8 ネガティブな私は心を開かせるために股を開かず扉を開く
私が島に来て8日目。今日の天気は曇り。
どんよりとした空模様はまさしく私の心そのものを示しているかのようだ。
雲の切れ目から一瞬だけ覗いてすぐに隠される日光もまた同じく私の心というか私の現状。
希望なんて一瞬見えたと思ったらすぐに絶望にかき消されるのだ。
と、私は昨日のことを思い出しながらそう考えていた。
昨日。
私が海岸で途方に暮れていたときに突然ボートで現れたあの人。
確か行きの船にいた暗殺者の一人だっただろうか。同室の。
顔は焼け焦げていたので判別はつかず、というか元々顔なんてほとんど見てもないし覚えてもいなかったのでそうだという確証はない。まあお主とか拙者とか変わった言葉遣いだったしその人本人だろう。
幸運にもあの船から脱出できていたようだ。
私があのとき燃やさず残しておいた魔導エンジンボートは4つ。ああ1つは私が先に脱出するのに使ったから彼らに残したのは3つか。つまりこの人はその限られた生存枠に見事入りこめた強者である。
その強者がやっとこの島に来てくれたというのに。あっという間に死んでしまった。
ヨウを殺してくれればと私は期待していたのに見事に裏切られた。
あそこまで酷い状態なら仕方がない話ではあるが少しは根性を見せてほしかった。
失望のあまり私はうっかりと「もっと強いやつなら良かった」とか「ヨウさんには弱い魔術だけ使ってほしい」などとあれを敵に回しかねない発言をしてしまったが、少なくとも今のところはヨウの怒りを買った気配はない。あれに怒りという感情があるかは知らないが。
まあ。今回の件は正直言って私のミスだ。
人間は怪我をしたらすぐには治らないという至極当然の事実を失念していた。
「はあ」
これだから私は駄目なのだ。こんな私に暗殺などとても務まる気がしない。
下手に動けばきっとあっという間にヨウに殺されることになるだろう。それだけは嫌だ本当に嫌だ。
しかし殺さなければ帰れない。それももちろん絶対嫌だ。
つまり。私が今ここで出来ることは二つのみ。
一つ。ヨウの前で余計なことはせずにこの島での生存に努めること。
二つ。どこかの誰かが島にやってきてヨウを殺すのを願うこと。
他力本願とは情けない話であるかもしれないが仕方ない。だって無理だもの。
それに他力本願とは言ってもまったく当てがないわけでもない。
私が沈めた船から脱出したのは3人のはず。
うち1人は情けなくも昨日死んでしまったがまだ2人いる。そして、その2人はまだこの島に来ていない。まだ見ぬ彼らがヨウをぶっ殺してくれるかもしれないではないか。
それに別に島に来なくても、もしくは島に来て殺せなくても希望は残る。
彼らの使命は私の暗殺なのだから私が生きている以上はまだ私を狙ってくれるだろう。
そして彼らの雇い主であるマスターは私がこの島にいると知っている。
だから彼らが「私を殺した」という報告をしない限りは今後もこの島に暗殺者が送られてくるというわけだ。
そしてこの島に来た暗殺者はなんやかんやでヨウに相手をしてもらえばよい。
ヨウに殺されるようであれば次の暗殺者に期待すれば良し。
ヨウを殺してくれるのであればもちろん良し。
ヨウが死ねば私の任務も自動的に消えるのだから任務放棄の咎にもあたらないだろう。
もちろん言い訳がきくようにきちんと「私は毎日暗殺を仕掛けていた」とか「ヨウの食料に毒物を仕込んで弱らせていた」とかはしっかり主張するつもりだ。
うん。私にしては珍しくポジティブな未来が見えている。
……まあ前提として私がそれまで生き延びる必要があるのだが。
ヨウがいつ私に危害を加えてくるかも分からない。
ヨウがいないときに未知の獣が私を襲うかもしれない。
ヨウが死ぬまでに私が持っている対瘴気薬が尽きる可能性も低くはない。
暗殺者が来てもそれをヨウが相手してくれるとは限らない。
任務放棄の咎はもう確定なのでヨウの生死にかかわらず私は処分されるかもしれない。
ああ駄目だ駄目だ駄目だ。せっかく希望が見えていたのにどんどん絶望が光を隠そうとしてしまう。
とにかく。とにかくだ私。
まずはとにかく生き延びよう。
新たな暗殺者がまだ来てもいないのにそれからのことを考えても仕方ない。
先のことどうこうよりも今次の瞬間にだって私は死ぬ可能性があるのだ。
ヨウの気が変われば私は昨日のあの人のように呆気なく殺されてしまうだろう。
だからヨウに殺されないようにするために、あれと友人になろう。
別に友人でも恋人でも家族でも相棒でもなんでもいいがあれにとって価値ある人間になればいいのだ。
そうすれば殺されない。多分。
あれと仲良くなりさえすれば獣からも常に守ってくれる。はずである。
対瘴気薬がなくなっても大丈夫なようにしてくれる。おそらく。
やってきた暗殺者たちと戦ってくれる。かもしれない。
「……」
……うん。頑張ろう。
というわけで。
私はヨウと会話をすることにした。
これまでのようにただ受け答えをするのではなく人としての会話だ。あれが人間離れしているからといって人外のように扱っていては気分を害する恐れがある。
あれは気分どうこうで動く生き物ではないと思うのだが、人間扱いすれば少しは心らしきものも芽生えてくれるかもしれない。
そうだ。娼館の姉様方もよく言っていたではないか。
客の心をつかむためにまず必要なのは体の交わりではなく言葉の交わりだと。
客の過去や今についての話を親身に聞いてあげろと。
自分の身の上話で同情を誘えと。
そうすれば客は心を開いてくれるのであとはこっちも股を開けばばっちりだと。
……股を開くの件は無視するとして。
私は一つ覚悟を決めてからヨウの住まうログハウスの扉を開いた。
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