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転生隠者と転移勇者 -ヴァラカスの黒き闘犬-  作者: 拉田九郎
第4章 護り手は見出したりて
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ホームシック・レナ

 祭事用のローブの採寸を終えると、寸法の直しをどちらがやるかと口論に熱を上げるアミナ・メイナと生人形リビングドールジェリスニーア。

 見た目から小柄で十四、五歳にしか見えない彼女達にため息をついて、セージは燻んだ茶色のズボンに煤けた色の落ちない元は白だったであろうチュニックの袖に腕を通すと、襟の前を閉じる革紐を中途半端に半分で縛り黒に近い茶色の革のベストを羽織って階段目指して大股で歩き出す。

 アミナ達は彼のその大胆な歩みに気付くこともなく口論に熱を上げており、セージは迷惑そうにかぶりを振って幅1・5メートルの石を四角く切り出した階段を登って行った。

 一階の酒場兼食堂になっているホールに出ると、ホールの奥一面に半円形に突出するように造られた木製のカウンターに座って右手を上げる。

 カウンターの中で棚に陳列された酒瓶を順番に手に取って布巾で磨いていた現在の給仕ウェイトレス長サマエラが緑色の酒瓶を磨き終えてセージの座るカウンター左側の中程の席に、肢体を強調するかのような腰のくねらせ方で歩み寄ってきて言った。


「ギルドマスター。もう今日はお仕事は終わりですかぁ〜?」


 サマエラのちょっと間延びした口調に小さくため息をついてトンと右手の人差し指でカウンターの上を叩くセージ・ニコラーエフ。


「そんなわけないだろう。休憩だ。昼飯くらい食わせろ」


「はいーいっ、賜りまーっした。ご注文は何にしまっすかぁ?」


挟みパン(バゲットサンド)でいい。魚肉の油漬けを挟んでくれ。あとバーグ茶だ」


「賜りまーっしたっ。オイリーフィッシュ挟みパン(バゲットサンド)ひとつー、バーグ茶付けてー、ギルドマスターのごちゅうも〜ん!!」


 にっこりと微笑む化粧の濃い娘サマエラがポニーテールを揺らして背を向け、カウンターの更に奥の厨房に向かって声を上げる。

 セージは本人の魅力の断片すら分からない厚化粧の娘の働きぶりを見て、特に興味は無さげに酒場内を見渡して店内の喧騒に耳を傾けた。

 食事に、テーブルゲームに興じる冒険者の集団グループ

 依頼者らしき人物とテーブルを囲み、難しそうな顔で談話する集団。

 冒険者の集団グループは、四から六人の集団で「パーティ」と呼ばれる。一つのパーティで一つの依頼を受けるのが常だが、依頼の内容如何では数パーティで受ける場合もある。

 テーブルの空きが無いほどに店内は客(その多くが冒険者だ)で埋め尽くされており、比較的に空いているカウンター席にはギルド長のセージ以外には王国から派遣されて来ている王国監督員であるアンデルス老人の配下の事務員の男二人と、ギルド正面通りの商店街から昼食を取りに来ている職人や商人、依頼にまつわる噂話を集めている吟遊詩人の男女が数人居るだけだ。


「お待たせしまーっしたっ!」


 ぼんやりと店内を見回していたセージの前に、大きめのぶつ切りにされたパンを上下に切り分けられた物に、魚を丸ごと油漬けにした身をほぐして卵をベースにした少し酸味のある独特なソースを混ぜた物がたっぷりと挟まれた中皿が一つ差し出される。

 この世界のパンは、長い円柱のような大きな塊を焼くのが主流で、一般にはバゲットと呼ばれている。バゲットで挟んだ食べ物をバゲットサンドと呼び、簡単に食事を済ませる為のジャンクフード的な物になっているので、農夫や鉱夫以外には、冒険者でさえあまり口にしない物だ。

 通常は円柱状の生地を小さく千切り分けて焼いたロールパンとスープを一緒に取り、サラダなどのサイドメニューと合わせて食べるのが一般的な食事なのだが、元来面倒臭がりなセージ・ニコラーエフにしろ日本人の大槻誠司にしろ魚の油漬けに卵ソースを混ぜた食べ物が好物でそのような食べ方を好む。

 卵ソースはマヨネーズ其の物だが、他の呼び方が元の世界と同じ割にはマヨネーズと言う言葉は無いようで酢卵ヨークソースと呼ばれている。酢卵を混ぜた魚の油漬けをオイリーフィッシュと言い、味はシーチキンに近い。セージのお気に入りの食材だった。

 そして、セージから見てその右側に紅茶のカップ、と言うよりは日本の茶碗に近い木を繰り抜いて作った器に真っ黒な液体の入った物が置かれる。

 酸っぱさと苦味の効いた、コーヒーとはまた別のこの世界独特なお茶だ。

 スポーツドリンクにカラメルを大量に混ぜれば、そのような味になるだろうか。バーグ茶と言うその飲み物は、身体には良いらしいがこの世界でもそれほど飲まれる方では無く、主に年配の層に人気のある、ある意味隠居した人々の象徴のような飲み物だった。

 それでも、セージのように普段から酒を大量に飲む酒飲みの胃腸薬のような働きもしており、冒険者ギルド内では普通に飲まれている物ではあったが。

 彼の前に差し出された独特な香りの立ち昇るバーグ茶を横目に、程近い席の吟遊詩人の女が何も言わずに一つ席をずらす。

 気にも留めずに挟みパン(バゲットサンド)を両手で掴み上げると、大口でガブリと齧り付くセージ・ニコラーエフ。

 傷だらけの顔の大男の食事に口を挟める者などおらず、席をずらした吟遊詩人の女はそっと代金をカウンターに置いて居辛そうにそっと席を離れてそそくさと酒場を後にした。

 困ったような顔をしながらも楽しげに口元を緩めてペロリと舌を見せるサマエラ。


「フツーの人には、バーグ茶は苦手なんでっすかねー」


「まるで俺が普通の人間でないような言い方だな」


 チラリとセージに睨まれて、それすら嬉しそうに笑って肩をすくめる厚化粧の娘。


「まっ、ギルドマスターは私らにとってはフツーよりちょっと上の存在ですっしねー。今晩も一杯やって行きます?」


 一杯やって行くとは、酒を飲むかと言う事だが、ここで飲んでしまうと帰るのが面倒になって執務室の奥のベッドで寝てしまうのがオチだ。昨日やらかしているので、今日は帰らねば妻のラーラが拗ねるだろう。

 セージはかぶりを振って挟みパン(バゲットサンド)に齧り付き、モゴモゴと咀嚼しながら言った。


「いいや、今日は帰る。何日もギルドで過ごしたくはない」


「いいお酒が入荷したーっんでっすけども。ねー?」


「帰る」


「残念でーっすね。じゃあ、また今度って事で!」


 あははっと能天気な笑いを残してサマエラがセージの元を離れると、疲れた様子でレナがホールに入ってくるやセージの隣に真っ直ぐにやってきて不機嫌そうに座る。

 セージは面倒臭そうに横目に見て言った。


「何だ?」


「別に」


 言葉短くカウンターに両肘をついて頬を膨らませる東洋人の娘。

 セージは半分食った挟みパンを皿に戻すと、バーグ茶を右手で掴んで半分飲んで言う。


「やらんぞ」


「いらねーよ、そんな臭いお茶!」


「で?」


「いやっ、別に何でもないんだけどさ」


「じゃあ何だ」


 興味なさげに挟みパンを掴んで再び齧り付くセージ。

 レナは普段と違って少し気怠そうに天井を眺めて遠くを見るような視線でポツリと言う。


「お父さん今日は帰るんでしょ」


「まぁな。そう何日も泊まり込んでたまるか」


「休みは? アルア達の服も擦り切れて来てるし。成長期だし」


「買い物に行きたいのか」


「私も最近、仕事あんまりないしさ」


「選り好みしてるからだろうが」


「つーかさ、」


 ぼんやりさ加減が異様に見えて、セージは初めてレナに向き直った。

 さっきから言動に違和感を感じる。

 次に出て来た言葉で、セージは確信した。


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 何を言っているんだ、この娘は・・・?


「ファーストファンタジアだと?」


「ロスファンじゃないわよ? ファスファンはSFの方のゲームだから。新作ってVRMMOになるのかなあ」


「おい、小娘」


「つーかさ、いつ東京帰るの。お母さん怒ってるんじゃないかないい加減」


 半身レナに向き直って困った顔で挟みパンを皿に戻すセージ。


「おい、レナ」


「なーに、お父さん?」


「そもそもここは日本なんて存在しないぞ。大丈夫か?」


「なんで?」


 キョトンとした顔をしているレナ・アリーントーンを見て、セージは悪寒が走るのを覚えた。

 そっと額に右手を触れてみる。

 普段なら照れたような顔をして拒絶反応を示すだろう少女は、任せるままになっており、


「熱があるな」


 かなりな高温の熱がある様子でぼんやりとセージの顔を見上げて来ていた。

 食事もそこそこに席を立つセージを見て、サマエラが異変に気付いたようで駆け寄ってくる。


「どうしまーっした?」


「レナが熱があるようでな。今日はこのまま帰る」


「あー、もしっかーして」


「何だ、心当たりがあるのか」


「さっき入荷した新しいお酒を、隠れて飲んだみたーっいでっすねー?」


 呆れた顔でレナを見下ろすセージ・ニコラーエフ。

 左手で挟みパン(バゲットサンド)を掴み上げると、勢い良く齧り付いて不機嫌そうに言った。


「馬鹿娘が、心配させやがって」


「そんな邪険にしなーっいでくださーっいね。東の向こうの国じゃあ、簡単には帰れないーっんでっすから。強いお酒を飲んじゃダメって、決まりもないーっでっすしね」


「ホームシックか」


 無理もない。原因は不明だが、異世界に召喚されてこの方通常の日本の生活では考えられない異常な出来事の連続だったのだから。

 それに、ここに日本の法律を持ち込んだ所で意味は無い。

 レナの行動を責める事はせず、酔ってぼんやりしている様子の娘の手を引くと、セージはサマエラに言った。


「依頼が新しく入ったら、執務室のデスクに置いておいてくれ。処理できる物はしておいてくれると助かる」


「父親してまーっすね」


「茶化すな」


「賜りまーっした!」


 一向に歩き出そうとしない酔っ払いレナを器用に持ち上げると背中におぶらせて、深いため息を吐いてセージは歩き出す。

 少女をおぶって歩くギルド長の巨体を横目に、冒険者達は奇異な目で見上げたり、心配そうにレナを見つめたり、気の毒そうな視線を送って彼らの背中を見送った。






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