地中や海中にも潜んでいるのでは? と推測された。
そうして日本でも様々な地点での探索を開始し、異形ダンジョンの一つとして【燈華異ダンジョン】が見つかったのだ。
俺はボーッと肩を座席に沈め、天井を見上げながらこれから向かう道順と異形ダンジョンについて思い返してみる。
クラシック音楽はまだ淡々とした曲調で俺の頭の中に居座り続けている。
(……暇)
右から左に抜けていく音楽を聴くのに飽きた頃、そう思ってポケットからスマホを取り出してゲームを始めようとした時、車体が少し傾いた気がした。
それに次いで足音とキャリーバッグのゴロゴロとした音も聞こえてきた。この車両に乗るということは、乗り間違えでは無い限り開拓者になった人だ。
(どんな人なんだろ…)
そう思い、スマホから目を離してその姿に目を向ける。
「………」
そうして目に入ってきたのは、黒髪に青色のメッシュを入れている青年の姿だった。
ツヤなしのワックスを付けているだろう、艶やかでは無いが髪の毛がいい感じにセットされている。
耳の外側には無骨で鈍色の、挟むタイプのピアスが嵌められていた。耳たぶにピアスは付けられておらず、全体的に刺すタイプの物は使われていないみたいだった。
また指には指輪が2、3個ずつ嵌められていて、中々ギラギラしている。背丈はそこまで高身長では無いと思うが、どうだろう。中肉中背ってところか。
青年の表情がやけにスンとしているせいかーーまぁ変に一人でずっとニコニコしてたら気味が悪いがーー全体的なパーツのトゲトゲしさが相まって、威圧感、というか何処とない攻撃的な雰囲気が感じ取れた。
ただ、少し顔が整っているというか、俗に言う可愛い系の顔立ちをしているためかその攻撃的な雰囲気が薄れ、ある種の狂犬的なもののように感じさせられもした。
そうしてジロジロ見ていた訳では無いが目を向けていると、目線が一瞬あってしまう。
必然性というものだ。
あ、やべっと思った俺はしかし慌てて目線を下げると言うよりも、物音が少し気になっただけ、みたいな雰囲気を醸し出しながらスマホに目線をずらしていく。
そんな俺に対して向かってくる足音がゆっくりと、だがしっかり近づいてきてる気がした。
いや…。
青年はトコトコとこっち側に歩みを寄せていた、ちょっと俺に目を向けながら。
難癖を付けられるのか、それなら少しめんどくさいなと思う。
勝手ながら感じる拒絶感。
顔が少し引き攣りそう。
まぁ…こんな勝手な思い込みで喋ったこともない人を拒絶すると言うのは悪いとは思う……が、いやそんな格好している方も悪いやろ流石に、と言う俺の意見もある。
ほんとに嫌だなぁっと感じる中、さてさて遂に真横に迫った青年の姿。その青年はーーそのままこの席をトコトコゴロゴロと音を鳴らしがら通過していった。
(いや過ぎるかーい)
…まぁそりゃ目があっただけだけど。
と、思い安堵した矢先、唐突に物音が止まり、少しの間が置かれた後数歩、落ち着いた足取りで音が聞こえてきた。
「あ、あのっ…」
そして言葉をつまづかせながらその青年は俺に声をかけてきた。
俺は声を掛けられたのでスマホから目を離し、訝しげな面持ちのままその青年の顔を見上げるようにして目線を向ける。
「はい…何でしょうか」
しかし、訝しげに思う以前になんだろう。
殺気立った感じと言うか、暴力的な、トゲトゲしたような声色ではない。
足元は少し逃げ気味というか、右足が後ろに引かれていて、どちらかと言うとチワワの様な、怯えがちで、でも何かしら好奇心を抱え込んだ様な言葉調。なにより、言葉が丁寧で。
「…開拓者の……その、方…です、よね…?」
青年の印象は、羽織る攻撃的な装いとは真逆の、全体的にマイルドで優しげなものだった。




