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廃屋の人形館、その3

 アミナが小走りで廊下を駆けていく。

 セージは階段のあるホールに身を踊らせる彼女の姿を眺めつつ、向かいの部屋の状況を見るために廊下に足を向けるが、半身振り返って鏡に触れて調べようとしていたネジンを睨みつけて言った。


「おい、何かが起きたとしても、責任は取れん。勝手に触るんじゃないぞ」


 ネジン少年は、わかったような顔をしながらも好奇心を抑えられない様子で両手を忙しなく動かしている。

 魔法具マジックアイテムは、その特性を正確に鑑定しないうちは触れないのが原則だ。どんなに煌びやかな装飾をされた武具だったとしても、呪いの魔法がかけられていたら使用者の命に関わるのだから。

 それに魔法を鑑定させなくては運び出す事もはばかられる。

 そーっと右手を鏡に伸ばし始めたネジンに向かって、セージは大股で歩み寄るとその右手を捻り上げて言った。


「その鏡が呪われていない保証はない。触れる事で何らかの魔法が発動して被害を被るのはゴメンだ」


「あ、いたたたっ、わかった! わかりましたから!」


 あまりの握力に右前腕の骨が軋む感覚を振り解こうと暴れるネジン。

 グイと廊下に引きずり出してセージは言った。


「この部屋の調査は後回しだ。こっちに来い」


 向かいの部屋の扉を勢いよく開けると、中を調べていた狼の牙(ウルブズファング)隊長がセージに振り返って大きく肩をすくめて見せる。


「おう、ギルドマスター。ここは生前の領主の宝部屋だったみてぇだな」


 一行が開け放したタンスの引出しという引出し、衣装棚の中、そこには所狭しと等身大の人形の手足が、胴体が無造作に積み重ねられていた。


(まるでマネキンの墓場だ。ゾッとせんな・・・)


 セージが不愉快そうに浅く息を吐くと、後ろから顔を覗かせたネジン・ヒアキンスが嬉々として部屋に入って一番近いタンスの引き出しにかじりつくように屈むとバラバラの人形のパーツを代わるがわる手に取って感嘆の声を上げる。


「素晴らしい保存状態だ! これも、これも、この腕も。無傷だし劣化も見られない。古代の産物ではありますが、どのような製法で造ったとしても五百年以上も新品の状態を保たせるなど、現代の技術ではなし得ない! コレは素晴らしい素材ですよセージ殿!」


「良かったな。ゆっくり選んでいろ」


 狼の牙(ウルブズファング)隊長が顔をしかめるのを横目に見ながら、セージは彼にため息混じりに聞いた。


「それで、得た物は?」


 狼の牙隊長にしても、ため息を吐くしかなく肩をすくめて使用されていないベッドの天幕を支える柱に寄りかかるとやるせ無い声色で口を開く。


「得るも何も、人形の部品だらけだぜ。その、ジョスファン・ヒアキンスって故人は、一体全体何をしていた貴族だったんだい?」


「五百年前のコラキア周辺を治めていた領主らしいがな。一族が一晩で変死して以来、トーナ王国でも放置されて来た土地だ」


「で、この小僧が一族の末裔って?」


「イマイチ目的は分からんがな」


「ああ、確かに。爵位を取り戻してお家再興とかには見えないもんな」


 二人の会話を他所にネジン少年は衣装タンスに吊りかけられた、おそらく人形用のドレスを左右にかき分けると、奥に鎮座する緑色のローツインテールが印象的な女性型人形を丁寧に引っ張り出して観察する。


「おおお、美少女の上半身!」


 狼の牙隊長が眉根を寄せて首だけセージに近づけて言う。


(なぁ、ギルド長。裸の胸像を愛おしそうに引っ掴んでだらし無く笑うあの小僧は大丈夫なのか?)


(はぁ・・・。故人は人形趣味だったらしいし、血は争えんというやつだろうよ)


(黙ってりゃあ女も寄ってくるだろうに。残念な美少年だ)


(放って置いてやれ)


 何もする事が無くなって手持ち無沙汰にしている部下達を見回し、狼の牙隊長が嘆息を吐きながら命じた。


「よーし、お前ら。隣の部屋家探しするぞ」


「へい」

「了解」

「っても、何を調べるんで?」

「めぼしい物あったら、貰っちゃダメですかね」


「物取りに来てるんじゃねぇんだ。見つけた物は背負い袋(バックパック)に入れてギルドへ持ち帰って調査班に渡せ。(ポンポン)入れてくすねるんじゃねぇぞ」


「「「「「へーい」」」」」


 セージは相変わらず引っ張り出したツインテールの少女の胸像を大切そうに調べるネジンの左肩に右手を置くと、低い声で唸り飛ばした。


「アンタの目的は何だ、ジョスファン・ヒアキンスの研究していた魔法の資料を探す事だろう。そんな人形なんざ置いて本来の目的に戻れ。これではいつまで経っても帰る段取りがつかん」


 ハッと我に返り、美しい胸像を名残惜しそうに眺めるネジン少年。


「コレ、持って行ってはダメでしょうか?」


「女の子の人形の胸像を抱えて歩く珍妙ぶりが平気なら持っていけばいい」


 小さな着せ替え人形ならいいというわけでは無いが、流石に人間と変わらぬ容姿の裸の等身大の胸像を嬉々として持ち歩くのは尋常ではないと理性が働いたのか、ネジン少年は名残惜しそうにタンスのドレスの間にそっと置いて言った。


「持ち帰る事は、出来るでしょうか?」


「厄介な趣味をお持ちだな。その人形と添い遂げようと邪法に手を出して滅んだのが、お前の一族の先祖だろう。自重しろ」


「魔法の研究資料になるかも知れません! 彼女達は、古の兵器、生人形(リビングドール)かも知れないんですよ!?」


「だとしても、さっさと本来の目的を果たせ。俺はさっさと帰って妻と風呂に入りたい」


「あ、ご結婚されてるんですね」


 自分で口走っておきながら、ネジンの一言に腹を立てて拳骨をお見舞いする。


「いたいっ! ちょっと聞いただけじゃないですか、酷いですよ!」


「やかましい、さっさと調べ物を終わらせろ」


 セージに追い立てられて、ネジン・ヒアキンス少年は渋々といった様子で倉庫部屋を後にして狼の牙達が調べている隣の部屋に足を向けた。

 ため息を吐いてタンスの薄っぺらい床に横たえられた少女の胸像を見下ろすセージ・ニコラーエフ。


「パートナー型オートボットか。子供の頃は憧れたがな」


 セージは気の毒そうに美しい少女の胸像の頭を優しく撫でると、タンスから離れて部屋を後にし、そっと扉を閉める。

 彼の足音が遠ざかる中、タンスの中の胸像は暗く濁ったガラスの眼球にうっすらと明るい緑色の輝きを宿らせ、キリキリと音を立てながら首を左右に振って周りを見ると、か細い声を上げた。


「微力ながらも、魔力の充填を確認。活動可能時間、約十五分。再稼働開始。音声復元」


 胸像はガラスの眼球の奥にセージが見下ろして手を差し伸べてくれる映像を再生する。

『パートナー型オートボットか。子供の頃は憧れたがな』

 セージの後ろ姿が離れて行くところで映像を中断して周囲を見る胸像。


「かの存在の言動を、本機に対する好意と認定。声紋確認。新規マスター登録。・・・完了。本機の動作・・・、機能不全。腹部以下、及び四肢の喪失状態と断定」


 胸像は身体を支える脊髄型骨格から、両肩の付け根から見え隠れする腕を保持するための骨格からミスリル銀のワイヤーを触手のごとく伸ばし始めると、開け放たれたタンスの引き出しという引き出しにワイヤーを伸ばして物色を開始した。

 

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