【4】細い煙の匂いは懐かしく ◻︎挿絵
2046年8月19日 05:08
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悠夜はそっと目を開いた。
予定通りとなった早起き。ある意味の特異体質。
いつも通り敏感な朝の耳。
歯を磨いたり外行の服に着替えたりといった生活音で耳をチューニングしながら、彼は車の重たいエンジンキーを回し、エンジンを作動させるパスコードを打つ。
「……」
微妙に青黒い空。
朝なのか夜なのか判断に困まる早朝の空気は、日中よりも数段軽かった。
エンジンの掛かった車特有の超微細な車体揺れ、ハンドル、それとペダルの質感を再確認しながら、悠夜は冷房を作動させる。
空気が軽く早朝だ、と言えど夏は夏。猛暑の前の猛暑、変わらず暑さはある。
悠夜は冷房を通じて広がる涼しさに目を細め、運転中に掛ける音楽を吟味する。流す音楽はスマホから飛ばしており、決定したのはケルト音楽。
見知らぬ大地を踏みしめる、そんな開拓感を味わう。要は新鮮さに浸りたかった悠夜はその音楽を片耳に、ナビに行き道を複数個決定してペダルを踏み込んだ。
「うっし……」
(………行くか)
壮観な景色、光が殆んど灯らない早朝の色合い。
その中を縫って走り行く水色の車体。
操縦感覚を取り戻すべく走り出した車はここ近辺の道路を総なめにし、どんどんと色んな道を進んでいく。
そうして幾時間程駆け走り明るくなってきた頃、必要なものを購入して最後に小腹が空いた悠夜はこじんまりとした喫茶店で買った1900円程するカツサンドを噛み締めていた。
しつこくない、でもジューシーでサクサクとした肉と衣の旨み。それを上手くまとめているのが少し甘いキャベツの味と触感。そしてそれらを挟む、柔らかく、もっちりとしていたトースト。
それらが相まって食欲を掻き立ててくるのだが、切り分けられたもう一つを手に取る前には胃袋が膨れていた。
が、手が止まらない。
長旅が終える頃には、悠夜は酷い満足感に襲われていた。
(朝食要らないって言っておけばよかったな…)
そう少し後悔しながら8時00分という時間に、背を高々と伸ばす。
「さてと…」
悠夜はその後、店構えの良い果物屋さんで買ったバナナやみかん、マスカットなどが入った袋と新開店の御座候で購入したこしあん二箱が入った袋の取っ手を手に握る。
意外にも雅俊が甘党だった事を思い出したのは昨日、寝る前の話だ。小瓶だけれどいいお酒も購入している。
家の中に入ると、安定して廊下まで涼しかった。やはり家が一番いい、なんて悠夜は思う。
「あ、お帰り。ドライブどうだった?」
リビングに入ると、優雅にブレイクファーストタイムを取る花奈がそこにいた。
「……どうもなにも、普通だったよ」
ただまぁ、と付け加え「教習所で試運転はしたけど、正直もう少し危ない運転をすると思ってた」そう言ってコップに注いだ琵琶茶を悠夜は2回ほど飲み干した。
「……」
「……」
不自然に会話が途絶える、そんな間。
「な、なに」
「…いや別に。こう言う人が事故を起こすんだなぁって」
「大分なんかあるじゃん。……まぁその通り、だと思うけど」
その点に関しては悠夜には非しかない。
何年も乗ってないのに合わせて数時間程度だけの試運転。確かに時間を費やせば良いと言う話ではないのだが「危険」という自己完結できない部分ではやっぱり悪いと言えた。
しかし、じゃあ電車などの交通機関を利用して行くかと言えばせっかく取ってきたから、という思考が働く事に加えこの暑さの中を歩く、という想像しなくてもわかる地獄を考えるだけでもう嫌だった。
「まぁ気をつける」
「……頼むわよ。悠夜だけで終わらないからね、事故は」
「ああ」
悠夜は深い肯定の言葉を花奈に返した。
「ぁそそ…ご飯、レンジに全部入ってるわ」
そうして話も一区切り、花奈はそうして思い出したようにご飯の居所を教えるが、悠夜も悠夜で思い出したように言葉を紡いだ。
「いや、それなんだけどさ。ちょっとドライブついでに美味しいもの食べてきちゃってお腹いっぱいで……夜に食べるから晩飯なしで」
昼は墓参りが終わったら外食で済ませるつもり。悠夜がそういうと花奈は「あらそうなの」と特段何かを思う訳でもなく頷いたがその後の「で…お土産は?」という圧は強かった。
「…ああ、買ってきたよ」
「まじ? わーサイコー」
「えなんでそんなに棒読みなの!?」
堪らず声を上げた悠夜に花奈は笑いながら「うそうそ」と手をこまねいて言葉を続けた。
「御座候、ありがとね」
「え、いやまだどれ渡すか言ってないんだけど…」
「え、その手に持ってる御座候の箱くれないの。まさか目の前で見して終わり? 半殺しにするつもりなの、私好きなのに御座候…」
「いや、それは知ってるから余分に買ってるんだけど、てかこれなんだけども…」
「でしょ〜? 信じてましたっ、私は親愛なる息子である御座候を信じていたのですっ」
「ちょっとー奥さん、親愛じゃない方の息子さんが泣いてますよー」
(てか御座候よりも薄い俺への愛ってなんなんだよ)
そうやってちょっとふざけ倒した花奈は、楽しそうにしてから「じゃ」と切り替えるように言って。
「悠夜のご飯は冷蔵庫に入れとくから、レモンちゃん起こしてきて」
と命令を下した。
「…おーい、レモン、飯」
冷房がほんのりと冷たい空気を吐き出し、冷ややかな空間を作り出す。その中で、タオルケットにくるまりながらスヤスヤと眠るが少女。
悠夜はそんな少女を前にし、肩をさすった。
「レモン。飯食ってこい」
「……いゃだ…あと…5分?」
力のない猫撫で声でレモンは言う。
「いや問いかけるなよ、お前の事だよ。それにその常套句は通用しない。今日は9時にでも向かいたいんだ、早くしてくれ」
その意を伝えるも、中々起きようとせず、悠夜が布団をめくろうとしたときレモンが口を動かした。
「じゃぁ……」
「…なに?」
ーーだが、その続きはなかったーー
「なぁ、クーラー切るぞ」
中々目覚めないレモンに呆れた悠夜は、そんな脅し文句を睡眠奴隷に叩きつける。すると奴隷少女は身体をピクッと震わせ、ベッドを乱雑に叩きながら言った。
「それはいやっ…です。起きるんで…それだけはやめて下さい……」
「……クーラーの奴隷め。冬になったらヒーターの奴隷にでもなるつもりか」
「えぇ……はぃそのつもりです」
レモンは声をふにゃふにゃと、身体はへなへなと起き上がらせながらそう言った。
そんなレモンの眠気具合に見かねた悠夜が照明を点灯しようとしたのだが、レモンが風魔法で悠夜のその手を弾き、土魔法でスイッチ部分を覆い隠してしまう。
「おい…」
「やです、眩しいの」
「はぁ……」
目を擦り、欠伸をして涙を流す。
少女はそうしてダラーっと、ボーッとする。しかし照明だけは点けさせまいと、そんな形で必死だった。
「もうこの際何でも良いからご飯食べてきて。俺は用意しとくから」
そんなレモンの態度に早々折れた悠夜はそう言ってレモンに催促する。
「………」
「…返事は」
「……ん"ー」
「返事」
「はぃ…」
それからダラダラと部屋を出るレモンを見届け、悠夜は自身がすべき準備に精を出した。
そうして1時間経って、悠夜はレモンを引き連れ車に乗り込んだ。
「レモンおっけー、俺おっけー。つば付き帽子おっけー供物おっけ、数珠も諸々おっけー。そんでもってシートベルトもおっけー。後は花を買ってお終いだな」
悠夜はそうして確認し終えると、アクセルペダルをゆっくり踏み込んだ。
初めの目的地は花屋である。
『300m先、右方向です』
ナビに従い住宅街から疎開道路へと進んでいき、赤信号を前に人の往来が増えてきた事に気がついた。
今日は夏の日の日曜日。暑いと言えば暑いが、日中最高気温が38°程度という点が往来する人々にとっては大きかったのだろう。
悠夜はそんな人の行き来に目を配らせながら、そこから20分程車を走らせて目的に到着した。
隣に併設されているコインパーキングに車を止めて下車をする。
そうして再度財布の有無を確認してから花屋に来店すると、花の独特で柔らかい香りが悠夜の鼻腔をくすぐった。
悠夜はちょっとばかし気持ちが落ち着く匂いだ、と感じながら店頭に並べられている花々に目を向ける。そうして、その花々の鮮やかさを堪能していると、表情の柔らかいお兄さんが悠夜に声をかけた。
「いらっしゃいませ。どう言ったお花をお探しでしょうか」
そう朗らかな笑顔で接してくれるお兄さんに、悠夜は不意に強張らせた肩の力を抜いて少し事情を話した。
「そうですね……」
それからお兄さんは直ぐに仏家コーナーに悠夜を案内し、花々の紹介を始めた。
悠夜はそこから色んな仏花の束の説明を受けるのだが、どれが良いか考えた末値段よりも色合いで選ぶ事にし、そうして松・南天・菊・小菊・スターチス等と説明を受けた税込4,400円の仏花を買う事にした。
「畏まりました。では包装などを致しますので、終わりましたらまた声をかけさせていただきます」
そう言ってお兄さんはスタスタと店の裏に消えていった。それから数分間、悠夜達は花を整えてもらうまでの間、華やかな店内をゆっくりと散歩する。
未だ感じる花の良い匂い達。
店内装飾も花を活かす飾られ方で、個々の花が映えている。
元気いっぱいに花弁を咲かせる姿には、一つ一つ丁寧に育てられたのだろうことが良く伝わってきた。
そんな感じで花に見惚れながら待っていた悠夜に、お兄さんが「できましたよ」と声をかけた。
レジに赴くと、そこには1束6本でまとめられた花だった筈のものに竜胆とキンレンカが新しく複数本まとめられていた。
「2束で4,300円ですね」
(待ってお兄さんナチュラルに値切ってくれてるんだけど)
そう端的に、優しい言葉調でお兄さんは言う。
しかし、それよりも悠夜が気になったのは、値段のこともあるが元々無かった、紹介される間にも後で添えると言われ無かった花がそこにまとめられている事。
「あの…すみません、この竜胆とキンレンカは…」
悠夜は店内で見た花の知識を使って、当てはまりそうな名前をあげて聞く。
するとお兄さんは微笑みながら。
「お客様が少しばかし遅れてでのお墓参り、と仰っていましたので。手向ける花はちょっと位多くても悪くはなりませんよ」
悠夜はむず痒く思いながら「ありがとうございます」と、礼の言葉を述べた。それから2束しっかり抱えて乗車し、車にエンジンを掛ける。
「お兄さん、ほんとありがと。きっと父も喜んでくれます」
「えぇ。僕としても喜んでいただけるのは本望です。…では、お気をつけて」
去り際、そうした会話をしてから悠夜は窓を閉めた。最後まで笑顔のお兄さん、その笑顔は張り付けられたものではないのだろうと、悠夜は何となく思った。
「それにしてもさっきの人、目の色がなんか…違ってましたね。柔らかすぎると言うか、多分そっちもイける系の人だと」
「なんだよそれ、知りもしないで流石に失礼だろ」
そんな悠夜の言葉に対する返事はなかった。
其の後、更に1時間ちょっとかけて雅俊が眠る墓所へと向かった。
『目的地に到着しました。お疲れ様です』
砂利の敷かれた、併設の駐車場に悠夜は車を止める。
お盆休みはとっくに過ぎているため、ここが大規模な墓地とは言えど車も人も、そう居なかった。
けど悪い気はしない。悠夜は人気の少なさに未だ安心してしまっていた。
日が登る、雲が掛かった夏の空。
悠夜とレモンはキャップを被って直射日光を避けてみる。ないよりもあった方がマシなのは間違いなかった。
そんな風にして墓所へと入る門を潜っていく。悠夜は特に、クーラーボックスの他に、数珠やチャッカマンなどが入った備品バックを引っ提げ歩いていた。
入り口は途中まで真っ直ぐ、石畳に沿って伸びている。右手の脇には木で作られた簡易休憩施設があり、その中にはベンチと自販機が設置されていた。
それ以外の脇道は木々で占められている。
これを自然を感じられる、影が多い、と言えれば聞こえはいいかもしれない。
しかし、蝉たちが木々に犇き合いながら泣き叫ぶせいで耳が痛いし、地面を毛虫が数匹隊列を組んで歩いているのを見ると上を見上げるのでさえ怖いものだ。
だから悠夜には、飲み物用のゴミ箱の周りを行軍する蟻たちが異様に可愛く見えた。
悠夜は直線を抜けるまで、虫達に震え上がりながら雅俊の墓石に向かっていった。
そうして悠夜達は入り口を抜けた先に広がる巨大な墓所に出て日光と対面する。広く大きな場所だ、真ん中らへんを探すのも苦労しそうだな、なんて悠夜は考えながらその道中にあった桶を手に取り水を汲む。
それによって悠夜は遂に全身を塞がれ、重装備となってしまった。
(耐えれないことはないけど…)
重いものは重いし、なにより動きづらい。
でも、かと言って、何れかを今のレモンに渡してしまうと一時的に見えなくなってしまう。
そしてもしレモンがそれを手放した際に瞬時に現れた、と言う光景を目撃した人が居たらどうなるのだろうか。
それは想像に固くない。
人が少ないと言えど、多少は警戒しておこう。と言うのが悠夜の考えだった。
それから花奈に聞いた真ん中らへん、と言う曖昧な墓石の場所を、名前を見ながら探し、歩き回る。
そうして進んでいると、ある時、レモンが悠夜の服を引っ張って言った。
「ここみたいですよ、悠夜さん」
レモンが指を指して言った先にあった墓石には、確かに嶋崎雅俊の文字が連ねられていた。




