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2  ポジティブな僕が最果ての島で迎えた初日の思い出はゴリラの味



 陸路を渡って数週間、海路を渡って数か月。

 僕は「最果ての島」にたどり着いていた。


「思ったよりも自然豊かで過ごしやすそうな島だなあ」


 島には地を埋め尽くすほどの緑があり、その上で多種多様な生き物たちが息づいている。

 もっとこう、草一本として見当たらない不毛の地を想像していたのだが、意外なことにここは動植物の楽園だった。広い広い島に、たくさんの命がある。

 巨大な食虫植物らしきものが(つる)を空高く伸ばして怪鳥を捕らえたり、頭が四つと腕が八つあるゴリラ的な動物が紫色の芋虫を貪り食ってたり、小さくて可愛い猫っぽい何かが群れとなって崖から海面に飛び降り自殺を図っていたりと、実ににぎやかで楽しいところだ。


「今日から僕もここの一員だ。仲良くやれればいいんだけど」


 残念ながら、余所(よそ)者である僕はあまり歓迎されていないらしい。

 つい先ほども、島に上陸したばかりだというのに、やたらと眼が赤く光る狼に襲われてしまった。

 どうにか撃退はしたが、その狼の眼の光のせいなのか、僕の両脚はすっかり石化してしまっている。

 まあどうせ義足だし、予備も何本か持ってきているから平気ではあるのだけど。


「さて、とにかくまずは衣食住の確保だね」


 衣については、他に人がいるわけでもないし、体温調節や身体防護も魔術でどうにでもなるから必要はない。ただ一応人としての矜持(プライド)は持っておきたいし、時間があるときにでもそこらの動物の皮をもらおう。

 食についても、これだけ動植物がいるのであれば問題はあるまい。元々は、持ってきた義手の予備を禁呪で無限複製(コピー)してそれを食べようと思っていたので、この多種多様な生態系は嬉しい誤算だった。あのゴリラ的な動物が美味しそうに食べている紫色の芋虫が、個人的には気になるところ。

 住については、これも衣と同じく必要性はないといえばないのだが、どうせなら住環境は快適に整えたい。丸太でログハウスでも造るか、洞窟でも掘ってそこに住むか、日曜大工が趣味の一つだった僕としては悩みどころだ。


「うーん、でもあまり快適にしてしまうのもなあ。流刑として僕はここに来たわけだし、多少は苦しまないと罰にならないよなあ」


 いや、しかしその考えもどうなのだろう?


 僕がこの島で人知れず苦しんだところで、それが一体何になる? 誰が得をする?

 今回の邪神復活事件では、僕が誰かの命を無為に奪ってしまったわけではない。なのに僕の命を無為に失わせるというのは勿体ない話ではないか。

 償いはそうした無意味な消失ではなく、有意義な発生、つまりは補償であるべきだ。


 例えば、この島の環境を人の住みやすいものに変えれば、邪神によって住む場所を失った人々が移り住めるかもしれない。豊かな動植物は飢える人々を救えるだろう。この未知の環境が、科学や医療の発展に繋がることも考えられる。


 うん、そうだ、そうしよう。


 僕はこの島を、人々のためになるものとしよう。

 どの国の土地でもないそうだし、それで文句を言われることもないはずだ。

 流刑地なんて僕が禁呪でもっとふさわしい異空間を用意すれば解決する話だし、この「最果ての島」が良くなることで困る人は誰一人としていない。


「よし。そうと決まれば、まずは島の調査だね」


 この広い島のどこに何があるのか、どういう地形なのか、しっかり把握しておこう。

 どの動植物が食べられるのか食べられないのか、きちんとすべて毒見しておこう。

 島を覆っている瘴気や毒素については、これはどうしようかな。

 僕は禁呪で無毒化しているから平気だけど、世間一般の人ではそうもいくまい。


「ま、これも調べれば済む話だね」


 島の場所によっては瘴気の濃度が薄いところもあるかもしれない。

 この島に住まう動植物を調べれば適応できる条件が分かるかもしれない。

 この島は流刑地なのだから罪人が送られてくるわけだし、それで簡単な人体実験だってできる。


「ふふふ、みんなの役に立てると思うと嬉しくなってくるな」


 僕は顔に笑みを浮かべながら、とりあえずまずは自分が住む場所を用意するために、近くで変な液体を垂れ流している大木の伐採(ばっさい)にかかった。






【ヨウ・プラララス 無人島開拓日誌】

・1日目


「最果ての島」を開拓するにあたって、日々の記録も残しておこうと思いこうして書き記すこととした。


 紙とインクは、今日のところはヨンハチゴリラ(仮名、以下同様)の皮と、液体樹(ドロドロツリー)の汁を使用。ヨンハチゴリラの肉は美味だったがムラサキイモムシモドキは微妙。液体樹(ドロドロツリー)の汁も不味(まず)し。


 島に来て、何もかもに興奮し感動した。だがそのすべてを書き記すにはスペースも時間も足りない。素晴らしき記憶は思い出として自らの頭に保存し、この日誌はあくまで開拓日誌として必要最低限のことのみを記そうと思う。


 本日は住環境と食料の確保に成功。衣服はまた後日とする。

 動植物の調査も少しずつ進めたい。本日は主にヨンハチゴリラを調べてみた。

 雑食性。気性穏やか。頭部ごとに意識や感情あり。8本の腕を操っているのは頭部の一つに限られるようで、該当(がいとう)する頭部をつぶせば腕の動きを抑えられる。

 肝臓、睾丸(こうがん)に毒性があるがその他の部位はおおむね可食。皮はなめせば紙として使えないこともなさそうだが、今回は魔術で簡易的になめしたため非常に書きづらい。

 明日以降も、紙として使えそうな植物や動物を探して試しておこう。


 それと「最果ての島」では寂しいので何か名前をつけたいと思い、一つ考えてみた。輝かしい未来の訪れを願って、今後はこの島をこう呼称することにする。


最果ての島改め、――




「ん?」


 日誌を書く手を止めて、僕は耳をすませた。


 何か物音が聞こえた。遠くから気配を感じる。

 ひとまずの仮住まいとして海岸沿いにログハウスを建てていた僕は、その屋根へと上り、はるか水平線へと目を凝らせた。


「船?」


 くすんだ月明かりの下、黒い水面に小さな影を浮かべて、一(そう)の魔導エンジンボートがこちらに向けてやってくる。ゆっくりとゆっくりと、身をひそめるようにして進んでいるようだが残念ながら僕にはお見通しだ。もといお耳通しかな?

 この島と、近辺の海域には結界を張っている。少しだけ音を拾いやすくなる程度の簡単な結界だが、こうして近づいてくる者を察知するには十分な効果だ。


「さて。どこの誰だろう」


 結界に込める魔力を一時的に増やし、あのボートに向けて聴覚を集中させる。

 魔導エンジンが立てる甲高い音と、波が船体を叩く音、そしてその中に一つの声が聞こえた。

 おそらくは十代後半、僕と同い年ぐらいの、女性の声。


「……殺してやる、殺してやる、殺してやる。あの悪魔は私が、絶対に殺してやるんだ……」


 お、これはギルドマスターが教えてくれた暗殺者さんかな。こんなに早く来るとは思わなかった。

しまったな、まだ衣服の用意ができていない。

 暗殺者とはいえ人前に裸でというのは失礼だろう。多分向こうもびっくりしてしまう。


 うーん、困ったな。


 それに、先ほど書いていた開拓日誌だけど、あと一文というところでもう紙のスペースがなくなってしまうんだ。暗殺者来訪という重大イベントについて記すことができないのは大いに困る。まだ日が変わる時間でもないし、他に紙は作れていないし、今日の出来事を明日になって書くというのも()まりが悪いしなあ。


「仕方ない。暗殺者は来なかったということにしようか」


 そうと決まればあとは簡単だ。

 あのボートの真上に魔法陣を展開してっと。


赤き炎よ星となれ(ルビウス・ステラ)炎天(フランマ)


 僕の簡単な詠唱が終わるとともに、流れ星のような赤い光が空からボートに向けて一筋落ちた。直後、ボートが一瞬にして燃え上がる。


「……ぁ!? ……っ!」


 暗殺者さんの声が少しだけ聞こえて、すぐに聞こえなくなった。


 あとに残されたのは魔導エンジンが()ぜる音と、船体が焦げ落ちる音と、海の上で輝く煌々(こうこう)とした赤い光だけ。魔導エンジンは可燃性が高いので長く長く燃え続けている。

 今日という記念すべき一日を締めくくるには丁度いいセレモニーになったかもしれない。あの暗殺者さんには感謝しよう。

 できれば島に迎え入れて、この島の調査や開拓の「お手伝い」をしてほしかったのだけれど、もう開拓日誌に書くスペースがないのだからどうしようもない。これは余分に作っておかなかった僕のミスだ、反省しなければ。


「……それにしても」


 運の悪い暗殺者さんだったな、と僕は思った。


 結界が張ってあったとはいえ、それは本当に簡易的なものだった。僕が眠りについていれば、海上の音など全く拾えなかっただろう。それでも上陸すれば僕は気づいただろうけど、そのときに日付が変わっていれば僕は暗殺者さんを快く出迎えていたのに。あと1時間も遅ければ、そうなっていたのだ。あと少しだったのに、本当に運が悪い。


 そもそも、あのボートは僕が家を建てていた海岸に向けて真っすぐ垂直に向かってきていた。それもまた運が悪い。島の反対側からとは言わずとも、もっと別の方向からなら音を拾われる可能性も減っただろうに。

 あの気の毒なほどに運の悪い暗殺者さんに冥福をささげて、僕はまたログハウスの中に戻った。

 そして筆をとり、本日の開拓日誌に(しめ)の一文を記した。


 この島に名付けた名前を。



 最果ての島改め、希望の島(アイ・スペース)と。

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