開拓者【1】
2年前の秋。
2047年10月頃。
その日から度々、街中にサイレンの音が駆け回るようになった。
[緊急速報です。突如として謎の巨大建造物が地中から出現し始めました。巨大建造物近隣に住まいを構えている方は直ちに巨大建造物から離れてください。繰り返します、巨大建造物から離れてください。]
次いで政府から出現場所の詳細、避難区の指定。ほか様々な指示を下され、またその日から新たな塔状の巨大建造物、正式名称として【ダンジョン】というモノが人類の生活圏内に内在するようになった。
そう、世界中にダンジョンが生まれるようになったのだ。
ただ、今もそうなのだがその発生条件や出現場所が特定できず、ダンジョンが地中から現れると言う特性上の問題としてその上にあるインフラ、家屋、ビルなどが一夜にして倒壊するーー厳密にはダンジョンが地中から盛り出た勢いで地盤が押され、ひっくり返されると言う事が頻発していた。
またそれによる死亡報告も後を絶たず、特に当初は明日の朝には自身の家と共に下敷きになって死ぬのか、と、いつそうなるかわからないと言う不安や恐怖心を助長させていた。
因みにそれはウチも例外じゃなかった。
なにせ、レモンが知り得る情報範囲外の話であるからだ。
と言うのも、レモンが知っているのはダンジョンの大まかな内部構造について。
レベルアップについて。
ダンジョン内に現れる化け物、国際的にViolence Monster略称Vilmと名付けられた生物の存在。
ダンジョン内部で武器や防具が入った箱が設置されているなどなど、知っている事と言えばおおよその話し位であって、全てを知っているわけではないと言う事に帰結した。
レモン曰く「私が作ったものじゃないし、大まかな概要しか知らないのは制作に携わってないし分野外だから……その…ごめん」と言う事だった。
それは言ってしまえばゲームの概要や大まかな内容は知っているがゲームのコードやプログラムまでは知らないのと同じ状況らしい。
つまり、開発者とプレイヤーの立ち位置で表す事ができ、レモンはほぼプレイヤー側だったと言う事が判明したわけだ。
そうして微妙に目線の落ちるレモンの顔。それを見て俺は何かしら文句を言ったって仕方ないかと思い、少し呆れたが叱言を言うという事はしなかった。
そうした事があり、俺達が詳しい話を知るにはダンジョンに潜入する、日本の場合は自衛隊の人たちからの情報や、世界全体から収集されるダンジョンの最新情報を待つしかなかった。
そうしてまず初めに確認できた情報としてダンジョン内部に犇く化け物達ーーVilmの存在があった。
研究や情報の統合結果からVilmは総じて身体能力が高く交戦的であるとされ、凶暴性と、戦いに特化した進化をしているという傾向があると言う事が分かってきた。
また世界各国で出現するVilmはそれぞれ国や地域で異なっているようで、代表例としてイギリスやフランスならゴブリンと言う体表が緑色で、鼻が異様に大きなツノの生えた小鬼が出てくる。
それに対し日本では、人間寄りの顔をした身長が低いが筋肉質な緋鬼という肌が紅っぽいVilm、肌黒く、腹がまあるく膨らんでいる餓鬼と言ったVilmなどが出現する。
これらは統計上「鬼」という種として登録されているが、やはり個体の特性や行動もそれぞれに違いがあり、同一の存在であるとは今では考えられていない。
そんなVilm達に向かって使われた最初の武器が銃である。
世界的に普及している訳だし、強いと言うのは判然としている。故に導入され、当初は銃を使ってVilmを倒していた。
しかしいつ頃からか銃より手に持って扱う剣や槍、なんなら銃弾を使わず、銃器を鈍器として扱ったりするようになった。
それは何故か。
これは大体最初期の、ダンジョン発生から2ヶ月が経ったあたりの話。
その頃、ダンジョン攻略が難航していた。
要因としてはどでかく、一つ。Vilmに対する火力不足という事柄が挙がった。
と言うのも、銃火器などは確かに強力で、通常のダンジョンの場合、最下層のVilmであっても全然攻撃が通用していた。
寧ろ遠距離攻撃で安全且つVilmに効果的とされ、ダンジョン用の銃装備などの開発が急かされるほどだった。
しかし上に上がれば上がるほどにVilmは強くなり、銃撃が度々効かなくなり始めていた。
そんな中で一人の研究者が情報を足し合わせて、一つの提案をした。
レベルアップと言うダンジョン内で得ることができる特異な身体能力向上効果、それに伴う装備品の耐久性や強度の向上も数値的に証明されている。
レベルアップの関係性として、Vilmを討伐した対象にその力が割り当てられるようになっているであろうと言う結果が導き出された臨床実験から、銃弾が度々効かなくなるのは新規に銃弾を補充するからであったと推測される。
つまり、新規銃弾を補充しダンジョンに持って行くと言う事は凡そのレベルアップに必要な数値がゼロから始まったままVilmと対峙する事となるという事。
何よりそれを助長させているのは、個々人のレベルが上層に行くようになっている人物ほど低階層のVilmを無視している。
それは銃弾の無駄撃ちや、早く上へ行き、食糧の無駄な消費を少なくしようという思惑からなど色々あるだろう。
がそれにより、その新規銃弾にはレベルアップ効果が付与されていないまま上層へと持っていかれていると言う事となる。
要するに、弾丸自体のレベルが低いから効かなくなっている。
しかし、だからと言って弾丸を強化する為だけに弾を使ってVilmを倒すのは効率が悪い。
まぁ薬莢を作る金属を部隊全員に持たせて強化させてからそれを加工し、弾として使って行くと言う考えは良いとしても、そこまで来ると銃弾に拘る必要がないのではという話でもある。
だから一層の事、剣や斧、盾や槍と言った原始的ではあるものの、使い捨てではなく手入れのできる武器を扱った方が良いのではないだろうか。
と。
その研究者の名はジミー・ヘップソン。
月隕石災害時に鼓舞の声を上げた人物と同一の者だ。名前も色んな人に知れ渡っており発言力としては強い方にあった。、
故に彼が声を上げれば、まず試験的に、特に大国ロシア、アメリカが導入を始めた。
それにより、銃弾補充の為だけに編隊した巨大な銃弾バッグを担ぐだけの部隊や装甲車両の必要が無くなり、より戦力に注力できるようになっていった。
次いで安定した火力が出るようになった事、食料などの物資の持ち込みに空きができ、薬品なども多く詰め込めるようになった事からダンジョンの上層部へ、より挑みやすくなった。
こうした事からダンジョンの探索効率がより活発化し、そして近接武器の必要性などが瞬く間に世界に広がっていった。
そんな世界的なダンジョン探索により、Vilmやダンジョンに育生する植物、または水などの研究材料が多量に収集できるようになったため、この2年の間で躍進的に技術やダンジョンへの知識が伸びていった。
それがダンジョンが出来てから今に至る大まかな内容である。
が、しかし。
ここで何故俺たちがダンジョンに入っていないのか、という謎めいた部分が挙がってくる。ダンジョンについての理解はそこそこある。ダンジョン攻略の目標だってある。魔法もある。
そこに母さんが国へ応援の要請、と言うよりかは情報通達の役割を買ってくれた事もある。
こうした事から第一線として俺たちが投入されてもおかしくない話。
しかし、母さんの昔からの知り合いらしい情報課の吉積さんからは。
『感染症とか、Vilmの事とか、悠夜君と同じように全部分かってるわけじゃないからね。僕たちにとって未知が服着て歩いてるみたいな感じだし、雅俊君と花奈さんの息子さんって事もあって僕的にもこんな状況で無理はしてほしくないーー』
ーー幸い…3,000年だっけ。
『一応時間的猶予があるみたいだからもう少し待って欲しい。それに、憶測ではあるけれどね、もし悠夜君が単独でダンジョンに入ってダンジョンを制覇していったとしても色んな人に怪しまれたり、怖がられたり、最悪迫害されたりする対象になりかねないんだーー』
ーー例え。
『神様の事を公表したとしてもダンジョンがあるからと言って信じる人はそういないと思うしね。……まぁ政府の方は雅俊君とか花奈さんの事例があるから多少は理解を示せるんだけど、一般的には一筋縄じゃいかないから。…あ、一応人員不足から一般化の案も出ててね、案が通ったら最優先で悠夜君を人員として登録するように強く声を掛けておくから、そこまで待っててほしいんだ。魔法の事も、ダンジョン攻略してたら覚えたって言ってもらえたらいいと思うし』
という事だった。
ここで言う3,000年とは、今も神と戦っている神がーー便宜上、俺たちと敵対する神を邪神、協力関係にある神の事を地球神として、地球神が邪神の勢力を抑え込んでいるものの、地球神にも限界がきているらしく。
これは、その抑え込みが突破され、邪神達が地球へ更に進軍するようになるという実質的タイムリミットの事。
3,000年。
はたしてそこまで俺は生きていられるのだろうか。
俺達にレベルアップする必然性が浮上する。
またそうした一般人ダンジョン侵入禁止の話で難色を示していたレモンであったが、一般化するなら良いと言って頷いていた。
曰く、グループで動くなら尚のこと、俺が居るなら仲間の生存率は愚か成長率がグッと伸びるだろうから、力のある仲間を集められるならそれが望ましいと。
まぁ結果として出来るだけ早くダンジョンに入れさえすればいいらしかった。
そうした日々が続く中、俺達はダンジョンの存在を間近に感じながら山に行って鍛錬する事を継続させていた、そんなある日。
半年前の出来事である。
自衛隊は現在でも国防課、ダンジョン課で大きく分けられて入るのだが、現状日本は国防課でもダンジョン攻略、少なくとも低層から中層での訓練が強いられていた。
それと言うのも、ダンジョンから得られる様々な恩恵から国家間のパワーバランスが一気に崩れるという事態に陥っており、出遅れれば武力支配されかねないと言う危険性が急に現れ始めたからだ。
国家間での平和同盟は締結されているものの、どこで破られるか分からない。
所詮口約束のようなものだ、もしダンジョンの中で手に入れた力を使って戦争など引き起こされでもしたら出遅れた国から真っ先に潰される。
そうした存続的危険性から国防活動の第一項目として掲げ、民衆にも大々的に公表していたのだが、それが所謂ダンジョン不安という社会問題を助長させる事ともなった。
特に、ダンジョンの恩恵を受けられる人物がダンジョンに潜る事が許されている自衛隊員のみ、と言う事が要因として大きく存在しており、身体能力の差異が一般人と比べて訓練量と戦闘技術以外の部分で優ってしまうという状況がよくなかった。
そうした中で巻き起こったのがダンジョンデモである。
そのデモでは数百人程が参加し、訓練基地となっているダンジョン前や国会議事堂の前でプラカードなどを掲げながら。
「自衛隊だけが力をつけるのはやめろ!」
「国民を武力支配しようとするなぁ!」
「国民にもダンジョンを!!」
などという民衆の声が飛び交ったのだ。
それにより、制度制定の為に今は労力を割くのが困難であるからと渋っていた一般化の案が国会に直様提出され、早急に可決すると言う運びになった。
そうして発足された、ダンジョン探索の制度。
それに倣って【開拓者】と言う公務員職が新設された。