【1】踏みしめる、この山の土の上で
そうして悠夜達は近くの和食店で昼飯を済ませる。
ただ、レモン用のご飯を提供してもらい、レモンにその場で食べてもらう。と言うのは怪現象も良いところ。
悠夜は自身の食事をささっと済ませてテイクアウトを取り、車内でレモンに昼食を摂らせる事で、そこで漸くお互い腹を満たすことができた。
それから暫く、消化を待ち、そうしてから悠夜は車のハンドルを握って道を駆けて行った。
晴れ続きの空模様。
目的地まで数時間かかると悠夜がレモンに言うと、レモンはどうしようか悩んだ末眠りの残り香と食後の睡魔に平伏し、順従な僕として座席を贅沢に使い眠りこけた。
それから数時間が経ち、ナビに描かれる青色の線が目的地と近くなってきたころで悠夜は気を引き締める。
(……もうそろそろかな)
ここから先は標識のない道。ただ雅俊が利用していただけあって程度は舗装されている。現に今通っている道はかなり開けており、幅があるおかげで安心して通行できる。
ただ、綺麗な道じゃないため揺れや急落が激しい事激しい事。
レモンはそのガタガタ加減を不快に感じてか、薄目を開けて悠夜の座席を軽く蹴った。
「っていや無理だろ!? 安全運転してんだからそれで許せ」
「……無理」
「無理じゃねぇよっ、アホかお前っ…」
寧ろ安定してないせいで操縦しにくいこの道のりを、車体が左右に振れる事なく、真っ直ぐ進ませられているこの技量を褒めて欲しいくらいだ、と悠夜は思った。
(で、確かこのまま進んで…どっちだっけ。あ、右が棚田の山で左が半分平地の山か……)
目の前に現れた別れ道。それを前に昔の記憶を辿りながら道のりを選択する。
(先にちょっと、棚田でも見てこ)
そして悠夜はそう思って、車を右の道へ進ませた。
「そっち行くんですか…?」
「あ、ああ。ちょっと見ときたくて」
そんな道中、その道の先を進むにつれて地面が変に抉れた状態のものや、土が盛り上がった状態のもの。
木々が無惨に折れて倒れていたりと言った破壊的な現場の色が濃くなり始めていた。
(…隕石の残りとかあるかなって思ったけど…)
月の欠片、カタスフィアー隕石、その何方も超貴重な宇宙サンプルだ。
撤去というよりも収集されきっているのは当然で、取り残された物があったとしてもそれは相当森の中とかじゃないとないだろうな、と悠夜は思った。
悠夜は車体を蛇行させ、穴の空いた部分を器用に避けながら進んでいく。そして、真っ直ぐ行くルートの途中に右手に曲がるルートが現れた時、悠夜はそっちにハンドルを切ってまた進んだ。
(さて、と…)
進んだ先、そこにあったのは広めの広場、もとい駐車場。棚田方面用に一先ず作られた簡易的な場所だった。
「レモン、着いたぞー」
「んー…後3分14秒……」
「お前の時間は円周率で回ってんのかよ…」
ムクムクと目を擦りながら起きるレモン。それをみて悠夜は一回車から降り、ハッチバックドアからクーラーボックスを取り出すと最後にエンジンキーを切ってドアを閉めた。
そうして帽子を被り、踏み出す2人。未だ眠そうなレモンの頬に、クーラーボックスに入れていた少し冷たいペットボトルを当ててやると少し嬉しそうに目を細めた。
それから数分。幅広めの舗装された道を歩いていると、漸く開けた場所。棚田の全貌が窺える広めの場所に到着した。
「う…わ……」
そこに広がる広大な自然。そして水田ーー否、それを連ねた棚田の景色が映り入る。
田に張られた水が太陽光を反射し、空を映す。棚田は傾斜を利用した作りの為段々で田が作られていた。
大自然の一部として存在していると言っても過言ではない景観、所謂日本絶景の一つとしても認定されるほどの美麗な景色。
それに目を奪われるのもーーいや、目を背けたくなるのは必然か。五年よりも前だったならば、いい意味で目を奪われていたのは間違いなかったが。
悠夜はそんな郷愁に靡かせられながら、物耽た顔でその姿を見下ろした。
(悲惨だな…)
目の前の凄惨さが我が物顔で立ち振る舞う姿に、パチパチと、瞼を何度も閉じながら悠夜は息を多量に吸いこんだ。
「はぁ………」
まるで巨大なモグラの手によってぐちゃぐちゃにされたかのような、原型が保たれていない一帯の景色。
沢山の棚が崩れーーいや、広範囲に渡って破壊され、土砂崩れが起こったような様相のまま放置されていた。
落とし積みしていた石垣はどこに行ったのやら、その崩れた土の中に埋もれているのだろうか。何も無い、土以外に何も無い。水路も何もかも。
そんな姿らから目を逸らそうと視点をパッパッパと変えていくが、どうしても全体が見えてしまう場所。
棚田の一番下へ向かうため、悠夜達はその場所から左右に伸びた土のスロープを今回は右側に進んでいく。ただその道も綺麗と言える物ではなく、途中途中で抉れたり土が盛り上がったりして左右に避けて通らないといけない、と言う場面が多かった。
その都度、悠夜は嫌な気持ちになった。
「………」
真上からの景色と同様、かと言えばまた違った感触のある景色。側面から眺めるとその変わり様が色濃く、目に焼き付く。
何処もかしこも土が抉られ、削がれて翻り、乱雑に放置され、手入れも修繕もされていない荒廃した状態。
稲も何もない。
そう思ったが、よくよく見れば土の景色の中に所々緑が繁茂していた。だが、それは元々あったはずの元気な黄金色の稲とは違う。その発芽とはまた違う。
これは本当に、何の変哲もない、そこらへんに生えていられるほど生命力の高いだけの、ただの雑草なのだ。
「…ほんと、ひでぇな……」
「ええ…」
間近で見るたびに感じる事の異常性、強烈性。
理不尽な自然の暴挙。
じゃりじゃりと地面を踏みしめ下る中、信じ難かったはずの話だったこれもまた、別の実感として悠夜は感じていた。