1 ポジティブな魔術師の僕が追放されてしまった経緯
連載物に挑戦
「魔術師ヨウ・プラララス。本日をもって貴様を除名処分とする」
ギルドマスターの厳粛な声が、彼の節くれだった指とともに僕に向かって突きつけられた。
円卓に並ぶ幹部たちもまた、右に同じとばかりに頷いて鋭い視線を突きつけてくる。
突きつけられるのが槍ではなかったので、安心した僕は円卓の席についたままで口を開いた。
「何故ですか? 僕は何か失敗したでしょうか?」
思い返してみても心当たりはない。
僕はこの魔物討伐ギルド、「国を守る剣」の一員として、この10年間ずっと尽力してきたつもりだ。
8歳の頃に入隊して、炊事洗濯、荷物持ちなどの雑用から、ギルドの主要任務である魔物狩りまで、すべてに対して一切の手を抜くことはなく誠心誠意取り組んできた。
客観的に見ても他のメンバーより功績は多かったし、ギルドマスターや国王陛下からお褒めの言葉をいただくことも少なくなかった。
魔術師としてはこの聖王国で、いや大陸でも五指に入る力を持っていると自負している。
だからこそ今年の頭、つまりは半年前に、18歳という異例の早さで幹部の一人に迎え入れられたと思っていたのに、そしてその期待に応えようとこれまで以上に張り切って働いたというのに、どうして除名処分なんて話になったのだろう。
「……ヨウ。まずお前に一つ問おう。我がギルドの幹部として用意されている席はいくつだ?」
「もちろん18席です」
僕は即答した。
僕が幹部となった歳も18なのだから忘れるはずも間違えるはずもない。念のため、今僕が座っている円卓の椅子を数えてみても、やっぱり数は18だ。聖氷石で造られた立派な卓と椅子は一つとして欠けることなく、不変の美しさのままそこにある。
「ではもう一つ問おう。我がギルドに今現在在籍している幹部は、何人だ?」
「7人ですね」
僕はまた即答した。
そしてやはり念のために指折り数えてみる。
僕と、ギルドマスターと、彼の両隣に座っている2人と、入院中の3人。うん、7人だ。
だが、残念ながら答えを間違えたらしい。ギルドマスターは渋い顔で首を振った。
「今はもう、3人だけだ。お前をこうして呼ぶ前に病院から連絡があってな、入院していた者たちは全員が死んだそうだ。……名誉ある『神剣賜りし十八の勇』が、今はもうたったの3人、悪夢だ、悪夢だ……」
ギルドマスターは両手で顔を覆ってしまった。両隣の2人も沈痛な面持ちで黙している。
僕も、あの3人が死んだと聞かされてとても辛くて悲しくて、目頭を押さえた。彼らと過ごした日々が懐かしく思い起こされる。
「皆、気のいいやつらでしたね……。彼らの為にも、僕たち4人でまた協力してこのギルドを――」
「お前は除名だと言っただろうが!」
怒鳴られてしまった。
良かった。いつもは馬鹿でかい声のギルドマスターが、今日はどうにも物静かだったから心配していたのだ。それに、たったの3人と言ったのも別に数え間違えていたわけではないらしい。同胞を亡くしたショックで混乱しているのかもしれないと気になってさりげなく訂正したつもりだったけど、お節介だったかな。
「ど、どうしてお前は、そんなにも平然と……! 分かっているのか!? 今日病院で死んだ3人も、先日の戦で死んだ11人も、すべてお前が命を奪ったのだぞ!?」
「はい、そうですね」
僕はまたぞろ即答した。
「復活した邪神アルブムマルムを倒すためとはいえ、大切な仲間を14人も手にかけたことはとても胸が痛いです。これでもしも、彼らだけではなく貴方たちまでも犠牲にしなければならなかったとしたら、きっと僕は絶望のあまり自ら命を絶ったかもしれませんね」
そう。事の発端は先日の邪神復活事件だ。
どこぞの狂信者が何らかの儀式で邪神を蘇らせてしまったようで、世界は一夜にして破滅の危機へと立たされた。
瞬く間に多くの国が滅ぼされ、数えきれないほどの命が奪われた。彼の国々では軍や騎士団が立派に戦ったそうだが、邪神の歩みをわずかとして止まらせることはできなかった。
そしてついに邪神の魔の手は僕たちが住まう聖王国へと迫り、王国聖騎士団とともに「国を守る剣」も戦火に身を投じた。
絶望的な戦いだと、誰もが思っていた。
しかしだからこそ、僕には一つの光明が見えていた。
邪神の歩みを止める手段に思い当たっていた。
それは奇しくも、かつて邪神を崇拝していた一族が世に残していた禁呪。
人の絶望を力に変えるという恐るべき魔術だ。
末席ながらも一族の血を引いていた僕は、その禁呪の存在を知っていて、使うことができた。だから使った。他にもあったいくつかの禁呪も、惜しげなく。
まず、自分の片目と片耳と両脚と、幹部5人の両目両耳両脚を贄として、世界中の人々の視覚と聴覚を僕のものとリンクさせた。これにより、邪神が王国聖騎士団を蹂躙する様が人類全員に共有され、多くの絶望が生みだされた。命乞いをしたり必死に逃げ惑っていた騎士たちのおかげで、より悲劇的な絵を世界中に届けることができたのは助かった。
次に、肝心の絶望を力に変える禁呪のために、僕の片腕と、先程の幹部5人の両腕を贄とした。ああ、ちなみに彼らはこの時点ではまだきちんと生きていた。苦痛にまみれた表情と声を届けてくれたのはとても感謝している。
そして最後に、力を打ち出すための禁呪だ。いくら強力な力だけあっても、それを邪神へと打ち込めなければ意味がない。いわば砲弾と大砲の関係だ。当然、砲弾が大きければ大きいほど、大砲もまた大きく強力でなければならない。
ここからは単純に、幹部たちの命をそのまま使った。
力を一度打つたびに、幹部を一人殺していった。もちろんただ殺すだけでなく、少しでも絶望を生み出すために可能な限りゆっくりと最大限の痛苦を味わってもらいながらその命を奪った。
幸いなことに、11人が死んだあたりで邪神を弱らせ再封印することに成功した。
後に入院することになった3人は、虫の息ではあったもののまだ確かに生きていた。
ギルドマスターと残りの2人にはまったく手をかけずにすんで本当に良かったと思う。
王国聖騎士団はほぼ壊滅したらしいものの、「国を守る剣」の被害は幹部14人だけ。もちろん多くの人々が亡くなったことについては無念極まりないが、ギルド幹部としてはこの快挙とも言える成果には喜ばしい思いだ。
で、それは良いのだが。
「それでギルドマスター。僕が幹部たちを殺してしまった件と、僕の除名処分は一体どのような関係が……? 私利私欲での殺害ならば除名どころか死罪を甘んじて受け入れますが、此度のこれはやむを得ないことでした。僕としては彼らの犠牲に報いるためにも、この身を砕いてでも『国を守る剣』の再興に取り組みたいのですが」
そのためにもこうして、急いで義手義足を作り上げたのだ。王国聖騎士団の死体に丁度よく僕と体格が同じでしかも比較的奇麗に残っていたものがあったので、容易に用意できた。これもまた禁呪によるものだが、非常時なのだから仕方がない。
「……やむを得ないだと? 再興に取り組みたいだと? お、お前はどうして今この場でそのような言葉を吐けるのだ。お前には本当に人の心というものが無いのか?」
「え? いえそのようなことは。ただいつまでも悔やんでいても過去は取り戻せず、ならば少しでも早く未来へと目を向けたいと思っているだけです。感情的になっても効率が悪いだけですし」
ギルドマスターの言葉の意味が分からず、僕はつい首をひねってしまった。
寛容なギルドマスターは僕のそんな失礼な態度を咎めることはなく、しかし重いため息をついた。吐き出すように絞り出すように、それから言葉を紡ぐ。
「そうだな、お前は常にそう思っているのだろう。いつも己の中にある正しさに沿って行動しているのだろう。禁呪の犠牲に幹部たちを選んだのも、彼らや彼ら以外への何か感情があったわけでもなく、ただ彼らが贄として足る力を持っていたからだろう。私とこの2人が後回しにされたのも、指導力や影響力やコネといった今後の復興に役立つ力を持っているからだろう。幸か不幸かあの場で死ななかった3人に、お前がおぞましい義手義足を用意しようとしたのもそれが手っ取り早く確実な回復方法だったからだろう。お前が除名の理由に未だ思い至らぬのも、お前が間違ったことをしていないという確信があるかだろう。ああ、そうだとも、お前の行動は正しいよ、まったくもって完全なまでに合理的で効率的で正しさに溢れた素晴らしい行いだ!」
「……」
どん、と拳が卓に打ちつけられるのを見て、僕は言葉を出せなった。
結局、ギルドマスターが何を言いたいのかが分からない。だから少ししてから「手は痛くないですか?」と訊ねてみたら、またため息を返された。しかも今度は他の2人からもデュオでため息があった。僕もため息をこぼしてみた方が良いのだろうか。
「ヨウ。お前の疑問に答えてやる。除名の理由は簡単な話だ。お前を除名してほしいと、いや、お前をどこか遠くに追放してほしいという嘆願書が来たのだ」
「え、そんな、誰から」
「誰からだと? いちいち名を挙げていてはその前に俺の寿命が尽きるわ。『国を守る剣』の構成員、聖王国の民、隣国の者たちのみならず、名すら聞いたことのない国々からもお前の追放を願う嘆願書が山のように来た。お前という危険人物の近くに居たくない、近くに来させたくないと、自分たちの住まう地域から最も離れた場所に追い出してくれとな。唯一嘆願書が出なかった国は、丁度この国の真反対に位置する国のようだな」
「あ、じゃあその国は行っても大丈夫なんですね」
「ああ。お前がこの国から出ない限りはな」
さすがはギルドマスター。皮肉が上手い。
それにしても、まさかそんな嘆願書が来てるだなんて思いもしなかった。
禁呪を使ったことで世の人々には少々ショッキングな映像をお見せすることになったとはいえ、だからといってこんなことになるのだろうか。おかげで邪神が封じられたのもご覧の通りだったはずだし、禁呪を使うたびにきちんと僕は口頭でその説明もしていた。むしろ感謝すべきだ、なんて思いあがったことを言うつもりはないが、この対応は正直言って疑問が残る。
なので素直に、理由が分からないとギルドマスターに問うてみた。
たとえば僕が、幹部を笑いながらに殺していた、なんてことだったら納得もできる。それならば紛うことなき危険人物だ。追放されて然るべきだ。
だがあの時の僕は泣いていた。涙を流し、嗚咽を漏らし、死にゆく彼らへの謝罪を口にしながら事に及んでいた。視界が潤んでいたことなどからそれは人々にも伝わっていたはずなのに、何故? と、そう問うた。
「……お前は最初にこうも訊いてきたな。『自分が何か失敗をしたか?』と。ああ、お前は失敗をした。禁呪を使う際に重大なミスを犯した。そのミスが、今のお前の疑問への答えだ」
「?」
僕はまた首をひねるしかない。
一体どこに失敗があったというのだろう。
確かに禁呪を使ったのはあの日が初めてで、確実に成功する保証はなかった。
しかし禁呪がきちんと発動したからこそ、邪神は封じられ、今僕はこうして除名処分なんて話を突き付けられているのではないか。なのに失敗があったとは、不思議な話である。
「失敗というのは、お前が最初に使った感覚共有の禁呪だ。視覚と、聴覚と、そしてお前の思考や感情までも共有させてきたあの禁呪だよ。……ああ、思い出すだけでも忌々しい、吐き気がする。目を閉じようと耳を塞ごうと彼らの無残な死に様が頭の中に叩き込まれ、そしてそれを淡々と無感情に『道具』として使うお前の空虚な心のうちまでもがこちらに押しつけられるのだ。この禁呪を使うのならば五感共有までにしておくべきだったな。おかげで、世界中の人々がヨウ・プラララスという人間が血も涙もない悪魔だと理解することができた」
「……」
なるほど。確かにそれは失敗だった。まさか僕の思考までも共有させていたとは、ちょっと贄が多かったのかもしれない。脚2本ぐらいは減らすべきだったか。
しかしギルドマスターの言葉を聞いてもいまいち分からない。
結局僕は何も物騒なことを考えたりはしていなかったのに、どうして悪魔だなんて呼ばれるのだろう。それにあのとき無感情だったはずがない。あのときの僕はたくさんのことを考えていた。
彼らの死が悼まれるものだと伝えるために、僕はきちんと涙を流した。
彼らが死にたい殺してくれと訴えても、頑張れ諦めるなと僕は励ました。
彼らのような犠牲が少しでも減らせるように、次はもっと効率的にできるようにと胸に誓った。
彼らの埋葬地は景色の奇麗なあの場所を薦めようとか、遺族には可能な限りの補償をしようとか、あとどのくらいで邪神を封じられるかとか、幹部たちの命で足りなければ次はどうすべきかとか、ここで死んだら楽しみにしていた旅行に行けなくなるから頑張ろうとか、お腹がすいたから焼き肉が食べたいなとか、ずっと、僕は常に前向きで希望的なことを考えていた。
「ギルドマスター。やはり僕には理由が分かりません。きっと禁呪が上手く扱えておらず、思考や感情の共有には不具合があったのでしょう」
「……どちらにせよ、お前の除名処分はもう決定事項だ。本日このときを持って『国を守る剣』からお前を永久追放する。ひとまず、近くの宿にでも居るがいい。すぐに聖王国の役人から国外追放の書状も届くだろうよ」
「国外追放といっても、他の国の人たちは僕のことを受け入れてくれないのでは?」
「当然だ。だからお前には『最果ての島』へと行ってもらう。どこの国にも属さない、海の果てにある孤島だ。そこで一人静かに余生を過ごせ」
最果ての島、か。話に聞いたことはある。邪神の呪いによって瘴気と毒素が常に島を覆っているという、人が住むにはあまりにも過酷な地だ。大罪人を流刑にする際に使われる島だそうだが、まあ他に場所がないのだから仕方がない。禁呪に失敗したせいで、何か悪魔めいたものを人々に見せて怖がらせてしまったことは事実のようだし、確かにその意味では僕も立派な罪人だ。罪は罪として受け入れよう。
「分かりました。これまで大変お世話になりました。最後に迷惑をかけてしまったようで申し訳ありません。お詫びにもならないでしょうが、最果ての島で毎日皆さんの健康を神に祈ります」
「……ちょっと待て」
悲しみを伝えるために目を潤ませながら立ち去ろうとした僕に、ギルドマスターが声をかけてきた。
「餞別に一つ教えておく。とある国から、お前に暗殺者を送るという話が出ている。島の瘴気で弱ったところを狙うつもりだろう。お前ならそこらの暗殺者程度は返り討ちだろうが、まあ、せいぜい気をつけろ」
「ギルドマスター……」
こんな僕に餞別だなんて、なんて懐の深い人なのだろう。僕は胸に手を当てて、感動の意を示した。
「はい、ありがとうございます。ギルドマスター、もしも何か僕の力が必要になるようなことがあったら、いつでも呼んでください。たとえ世界中の人々から疎まれようとも、僕はきっと駆けつけますから」
それを最後のセリフとして、僕は『国を守る剣』を後にした。
皆との別れは寂しくて、これからのことを思うと不安にもなるけれど、きっと大丈夫だ。
たとえ今日が人生最悪の一日だろうと、僕は明日の自分が幸せになれると信じているのだから。
信じる者は救われる。僕はこの言葉が大好きだ。信じるだけで救われるなんて神様はなんとお優しいのだろう。
ギルドマスターたちとの思い出を胸に、僕はこの日旅だった。
ヨウが去った後。
ギルドマスターと幹部二人は円卓についたままだった。
ヨウの姿はもうないにも関わらず、先程まで彼が座っていた椅子を忌むようにして見つめている。
少しして、幹部の一人が口を開いた。
「ギルドマスター。どうしてわざわざ暗殺者のことを教えたのです? あの悪魔が殺されてくれるのであれば我々にとっても喜ばしい話でしょう」
もう一人の幹部も、同意であると頷き、ギルドマスターの顔を見た。
ギルドマスターが答える。
「暗殺に成功すればそれが何にもまして最善だ。だが失敗した場合を考えてみろ。最悪の結果が待ち受けているぞ」
それを聞いた幹部たちはすぐに、そろって顔を歪ませた。
「ああ……。もしも我々が暗殺者を差し向けただなんて思われたら、考えるだけでも恐ろしいですね……。まさに最悪の事態だ」
幹部たちは恐ろしさのあまり身をすくませる。
が、ギルドマスターは違った。
この日初めて、ギルドマスターの顔に笑みが浮かんでいた。ただそれは残念ながら歓喜の笑みではなく、疲れたような諦念の笑みだった。
「お前たちはあいつのことが分かっていないようだな。それほど深く関わっていなかったということか、羨ましいよ……。ヨウはな、たとえ俺たちが暗殺者を差し向けようと、それをこの流刑と同じく甘んじて受け入れる。だから別にそれは問題ではない。問題なのは――」
そこで一度溜息。
「――暗殺者の狙いがヨウ自身ではなく『国を守る剣』のメンバーだと思われることだ。もしもヨウがそう考えてしまえば、あいつは即座に戻ってきて、俺たちの無事を確かめたり、暗殺者の存在を親切にも教えてくれる。念のためにとしばらくは俺たちの周りで守りを固めようとするだろう。ああ、考えるだけで恐ろしい。俺はもう、二度とあいつと関わりたくないんだ……。あいつの顔を見るのも声を聴くのも、あいつのことを考えるのも、そしてあいつから俺を覚えられているということ自体がたまらなく不安で怖いんだ……」
「……」
それっきり、もう誰も口を開くことはなかった。
読んでくださった方々、本当にありがとうございます。
感想等いただけたら嬉しいです。