【3】踏みしめる、この山の土の上で
「そういえば悠夜さん、今どこ向かってるんですか?」
「え? あー…どこって言われたらどこって言えば良いんやろ。…家屋?」
全てが崩れ去ってしまった景色、見るも無惨なその姿。それと相対するように、あの頃の綺麗な棚田の姿が頭に過った。
そしてそれと同時に、ここと同じくらい幼少期の思い出深い場所がふと頭に浮かんだ。
足早に向かうのは棚田よりも先に下った場所にある家屋。二階建てでそこそこ機能が取り揃っており、悠夜が幼少の頃畑の手伝いに来ていた時にはそこで寝泊まりをしていた。
そんな懐かしい記憶を頼りに、悠夜は歩みを進めていく。
「で、ここを左で…」
「……あのぉ、まだですか…? 結構歩いてる気がするんですけど」
そうした中でレモンは顔を仰ぎ、苦言を垂らす。しかし悠夜はそれにお構いなしで適当に相槌を打ち。
「ここ右に曲がったら出るはずだから」
そう言って、木々の間を歩いていった。
「ぇーと……」
蝉の音がより鮮明に響き渡り、自然との近さと五月蠅さを感じる空間。高低差のある地面と山特有の木と土臭さを鼻に収め、踏みしめながら、どんどん進んでいく。
そんな途中途中では木々が折れていたり、大きく抉れて出来た溝などを多々見かけ、物によっては堕ちてきた隕石によって燃えてか黒ずんでしまった物もまた同じようにチラホラと見かけた。
そんな時。
「わー、蛇だ……」
「……ぇーとこっちか。…あ、レモン。それ多分毒ないけど気をつけろー」
「あ、悠夜さんの方へ行きました」
「え……ふぇっ!?」
軟体で、その鱗の継ぎ目が織りなすツルツルとして、上手く形容できない感触。それを感じ反射的に飛び退きながら感触を感じた足元に目をやると。
「……て、お前何してんだよ、絶対ズボンの紐抜いただろお前」
レモンが太めの紐で悠夜の足首をぺしぺし叩いていたのだ。
「…まぁズボンの上からでも括り直せば大丈夫です」
「そう言う問題じゃねえ」
悠夜は少し頬を引き吊り上げながらレモンの頭にチョップすると、かなり気の抜けた声色で「あいたー」と言いながらレモンは自身の頭を撫でた。
「はぁ…兎に角ちょっと待ってくれ。もう出るから」
「…えーそれさっきも聞きましたー」
「……んーじゃあ…あれだな。一生森から出れないな」
「何ですかその迷いの森仕様。悠夜さんって道に迷わせないためのキーキャラだったんですか」
「ああ、そうだとも」
それから数分、悠夜が案内するままに森林の中を進んでいると、また深々しい溝や、その溝の側で朽ち倒れた木々が多く見られた。
そこからまた少し歩いていき、悠夜達は少しせり立っているような、そんな急峻な坂に出会した。
「ここ登ったら……」
そこをよいしょよいしょと駆け上がっていると、一気に開けた場所に出る。そして悠夜はそれを目の当たりにし。
「ぁー……ま…」
(予想通りといえば、予想通り、なんだよな)
と思いつつも立ち惚けた。
円形に大きく開け、障害物が殆ど何もないような場所。
そこの中心地に立っているべき家はさてはて、何故そこまで背を縮めてしまったのか。
原型がない。兎に角ない。影が沈んでしまっている。
悠夜がそうして目の当たりにしたのは、墜落した岩石が木々をバタバタと薙ぎ倒しながら進んだのであろう痕跡と、バラバラな材の骸となった山。
荒らされた土地に転がる木々や材木らは、雨風に数年晒されてか半分程腐った色していた。
「はぁ……」
なんか、虚しいなと、悠夜は思った。
ボーッと見つめ、朽ちたその家の姿を見る度にまた溜息を吐く。
あの頃の記憶に残る暖かさは、こうも容易く破壊され、今では腐食し、少しの苔とキノコに塗れてしまっている。
よくよく見てみれば、山となった材木にできた隙間の奥の方で何かがブンブン飛んでいる。蜂の巣がそこにはあるのだろうか。
何にしても年月というのは、残酷だった。
そんな家屋の変化に目をやっている時、白い何かが一瞬、高速で駆けていった様に見えた。
悠夜はそれを追いかけようと思い脚に力を入れたものの、変に動物を刺激するのは良く無いと首を振って力を抜くと、再び家屋だけに目を向けた。
「………」
そうして、見て、新たに湧き上がった感情。
それは、破壊されてしまった、変わってしまったこの山の姿。そこから感じれなくなった暖かみを取り戻し、強烈に感じる虚無感を取り除きたい。こんな朽ちた姿のままでは良い感傷に浸れないと、悠夜は思った。
だから悠夜は、けれど少し躊躇いながらレモンに顔を向けた。そして、言う。
「なぁレモン、ちょっと手伝ってくれないか」
そう言うと、レモンは先読みしてか「…この廃屋を撤去する事ですか?」と言ったのだが、悠夜は首を横に振り「こっちは後……かな」と言葉を紡ぐ。
「こっちは、まぁ時間に余裕が出来たら建て直したい。でも先に直したいのは棚田の方。綺麗にしたいというか…あの状態をリセットしたい」
一番悲惨とも言えるあそこを。
そして悠夜は、多分しっかりした目で見ているはず、と思いながらレモンのその赤色眼と相対した。
「だめか…?」
正直自己満足でしかない。
本来の目的とは違う所に来て、こう言って目的から逸らしてしまうと言うのは、自分でも少し無理があると思った。
だから悠夜はちょっとの期待しかしていない。
別に棚田を直したからと言って使う訳でもないし、何かになるわけでもないのだから。
でも、このままにしておくのはスッキリしない。だからといって毎日コツコツ一人で修繕するにしても骨が折れる話。
手伝ってくれるのなら嬉しい。
でも同時に淡い期待しかしていない。
そもそも、もし自身がこうやって同じ様な状況で同じ様な事を言われたとしても、自分は首を横に振る自信があるからだ。
「……怠いです」
神妙な面持ちそのままに、レモンは言った。でも悠夜はそこで食い下がる事をせず、大人しく一歩引いた。
淡い期待は所詮淡い色、ここで無理を言っても色が濃くなるわけじゃない。
「…んまぁ、だよな。おっけー、それだけ聞きたかったんよ。じゃ平野のある方面に行こっか」
悠夜はそう気を取り直す様に言って、直ぐに歩き出す。
「ですが…」
そんな時、レモンが背後から言った。
「……ん?」
何だこの展開、と悠夜は少し驚きながら少しずつ理解するとともに、そして期待した。まさかの下げて上げていく系の話し口か! と。
そして、レモンは言った。
「良いですよ。石積みとか耕土とかは悠夜さんが持ってた本で履修済みですし。ただ、報酬は毎回私から提示させてもらいます」
と。
「……そっか…」
悠夜は少し、どう反応すれば良いのかわからず淡白な返事のみ返す。するとレモンはパッとしない表情で悠夜に聞いた。
「あれ、態々否定か〜ら〜の〜? 展開にしたのに嬉しそうじゃないですね」
「……いや、十二分に嬉しい。今はあれだ、反応に困ってるんよ」
期待を裏切ってくれないそんな一面に。
例えどんなに仲が良くても、俺は流石にパスをする。だってそう、怠いしめんどうだからだ。嫌になる、分かってしまう、その気持ちが。
でもだからこそ、嬉しかった。
力を貸してくれると言ってくれた、その言葉が。
単純に嬉しかった。
「……レモン、じゃあ早速だけどさやってこ。ただ長い目で見てやることになるだろうし、兎に角今日は地盤固めで終わると思う」
「ええ。流石の私でも普通にやってあんな状態を一朝一夕で直せるとは思ってないです。…まぁ私が本気を出せば一朝目で終わるかもしれませんが、それは私に掛かる負荷が多くてヤですので」
「ふぅーっ、それでも手伝ってくれるぅっー」
「それもヤです。ウザいです、単純に」
それから棚田に戻り、悠夜達は修繕を開始した。
取り敢えず、それなりの作業でどれだけ時間が経過するのか測りたかった。なのでスマホのアラーム機能を利用して一先ず3時間、その時間を設けて開始する。
前に。
汚れても良いような服に着替える為、悠夜達は一度車まで戻って着替えてから、再度この場に降り立った。
「ふぅ……」
それから手を付け、土と石との選別をして。
(しんど…)
悠夜達がやっている今の作業手順は手作業、だけではない。魔法の力があるからと、魔法と手作業を併用して行なっている。
「っと…」
土魔法という今こそ使えそうな魔法はあるのだが、現時点では全然使えない。土の補填などにも使えないし、形状を固めたりも出来ない。
何故なら魔法は維持し続けようとしない限り消えてしまうからだ。
土を固める際に大きめの槌として使って行くことは出来るのだが、それはまだだ。後にも先にもこのグチャグチャになってしまった地盤を均さなければならない。
なら結局何の魔法を使っているのか。
それは、一番汎用性の高い風魔法だった。
風魔法でも、土程度なら浮かせたり持ち上げたりなど容易にできる。
なので風魔法が秘めるその力強さを利用して土をひっくり返したり、土を均したりしながら石積みできるだけの余裕を作りつつ、悠夜の首の高さまである畔を、少し形程度で作っていく。
そんな中で山のように散乱する土や石などを収集、保管しておく必要も出てくる。しかし一々スコップでハイ持ち上げてー、ハイ手押し車に入れてーというのは重労働。
なので、風魔法を大きな箱に見立てて、その中に土と石とを分けながら入れて運搬する、なんて工夫もしながら、効率を求めて地道に棚田の土を固め、整えていく。
のだが、いかんせん広い。
3時間に設定したアラームが鳴るのはあっという間で、もうそんな時間かと思いやってきた場所に目をやれば、まだ棚田の最下層部しか手をつけられていないという事実。
「はぁ……これは本当に毎日やらなきゃ終わんないなぁー」
少し途方のなさを感じて疲れた声色で悠夜がそう言っていると、レモンが「じゃあ毎日来ましょう。で鍛錬しつつ直していきましょう」そう言う。
そんなレモンに、悠夜は少し微笑んで言った。
「あぁ、そうだな」
バイトとか、色々ある。多分毎日来るのは現実的じゃない。けれども、こうして言ってくれるのが嬉しくて、だから悠夜は微笑んだのだ。
それから悠夜達は泥だらけの服を一旦脱いで、次に元々利用するつもりであった平野がある場所へと足を運んだ。
「さて…」
その際、再度汗と泥に塗れた服を着ようとするのだが、それは流石に……という拒絶反応が二人とも顔に出ていた。
ので、悠夜は水魔法を温水にしてシャツをその中に投入し、土や汗を洗い落とした後、20分掛けてレモンが下火、悠夜がその熱風を風魔法で上に上げつつシャツを空中で固定させる。と言った風にしてズボンとシャツを洗った。
そうしてようやっと準備が整った頃には悠夜はバテバテで、悠夜に残されている魔力はそうなかった。だから悠夜はレモンに魔力の補給を頼み、魔力を注いでもらった。
「フル充電一回クレープ一個です」
「…それは…びみょーに安いな」
「ええまぁ、安い早い美味いがモットーなので」
「おーん、飯屋か?」
なんて軽口を叩き合いながら、悠夜は自身が感じていた体の重みが取り除かれるとともに、レモンに「ありがとう」と言って身体を左右に捻じった。
「うっし、じゃあやりますか」
意気込み十分。
悠夜は腰に手を当てて、目の前に広がる木々のない、草が生い茂った平地に目を向けてそう言う。
レモンはそんな悠夜の言葉を受けて「ですね」と頷き、言葉を綴った。
「…ではでは、ここに早速私発案のメニューをっ、とね、行きたいんですけどね。今日は土地が広くなった記念に二つの技術を悠夜さんに教えていきたいと思います」
「…技術…魔法の?」
「ええ、その通りですっ」
レモンはふふん、とドヤ顔をしながら言う。
「それで今回伝授する技術は二つ。スキルと第二魔法です」
「スキルと…第二魔法」
そして悠夜は、相槌を打つようにオウムを返した。