異邦人達の思惑は
「困った事になりましたな」
シェイニー・イン、二階の奥の部屋。
四人部屋を贅沢に一人で使うファンガン・ローの元に、大男のゴンゾン・ウガルが訪れて短く刈りそろえた黒髪を右手の太い指でガシガシと掻いていた。
ファンガン・ローが不愉快げに口元を歪める。
「ウガル、フケが落ちる。その癖を止めろとは言わんが風呂に入ってからにしたらどうだ」
ファンガン・ローの指摘に、「がはは」と豪快に笑って両手を広げるゴンゾン・ウガル。
「コレは失礼を! ですが、ファンガン・ロー様。金髪褐色肌の娘がこのコラキアには二人も居るのですよ。はてさて、伯爵殿のお目当てはどちらの方か」
彼等の目的は、金髪褐色肌の娘を依頼主である「伯爵」の元に連れて行く事だが、それが二人も居るなどとは聞いていない。
そもそも、「盗賊ギルド」の頭目の娘という情報だけしか与えられておらず、当初は盗賊ギルドの幹部の女が金髪褐色肌であった事からその者こそ目的の者だろうと勝手に考えていたが、シェイニー・インの従業員の娘にまで金髪褐色肌が居るとなるとどちらが頭目の娘か判断が難しい。
盗賊ギルドの頭目ともなれば妾も一人という事はあるまいと考えれば、外に出している方こそ本物の娘とも思えるし、組織の幹部にしていてもおかしくはないのだ。
二段ベッドの下の端に腰掛けて、白と黒のストライプが印象的な民族衣装姿のファンガン・ローは右手で頭を抱え、やや前のめりに左手を左膝に乗せてやるせなさそうに息を吐いた。
「ともかく、まずは情報を集める。すぐに答えを出さねばならぬ事でもあるまいしな」
「とは言え、そう悠長にもしてはおれぬでしょう。伯爵殿の後ろ盾を得られなければ、御家復興など夢また夢の話。エン家は強大にござる。キョウ家の残党も散りゞゞなれば、皆を探し集めるにも金も時も入り申す。御身若きといえ、時が経つのは早うございますぞ」
「わかっている」
ファンガン・ローは短く不愉快そうに言うと、虎の面の額を右手で撫でた。
「ウガル、日も遅い。さっさと風呂を済ませてこい」
「拙者は明日の早朝にいたしましょう! そろそろ銭湯も閉まる刻限とか。久方ぶりの湯船です、ごゆるりとなされてきては如何か、ロー様」
「む、もうそんな刻限か・・・」
ゴンゾン・ウガルは再び豪快に笑うと、「今宵はこれにて失礼」残して退散して行った。
大男の消えて行った扉の向こうにしばし視線を投げかけ、ファンガン・ローはゆっくりとベッドから立ち上がり、部屋の窓辺に無造作に置かれた頭陀袋を開くとひとつ吐息を漏らす。
「湯船か・・・久しいな・・・。遥か西欧のこの地で、しかも辺境で湯船にありつけるとは思わなんだが。ウガルの言う通り、ゆっくりと旅の疲れを取るのも良いな」