ギルド長はご多忙につき
冒険者ギルド地下階のギルド長執務室の中は、ランタンと高光源魔法のお陰で蛍光灯で照らすほどには明るかった。
執務室の壁際にはかつての主人であった魔法使いの集めた、あるいは研究していた書物で埋め尽くされている本棚が三つ、主に依頼に関するギルド関係の書類がぎっしりと詰まった本棚が二つ立てられ、部屋の中央には長方形のガラステーブル。接客用のソファが対面で置かれており、テーブルの上には銀の呼び鈴。
部屋の正面中央の壁に程近い所に漆塗りの樫の木で出来たデスクとクッションのあてがわれた高級な椅子が鎮座して、セージはその椅子に居心地悪そうに座りながら新たに入ってきた依頼の内容が印された羊皮紙に目を通しつつ苛立たしげに唸りながらインクの乾いてしまった羽ペンを人差し指と親指で挟んで弄んでいた。
その彼の仕事ぶりをガラステーブルのソファに深く腰掛けて紅茶を啜る、黒いローブを纏った老人が眺めている。
ひとつため息を吐いてペンの動きを止めるセージ・ニコラーエフ。
「いつまでそうやって俺の事を眺めているつもりだ、じいさん」
老人、アンデルス・ヴァシューズはセージの反応を楽しげにしながら、白いカップの中の琥珀色の液体に視線を落として言った。
「貴様がまともに会話ができるようになるまでかな」
老人の言に、首を振るセージ。嘆息まじりに短く答える。
「いつだってまともなつもりだがな」
「まぁ、そう邪険にしなくてもよかろう」
目を閉じて悪戯っぽく笑いながらアンデルスは紅茶のカップをガラステーブルに置き、腕組みをしてセージに半身向き直って改めて見る。
フッと息を吐き出したセージは執務室の左を見て壁の角に設えられた、開け放たれた扉の向こうの暗がりにやる気が無さそうに声をかけた。
「ジェリスニーア、俺にも何か飲み物をくれ」
『賜りました、我がマスター』
抑揚の無い若い女の声が響き、暗がりから姿を見せたのは、陶器のように真っ白な肌のメイド服姿の少女だった。
その目は氷のように冷めた輝きをたたえ、瞳は冬の空のようにどこまでも澄んだ光を放っている。異色なのは、その青い瞳が暗がりの中でもまるで別の生き物のように輝いて目立つ事だ。
「いつ見ても、不気味なほどに美しいな。その遊具で夜な夜な遊んでいるわけではあるまい?」
老人が揶揄うと、セージは苛立たしげに椅子の背もたれに体重を預ける。
「どいつもこいつも、俺の事を変人に仕立て上げたいらしいな」
「それはそうだろう。人形とは言え、それほどの美女だ。私なら別段、意識はせんがな」
「だったら、持ち帰ってくれて結構だぞ、王国監督員殿」
彼らのやり取りに耳を傾けながら少女は、幾つも並べられたガラスの瓶の一つのキャップを開けると大きめのグラスに深い色合いの琥珀色の液体を半分ほど流し込んで二人の方を見もせずに言う。
「お言葉ですがマスター。私は貴方以外の誰にも接触する必要性がありません」
そして、軽快な足取りでセージのデスクへと歩いて行く。
「それよりもマスター、そろそろ私に欲情してもよい頃合いと判断いたしますが」
「キサマはポンコツか、リビングドール」
「いかなる意味でございましょう?」
悪びれる様子もなくグラスを差し出して来る。
「ったく、色ボケ人形が・・・」左手を伸ばしてグラスを受け取り「おい、誰が酒を注げと言った。コイツはウィスキーだぞ」
「なんでもと仰いましたので。マスターはウィスキーがお好きだと判断いたしますが」
「普段から飲んじゃあいるが、仕事中は飲まんぞ。流石に」
「何故でございましょう?」
分からないという風に首を傾げるリビングドール。
常識の外れた生人形に呆れたように左手を振って下がらせる。
ウィスキーの注がれた大きめのグラスをデスクの角にコトリと置いて、セージは更に深い嘆息を吐く。
「そもそもが、子供の祭りだろうが何だろうが、」
「子供の、という訳ではない。子供に人気があると言うておるのだ」
「そんな祭りの警護に冒険者を当てるのは、まあ、仕事としてはしていいとして。何故、俺が主催者側の人間として参加せねばならんのだ」
「町の民のほとんどが貴様を恐れている現状を変えねばならんだろうがと言っている」
「冒険者なんぞヤクザな仕事だ。恐れられているくらいが丁度いいと思うがな」
「時代の変化というやつだ。昨今の冒険者は若者の間では人気でな。冒険譚の英雄に憧れて冒険者になろうという者が増えておるのだから、ギルド長たる貴様の顔売りも必要だという話なんだがな」
「この、戦傷で歪んだ俺の顔でか?」
「ギャップ萌えという言葉があると、貴様を押して来た婦人グループは言っていたがな」
「何故この世界でギャップ萌えなどという言葉があるのか疑問に耐えんが」
「そう邪険にするな。そもそも、話の発端はギルド正面の商店街の顔役でもあるガラス職人からの話でもあるのだ」
ガラス職人、と聞いて角に店を構えた、赤き血団との戦闘時に狼煙を上げてくれた禿頭の老人を思い出す。
そんなはずはあるまいと被りを振って、セージは言った。
「言っては何だが、こう見えて俺は多忙だ。お宅ら王国関係者からの依頼については精査しようにも断るという選択肢がないのだからな」
「それは、当然だろう。名実ともに王国付きの正式な冒険者ギルドに昇格したのだ。王命の印が施された依頼は達成する義務というものがある」
「こなせるレベルの冒険者がいなければ、俺が出張らねばならんのだ。人喰い猛獣だの賞金首亜人だのの討伐ばかり寄越しやがって」
「コラキアは辺境では大きな町だ。そういう依頼が比較的に多くなるのは仕方なかろう?」
全く、と言葉を切って手元の依頼書にサインを入れて山と積まれた依頼書に重ね、新たな書類に視線を落とした時、入口の外、昇降階段から金髪褐色肌の身体のラインがハッキリとした革鎧に身を包んだ女性、アニアスが顔を覗かせて来る。
「セージ、いる?」
と、ガラステーブルのソファに腰掛ける宮廷魔法使いの姿を目に留めてあからさまに嫌そうに天を仰ぎ若干白目を剥いて苦笑混じりに言った。
「あら、いらしていたのですね宮廷魔法使い殿」
「ふん、誰かと思えば。異国の盗賊ギルド長の娘ではないか。ここはもはや盗賊ギルドの系列ではなく、王国付きの正式なギルドとなったのだ。貴様の出る幕なぞ無いと言っているのだがな」
「言われる筋合いはねーよ、クソジジイ」
嘆息を吐いて汚いモノでも見るような視線をアニアスに向ける。
「おまけに言葉の利き方も知らんと見える」
その言葉に、老人を見もせずに書類にサインしながらセージが言う。
「俺も大概だがな」
「貴様くらいになれば、その権利はあると言うことだよ。騎士セージ・ニコラーエフ」
「俺は騎士じゃない」
「黒騎兵ならば同じ事だ」
「元、黒騎兵だ。ただの敗残兵だよ」
「貴様の過去を調べる前は、こうは思わなかったがな」
セージの過去と聞いて、アニアスが身を乗り出して来る。
「過去? セージの過去がなんだ?」
好意を寄せる者の過去は不明な点が多く、そもそも北の民であるセージがどういう経緯でコラキアまで下ってきたのか知りたくて目を輝かせるアニアスに、アンデルス老人はにべもなく言って立ち上がった。
「さて、そろそろ私も公務をこなさねばな。セージ、話は伝えたぞ」
「冗談じゃない、お断りだと言ってるだろうが!」
「これも公務と諦めろ。私が監督するからには、相応の役割があると覚悟してもらわねばな」
「子供の人気取りなんぞクソ食らえだ!」
「子供の人気取り!」
アニアスが余計な所に反応してデスクに駆け寄って来る。
「セージ、アンタ、新年度を祝う精霊送りに出るのか!?」
「くそ、また面倒くさい・・・」
アニアスの好奇心にニヤリと笑みを浮かべて、アンデルスは用は済んだと階段を上っていく。
「確かに伝えたからな。セージ・ニコラーエフ!」
「おい、待てジジイ! 俺は主催者に名を連ねて山車に乗るなんざごめん被るぞ!」
「伝えたからな。後で使いの者をよこす」
さっさと上へと退散していく宮廷魔法使いの一人でもある老魔法使いに、セージは悪態を吐いて椅子に座り直した。
「クソジジイが。祭りなんぞ領民が勝手に盛り上がっていれば良いだろうが。何故、俺が・・・」
「セージなら、祭り装束が似合うだろうさ! 今年は十二の年の節目で、丁度、一の年だ! 天神サーラーナの使い竜、白竜を讃える白装束はアンタみたいな大柄な男によく似合うんだよ!」
「いいから黙れ、アニアス・ケファルトス・・・」
やるせ無い気持ちになって、セージはデスクの角に置いたグラスを手に取ってウィスキーを煽った。




