9 ネガティブな私は手料理を振るまい手を差し伸べる
「美味しい! インさんは料理の天才だね!」
そう言ってヨウは私が用意した食事をどんどん平らげていく。
その言葉自体は嬉しいが私としては複雑な気持ちだ。
未知の動植物だらけのこの島ではまともな料理らしい料理は作れなかったので、今ここにあるのはテキトーに煮たり焼いたりした程度のものだけである。延々とゲロを吐き散らかす魚だの断末魔の叫びをあげて逃げ回るダイコンだのをきちんと調理するスキルや度胸は私にはなかった。
まともな味付けもできていないと思うのだがそれでもヨウは美味しそうに食べている。
本気なのかお世辞なのかはともかくとして少なくとも表面的には友好的な態度であることに私はどうにか安堵する。
ただ本番はここからだ。
今私がいるここはヨウが住まうログハウスである。まさに虎穴そのものだ。
ヨウの信頼という虎児を得るために入り込んだ私はその第一歩目としてこうして手料理を振るまうことにした。
娼館の姉様方曰く。美味い料理は万人の心と財布と股を開かせる。
姉様方なら料理に怪しげな薬でも混ぜて効果を高めるのだろうが残念ながら私の手元にそのような薬はない。たとえあったとしてもヨウに効果があるとは思えないし何よりそれがバレて疑心を抱かれることにでもなったら目も当てられない。とにかく信用を得るのが第一だ。
なので今回使っている食材もすべてヨウの家にあったものである。私が用意して万が一にも毒物が混ざっていたら何もかもが台無しだ。
ただこの島ではまだ毒物らしい毒物に出会ったことはない。
私の超能力の一つに、可食確認というものがある。
まあ文字通り対象が食べられるかどうか確かめるというだけの能力だ。
これのおかげで私は食中毒とは無縁の人生である。今のところは。
昔マスターからフグという魚をいただいたときも毒の部分はしっかり取り除いて美味しく食べることができた。この能力が無ければ毒ごと食べて大変なことになっていただろうし、マスターからは「あなたはフグに毒があることも知らないのですか」と叱られていただろう。
まあそんな能力のおかげでこの島でも食料はどうにかなると踏んではいたのだが。ここまで毒物が見つからないというのは逆に驚きである。とはいえ所詮は私なんかの超能力だ。いつ失敗してしまうとも限らない。
……初日は必死のあまりそこに思い至らなかったがヨウに果物やキノコを献上したのは危険な行為だったかもしれない。もしあれらが毒物だったら私の方が料理されていた。
私が今ここに五体満足でいるということは超能力が正常に発動していた証拠。つまりあれらは毒物ではない。なので私は安心してその果物などを今日の料理にも積極的に使っている。
(まず。一歩目は踏み出せた)
ならば次は二歩目だ。
このまま飯だけ喰わせてさようならでは何にもなるまい。
必要なのは会話だ。会話によって心を開かせると同時にヨウの情報を得るのだ。
頑張れ私!
「あのう。ヨウさんはどうしてこの島に来ることになったんですか?」
ここで「貴方に関係ありますか?」「それを知ってどうするつもりですか?」なんて返答がきたらコミュ障の私は泣くしかない。けれどもヨウはあっけからんと答えた。
「お恥ずかしい話ですが、流刑となってしまいましてね。『国を守る剣』からも聖王国からも追放され、同時にすべての国への立ち入りを禁じられたのです。理由は、先日の邪神復活のときのことで……」
邪神の復活?
ああそういえば半年前ぐらいだったかにそんな話を聞いたような覚えがある。
たった一晩。私が寝ている間に事件は始まって終わったというのだからたいした話ではないと思い詳しくは調べていない。
というか「安寧を尊ぶ黒」の誰に訊いてみても口を閉ざすばかりだったのだ。
まあ要するに邪神が復活して暴れたけどあっという間に再封印されたというだけの話だ。
それがヨウの流刑にどうつながるのだろう?
私が作り笑いの仮面の下で疑問符を浮かべていると、ヨウはなぜか申し訳なさそうにこちらに頭を下げた。
「あのときはインさんにも不快なものを見せてしまい、大変失礼いたしました。僕はそれによって世界中の人々から恐れられてしまったのです。ただ、インさんにはどうか信じていただきたいのですが、僕はインさんたちが感じたような悪魔めいた何かを内に抱いていたわけではありません。皆さんには視覚と聴覚だけ共有していただくつもりでしたし、あのとき見えた景色と聞こえた音だけを真実と思っていただきたい」
「?」
はて。何の話だろう。
あのとき、と言われても私はそのとき寝ていたのだから不快な何かを見るも聞くもしていない。
むしろあの夜はとても気分の良い夢を見ていた。もうさすがに内容はほとんど覚えていないが、無邪気な子供のように走り回ったり遊び回ったりした夢だった。
だからこうしてヨウに謝られても何をどう答えれば良いのか分からない。
ヨウの表情は心苦しそうなもので、内心はともかくとしてどうやらこの話題はヨウにとって口にするのも辛いらしい。
こういうときはテキトーに慰め肯定するのが一番だ。そう娼館の姉様方も言っていた。
「大丈夫ですよヨウさん。私はあなたの言葉を信じます。あなたには悪意などなくそれは不幸な事故であったと私は分かっていますよ。きっと他の方々もいずれ理解してくれるでしょう。あなたが今こうして悔やんでいることを話してくれて私はとても嬉しいです」
「インさん……!」
うわあ。中身のないテンプレートな決まり文句なのに、ヨウはまるで目の前に救いの神が現れたかのような顔をしている。「ここまでの効果を出せるのならば免許皆伝」ときっと娼館の姉様方も褒めてくれるだろう。
ただ残念ながら私はヨウのこれが演技だと知っている。
いくら目から滂沱の涙が出たところでその心の水面には波紋一つ立っていまい。
「……」
神父が罪人に手を差し伸べるように私もおそるおそるだが手を出した。
すると思った通りヨウはまさしく罪人のように、神に祈りをささげ許しを請うようにその手を取った。
そして私は超能力を発動する。やはりヨウの中には感情らしい感情は見当たらない。人間離れしたその虚ろな心が気持ち悪くて気持ち悪くて仕方がないから早く手を離してくれますようにと私の方が神に祈ることになった。
まあいつもながら私の祈りが神に通じるはずもなく。たっぷり数分間はそのままの姿勢で耐えることになった。
「ところで、一つ念のために訊いておきたいのですが」
唐突にヨウが言う。さっきまでぼろぼろ垂れ流していた涙がすっと止まるのが非常に不気味だ。
やっと手を離してくれたと思ったら今度は何だろう。
「今この家の外にいるあの人は、インさんのお知合いですか?」
「え?」
私がヨウの言葉の意味を理解し終えるよりも早くに、ガタンとドアを蹴破る音が部屋に響いた。
そして。
「我発見悪魔! 絶対殺害! 皆仇、必!」
どこかで見覚えがある気がする人が現れる。
その人はわけの分からない言葉と血走った眼を私に向けてから、懐から爆弾のような物体を取り出して。
「死! 悪魔!」
それを投げつけてきた。
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