【2】踏みしめる、この山の土の上で
ーー五年前の2041年10月31日ーー
その日、一つの巨大隕石が観測された。
それが後に月隕石災害と称される災厄を引き起こした災禍の化身、カタスフィアー隕石と呼ばれる大型隕石である。
これの墜落場所は観測直後計算され、日本の大阪近辺と予測された。
またその隕石の速度から、衝突するまで約10ヶ月程度の猶予ーー否、滅亡までの時間制限が設定された。
あるようでないような時間。
シュミレーションされた世界では、何も対策をせず衝突させた場合、最近距離である日本は間違いなく消滅。次いでその隕石により生じた衝撃波と津波により、ロシア、中国の大半はものの数分で飲み込まれ、都市機能が一気に壊滅の状態に陥る。
地球内部では衝突による巨大な揺れが暴れ回り、各地各国で大地震が相次いで世界の山々が噴火し始めるのだが、その頃には衝突した隕石を起点とした大津波が噴火の勢いをも飲み込みながら、大陸中を海水と砕けた地殻が覆い尽くすだろうと。
予測された津波の最高高度は1.1マイル。
メートル変換すると1931mもの津波が大陸を襲うと予想されていた。
その後は隕石衝突の衝撃により地軸が3度ほど傾く。
また、衝突時に出来たクレーターを埋めるように、そして、衝突時に蒸発した分の海水と、津波として地上へ溜まってしまった海水の差分を埋めるように、海抜が大きく変動すると。
最終的にはそれらの自称によって各地の四季が大きく変わり、その追い討ちと言わんばかりに氷河期が訪れる。つまり、人類及び生物の終わり。
死の星が出来あがる。
そんな、シュミレーションがされた。
見事な終焉までの過程というのは、想像しても想像のうちでしか想像しきれない話。だからといってほっておくことも出来ない話だ。
顔色を優らさせていられるはずがない各国の重鎮、引いては研究者達はまず、偵察機で鉱物の採集…は時間的にも出来ない。
だから、初めの時点で各国は隕石の縮小化、軌道の変更を企てる。
早急に作り上げた凡そ12,000機もの大型遠隔爆撃機。それぞれを2,000機、毎日打ち上げ、飛ばした。
それもただ飛ばす訳ではなく、側面を集中的に狙って。
観測映像からはそうして打ち上げた爆撃機がカタスフィアー隕石に直撃していく光景を映し出した。しかし、カタスフィアー隕石には傷一つ付かず、なにより軌道進路は1°すらズレなかった。
重力空間においての推進方向というのは、これだけのエネルギーを食らって変わらないはずが無いと言うのにだ。
手始めとは言え、多量の火薬を閉じ込めた。それを断続的に打ち上げたというのに、何故そうなるのか。何故そこまで強固なのか。
研究者達はそうした研究意識を掻き立てられたものの、死んだら元も子もないと、直様軌道変更計画に着手する。
次に各国は一つの研究班が出した案に沿って漁師界と協力し、通称スペースデブリキャッチネットを作成した。
これは柔軟性、硬度ともに耐変温性の高い合金を使用したネットで、最新の無人高速戦闘機の最高速度でも破られるどころか受け止める事に成功し、そしてその戦闘機は衝突により潰れていってしまう程に耐久性に優れていた。
宇宙空間にも飛ばして、そこそこな大きさの隕石を受け止めることも出来たのでかなり期待度は高かった。
ただカタスフィアー隕石は大きい。
その分覆うためにネットの面積を拡大する必要があったのだが、比例してその強度や耐久性の数値が下がっていく。
けどそれは物であるという特質上、仕方ない。と割り切って一縷の望みに願いを乗せたままに出来る限り多くの規格サイズのネット作っていく。
しかし、この合金は作るには少々手間が取られるため、結局、打ち上げから接触するまでの時間を考慮しつつギリギリまで作ったものの、隕石サイズのネットが4枚と、小型のネット1,360枚程度までしか作り上げることが出来なかった。
そうして泣く泣く打ち上げて数ヶ月。漸く接触するその瞬間。遠隔機は閉じていたネットを広げていき、巨大隕石をネットの中へ見事に身を収めきった。
…だが、しかし。
ある意味予想通りに、カタスフィアー隕石は悠々とネットを潜っていった。小型のネットを持つ遠隔機同士を連結させて強度の問題を解決しようとしても、直様機械は押し潰され、スペースデブリとなって散っていった。
こうして、それら7ヶ月の抵抗は悉く打ち破られてしまった。
そして残り3ヶ月に迫った状況。
現在までに解明された事と言えば、宇宙分野、特に破壊機器分野が未発展であったという事と、カタスフィアー隕石の異常性くらい。
各国はとうとう諦めムードに……はならず、寧ろ躍起になり、注力できていなかった地球戦ーー本領である地上戦でケリをつけようと案をまとめた。
精一杯の抵抗の為、各国は資源を掻き集めて技術開発に全うしたのだ。
それから3ヶ月があっという間に過ぎ、来たる8月。
照りだった太陽が微笑む空を前に、24時間のONE DAY滅亡カウントダウンが始まってかれこれ数時間。
最長の迎撃システムの射程圏内にカタスフィアー隕石が突入し、少しずつ砲撃がなされる中、そこで、予測していた最悪の中でも最も確率が高く、最も地獄とされていた事が起こってしまった。
そう。それが、月隕石災害と呼ばれる所以。
災厄に重ねられた最悪のシナリオ。
カタスフィアー隕石が、月に衝突し、大爆発を起こしたのだ。
その衝撃波に木々は激しく揺れ、細い木々は折れて空を飛び回った。古い家では倒壊が生じ、最新の家々が備える強化ガラスでもヒビが入ったりなどもした。
終末という事もありシェルターなんてもってのほか、意味がないと考えていつもと変わらないように家や街で過ごしていた大半の人々が、そうした二次被害の部分で怪我を負った、という報告が、降ってきた隕石の欠片達による被害よりも多く上がると言う現象が当時は起こっていた。
そうして、大爆発から間髪入れず、赤々と燃え上がり落ちてくる月のかけらは、まるでカタスフィアー隕石と生き別れるように動き、南アメリカ方向へと落下する。
ただ、南アメリカへ落ちる事も予測済み。しかし、カタスフィアー隕石の異常性により、そっち方面にあまり戦力を避けなかったという言葉にし難い現実があった。
必死に弾幕を張り、迎撃機を只管飛ばし、UFOキャッチャーのような形の巨大器具でカタスフィアー隕石を掴み、強化素材のパラシュートを展開したりもした。
でも、やっぱり止まらない。全世界が、全てが終わる。それが確定したと理解した瞬間、人々は絶望し、戦意を喪失させた。
だが。
それと共に奮起した人物がいた。
その者は言う。
絶望するくらいなら。
失望するくらいなら。
立ち上がれ。
立ち上がるんだ。
海水域矯正塔や、スペースデブリキャッチネットをさらに改良したバリアネット。
大型堤防までをもこんな短期間で作り上げた。
それにまだある。短期間で各国協力し、最新鋭のミサイルや連射レーザー砲を作り上げた。
殲滅電磁砲などと言った、元々軍用兵器であったものを様々な破壊兵器として転用した。
我々は努力してきた。
生き残るために手を動かしてきた。
ならここで絶望するべきではない。
水の泡にするべきではない。
今我々がするべき事は全力で戦う、それだけだ。
と。
のちに新聞に掲載されるジミー・ヘップソンという名の男の言葉である。
そんな発破に駆られた各国は解いた気持ちの紐をもう一度結び直して、最後まで事態に取り組む姿勢を作った。
断続的に打ち出す迎撃砲。
レーザー砲や電磁砲などといった物など、全迎撃機器の射程圏内が解放されると共に全てが総射される。
異常な夜だったからなのか、その晩、世界中の空は白夜のように明るかった。
そうした爆撃応対の末、なんとか月の欠片の原型を爆散、溶解させる事が出来た。
この隕石に関しては勢いも少しずつ低下していき、爆散した欠片を強化ネットで拾っていく。
それを皆は喜んだ。…だが、そこで喜ぶというのは現実逃避であった。
未だ降り注ぎ、変わらないカタスフィアー隕石と、爆散して回収しきれない大小様々な眩しい月の欠片の流星群。
打てど放てど、なんせ数が多い。強化ネットも機動性や耐久度が飛躍的に向上している成果は上げているのだが、付属の遠隔プロペラ部分が破壊され飛行困難になったり、網自体が破れるという事も同時に多々起こった。
岩の雨が全くやまない。
大気圏にカタスフィアー隕石が突入し、世界中の気温に熱気が増していく。
グッと皆は息を呑んだ。
諦めるも諦めきれない。
諦める意味も免罪符も何もない。
でも、けど、と、みんなは思った。
終わり。もう終わりなのだと。こうして、理不尽に晒されて、はいおしまいなのだと。
そんな現状。
でも、ジミー・ヘップソンという男の発破があったおかげでそれでも抗おうと決められた。
そして、抗うと決めたからには、最後まで。なんなら文字通り負けたらGAME OVERなのだから、ここで諦めるのは本当の馬鹿なのだと、諦めの悪い抵抗をし続けた。
でも、やはり。
それでも。
…それでも。多量の兵器を用いても尚、対処が追い付かない現実。
時間が足りない。
技術力が足りない。
あの大きな、そして頑強な隕石が破壊できない。
そうして終焉を迎える。
そんな間際、奇跡が起こった。
各国間での連携が強固に働き、今までにないパフォーマンスが発揮された為であろうか。
月隕石に割いていた戦略をカタスフィアー隕石に集中させ、一斉に打ち出したレーザー砲や爆撃弾。
それらは白く輝く巨大な手のようにカタスフィアー隕石に肉薄し、そして、遂に。
ーカタスフィアー隕石を爆散させる事に成功したー
爆散したカタスフィアー隕石の欠片。
その在処は、ある山へと。そして、当時その山に居た雅俊の元へと爆散した隕石が纏まって降り注いだ。
それからの事を語る事もない。
最小限に被害を抑え、人類存亡の危機は免れた。その後、各国は日本からカタスフィアー隕石の欠片を買い取る為必死こいたり、降り注いだ現地に研究の為とお題目を掲げて足繁く運んだりしていた。
目の前に広がっているのは、その日々の残り物。
悠夜がカタスフィアー隕石を目にした時、それは月が爆散した時。
その印象が窓越しだったとはいえ強烈に映り、この事を思い出す度、悠夜は月に対する拒絶感を少し感じるようになっていた。
そしてそれは悠夜だけではなく、全世界を巻き込んだこの大災害。その災禍の象徴として、人々にも月の印象が根強く、記憶にへばりついていた。