ショートショート:「逆転」
T市に住む男Hは、朝起きて異変に気づいた。外に居るのである。それも、裸で。首には、首輪がついていて、その首輪は、小さな小屋に繋がれていた。
「まさか、俺が、犬になったとかじゃないだろうな」
Hは体を触ってみる。毛深くない。人間のままだ。
「さあ、餌をやりますわよお」
誰かがガラス張りのドアから出てきた。Hは飛び上がった。なぜなら、出てきた者が鼠であったからだ。
「さあ、餌をたっぷり食べて、いい警察人になってね」
鼠は、ドロドロの気持ち悪い、嘔吐物のようなものが入った器を差し出した。とてもじゃないが、食べる気にはならない。
「こんなの食えるかよ!」
Hは知らん振りをした。
「まあ、いけない人ちゃんですね!食べないと、お仕置きよ!」
鼠は、ベルトのようなものでHを殴った。とても痛い。少なくともHには、そのような趣味などない。
「食べるまで、やめませんわよ。」
「ったく、仕方ねえな」
Hは、いやいや餌を食べた。ローストチキンの味がする。美味しい。
「なんだ、見た目は悪いが美味いじゃないか。」
「いい子。じゃあ、私は買い物に出かけるから、大人しくしておいてね。」
「ううむ、餌は美味かったが、何故こんなことになっているんだ?普通、ペットにするとしたら、鼠が人間を、じゃなくて人間が鼠を、だろう。ひょっとして、俺は悪い夢を見ているのか?」
Hは頬をつねった。痛い。
「やはり、夢じゃないらしい。これはどういうことだ。」
そこで、いきなり裸の人間が四足歩行でこちらに近づいてきた。
「ほほう、ということは、あれは野良人間だな。」
「おう、お前飼い人間か。可哀想に・・・。野良は、飯は食いづらいが自由で楽しいぜ。おや、鞭の後があるなあ。飼い主は鼠か。全く、酷いもんだ。」
「お、おい、お前、この世界のこと良く知っているみたいだな。どういうことか、教えてくれよ。」
「ああ、知らないのか。じゃあ教えてやる。だいぶ前、そうだな、多分、一ヶ月くらい前くらいにだな、『動物を大切にしよう運動』が始まって、それがだんだんエスカレートして、人間と動物の立場を逆転させたのさ。特殊な薬を動物にうってな。動物たちは人間の事をかなり嫌っているみたいだから、元には戻れないだろう。それより、こんなことは人間の中では常識なのに、なんでお前さんは知らないのかい?」