【▽】明るい部屋の一室で
乳白色に包まれる、新築戸建ての大豪邸ーーではないが、普通に何十年と住むに困らない大きさと部屋の数の家。
その一室で「どーしよっか」と俺は微笑みながら君に語りかけた。
すると君も俺を見て微笑むと言った。
「悠夜の好きなようにしたらいいじゃん」
そんな彼女が並べた言葉の真意は覗けない訳ではないが、ただ言葉の表面をなぞるとするならバカみたいな回答。
「…アホか、そう言うわけにはいかんやろが」
少なくとも、もっと身近に、もっと親しい関係でこれからを過ごしていく訳だし、そんな適当かつ独断的な内装の決定は関係性のひび割れにも関わる話だ。
一時期の怠さ加減で、俺の趣味思考、それ一色に染める事を委託すると言うのは今後を見据える上で良くない判断だった。
だから俺がそんな風に否定的な語調で言うと。
「っあー! アホってゆーたほうがアホーやしぃー」
左脚に重心を置いて、腰に手を当てながら君は文句を垂れてきた。
「……」
ため息が出る。
「…ぁー……じゃあお前もアホやんけ」
呆れた目を向け俺がそう端的に、冷静にその言葉を切り捨てると、君はすぅーっと息を吸って「…んー確かに!」と声を上げた。
そして、言う。
「…じゃ、悠夜も道連れだな!」
「……お前ほんまその図々しさだけは変わらんな」
とても残念な、と言うよりも本当に図々しい、今も昔も変わらないんだなぁ、と思い出させてくれる君の思考回路。
それに俺は呆れた気持ちを込めた言葉を並べるのだけれど、君はそんな声を聞いてとても誇らしげに言ったんだ。
「ふふん、これぞ神々しき天性の図々しさよ。ドヤ」
いやそれは声を出してまでドヤる事じゃないだろ。
とは、声に出さなかった。
なんか寧ろ、にんまりとした、あまり見ない可愛い表情でドヤ顔する君の顔が面白かったから。
パシャりと一枚。
「……ん? え…ぁ、ちょっ!」
俺は直ぐに印刷できるカメラでその光景を焼いて、満足げに生暖かい色の付いた紙を手に取った。
(……うん)
「…綺麗にアホな顔が写ってる」
すると君は耳をほんのり赤く染めて、眉を顰めて、そうしてその写真目掛けて手を伸ばしてきた。
「ちょ、やめろよそんなの撮るなぁ!!」
「やーい176センチー、頭が高いぞー」
「お前の方が頭が高いんやわぁ!!」
「ま、俺178やからな」
「ドヤ顔マウントうぜぇ!」
身長には自信がある為、この背比べを敢えて例えて言うのならサトウキビの背比べ。しかし身長は俺が優位なのは事実で、こうして今も君は俺の手の中にある一枚の写真すら掴めずにいる。
「っ…! …っ"…っ! ……ぁ"あ! たかが2センチ風情がぁああ!!」
「ま、されど2センチやな。ざんねっーー」
ただそれだけなのに、どうも愛おしいこの気持ち。
「ーーんっ……っ…」
唐突に合わせられた唇の感触。柔らかく、仄かに暖かくて心地よい。目を細める君の整った顔立ち。上げていた写真を持つ腕は落ち、彼女の後ろ腰へと回していく。
そうして少しした瞬間、俺は白くて綺麗な君のその頬にそっと指を添え、ギュッと頬を摘んで横に引っ張った。
「んっひゃ。…な、なに」
「いやなにじゃねぇよハニトラすんなよ写真返せ」
「やーや」
「やーだじゃねぇんだわ」
ふんわりと香る君の優しい匂いが、俺の鼻の先で舞っている。
「返せよ、アルバムに突っ込むんだよそれ」
「やめろよ、つか待って。ちょ、まひでそれ痛いって、痛いっておい話せよおいなぁ痛いってば」
(はぁ……)
頬をつねる手を離すと、君はつねられていた頬をさすって強く舌打ちをし、悪態をつく。
「…お前…まじで死ね」
「死ね!?」
「……地獄に堕ちて地獄で死ねっ!」
「ぉ、おぉー…罵詈雑言効くぅ…でもお前馬鹿だから現世とあの世で2回死んでることに気づいてない」
「…お前まじでそう言うとこ嫌い」
俺は浴びせられる憎しみの言葉達に苦笑いを浮かべ、それから少し軽い息を吐いてから部屋中に目線を巡らす。
(さて…どんな内装にすっかなぁ)
俺が歩んで来た人生では失うものも多かったし、得たものも多かった。けど、それは良いか悪いかで言えば全然良くない結果だった。
そりゃあ失う事の方が印象が強いしその分の反動も大きい。例え打ち消してくれるだけの良いものを得たとしても、失ったものが返ってくるわけでもない。
だから失うことはいい事だとは思わない。
そんな事を思うようになった俺は、最近あることを小まめにしようと考えるようになっていた。
それが写真撮影だ。
いつか失ってもーー尤も、全力で守っていく気だがそんな事があってもーーもう一度その思い出を思い返せるように。
失わなくても、君と一緒にその写真に収めた出来事を見て思い出して笑っていられるように。
そのために俺は写真を撮るようになった。
こんな時スマホがあればよかったと思うのだけれど、生憎カメラくらいしか今は使いようがない。
すると、俺の手のひらに君の手のひらが被さった。
「ん…?」
その感触に俺はどうしたのか、というニュアンスを混ぜた声と目で問うと、君は「けど…好きは好きだからな、嫌いだけど」と不貞腐れた眼を向けてそう言った。
「お…おー…うん……うっす」
「ちょおい、その反応やめろ、恥ずかしいだろが」
「…実際…恥ずかしくない?」
「そう言われんのがいっちゃん恥ずかしいんやわ!」
顔を真っ赤にして再度睨みつけてくるその顔についつい、くはっ! と吹き出すように笑い、クツクツと堪えるような笑い声をあげてしまう。
「確かに」
君はどんな表情を浮かべても可愛く、美しいかった。
これも写真に収めたいと思った。けど、この今の時間は残す物じゃないと思った。空気感を壊しちゃあ意味がないからだ。
だから今を噛み締める。
君の瞳を、君の顔を、大切な君を、握ってくれているその手の温もりを、好きな言葉とその声色をーー
ーー忘れちゃわないように。
「……さて、茶番は今は置いといてさっさと内装決めよっか、遅くなる」
「…はぁ……それもそうだな」
「…お、聞き分けのいい子は好きだぞ」
「うっせ…。えーっと…んじゃあーー」
俺は今、とても幸せだ。それはこれからも同じなのだろう、苦しい時辛い時悲しい時、ネガティブな気持ちでいっぱいになることもあるだろう。けど、それは得るものばかり。失う事はない。
そこにほんの少しだけれど幸せがあるのならば、それはとっても良いものだ。
俺はその日々を紡ぐ為に、このかけがえの無い幸せを守る為に、強くあらなければならないから。
だから俺は、これからも守りたいモノの為に強くなろうと思う。
白く明るい太陽の光が差す一室。
かけがえの無い、大切な君がいる隣で、俺は改めてそう決心した。それはあの時、俺の人生が動き始めたあの時よりも、もっと、ずっと、ずっと強く。