その者求めるものは
ミスレ村。
銅細工やガラス細工に限らず、鉄鋼を鍛える鍛治職人や木材を扱う木工職人など多彩な職人の工房が集まる集落。
規模としては、人口およそ五百人といった所か。
コラキア領内に位置する、同町から南下して約十キロの川沿いにある円形に近い木の杭の柵に囲まれた村だ。
直営に付く王国兵士は二十人と少なく、その全てが革の胸当てに円盾、小剣と武装も頼りない軽歩兵ばかりで、実質村を守っているのは村民の青年達が集まって組織された自警団だ。
その自警団にしても、人数は五十人。
それでも、四方の十キロ圏内にコラキアを始めとした旅の中継町が存在し、それぞれにミスレ村で生産される細工品を購入する冒険者の護衛を付けた隊商が往来している事から敵性亜人勢力からの襲撃にさらされる事は少なく、比較的に安全が保たれていた。
そんな村にある宿はしかし、たった一軒しか存在せず、食事もろくに出ないような炊事場を借りて自分で調理する必要があるような物だった。
部屋もコラキアの宿のように個室で管理しているような事はなく、広い大部屋に天幕を立てて数枚の毛布に包まって寝る始末だ。
同行者がいるなら、互いに寄り添って眠る為に幾らかは安全が保たれたが、単独の旅人では盗難や痴漢の被害に遭う事はしばしばある。女性にはかなりリスクがある。
ファンガン・ローは、そんな雑魚寝部屋の宿にあっても、同行者の男、ゴンゾン・ウガルからも距離を置いて一人で天幕を使っていた。
常に虎の仮面を着けた異質さと、相当に腕の立つ旅人という事で早々に周囲から恐れられた為、そんな宿においてもファンガン・ローの安全は保たれていたのは幸いか。
女かというほどに小柄な為、宿に着いて早々に他の宿泊客に絡まれたのだが、全員一撃でのしてしまいすぐに警戒対象になってしまったのだ。
「わざわざ揉め事を起こしては自ら露払いをする。ファンガン・ロー様の処世術とでも言いましょうかな」
とは、付き従うゴンゾン・ウガルの言である。
宿に滞在して二十日。
コラキアでの傭兵団を率いての騒動から日数は経っていたが、果たして彼らの事は未だ覚えているだろうか。
ファンガン・ローが汗も満足に拭けない風呂無しの環境に、自らの体臭にも耐え難くなってきた頃合、彼らに仕事を依頼していた主の使いの者が訪ねて来ていた。
宿の一階の大衆食堂で、宿が僅かに出す食事である香草と干し肉のスープで朝食を食べながら大きくない声で話す依頼者の使いの声色は高圧的な緊張がこもる。
「もちろん、ファンガン・ロー殿の力を慮るからこそ、損害賠償の話ではなく状況の再開をお話ししているのです」
使者の話に耳を傾けながら、東洋の民族衣装に身を包んだファンガン・ローは落ち着いた様子でスープを口に運びながら静かな口調で言った。
「伯爵殿が何故そこまでこだわるのか、そろそろお聞かせいただいても良いのでは?」
「詮索は無用と申し上げました」
「だが、貴殿がいましがた私に言ったのは、まるで人攫いをしてこいと言っているようなモノだ。私には武人の誇りというものがある。人攫いなど、盗人の所業ではありませぬかな」
「我が主人様の依頼もこなせず逃げ延びて来た方の発言とは思えませんな」
「そう言うのであれば、私達の隠れ蓑に赤き血団のような亜人狩りを生業とするロクデナシではなく、もっと実戦経験の豊富な傭兵団を探すべきでしたな。アレらは自ら起こした揉め事のせいで自らの首を締めたのです。こちらとしてはいい迷惑だ」
「責任転嫁ですかな。大陸一の武人を語る方がなんと裁量のない」
ドンっと、ゴンゾン・ウガルがエール酒の入った木のジョッキをテーブルに叩きつけた。
「失礼。少々飲み過ぎて力の加減が出来とらんのです」
使者の男は、大男、ゴンゾン・ウガルの迫力に一瞬固まり、少し声のトーンを落として言った。
「ともかく、金髪褐色肌の娘を連れて来ていただく。伯爵閣下も痺れを切らしているという事は、ご理解いただきたい」
「承知している。だが、具体的な策はおありなのか」
「それを考えるのも、アナタ方の仕事でありましょう」
「ならば、やりたいようにやらせていただくが、伯爵殿には多分に援助していただかねば割にあいませぬな」
「結果を出していただかねば。いかんとも・・・」
なるほどと、使者の言葉に言わんとする趣旨を見定めようと、ファンガン・ローは仮面の下で視線鋭く見つめて返した。
「了承いただけたと理解させていただくが、よろしいな?」
ファンガン・ローの迫力に、使者の男は答えはせず、頷けもせずに両手でスープを皿ごと持って飲み干し、テーブルを立った。
「伯爵閣下は期待されている。ともかく、件の娘を連れて来ていただく」
「その件については承知したと、伯爵殿には伝えおいていただこう」




