7 ポジティブな僕は今日という日を忘れない
「お客さんだ!」
僕は新たなる来訪者の音に気づいていた。
まだ海上は視覚結界の範囲外なのでその姿は分からないが、聴覚結界は確かに魔導エンジンボート特有の甲高い音を捉えていた。
「暗殺者さんかな、それとも流刑囚かな?」
もしくは漂流者か。もうインさんのように介錯人が来るということはないだろうから、その三択だ。
いずれにせよ歓迎してさしあげなければ。
僕は手に持っていた鉄鋼蛇(仮名)を投げ捨てて、急いで海岸へと向かった。
僕が海岸に戻ったときには既に、お客さんは上陸してインさんと何やら話していた。
しまった、同じくお客さんであるインさんに来客対応をさせてしまうとは失礼極まりないではないか。
ただこんな不調法者の僕が対応してお客さんに失礼を働いてしまうよりは、こうしてインさんが出てくれた方が結果的には良いのだろうかとも思い、急いでいた足を止めた。
何にせよ話の途中に割って入るのも迷惑になるだろう。
なので僕は姿を現さずに、聴覚結界から伝わってくる音を耳にしながら、インさんたちの姿を遠くから眺めることにした。
「……! ……っ!」
あれ? お客さんが何か言っているのによく聞こえない。結界の調子が悪いのだろうか?
と思ったら。
「ですから。私としては仕方なく……」
と、インさんの声はきちんと聞こえる。
どういうことかと少し考えて、そして理解した。
あのお客さん、どうやら声が上手く出せないようだ。
その姿をよく見ると、服は焼け焦げたようにボロボロで、体も火傷だらけで酷い有り様だ。喉も焼けてしまっているのだろう、だから声が上手く出ないのだ。
「おぬ……、せっ……!」
「そう言われても。私にはどうしようもありません」
聴覚結界に魔力を強く込めてみても、お客さんの声はいまいち聞き取りづらい。なので一時的に結界をあのお客さんだけに集中させることにした。これなら多分聞き取れるだろう。
「……お主のような悪魔は、拙者がこの場で切り伏せるでござる!」
「……」
「しらばっくれるな! よくも、よくもあのような所業を……皆の仇だ覚悟せよ!」
「……」
「お主まだそのようなことをほざくのか……! 噂通りの鬼畜のようだな!」
「……」
結界の範囲を絞ったので、当然ながらインさんの声は聞こえない。だがあのお客さんの言葉からある程度の状況を察することができた。
どうやらあのお客さんは暗殺者で、僕の命を狙ってこの島に来て、そして僕とインさんを勘違いしている。きっとそういうことだろう。
先日のインさんの来訪と同じく、あのお客さんも一人で来たようだから流刑囚ではなさそうだし、あれはどう見ても漂流者の振る舞いではない。
ならば暗殺者というのは確定だ。インさんのような好人物があれだけ恨まれるとも考えづらいし、順当に僕を狙ってきたのだろう。そしてそれがインさんに敵意を向けている。うん、やっぱり人違いをしているんだろうね。
「おーい、おーい、その人は違いますよー」
そうと分かったので僕は急いでインさんたちの元へと向かった。
来客対応どころかこのような目にまで合わせて、インさんには本当に申し訳ない。あとでしっかり謝罪しよう。
けれども今はこの暗殺者さんへの対応が先だ。
「な、なんだお主は! 引っ込んでおれ!」
「いえいえ、貴方の狙いは僕でしょう。そちらの方は違いますよ」
「何をわけの分からんことを……。お前なんかに用はない!」
「え? だから、僕がヨウですって」
うーん、この人ちょっと錯乱しているのかな。
多分、あの焦げた魔導エンジンボートや服、体の状態を見るに、火の不始末か何かで船上火災にでもあったのだと考えられる。
目や耳のあたりも火傷ですごいことになってるし、きちんと見えていないし聞こえていないのだろう。だから僕と似ても似つかないインさんとを間違えたのだ。
正直言って、暗殺者としてはお粗末な人だなあと思ってしまう。
もう寿命もあまり長くなさそうだし、体もボロボロで汚いから使い道も限られるし、歓迎はしなくていいかもしれないね。
「貴様も悪魔の仲間かぁああああああ!」
暗殺者さんはそう叫んで、脇にさしていた刀を抜いて僕へと襲いかかってきた。
「……はあ」
そんな何の面白みもない動きに僕は溜息を一つついて、それから簡単な詠唱をする。
「青き水よ騎士となれ。水刃」
「ぐあっ!」
詠唱と同時に、海面から生み出された水の剣や槍が、暗殺者さんの体を貫いた。
それでも動きを止めず虫のようにもがく暗殺者さんに、また一本、また一本と水の刃が襲いかかる。
ちょうど10本目ぐらいで動かなくなり、そのすっかりぐちゃぐちゃになった体は、海へと帰る水の刃たちとともに水面に引きずり込まれて消えていった。
あとには、穏やかな波の音だけが残る。
「大丈夫でしたか? インさん。こんなことに巻きこんで本当に済みませんでした」
僕はそう言って頭を下げた。
こんなつまらないものを見せてしまい、それ以上どう謝ればいいのか分からない。
せめてあの暗殺者さんがもっと強くて歯応えある相手ならば、少しは見世物として楽しんでもらえたかもしれないのに。まさか勝手に火事で死にかけている相手が来るだなんて思ってもいなかった。それでも少しは接戦を演じようと下級魔術を使ったのに、失敗だったなあ。どうせなら派手な魔術にするべきだった。
インさんは、静かになった海を見てぽつりと呟いた。
「残念です……。あの人もっと強ければ良かったのに……」
ああ、やはり、不評のようだ。ギルドマスターからの依頼で来てくださったインさんに対してこのような失態、不甲斐なさで心が押しつぶされてしまいそうだ。
「本当に、申し訳ありません。次からはせめて、どのような相手でも最上級魔術でもてなすようにしますから……」
それならばたとえ相手が今回のようなザコでも面白みはあるはずだ。
しかしインさんは、僕の申し出に首を振った。
「いえ。その必要はありません。魔術のことは詳しく知りませんがそんなことをすればヨウさんもお疲れになるでしょう。私としては、むしろ弱い魔術でギリギリの戦いを見たいぐらいですよ。はい」
「インさん……!」
なんて優しい人だ。慈悲深い人だ。ギルドマスター以外にこれほど素晴らしい人に出会えるだなんて、まるで夢のようだ。
僕はインさんのために、できる限り力を尽くそうと、このときしっかりと決意したのであった。
【ヨウ・プラララス 無人島開拓日誌】
・36日目
本日の調査結果。鋼鉄蛇は良いロープ代わりになると分かった。スライム鳥を喰わせておけば爆発的に繁殖するようなので、島東部にある大穴で飼育予定。ついでに不要な諸々の死骸も放り込めばエサとして処理してくれるので楽。
~中略~
そして、今日は、この島に初めて訪れた日以上の、いや「国を守る剣」でギルドマスターに出会った日に匹敵するほどの感動があった。
それはあの来訪者のインさんだ。
感激のあまり今日という日のことをこんなわずかなスペースには書ききれない。聖王国国立図書館のすべての書物を合わせてもまだ足りないほどの文量が必要となるだろう。
それほどにインさんは素晴らしい人物だ。ギルドマスターとの日々を思い出す。
ああ、本当に、本当に嬉しい。
ギルドマスターがいかに傑物であろうと、もう確か齢60を越えていたはず。
それに比べてインさんはまだ僕と同じ18歳だそうだ。
ああ、嬉しい、嬉しい、嬉しい、嬉しい。まさかこの島でこれほどの幸運に出会えるとは。
おかげでたくさんの選択肢と可能性が生まれた。今まで不可能だった手段も取ることができる。
ああ、神に感謝するしかない。偉大なる神は僕を応援してくれている。神の期待にも応えなければ。
これで僕もきっと、ギルドマスターやインさんのように素晴らしい人間になれるはずだ。
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