【2】フィルター
神々を殺す協力…。
「ぁー……なんで、神様を殺すの?」
悠夜は突拍子もなく…ではないが、急に出てきた話に当然の疑問を抱き、疑問を突き立てた。神を殺す、という壮大過ぎるその目的に、動機となる理由を探し求めた。
するとレモンはどこから話そうかと、品定めするような顔で自身の指を見つめた後、言った。
「……理由は…そうですね…。地球を守る為、ですかね」
「地球を…守る」
「はい。…ただその前に、前情報も必要だと思いますので…敵対している神の目的について触れておきたいと思います」
レモンはそういうと一言。
「神々は地球を欲しています」
「欲している…? 神様って…地球の神様の事じゃないの?」
悠夜はそう思いレモンに聞き、レモンは少しそれを肯定しながら言った。
「ええ、まぁ元はそうでしたが、一時的に放棄して外へ逃げていきました。その後戻ってきて寄越せと、まぁ言ってるんです」
「……ほー、聞くだけだと結構横暴な感じだな」
「そうですね…特段高尚な考えの下動いているだとか、ないです。普通に、神というのは長い年月を生きているだけで人間と差して変わらない考え方をしていますので…」
レモンはそう言って瞼を何度も閉じる。
「なんで神様は急に取り戻したがるんだよ、地球を」
「それは…多分理由は…二つ」
そしてレモンは少し重苦しく、間を置いてから言った。
「地球が有してしまったテルフグランドラ……日本語として分かりやすい様に言いますと宇宙次元媒体、コアプラネットの奪取と、地球を箱庭化させる事です」
「……どういう事?」
「箱庭化と言うのは、神の世界を、神のみの世界をもう一度創る事です。人工的な高必須栄養物などの生成は成功していますので、本当に動物などと言った生物は必要ありません。なので植物以外の動物を全滅させ、神々のみの調和と楽園を思い描く、その計画が箱庭化の概要になります」
レモンは続ける。
「そして地球のどこかにあるテルフーーごめんなさい、コアプラネットですね。それを回収する事。コアプラネットは神々が行いたい実験の為に用いらなければならない物なんです」
「……そのコアプラネット? って奴は地球以外にはないの」
「ないです、地球だけが持ったものですので」
レモンはそう言って、指にまた目をやった。
指先を見つめた。
見つめてから、ゆっくりとレモンは言った。
「……簡潔に述べた二つの事柄が奴らの行動指針で、それを元に神々は今も進行しています。そして奴らは、到着すれば先ず手始めに人間に手を掛けます、残虐に、非道に、憂さ晴らしのように」
「え…なんで?」
「それは…一部……いえ、殆どの神が人間を嫌ってるからです。だから…本当に地球が奪われれば、容赦なく人間に手を掛けるかと思いーー」
「ーーいやその前に嫌ってるってなんでだよ」
信仰心とかが足りないのだろうか。
そう考えた悠夜であったが、レモンの返答はどうも毛色が違うかった。
「憎い、と」
レモンはそう言った。
「…憎い……?」
「何百万年前の出来事になりますが、それが要因で、だと思います。ただ、これについてのお話はまだ…その……考えさせてください…」
「…もし…嫌って言ったら?」
「…変に記憶の片隅で保管している情報もので話すのではなく、正確な史実のみをお伝えしたいですし、分かりやすく話したいです。ので…その、今すぐにとは」
「………ほーかー…」
点滅する歩行者の信号。
目の先の上にある歩道橋に掲載されている電子版には、飲酒運転ダメ絶対という文と、信号を守るようにと言う啓発文が流れていた。
静まった空気は、話の区切りをつけるようにサッと立つ。無言で溢れかえった空気感。
その中で、欠けた月が更に欠けて映る空の景色。
美しいようでそうでもない、月明かり。それが、車内を薄く照らす。
「……まぁなんだ」
悠夜はそんな閑散とした空気を嫌ってか、そう切り出して話し出す。
「要はこのままだと地球奪われるだけじゃなくお前ら全員まとめてぶっ殺されるから、神を殺すのに協力をしてくれって話なんだな」
「そう…ですね…」
「でもさ…あ、レモン達……って認識でいいんだよな」
「はい、それで大丈夫です」
「おっけ。でさ、レモン達がその、なんだ。人間側に付く理由ってのはなんなの。地球を守る為って言っても、そっちに理由かなんかがないと…成り立たないし」
レモンはそれを聞き、瞳を少しぐらつかせながら「そうですね…」と頷きながら言った。
「…私……個人の話をしますと、一つに父を殺された事があります。これは地球を守る理由というよりも、神を殺す目的です。二つに…父との約束です」
「………」
「この約束は、コアプラネットを奪われない事。神の手に渡らせない事です。…私達全体での話でも、この約束が根幹にあって、それが間接的に地球を守ると言う事に繋げています」
そうした背景、それらによって地球を守る。
その事柄があるから今が成り立っている。
「………つまりは、地球を守るってのは何も俺達に肩入れしているとかじゃなくて、単に約束のためって事なんだな」
悠夜はレモンにそう確認する様に言うと「そう、ですね…」とレモンは頷いて、座席の上を少し指で撫でた。
悠夜はそれから少し悩む様に考えて、また確認する様に言った。
「ここまでの話があるから聞いてもアレな気がするけど、和解は…出来ないんだよな」
「……和解は、出来ません。出来ませんでした」
「まぁ…そうだよな」
そう相槌を打って、悠夜は冷房の温度を2度上げる。
(結局…この話は地球が欲しい神様達と、それを阻止したいレモンの派閥。攻め込まれれば滅ぼされる人類の関係って感じか……)
悠夜はフロントガラス越しに、空に浮かぶ月に目を向けて考えた。
(レモン達の目的と人類そのものの存続は関係なかったけど、地球を守ると言う目的があるから地球に住んでいる俺達は間接的に守られているって言うだけ。協力して欲しいってレモンが持ちかけたのは、このままだったら守りきれないから力を貸せって事なんかな)
しかし、力を貸せと言われたところで貸せる力はそもそも、神の元に届くのだろうか。
どの点において言うのかで変わってしまうものの、少なくとも人間のスペックと神のスペックとでは、歴然の差があるはずだろうけど、と浅はかながら悠夜は考えていた。
「………」
人類にとってもの脅威。
少なくとも神様がいる以上は人類が存在し続けるその未来はない。でもだからと言って、じゃあ一体全体どうやって、強大な敵である神を倒すのか。
そこで、さっき言っていたダンジョンが現れるという話に悠夜の考えは結びついた。
「…なぁレモン。ダンジョンって、まさか神様を倒す足がかり、そう言うモノなのか」
「……そう…ですね、まさに、その通りです」
「あー…え、じゃあちょっと待って」
そう言って悠夜は、カメラ認識のオートドライブ機能に操作を切り替えて、ハンドルとペダルから手足を離す。
そうして、言った。
「やっぱり月隕石災害と因果関係ってあるんだな」
レモンは目を背けた。
黙った。考えているのだろう、口の形が一筋を描いて止まっていた。
「…レモン?」
そう声をかけるも、レモンは静かなままだった。さっきまでじっとしていなかった手や目の動きが、息をしなくなった。
でも、暫くして。
18:28
「…月さえ、墜とせれば…ダンジョンは墜ちてから数年後に再出現します」
話し始めた。
「………」
「そして100年程度という短い周期でダンジョンは消滅し、200から300年程度でまた月を破壊する為に隕石を飛ばします」
レモンは言う。
「ダンジョンの為、隕石を飛ばしました。月を破壊し、欠片を降らせれば良かっただけなので…特定の人物に害を及ぼすつもりは、ありませんでした…。お父様の件については…その……申し訳…ございませんでした…」
そう謝罪の意を強く立てるレモンであったが、悠夜に見えたその顔は、どこか隠れて見えていた。
俯いた暗い表情は少しずつ薄れていって、顔の色が窺えなくなっていって。眉の感じや口元の機微ですら搔き消えていって。
そしてぐちゃぐちゃっと、顔全体を雑にペンで落書きされた様な、そんな感じに見えなくなってしまった。
レモンの表情が、声以外から感じられなくなってしまった。
悠夜はそんな感触に覚えがあった。
「レモン、お前……」
「…はい……」
その感触は、悠夜が殆どの人を見る時に掛かってしまっているものと一緒。
「…お前まだ、なんか…隠してるだろ、つか何か言うべき事、抜かしただろ」
悠夜はバックミラー越しにレモンの顔を見て、語調強めに言った。
「ぇ……」
レモンはそんな言葉に動揺する様な、豆鉄砲を喰らった様な。そんな声を出した。思いがけない攻撃に、そのまま怯んでしまっていた。
悠夜は自身が言った言葉を補強する様に言う。
「…信じてもらえないかも知れないけどさ、俺フィルター掛かってんだよ、頭か目に。そのせいで、偶に人の顔が見えなくなるんだわ」
悠夜は続ける。
「多分人に対して不信感とか、何かが…あるんだろうな。心の奥底で怖がってるのかもしれない、人の害意に敏感になってんだと思う。…ニートやる前、会社勤めてたんだけどそん時に色々あって…まぁ何でもいいか」
そう話を切って、悠夜は言葉を紡ぐ。
「そんな感じで大体人の顔が見えないんだよ、俺。で、その時々の隠れ具合は大概の人が部位だけとかなんだけどさ、レモン。俺には今のお前の顔がーー」
ーー全部隠れて見える。
「………」
「多分兆候と言うか、まぁそういうのはあった。お前の表情とか動きの機微とかの変化が顕著だったからだと思う。安心している様な、怖がっている様な、視線の動きとかも。で、お前のさっきまでの表情とかは覚えてないんやけどさ、こうなったって事は、トドメになる何かしらの含みのある顔をしてたんだろうなって」
そして悠夜は言う。
「まぁ俺は何も、自分のこの感覚を信じてる訳じゃないけどね。このフィルターも多分俺の感情に左右されてしまう様な粗悪品なんだと思うし」
「……」
「…ただな」
悠夜は自身の表情を曇らせて、レモンを見ないように気をつけて、車のメーターに目を向けて、そうして言った。
「表情は見えなくても、声は聞こえるんよ。でもさお前、直ぐにも今にも否定しようとしないじゃん。だからさ、要はそう言うことなんやろって」
「………」
レモンの俯く表情は、どんな表情をしているのだろうか。
「はぁ……」
悠夜はそう溜息を深く吐いて、自身のポケット辺りを弄った。癖が染み付いた様な手先で探った、けれど出したかった物は出てこなかった。
悠夜はそりゃそうかと諦めて、レモンに話しかけた。
「話せないの、なんで?」
しかし。
「……話せません」
そんな返しが返ってきた。
悠夜はそんな返しに少しイラつきを覚え、もう一度溜息を吐くと、今までの話の流れを整理して自身が思った事を吐露した。
「…じゃあまぁそれでいい、俺は別にいい。ただお前を信用しないだけだから。……けどさ、これだけ教えてくれ。レモンの言う神様とかダンジョンうんたらの前にさ、出会った時からだけど俺に魔法を扱わせて、山に居た魔物とも戦わせたよな」
「っ……」
「まぁ、で、何が言いたいかってさ、お前。俺をただ利用しようとしてたって事だよな」
「そ、そんな事! そんな事っ、ない…ですよ…」
「何でどもるんだよ、何で言葉の勢いが落ちんだよ…そう言う事なんかよ…」
顔が見えない。
それをいい事に馬鹿にした様な顔をしているのかも、悲壮感にひしがれている顔をしているのかも、分からない。
ただ、何も見えない。
「なんで、何でそんな…そんな事、言うんですか…」
少し涙声な気もするけど、本当に見えない。
そして心に響かない。不快だ。
「はぁ? …ふざけんのも大概にしろよ。なんでお前はこの状況を利用されてないって思えるんだよ」
「それは…すみ…ません……」
「…っはぁ……」
感情に歯止めが掛かっている。
これ以上思いが出てしまうと壊れてしまいそうな気がした。しかし、悠夜の意思によってされている事ではなく、悠夜でさえ知り得ない深層の部分がそうさせていた。
だから少し、思いが噴き出過ぎる事なく、運転中だから、と冷静になろうと努められた。
「……悪いな、強く言い過ぎた」
悠夜はそう言った。
「なんで……謝るん…ですか………?」
「別に? …ただそう思っただけ」
悠夜はそして、暫く間を置いてから言った。
「…あのさ、レモン。別に協力するつもりはないけど、一応ダンジョンについて話してくれない? もう月、降ってるし、何にしてもいつか現れるんでしょ」
「はい……」
レモンの声は消え入りそうだった。
「………わかりました」
頷くレモンは、そんな悠夜の質問通りに、それでいて淡々と言葉にした。
「…ダンジョンには神気という成分を有した生き物が出現します。これを神が作りし生物、神生物…厳密には神生物種と言いますーー」
ーーそして。
「この神生物を殺すと、神生物が有する神気という力を手に入れることができます。その際の内訳は、神生物種個体が所有する全体神気、そこから生物的な絶命に至るまでの貢献度に合わせて最大30%程度。100の神気で構成された生物を一人で倒せば討伐者、引いては所有物に30の神気が流入します」
(ほー…)
「……所有物って、ポケットとかに入れた物とかもか?」
「はい。ただやはり基本貢献度に依存するものなので…スマホを例に挙げるとして、スマホで攻撃、殺さない限りスマホに流れいる神気量は極微量となります」
レモンはそうして補足しながら次の説明の風呂敷を広げていく。
「それで今話題に上げている神気なんですが、この神気と言うのは全ての細胞や原子に結合し、それらの力を向上させる。要はレベルアップ現象を引き起こす成分なんです」
「……レベルアップ…」
「はい。言ってしまえばゲームで言うレベルアップと同義なのですけれど…ただ、ゲームほどしっかりとした区切りがないのが注意点というか……生物的に、物質的に強くさせる。現状の水準から徐々に強さを押し上げさせていく、レベルアップさせていくというのが、この神気と言う物の概要で…ーー」
レモンは言葉を連ねる。
「ーー…この……レベルアップ、の効果によって、人間の場合、身体能力が向上する事や寿命細胞であるテロメアが極微に延長修繕される事、細胞の劣化速度が低下する事、自然治癒能力などの身体修復速度が極微に上昇する事、などと言った現象がそのレベルアップ率に比例して発生します」
(…え、ちょちょちょ)
「それってわんちゃん若返るって言うか…不老不死になるって……事だよな」
するとレモンは大きく頷いていった。
「…概ね、その通りです…。と言いますか…身体機能の修繕効果、向上効果を持たせ、生物的な格を上げさせる、レベルアップさせる。その要素を主として持つのが神気の力であり、それらをゆっくりと吸収させつつ先頭の技術を磨かせる事が…その……ダンジョンの…目的、なので…」
そうして、レモンは言い切ったのか口を閉じて咳払いをし、右の掌で左手の指を覆い握った。
悠夜は点滅する青信号を先に見据えてオートドライブ機能を一時的に解除しアクセルを踏み切ろうか悩んだものの、ボタンとアクセルから手足を離して、悠夜は全身の力を抜いた。
「……なぁレモン」
背中を包み込むような背凭れの柔らかさ、この場にある心地の良さは、ここにしかなさそうだった。
「はい…」
か細い返答で、レモンは口を一筋に結んだ。そんなレモンに、悠夜は言う。
「教えてくれ、頼むわ。このまんまだとお前の事二度と信用出来なさそう」
「………」
「隠してる事、話してくれよ」
レモンは今、どんな表情をしているだろうか。
あの喜怒哀楽の激しさと生意気さはどこへやら、聞こえてくる声色や吐息の震え方はかなり怯えている様な、苦しんでいる様な、そんな部分を孕んでいた。
そんな中で、レモンは漸く口にする。
「嘘をつく事になるので…嫌です」
「じゃあ本当のことを言えばーー」
「ーー悠夜さん達には…これ以上嫌われたく、無いんです」
レモンは続ける。
「……あなた達人間にとって悪い事をしていると言う事は、理解しているんです。…悠夜さん、が言っていた利用しようとしている、と言う話も実は…全体的に見れば的を外した言葉じゃないんです。ただ、弁明をさせて…もら、える、のだと…したら……。…いえ、やはり何もありません、お耳苦しい事しか言えなさそうなので」
レモンは苦しそうに言う。
「悠夜さんは…聞きたいですか、それでも」
と。
悠夜はそんな問いに「あぁ、聞かないと話が進まない」と言ってレモンの返答を待った。
「……悠夜さんが想像していることよりも多分、酷い事を私達はしています、しようとしていました。これなら聞かない方が良かったと思えるかも知れません」
「……別にいい。どっちみち気になるし、話が進まないから。それでレモン達の事信用してやれるかは分からんけど」
「……分かり…ました…」
レモンは、そう頷いた。
車の窓から入る月の光を受け止めて。