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6  ネガティブな私は暗殺を諦めたがゆえに一命をとりとめる



 私が最果ての島という地獄に来てしまってから既に7日という月日が流れた。


 この7日という時間は私がヨウ・プラララスの暗殺を(あきら)めるのには十分すぎる時間でもあった。


「おはよう、インさん。僕は今日は島の北部に行くつもりだけど、インさんもどうですか?」


「……私はこの海岸でのんびりしてます。お気(づか)いなく」


 ヨウはそう言って今朝(けさ)も森の向こうへと消えていく。


 私が観察する限りではヨウはいつも朝から晩まで島のどこかでなにやら作業に(はげ)んでいる。観察と言ってもその姿を直接見ているわけではなく超能力(ちから)で現在地を確認しているだけなので実際には何をしているのか私は知らない。


 ただこの瘴気(しょうき)(あふ)れる島の中を、危険な獣だらけのこの島を一人で歩いている時点でもうまともな人間ではないだろう。肉体的にも精神的にも。

 ひ弱な凡人である私は用意してきた対瘴気薬(くすり)のおかげでかろうじて瘴気や毒素から身を守れているがこれもいつまで続けられるか。ここに来る船の中でいくらか調達できたのでまだストックに余裕はあるが油断はできない。


 島の恐ろしい獣たちについてはヨウのおかげで私も身の安全を確保できている。


 というのもどうやらヨウはこの島に来てから随分(ずいぶん)と暴れているらしい。

 この海岸一帯の獣たちはヨウを恐れてヨウ自身やログハウス付近には近づいてこない。そしてヨウどころか人間そのものを恐れるようになっているみたいで私や私のテントにも近づいてこない。もしくは私に手を出せばヨウが怒ると考えているのか。どちらにせよ私としては本当に助かる話である。


 獣以上に恐ろしいヨウが獣以上にすぐ近くにいるという状況を「助かる」なんて言うのもどうかと思うが。


 まあ逆に考えればヨウの(ふところ)に入りこめたということでもある。

 マスターの助言に従って大正解だった――。






 私が嫌々ながらもギルドを()つことになったとき。


 可能な限り時間をかけてのろのろと準備をしていた私にマスターが問いかけてきた。


「一応の確認ですが。イン、あなたはどうやってヨウを殺すつもりですか?」


「え? まあ状況次第(しだい)ですけど。例えば夜闇(よやみ)(じょう)じて後ろから近づいて首をナイフですっぱりとか」


 その肝心のナイフは荷物の中にはまだ入れておらず保管庫にしまったままである。ギルドを出発してから数日後ぐらいに「すみませーん。忘れ物しちゃいましたー」とか言って戻ってくるつもりだったのだ。ただこの会話の流れでナイフを忘れるというのは不自然なので仕方なく荷物に入れた。くそう余計なことを言ってしまった。


「まあそんな直接的な方法はリスク高いのでなるべくは毒殺とか爆殺とかにするつもりです」


 リスクという考えを除いても私は毒殺や爆殺は好きである。毒が入っているとも知らず相手が美味(おい)しそうに私の料理を食べるのも、爆弾で()()微塵(みじん)になって(ちり)一つ残らないのも、料理や掃除が上手にできた気分になれて気持ちがいい。娼館(しょうかん)姉様方(あねさまがた)に仕込まれたからかこれでも私は家事好きなのだ。


「……イン。餞別(せんべつ)代わりに助言を与えておきましょう」


「助言?」


「ええ。まず此度(こたび)の相手は簡単には殺すことのできない難敵です。初手で仕留められなければ即座に殺されると考えなさい」


「そんな相手に経験値ゼロの私を送り込まないでくださいよ!」


「なのでターゲットを一目見て『危ない』と判断したら、暗殺は一度中止しなさい。相手の信用と信頼を得ることに注力し、まずは生き延びなさい。それから確実に殺せる機会を(うかが)うといいでしょう」


 おや? マスターにしては珍しく消極的な案だ。「退()くな(おく)すなぶち殺せ」なんて文言(もんごん)をでかでかとギルド内に(かざ)っているマスターの口からそのような案が出るとは思わなかった。


 まあ私としてはそっちの方が生き延びる確率がぐんと上がるので反対する理由はない。たとえ相手が死にかけの赤子であっても喜んでそうさせてもらおう。


「でも信用なんて得られるでしょうか。『最果ての島』に行くやつなんて流刑囚(るけいしゅう)か私のような暗殺者だけでしょう。どちらも信用とは程遠い存在(くず)じゃないですか。漂流者なんて見え()いた(うそ)も絶対バレますよ」


「ならいっそのこと暗殺者だと堂々と名乗りなさい」


「はい?」


「あのターゲットなら多分それでどうにかなります。自分は暗殺者で、しかし殺す意思はないことを上手(うま)く主張できればすぐに殺されることはないはずです。そうですね、あとは依頼者は『国を守る剣(グラディウス)』のギルドマスターとでも言いなさい。それでおそらくは大丈夫でしょう。死なずに済むかもしれません」


「いや『多分』とか『はず』とか『おそらく』とか『かもしれない』とかで命かけたくないです。そんなので本当に信じてもらえるわけ……ていうかマスターはターゲットのこと詳しく知ってるんですか!? じゃあそれちゃんと教えてくださいよ!」


「……下手に先入観を与えたくないので嫌です。初仕事なんだからその辺も自分でしっかり調べなさい。それにいつまで準備しているのですかあなたは。あと40秒以内に支度(したく)しないと心臓をむしり取りますよ」


「ひぃっ!」





 ――まあマスターの助言がなくとも私は暗殺を中止していたと思う。

 

 ターゲットであるヨウを一目見たとき。そのヤバさは一瞬にして理解できた。


 瘴気をものともしないとか獣を容易(たやす)(ほふ)るとかそういうことではなくて、あれは私とはもはや種族からして違う異物であるとしか思えない。


 ……私の超能力(ちから)の一つに、触れた相手の感情を読み取るというものがある。


 わざわざ他人に触れなければならないのでコミュ障の私には使いどころが限られる能力(ちから)なのだが今回はやむを得ず使うことにした。


 ヨウが私という来訪者にどのような気持ちを抱いているか知りたかったのだ。

 あれがこちらに殺意を抱いているかいないかすら分からないというのは怖すぎて怖すぎてその恐怖だけで心臓が止まりそうだったのである。


 結果。あれは私に対して何の感情も抱いていなかった。


 私の言葉に何やら思案してころころと表情は変えるくせにその心のうちには一度としてさざ波すら起きず常に(なぎ)


 正直言って気持ち悪くて仕方がなかった。


 この超能力(ちから)を使ったことを後悔すらした。


 多分私の顔にはずっと引きつった笑みが張り付いていただろう。そんな不自然な笑顔にすらヨウは無反応だった。


「……」


 あれが何をどう考えたのかは知らないが私は今こうして生きている。


 あれは私のことを信用しているのだろうか。あれに信用という概念(がいねん)があるのかすらも疑問である。ある日突然「今日は昼から雨降りそうだからインさん夕方までには死んでね」とか言われてもまったく不思議ではない。


 少しでも()びようと思って食料を献上(けんじょう)したり獣狩りの手伝いとして罠を仕掛けたりなんてこともやっているが、ヨウがそれに対して何をどう思っているのか私には予想がつかない。


 あんな危険人物。殺すどうこう以前に関わりたくもない。


(でも殺さないと私帰れないんだよなあ)


 魔導エンジンボートはあるのだし島から逃げること自体は可能である。


 ただそれだと任務放棄(ほうき)(とが)でまた私に暗殺者が向けられてしまう。


 ヨウが死ぬまで私は帰れない。

 しかしヨウは死にそうにないし私では殺せそうにない。


「さて。どうしよう……ん?」


 そこで私は一つの音に気づいた。


 一瞬ヨウが戻ってきたのかと思って心臓が止まりそうになったがどうやら違うようだ。


 音は森の方からではなく海の方から聞こえてくる。

 そう気づいた直後。こちらから探すでもなく音の正体が目に飛び込んでくる。


「船……?」


 水平線の彼方(かなた)から一(そう)の魔導エンジンボートが白波(しらなみ)立てて向かってきていた。


読んでくださった方々ありがとうございます。


感想等いただけたら嬉しいです。

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