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死人の終わる時

 レナ達がゾンビの集団に取り囲まれるその前日。深夜に差し掛かろうという時刻。

 冒険者ギルドは酒に溺れる荒くれ者の冒険者数人を除き、ほとんどの者が就寝についていた。

 ウェイトレスの娘達は、この時間帯は客も少なく逆に危険が伴う事から皆仕事を切り上げており、カウンターに詰めるのは接客業の経験のある体格のいい男の冒険者に代わっている。

 もちろん、女の冒険者でウェイトレス業を兼任する者が二人は華を添える為に共にカウンターに入っているが、提供する酒を運ぶのは体格のいい男の冒険者の役目だ。

 この日、酒場の責任者を兼任する冒険者のベインという禿頭の男は、荒くれ者の冒険者が酒を煽る姿を横目に監視しながら洗いたてのリキュールグラスを布巾で磨きながら外から刺すような視線を感じて、夜の闇に閉ざされた入口に目線だけを向けて不機嫌そうに唸り声を上げていた。

 普段から彼がそんな態度をする時は必ず厄介ごとが起こると知る女冒険者達は、互いに顔を見合わせてどちらが男に話しかけるか小声で相談を始める。

 と、入口のスイングドアが勢いよく開け放たれて三人組の男達がギルド酒場に大胆に足を踏み入れてきた。

 ベインはリキュールグラスを逆さまにしてカウンターにコトリと置くと、顔を少し上げて下目遣いに睨みつけながら口元に蓄えられた綺麗に刈りそろえた髭を揺らして言い放つ。


「おい、もう閉店の時間だぜ。ここは普通の飲み屋じゃあねぇ。酒が飲みたいってんなら他を当たりな」


 男達は黒に近い紺色のローブに身を包んだ、一目で普通の旅人ではない風格を漂わせていた。

 そして、彼等はベインを意に介した様子もなくギルドの酒場を横切ってカウンターに向かって来る。

 客の荒くれ者の冒険者達が椅子を鳴らして座り直し、傍に置いた各々の武器に手をかけて様子を伺う。

 ベインが再び言った。


「おいおい閉店だって言っただろうが。それとも依頼でも持ってきたか? それなら尚更明日来るんだな。ギルドマスターならもうご就寝だ」


 酒場を半分以上進みながら、男達がローブのフードを背中に下げて顔を現す。

 出自の良さそうな綺麗に刈りそろえられた髪が貴族を思わせる男達だった。

 一人は白髪の見た目は若く見える老人。

 一人は金髪の端正な顔をした騎士然とした若者。

 一人は栗色のやや長い髪を肩につくかつかないかくらい伸ばした少年。

 彼等は、ベインの言葉に耳を傾けることもなくカウンターにつくと、老人がカウンターに手を突いて言った。


「急な案件だと伝えれば起きるだろう。宮廷魔法議会からアンデルス・ヴァシューズが来たと伝えてくれれば良い」


「宮廷、魔法議会・・・。宮廷魔法使い・・・?」


 ベインの顔が青くなる。

 怯んだように姿勢を正し、綺麗に磨いたばかりのリキュールグラスを左手で掴み上げると、右手の布巾で再び磨き出した。

 ウェイトレスのアルバイトに立っていた女冒険者達は、互いに顔を見合わせるとカウンターのサイドドアを開けてホールに出て他の冒険者達のお酌を始める。

 その様子を楽しげに横目で見ながら、白髪のやや若く見える老人、アンデルスが驚いた顔で一行の面々を代わる代わる伺ってくる禿頭の大男ベインを軽く睨みつけながら言った。


「どうした、そんなにも恐ろしい男でもあるまい。ジャーカーは男には寛大だぞ」


「ええ・・・いや・・・」


 返答に困ってベインは明後日の方を見て、背後の酒瓶とグラスの並んだ棚にリキュールグラスを戻して、新しいグラスとリキュールボトルを掴むとカウンターに人数分、三つ並べて見せる。


「飲むかい?」


 男達は顔を見合わせて、アンデルスが苦笑して首を振った。


「結構だ。それよりも、ジャーカーを呼んでくれ」


「いあ、それは・・・」


「どうした、こちらも急いでいるのだ。明日にはカタをつけねばならぬ要件があるのでな」


「・・・しかし・・・」


 どうにも歯切れが悪い。

 一向に動く気配のない大男にアンデルスが苛立ちを感じ始めた時、カウンターの奥の二階へと上がる階段の裏から、地下に降りる階段から身の丈2メートルはある、この酒場の誰よりも大きな身体の顔面に、頭部に大きな戦傷の目立つ男が現れてベインに向かって来て言った。


「全く、大から小からよく依頼がある物だ。コラキアはそんなにも大きな町じゃないだろうに」


 そして、ローブの男達をチラリと見て、意に介することもなくベインに言った。


「ウィスキーだ。何も混ぜるなよ」


「あー・・・。はい、ギルドマスター・・・。あの・・・」


 ベインが震える手でリキュールグラスに酒を注ぎ始めると、アンデルスが不愉快そうに大男を睨みつけた。


「ギルドマスターだと?」


 金髪の騎士然とした若者が大笑いする。


「ジャーカー・エルキュラともあろう者が、とうとう失脚したか!」楽しげに右手で右腰を叩く「はっはっはっ」


 笑う若者をアンデルスがジロリと睨んで言った。


「楽しそうだな、スチュアート」


「はっはっ」アンデルスが本気で怒っていると悟り「ゴホン・・・あー。それで? アンタは?」


 話題を変えようと、入れられたばかりのウィスキーを舐めるように飲む大男に向き直って話しかけた。

 大男は面倒臭げに首をグルリと回すと、そちらを見もせずにぶっきら棒に言い放つ。


「セージだ」


「セージ! そうか。それで? アンタはその、どうやってコラキアギルドのおさに収まったんだ」


家畜ペットに潰されて死んだクソヤロウの代わりに担がれただけだ」


 ちょっと! っと、ベインが慌てて両手の平をセージに向けて上下に振るうが、セージはお構いなしにウィスキーをもう一口煽る。

 アンデルスが一歩踏み出して、セージのグラスを持つ右手をしたたかに叩き、グラスが床に落ちて音を立てて割れた。

 面倒臭げに首を傾げながら、セージがアンデルスを睨み上げる。


「何だ?」


「貴様が? ジャーカーを殺しただと?」


「聞いていなかったのか? 奴は家畜ペットに潰されたんだ」


「下手な言い訳だな大男。私を誰だか知らんらしい」


 目を細めて凄むアンデルス。

 セージはさも可笑しそうに苦笑して彼の腰に目を向け、素剣ノーマルソード一本の武装を確認しながら再び目を真っ直ぐに睨みつけて言う。


「知らんな。失せろ」


 激昂して獲物に右手をかけるアンデルスを、背後からスチュアートが右肩を掴んでやめさせる。


「待ってください魔法使い殿! 殺されます」


「私に意見するつもりかねスチュアート。騎士叙勲の話を白紙にしてやってもいいんだぞ」


「ここでアンタに死なれたらどの道白紙だ。どうしてもって言うなら止めはしないが、まずいことにソイツは俺よりも強い」


「何故分かる」


「剣を振るってりゃあ風貌で分かる。その男、相当な場数を踏んでるはずだ。俺もそうだが、剣よりも魔法が得意なアンタじゃあこの距離だと瞬殺される」


 アンデルスは右肩を掴むスチュアートの左手を振り払うと、ギラギラと憎しみの篭った目で見て彼を突き飛ばす。


「私の剣術が貴様にも劣ると言いたげだなスチュアート。私とて戦場を知る身だ。魔法使いだからと甘く見るな」


 スチュアートは両手を上げてヒラヒラと宙で振るうと、一歩二歩と下がってみせた。


「なら御自由に。俺は止めましたよ」


 アンデルスは一呼吸おいて、気持ちを落ち着かせると改めてセージと名乗った大男を睨みつけて言った。


「いいだろう。ジャーカーはいない。そう言うことなのだな?」


「そう言った」


「ふむ・・・。それで、貴様は現ギルド長という事で間違いないんだな?」


「ふん」と鼻で笑い「不本意だがな」


「結構。ならば今この瞬間に、君は失職だ。ここから出て行け。しばらくは私がこのギルドを監督しよう」


 アンデルスの横暴に、スチュアートが顔を青くして厄介ごとは御免だと被りを振る。


「おい、アンデルスさん。それは無謀だ」


「何が無謀だスチュアート。あのジャーカーが、この程度の木偶の坊にやられるとでも、」


「ミノタウルスだ」


 アンデルスの言葉をセージが楽しげに遮る。

 アンデルスは耳を疑うようにセージに振り返って困ったように首を傾げた。


「何だと?」


「俺を脅し、俺の家族を冒険者共に襲わせたジャーカー・エルキュラだがな。女冒険者共を調教するのに使ってたミノタウルスを無謀にも檻から出して、叩き潰されて死にやがった」


 喉の奥で嘲笑い、セージはベインからウィスキーのボトルを引ったくると新しいグラスに半分ほど注いで一口飲む。


「で、用が済んだなら出て行け。いや、俺が出て行った方がいいのか?」


 コトリとグラスをカウンターに置くセージ。

 ベインが心底困ったように彼に縋り付く。


「待ってくれ、待ってくれギルドマスター。今ここを仕切れるのはアンタだけだ。今アンタが出てったら、またジャーカー派の悪ガキ共が幅を利かせかねない」


「俺には関係ない」


「だいたい、そんな事したらあの、盗賊シーフギルド のアニアスって幹部が暗殺者送りかねないですぜ!?」


「どうだっていい。ラーラを連れて山に帰るだけだ」


「銭湯が無いって、騒がなきゃいいですけどね」


 ベインの銭湯という単語に、セージが困り顔でウィスキーを煽る。


「そいつは・・・問題だな」


 逡巡して、セージは一行に向き直り、しかし挑発するように尊大な態度で言った。


「要件は」


 アンデルスが右手の人差し指を立てて苛立たしげに前後に振りながら凄む。


「この私をあまり怒らせるなよ大男。私は宮廷魔法使いなのだからな」


「別にこの国の王族が怖いとは思わん。いつでも殺せるというならそうすればいい」


「そのような尊大な態度、反逆罪に問うてもいいんだぞ!!」


 セージは、アンデルスの態度に気分を害したように椅子を降りると一歩踏み出し、老人を間近で威圧するように見下ろして言った。


「やれよ。王侯貴族なんぞどいつもこいつも権力にしがみつくブタ共だろうが。そうやって俺の前の主人を裏切って殺した。また来るってんならタダでは死なんぞ、一人でも多く王族とやらを道連れにしてやる」


 本気の獣の眼。

 本当の殺意の篭った鋭い視線。

 スチュアートの言う通り、セージが只者では無いと気付いて、アンデルスは一歩下がって深呼吸して右手を胸に当てた。


「フゥ・・・フゥ、分かった。・・・いいだろう。・・・今のは不問にしてやる、これから私が言うことをしっかりと聞くように」


「知らん。帰れ」


 セージの方はと言うと、用は済んだと言わんばかりにカウンターに座り直して酒を続ける。

 ようやく彼の実力を悟ったアンデルスだったが時すでに遅く、セージの方は完全に興味を失ったと言わんばかりに彼等の存在を意識の外に追い出してしまっていた。

 アンデルスが意を決して口を開こうとした時、一番後ろに控えていた少年がつと前に進み出て言った。


「ネジン・ヒアキンスと申します!」


 アンデルスが慌てて彼の肩を掴んで引き戻す。


「やめなさいネジン君。この男は、」


「この方は権力に従う方ではありません。義に従う方です」


 ネジンの言葉に、セージのグラスを持つ手が止まる。


「・・・ヒアキンス・・・?」


 そして首を傾げる。

 ネジンは、彼の興味を改めて引けたと確信して一歩踏み出して言った。


不死者アンデッド討伐の依頼を新たに出したいのです。私は、先日、ジョスファン・ヒアキンス旧伯爵家の調査を依頼した者です」


「・・・ヒアキンス邸・・・?」


「私の文献を調べるのが足りておりませんでした。調査だけでは済まないのです。彼は、ジョスファンは討伐しなければ、」


「貴様もヒアキンスだな。どういう関係だ」


「ジョスファンは先祖に当たります。彼は邪悪な研究で一族の命を犠牲にした。私の一族はジョスファンの弟の家系になります」


「それで?」


不死の禁呪(カースオブイモータル)。自らを不死者に変える禁呪。残念ながら人間は吸血鬼に変異するには素質が足りませんが、不死王ワイトへと変質する事は可能です。もちろんそんな変異魔法を完成させたという記述はありませんでしたが、それは今までは、という話で、」


「ワイトだと!?」


 ネジンの言葉をセージが遮る。


「ワイトなど、レイスの一歩手前だろう。そんなにも怨みを抱いて死んだとでもいうのか、ジョスファン・ヒアキンスという男は!」


「いえ、その・・・それが・・・。怨みではなく、魔法の儀式で自らの魂と肉体を一度切り離し、ワイトに転生したのです」


「どうやって!?」


「一族の・・・命を生贄にして・・・。今でも一族の魂は何かの魔法具に封印して、ゾンビとして使役しているはずです」


 セージは信じ難いという思いでカウンターの上のグラスに入った琥珀色の液体に視線を落とした。


「ワイトなら、普通の武器では通じん。銀でなければ・・・」


「その為に、銀の剣なら何本か用意しました!」


 嬉々として語るネジン少年を他所に、ベインが表情を曇らせてセージの顔を覗き込む。


「ギルドマスター、嬢ちゃん達はそんな装備持ってないぜ・・・」


 ドンっ!

 と、セージが分かりきっていると言うようにカウンターを両手で叩いた。

 ネジンが怯えて一歩下がり、スチュアートが目を丸くする。

 アンデルスさえもびくりと肩を震わせたが、持ち直してセージを睨みつけて言った。


「分かっただろう。急を要する案件だ。私に従って、」


「クソ食らえだ!!」


 言い放ち、セージがベインに向き直って怒鳴りつける。


「腕の立つやつを集めろ、馬に乗れる奴だ。馬は何頭用意出来る!」


「い、今すぐには六頭集められるかどうか」


「集めるだけ集めろ! 銀の武器もだ! 無ければ盗賊ギルド でもどこでも行って調達して来い! いや、盗賊ギルド には俺が行く、とにかく腕の立つ冒険者を集めろ!」


「わ、わかりました!!」


 カウンターを飛び出るベイン。

 飲んだくれて様子を伺っていた冒険者達は、各々の武器を片手に立ち上がるとセージの方に向き直って言った。


「報酬は出るのかいマスター。出るんならやるぜ」

「うまい飯でも食えるんだろう?」

「何なら、女でもいい。もちろん、アンタのお抱えの女をよこせなんて野暮は言わねぇ」


「銀だ」


「「「「「え?」」」」」


「これから貸し与える銀の武器をくれてやる。他の報酬はそこの三人から貰え」


 冒険者達は顔を見合わせる。

 銀の武器。銀は魔力を帯びると言い伝えられており、それを作らせる事を許されるのは高貴な生まれの者だけだ。

 つまり、自分で武器を鍛えるだけの銀を集めない限りは持つことの出来ない物。上質な貨幣として流通する銀の塊の武具など、手の届かないほどの贅沢品。

 彼等は互いの顔を見合わせて笑みを浮かべると、セージに向かって言った。


「俺達なら、馬だって乗りこなせる。傭兵上がりだ。手伝わせてもらうぜ、ギルドマスター






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