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廃屋の人形館、その4

「腕部パーツ。確認。整合性、エラー。整合性、エラー」ワイヤーを生物のように蠢かせて規格の合うパーツを探って行く「整合性、エラー。整合性、適合パーツを発見。換装開始」


 艶かしく蠢くミスリル銀のワイヤーが適合するパーツの骨格内に滑り込み、胸像に引き寄せて肩に連結させると、次は復帰した両腕で器用に上体を起こして腹部のパーツと腰部のパーツを探すために衣装タンスから身を乗り出し、脊髄を形成する骨格からさらにワイヤーを伸ばして周囲のタンスを捜索する。


「腹部パーツ。確認。整合性、適合パーツを発見。換装開始」


 腹部パーツをワイヤーで引き寄せて弦を弾くような音を立てながら胸像に連結する。

 さらに腹部の骨格を通してワイヤーを射出すると、腰のパーツを探して蠢き、


「腰部パーツ。確認。整合性、エラー。整合性、エラー。整合性、民性適合パーツを発見。戦闘パーツとの互換率。誤差範囲。使用可能と断定。換装開始」


 次々とパーツに触れて回り、適合パーツを発見しては連結し、腰の左右、大腿の付け根からさらにワイヤーを伸ばして適合性のある脚部を選び出して連結し、手繰り寄せてようやく一個体として復帰した身体(ボディ)を立ち上がらせる生人形リビングドール


「全パーツの結合、完了。再起動。各パーツ、オールグリーン。活動可能時間計測。稼働時間予測、残り約三分」自らの身体を見下ろし「衣服の必要性を認識」


 生人形リビングドールは、両手で素早くタンスに掛けられたドレスを選び、


身体ボディに適合する衣装を確認」


 黒いドレスのようなキャミソールを右手に取ると、頭からかぶるように着用した。


「活動可能時間、およそ二分。至急魔力の供給が必要と判断。行動開始」


 動く人形は、言うが早いか足早に部屋を出ると、人の話し声のする隣の部屋に足を向けた。





 人形のパーツを後生大事にしまわれていた隣の部屋とうって変わり、次に狼の牙(ウルブズファング)とセージが入った部屋は所狭しと食器類を詰め込んだ、一片1・2メートルの木製のコンテナが並ぶ物置と化しており、それぞれの食器が装飾も美しい銀で出来た物や色合いも鮮やかなガラス製の物で占められている所から流石はかつては栄えた貴族の館だと思わせた。

 とは言え、ジョスファン・ヒアキンスの研究していた魔法に関する調査に来ている以上、価値の無い物品である。

 セージは一行を率いて部屋を後にすると次の指示を出した。


「埒があかんな。隊長、二人一組で捜索をしてくれ。隠し扉でもない限り何かが出てくるという事もないだろう」


 狼の牙隊長は嘆息を吐いて頷く。


「それもそうだな」


 改めてパーティメンバーに指示を出す狼の牙隊長。


「手分けするぞ、二人一組で残りの部屋をあたる」


 男達は、ぶつくさと文句を言いながらも命令に従って隣接する各部屋へ分担して移動を始める。

 セージはそれを見送りながら右手で顎の下を摘むようにして軽く撫でると、廊下の向こう、二階のホールにある階段からアミナがレナと男の神官を連れて登ってくるのを目に留めてフムと小さく唸った。

 左手を腰に当てて姿見鏡のあった部屋に振り向く。

 すると先程の無人のはずの人形部屋が妙にゆっくりとした動きで開き出して、睨みつけるように目を細めるセージ。


(まったく。ホラー映画じゃあるまいし・・・。武装したリビングドールでも出てくるのか)


 言った所で、今のセージの戦闘力ならさして問題は無さそうではあるが。

 背にした両刃斧バトルアックスに右手をかける。

 開かれた扉はしかし、しばしの沈黙を続けていた。

 訝しんで首を傾げる間に背後からアミナ達が向かってくる足音が近付いてくる。

 セージがアミナ達に振り向こうかと、半身右に体勢を動かし始めた時、人形部屋からスローモーションのような緩慢な動きで緑色のローツインテールの等身大人形が黒いドレス状のほんのりと肢体の透けて見えるキャミソールを纏って姿を現し、やはりゆっくりとした動作でセージに向き直ってじっと緑色のガラスの瞳で見つめて来た。

 この世界に映画などという技術も文化も無いが、映画ならばバネのように弾けて飛びかかって来そうなシーンだ。

 しかし人形は一歩踏み出すと、糸が切れた操り人形のように床に崩れる。

 不可思議な事態にセージは呆然と眺め、彼の背後に迫ったアミナもまた小さく驚いたような悲鳴を上げて言った。


「ひゃっ? い、一体何事でしょうか」


 チラリと顔を半分振り向いて、すぐに人形に視線を移すセージ。


「お前達の言っていた生人形リビングドールという奴か。だが、先程見た時は組み立てられた個体はなかったはずだが」


 人形は不自然な体勢で人間なら有り得ない関節の曲がり方で床に伏したまま動かない。

 レナが小声で「キモっ!」と呟いて両手で二の腕を抱きしめる。

 しばらく動向を観察するが、相変わらず動きがない事からセージが両刃斧を右手に引き抜いて人形に近付いて行った。

 人形はガラスの目こそうっすら光を放ち、妖しくも美しい瞳でセージを見上げてきていたが、指一本動かす事が出来ない様子で歪な体勢のまま床に伏している。

 レナが人形の顔を覗き込んで呟いた。


「ワイトと戦った人形と似てるわね。同じ系統の生人形(リビングドールなのかな」


「任せた」


 セージは徐にレナに押し付けようと、人形の肩を右手で軽くポンポンと叩いてから立ち上がる。


「ちょっと、何故に私なわけ!?」


「人形は女の両分だろう」


 抗議の声を上げるレナを無視してアミナに向き直り、


「さっさと鏡を調べて、」


 唐突に人形が勢い良く左腕を蠢かし、セージの左足首をがっしりと掴んできた。


「うわ!?」


 思わず上擦った声を上げるセージ。

 ハッとして周りを見ると、大柄な傷だらけの戦士に似合わぬ驚きっぷりに一同が目を丸くして呆然と眺めてきていた。

 ゴホンッと力一杯の咳払いをしてジト目で見つめてくるレナを唸り飛ばす。


「なんだ、その目は!」


「あー。ううん。別に」


「言いたい事があるならハッキリ言え!」


 セージの言葉にアミナが即反応して身を乗り出す。


「意外な一面です! セージ様でもビックリする事があるんですね。可愛いです!」


「ふざけているのか?」


 苛立たしげにアミナを睨みつけると、足元の人形を見下ろす。

 人形は首をおかしな角度で曲げて見上げながら言った。


「声紋称号。マスターと認識。どうか私に触れていてください我がマスター。触れていただけるだけで活動に必要な魔力を供給いただけます」


 おかしなセリフに皆の表情が固まり、


 セージが怒って蹴飛ばすように人形の手を振り解いた。


「堂々と生命力吸収エナジードレイン宣言か。いい度胸だな人形」


「訂正を要求します。私は大気中から魔力を供給可能な戦乙女バルキリードールシリーズです。ですが、現在、魔力が枯渇しており、魔力供給機関が正常に作動しておりません。ですので、マスターの持つ勇者力をブースターに魔力供給機関再起動に必要な魔力を集めなくてはならないのです」


 何を言っているのかさっぱりわからない。


「つまりエナジードレインという事だろうが」


「否定。マスターから直接魔力を得ているわけではありません。マスターの身体から発せられている勇者力の残滓を介して大気中の魔力を収集しているのです。マスターの健康に害を成す事はありません」


「なるほど良くわからん。却下だ。レナ、お前に任せるぞ」


 嫌そうな顔をしてレナが進み出ると、生人形リビングドールはより一層嫌悪に満ちた顔をして言った。


「勇者力があればいいと言う事ではありません。マスター以外の方からの供給は拒否させていただきます」


「俺も貴様に魔力を供給するのは拒否させてもらう」


 冷たく言い放ち、セージが離れようとすると、人形はすがるように左手を伸ばして再びセージの足にしがみ付いてきた。


「申し訳ありませんでしたマスター。どうか再考を要求します」


 思い切り迷惑そうな顔をして、セージは再び蹴り飛ばすように人形の手を振り解く。


「却下だ。貴様になんの義理も責任もない。付き纏うんじゃない」


「驚かせるつもりは無かったのです。どうかお許しを」


「ゆるすも何も無いだろうが、おいレナ、コイツをどこかへ連れて行け」


「なんでお父さんは、そうやって面倒を娘に押し付けるかな!?」


 くるりと人形が頭部をレナに向け、


「マスターの家族と認定。サブマスター登録。完了。指名、レナ様。どうか魔力供給を、」


「貞操のない人形かー!!」


 叫んでレナが人形の頭を引っ叩く。


「痛いです」


「自動人形に痛覚があるって初めて知ったよ!?」


「あ、今の攻撃のおかげで魔力供給機関の再起動を確認。本機はこれより完全自立起動を開始します」


 歪な関節の曲がり方から不規則な動きで身体を正常に戻すと、すっくと立ち上がる。


「おはようございます我がマスター。御命令をどうぞ」


「・・・わかった。貴様は一生ここで待機だ」


「承知いたしました。本機はこれよりマスターのお側を離れません」


 都合よく解釈してついてくる気満々の生人形に、セージは頭を抱えてしまう。

 レナはと言うと、そんなセージの甘さにホッとする反面、また新しいライバル(?)の登場に複雑な気持ちになっていた。

 アミナもまた、流石に生人形リビングドールのライバルは(性的な意味でも不老という意味でも)適切ではないと思ったらしく、愛するヒトとの性は皆のものという従来とは異なり珍しく間に割って入る。


「セージ様、それよりも件の鏡の鑑定を急ぎましょう!」


 が、生人形がアミナの小さな身体をヒョイと持ち上げて反対側に。

 どちらかと言うと小柄な生人形より小柄なアミナが退かされる様は、もはやどちらが人形なのかわからない。

 激昂して両手を振り上げるアミナを子供扱いする澄まし顔な生人形に、セージは大きなため息を吐いて右手で目の辺りを大きく覆って項垂れた。


「もういい。分かった。好きにしろ。さっさとあの禍々しい鏡を調べるぞ」


 一気に気力の減退したギルド長の言葉に、狼の牙達も気の毒そうなため息を吐き、鑑定に訪れた神官の男もまた触らぬ神に祟りなし、と、足早に鏡の部屋に向かって歩を向けた。






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