10 ポジティブな僕は生足を観る
せっかくの料理が台無しだ。
僕はまずそう思って、次に、散らかった部屋を片付けるのが面倒くさいなと思った。
掃除にどのくらいかかるかなと、黒焦げになった部屋の中を見渡して、それからインさんとお客さんの姿を探した。
「……」
インさんの姿は、見当たらない。壁に何かが飛び出ていったような穴が開いているから、多分そこから脱出したのだろう、さすがはインさんだ。片脚を落としているのが、まさに「爆弾で吹っ飛ばされた」というリアル感を醸し出している。そこの血の汚れは落とさずに記念として残しておこう。
さて、もう一人はと言えば。
「我成功! 悪魔滅殺!」
何やらご機嫌そうだ。
どこの言葉かはよく分からないので、何を言っているのかは聞き取れない。
魔導エンジンボートでこの島に来ていたことには気づいていたけど、この通り異国の方だから僕では会話ができない。だからインさんならもしかしたらと思って、ここに来るのを待っていたのに。それでインさんが言葉を解するようなら、暗殺者か漂流者か確かめてほしかったのだけど、まあこの様子なら暗殺者なのだろう。
わざわざドアを蹴破って大声出しながら侵入なんて、残念ながら二流のようだけど。
今もこうして死体の確認をせずに高笑いなんて、二流どころか三流かな。
確かに僕は今、右腕と両脚が胴体からお別れしているという一見死体に見えなくもない格好だけど、頭部が無傷な時点でその生存は疑うべきだろうに。
「はあ……」
僕はこっそりと溜息をついた。
二流の爆弾はどうせ威力も二流だろうし、それではまたインさんが退屈するだろうからと思って、わざわざ火力補強の魔術をかけたというのに。そのうえで見栄えが良くなるように僕の方になるべく爆風が集中するようにして、このようなあたかもピンチな状況を作り出したというのに、暗殺者さんは追撃に移ろうともしない。
がっかりにも程がある。
僕にとどめを刺そうとしてくれるのであれば、僕は命からがらのていで逃げ出して、絶体絶命の様子をインさんに見せて楽しんでもらえるのに。
暗殺者さんは僕のことをもうすっかり死体だと思っているようで、こちらに見向きもしない。今ここで僕が逃げるそぶりをしても、どうしても不自然な演技になってしまうだろうしなあ。
「……否。悪魔生存可能性有。両腕両脚切断、頭部破壊必要」
暗殺者さんは何やらぶつぶつと呟きながらログハウスから出て行った。
どうやらインさんの方にとどめを刺しに行ったらしい。
ターゲットだけじゃなくて、近くにいる人や目撃者もまとめて消すタイプの暗殺者かあ。なんて迷惑な人だろう。
良いエンターテインメントになるから僕を殺しに来るのは大歓迎なのだけど、観客であるインさんまで巻き込むのは遠慮願いたい。客弄りも笑いの花にはなるから、少しだけインさんにも爆発をくらってもらうように僕も調整したけど、物事には限度というものがある。主演の僕を差し置いてまで客の方に向かうとは、敵役としては失格だ。
仕方ない。またインさんの気を損ねることがないように、ここらでご退場願うとしよう。
「肉の器よ割れ満ちよ。複製」
禁呪を使って、部屋に残されていたインさんの片脚を複製し、新たに二つ増えたそれを僕の義足として使わせてもらうことにした。両脚とも右脚になってしまうけどこれはこれでオシャレかもしれない。
ちなみに禁呪に必要な贄は、僕の左腕だ。さっき右腕が吹っ飛んじゃったし、それならもう片方もなくしてしまった方がバランスが良いだろう。
両腕ぐらいなくても、当然ながらあの程度の暗殺者に後れを取ることはない。
それを言うなら両脚すら不要なのだけれど、インさんがわざわざ用意してくれた心意気を無碍にするなんてとんでもない。むしろこれは、仲間が残してくれた力で窮地をしのぐという非常に燃える展開なのではなかろうか。ふふふ、きっとそうに違いない。インさんはそれを狙って片脚一本落としておいたのだ。さすがだなあ、やっぱりインさんはすごいや。
「うん、これで良しっと」
そして義足を無事に作り上げた僕は、無作法な暗殺者さんを追うべく外に出た。
ログハウスを出た直後。
パンっ、と何か破裂するような音が聞こえた。
方向は、ちょうどログハウスの裏手側。
つまりはインさんが吹っ飛んで行った方向で、暗殺者さんが向かったであろう方向でもある。
なので普通に考えれば、今の音はその二人のどちらかが立てたものだ。
しかし、僕がそこに向かってみると、そこにいたのは一人だけ。
インさんだけだった。
「……?」
見渡してみても、視覚結界で周囲を探ってみても、あの暗殺者の姿はない。
そこにあるのは、倒れふしたインさんの姿と、辺りに飛び散っている大量の血だけ。血の量はちょうど人間一人分ほどだろうか。真新しい血のにおいが鼻をつく。
インさんはその血を被って体中が真っ赤に染まってしまっているけれど、特に怪我らしい怪我はしていない。
五体満足の姿で、穏やかな寝息すら立てている。
はて、どういうことだろう。
暗殺者さんが死んでいること自体はさほど不思議ではない。一流のインさんならば一瞬で絶命させられるだろうし、所詮この人は三流だし。何なら自分の爆弾で自爆してしまった可能性すら考えられる。
問題は、インさんが無傷だということだ。
目の前で爆発があろうと、身をきちんと守れば傷を負わずにすむというのは分かる。少し訓練を積んだ者なら誰にでもできる簡単な技術だ。
ただインさんは今回、わざわざ部屋に片脚を残している。
インさんの意図はともかくとして、脚が落ちていた、つまり胴体からちぎれたのは事実なのだ。
にもかかわらず、今のインさんには両脚がそろっている。
僕だって、両腕両脚がなくなろうとも材料さえあればすぐに義手義足を作れるけど、それは禁呪によるものだ。禁呪がなければそのような便利な真似はできない。
禁呪は、かつて邪神を崇拝していた一族が、邪神の力を借りて作り出したもの。
僕はその一族の血を引いているから禁呪を使えるわけだが、ならばインさんも実は一族の者で、そして禁呪を使って義足を作ったのだろうか?
「でも、それにしては……」
失礼を承知で、インさんの脚の付け根に触れてみた。
そこには生身と義足の継ぎ目のようなものは一切ない。いくら材料が人の肉体とはいえ、禁呪による義足であるなら僕がそれに気づかないはずがない。つまりこの脚は紛れもなくインさん本人のものだ。
「……」
僕は、今自分の下半身として存在している両脚に目をやった。
両脚とも、親指の辺りにホクロがある。位置も大きさもそっくり同じだ。
この義足は元々はインさんの片脚であり、それを複製しているのだから両方とも同じホクロがあるのは当然である。他にも、小さな傷やあざのようなものが両脚ともまったく同じ位置にある。
インさんが落とした脚にも、言うまでもなく同じところに同じようにホクロや傷があった。
だが。
今のインさんの脚には、そのホクロや傷が見当たらない。
血で汚れていることを除けばとても奇麗な、まっさらな脚がそこにある。
まるで新しく生えてきたかのようだ。しかし欠損した肉体の再生など、禁呪でも容易にできることではない。ましてやそれをこの短時間でとなると、不可能と言ってもいい。
そのような神業、僕はもちろんのこと、知っている限りの優秀な魔術師たちでも絶対にできはしない――。
「……いや」
一人だけ、思い当たる者がいた。
それは魔術師でもなく、人間ですらないのだけれど、だから一人と数えるのは本来おかしいのだけれど、それはこの際どうでもいい。とにかく、肉体を即座に再生できると聞いて僕に心当たりがあるのはその一人だけだった。
禁呪による強大な魔力を打ち込んで、どれだけ体を消し飛ばそうとも、次の瞬間には再生して歩みを一切止めようとしなかった者。
邪神だ。
あの大いなる存在の姿が、僕の頭の中をよぎっていた。
読んでくださった方々、評価・ブックマークしてくだった方々、本当にありがとうございます。
感想等いただけたら嬉しいです。




