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秘密の話と守りたいモノに【1】

 時系列やら何やらと、話の順序はお構いなしに、俺は思うままに言葉にした。


 少し指が痺れている。そこまで文言を並べたつもりはなかったが…喋ったのだろう。やはり思う所があり過ぎたようだ。


(だめだ…まだちょっと外から見ようとしちゃう)


 微妙に冷静になろう思考が溶けきっていない、がまぁ、それは仕方ない話でもある。

 取って食える程短い期間で俯瞰視していた訳じゃないし、自分自身特別器用だと言う事もない。


 慣れるまで時間がかかるなと俺は思いつつ、レモンの話に頭を持ってきて、そうして母さんに目を向けた。


「……そうなのね…レモンちゃんが…」


 少しばかりの悲壮感が窺える表情。


「………まぁでも」


 そして母さんはそう切り返して。


「…悠夜がさっき、色々と…考えてから話してくれたんだろうけど、私は…そうね。何とも思わないかな……あー…いや、何ともって訳じゃないけど強烈な感情は覚えない感じ、かしらね…」


 そう言ったのだ。


 だから、俺は困惑した。


 憤慨(ふんがい)する訳ではないだろうが、多少の失望はあるはずだろうと。悲しみや(うれい)さ以外に、もっと赤々しい思いが湧き上がるはずだろうと。


 予想外、予想外の言葉すぎて、感情の動きすぎて、理解してから少しの間言葉が出なかった。


「…まぁね、思うところはあるわ。許しとかの話なら、許せないと言う話でもある。けれど、憎もうとは思わないわ」

「……え、は? なんで…? 父さん、殺されてんだぞ? 流石に憎いとかあるだろ」 

「先ず先ず… 雅君を狙ってやった訳じゃないからね」

「…いや狙うとかどうとかの話じゃないだろって、意味わからんねんけど。いや、じゃあまぁ父さんが狙われてないにしても俺たち自身があの隕石で死ぬ所だったんやぞ? それはどうなの?」

「……要するに、殺人未遂の相手に何でそこまで寛容(かんよう)になれるのかって事よね。それはそうねぇ…」


 母さんは服の上から湿布を貼った辺りに指をなぞって、目を数回閉じた。

 そうしてから、母さんは言う。


「臭いことを言うなら…憎しみをぶつけたって、何も良い事ないからかしらね」

「……はぁ? 何言ってんだよ」

「なにって、憎しみの還元についてよ」

「……? いやいや、え、それ理由になるの、え?」


 普通こう言うのはもっとこう、分かってるけど抑えられない! みたいな話に繋がる。

 それはゲームのシナリオや小説などの文だけでなく、現実的な心理の動きを汲んで考えられる行動。


 つまりはリアルな思考として一般的に知られている。


 だが、目の前の女性は、俺の母親は母さんは。

 これもまた、異なった見方の角度と精神の持ち方で語ったのだ。


 だから…自身を凡人や普通の人間だと思った事はない、が、これに関してだけは言えた。


(この回答、普通じゃねぇよな)


 故に少し別の尺度で物事を考えてみて、俺はそうして一間空けてから母さんに問いかけた。


「…いやほんまにさ、もしかしてあれ? 逆に話が強すぎちゃって、気持ちのメーターが振り切ってそう思っちゃってるとか……」


 しかし。


「じゃないわね。これは私の持つ根本からの見解よ」


 母さんは言う。

 そう言う。

 だから俺も言う。


「…じゃあやっぱおかしいわそれ。いやほんとどうかしてる。俺でさえ、引きこもって、葬式も出なくて、ようやっと最近、去年辺りに父さんの墓参りに行った俺でさえ、この俺でさえ、この話を聞いて自分でも分からない位に気持ちがわけわからん事になってんのにーー」


ーーいやまぁ。


「利用されてたとか注いでた気持ちを無為(むい)にされた事とかに腹が立ってるところもあるんだろうけどさ、やっぱ父さんの話が一番無理なんよ」


 隕石で父さんが死んで、(あまつさ)発起人(ほっきにん)の一員であるレモンはその父さんが使っていた山に俺を向かわせた。


 そしてそこは父さんが死んだ場所で。

 父さんが隕石で死んでいるという話はどこかのタイミングで知っていたようだし。

 つまり謝罪されたどうこう以前に、レモンはその事を知ってて、そのまま俺を山に行かせ続けた。


 その間黙り続けた。

 悪いと思いつつ隠し続けてもいた。

 謝ったのはついさっき。


 どう考えてもアイツはサイコパスだ。


(なるほど、ほんとに無理って思ったのはそこか)


 物事を整理する度に見えてくる心の動きの根本的な部分。自己解釈をしつつ、俺は母さんの返答を待った。


 取り敢えず言い切ったからだ。


 でも、また口が動いた。


「でもさ、母さんは毎日…かは分からんけどさ父さんの仏壇を掃除したりしてるじゃん、お供物とかもやってるじゃん。そこまで思いがあるのになんでそう言う考え方で完結出来んの、なんなの、もしかしてモーションだけ? 振りだけなん? はぁん、薄情も偽愛(ぎあい)もいい所だろそれ、何のためにやってんの」


 そこまで言った瞬間、背筋が凍った。

 頭の上から足の爪先までピンと筋肉が張る、細やかな身震いが心臓を刺激する、息が詰まる。


「流石に…そこまで言われたら笑って上げられないわ」


 そこに表情はない。

 母さんの顔に表情が無かった。


 死んでいるような、沈んでいるような、そんな暗い目をしていた。表情筋のブレすらないその顔は仏にも鬼にもなれない、別の世界の何かと言われた方が納得のいく造形をしていた。


 怖い、そう心の底から感じさせられた。


 単純な恐怖。

 混じり気のない、ただ一つ、怖いと感じさせられるその顔に、俺は「ご、ごめん…気持ちが先走った……」と見苦しい言い訳を口にしながら謝った。


 母さんはそんな俺の目を逸らす態度を見て深々と溜息を吐くと「…ちゃんと好きよ」と言った。


「…寧ろ好き過ぎるのよどうしようもないほど…永遠に愛してる。悠夜と一緒位ずっとね。今後一切男性と付き合おうと思わないのも、そう言う気持ちがあるから。大好きです、愛しています、月並みな事を言えば大好きよ。でも本気で大好きよ。自分が好きになった人の事も、自分の子供の事もこれからも未来永劫愛してる…。……どう、わかってくれる?」

「う、うん……」

「…わかってもらえたならおっけー……」


 母さんはそう頷いて、少し(ほて)っていたあからみを直様何事もなかったかのように隠すと言葉を連ねた。


「…まぁけどね、悠夜。確かにあなたが言う通り私はおかしいんだと思う。けど…そう。けどね、人を憎んでも仕方ないって事を教えてくれたのは、なにを隠そう我が家の大黒柱だった雅君なのよ」

「…父さんが?」

「そう、父さんが」


 母さんは言う。


「でもね、この話をするにも前提の話が必要だと思うの」

「前提の、話…?」

「そう、とっても大切な話」

「………」


 その言葉を聞いて俺は少し、既視感を覚えた。

 指先がピクンと反応した。


 何か嫌な予感がする。

 悪いものじゃないんだろうけれど、なんか不穏なものを感じとる。


 そうして俺が微妙にシュールストレミングを噛み締めたような苦々しい表情(かお)をしていると、母さんは自身の手のひらを口を覆うように当てて。


「……あー、やっぱり年月分の重さがあるわねぇ。話すのやめようかしら」

「えぇ……逆に不信感が凄くなるんだけど」

「…よねぇ……ちょっと話の方向ミスっちゃったかしらね」


 苦笑い、滅多に見せない後悔しているのが窺える表情。唇を口の中で軽く舐め、目線を落とす。母さんが口元から手を離すと、両の手の親指同士をつけては離してを繰り返し始め、沈黙が続く。


「……難しいわね秘密の話をするのって」

「…そんなに…凄いものなん?」

「ええそりゃもうすんごいのよ。悠夜に殺されても…いやそこまでは行かないか。でもまぁ…うん」


(そこまでの話をされるのか……)


「…やっぱり、俺も何かしら覚悟しておく必要ある?」


 俺が不安がりながらそう母さんに聞くと、母さんは少し悩むように唸りながら「…まぁちょとだけ」と言って息を大きく吸ってーー


「ーーいでてててた…」

「やだから無理すんなって」

「…無理はしてないわ、一緒にしないで」

「言ってることチグハグになってるから。皆んなとって所抜けてるせいで意味わからんから」


 俺はとにかく座禅を組む姿勢を辞めさせて母さんを寝転ばさせる。そうして湿布を貼った時と同じうつ伏せの態勢になり、母さんはそれを合図に覚悟したかのように口を動かした。


「……ふぅ…言うわね…」


 色んな重みのある声、少し声が震えているようにも感じた。だけれど俺はそこに茶々を入れる事もせず、ただ「うん…」と相槌を打つ。


「言うわね」

「うん」

「言うね」

「…うん」

「言うからね、今から」

「……あのね、はよ言って」

「…ぇー…だってぇー…秘密にしてた事を言うのって大変なのよ、それも30年ものだし」

「いいから早く、心臓ないなる」

「……分かったわ…言うわよ」


 母さんは改めて息を吸い込むと、ゆっくりと息を吐いて、喉を鳴らしながらそれでも、言葉にした。


「よし、先伸ばしてみよう」

「心の中でその言葉は完結させて?」


 俺はそんなふざけ始めた母さんに言葉を投げかけ辞めさせようとするが、母さんは本当に伸ばし始めた。


「今から多分悠夜にとっては突拍子もない事を言うけど、漫画とか小説とか、創作物の話じゃないし、整合性うんぬんというよりも必要だと思った、だから言うの」

「……わかった」

「正直な話悠夜が死ぬまで、話すつもりはなかったわ。それこそお墓まで持っていくつもりだった話なんだけど」

「うん…」

「けどなんか知らない間に魔法とか使える様になっちゃってるし、なんか知らないけど世界の危機っぽいからね」

「う、うん。…あの、だから前振り長いのよ、焦らさないで、心臓が持たないって。これ二度目二度目」

「あら雑魚ねー、その心臓。本当に私と雅君の細胞特性引き継いでるのー?」

「ああ、母さんのその焦ったさを見てたら心の弱さが引き継がれてるのよーわかるわ」

「……」

「………」


 花奈は一呼吸を入れて。


「ふぅ……」


 そしてそれは本当にサラッと口にされた。


「私、この世界の人じゃないのよ」

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