死人の館の逃走劇、その2
どこに居たのか、次々と森の茂みの向こうから現れるゾンビ達を撃退しながら駆け続ける。
すれ違いざまに倒しながら進むが、トドメを刺せているかどうかを確認するほどもいとまは無い。
それほどにゾンビの数は多く、足を止めればたちまち退路を絶たれる勢いだった。
数十を数えるほど斬り伏せては道を開けさせて、ようやく森を半分進んだかと言う所で、軽く五十体を超える武装したゾンビの一団が道を塞ぐように整然と隊伍を組んでいるのを目の当たりにして、一行の足がとうとう止まってしまう。
キルトスが舌打ちをして冷や汗を額に浮かべながら言った。
「マジかよ・・・。ゾンビの兵隊なんて別に珍しくもないが、あれって明かに軍隊行動じゃねぇか・・・。というか、どうやって先回りしたんだよ!」
ゾンビの一団を睨みつけながら、やや低く身構えてキルトスが悪態をつく。
どれもこれも身体の至る所に土汚れの着いたゾンビの兵団。
アミナの引く台車の上で上半身を起こした姿勢で、動く人形が悲しげな顔をして言った。
「伯爵はただのゾンビじゃありませんから。肉体だけは、あなた方人間と同等の状態を維持してますわ。そして、不死者である以上、疲労とは無縁ですし。兵隊ゾンビは森の、地中のあちこちに潜ませていたのでしょうね」
「ったく・・・。確かにレベル5冒険者の依頼だったわね。そんなに簡単にクリア出来るわけないか」
細剣で周囲を牽制しながらフラニーも毒づいて言った。
ゾンビとは、一般的には知能を持たない即席ゴーレムとも呼べる魔物であり、高位な魔法使いや神職者によって作り出される存在だ。
知能がないと言うことは、簡易な命令を与える事は出来ても組織的な行動は取ることは不可能。
隊伍を組んで道を塞ぐことなどあり得るはずもなく、ましてや錆び付いて腐っているとはいえ鎧を纏い、剣で武装し、同じ構えで威圧するように壁を形成するなど聞いたこともない。
庭園を手入れしていたゾンビといい、目の前の兵隊ゾンビといい、尋常ならざる状況に一行は当惑して立ち止まってしまい、そしてそれはあまりにも迂闊な事であった。
背後から追いかけて来ていた使用人ゾンビ達までもが追いついて来て、いよいよ退路を絶たれてしまったのである。
レナが素剣を、フラニーが細剣を、キルトスが小剣を構えてアミナと動く人形を中央に守り切先をゾンビ達に向ける。
正面の兵隊ゾンビ達が、中央を道を開けるように左右に数歩ずれると、先の館で出会った土気色の血色の悪い優男が鎖帷子に右手には長剣を下段に構えて虚な視線を投げかけて来た。
「シェリゼー。我が、愛しき、生人形。何故、我が、元を、去ろうとする・・・」
屍人でありながら知性を持って語りかけてくる。
土気色の肌をしていなければ、生きていると思えてしまうほどにその動きは自然なものだ。
それでも、異様なまでに無表情な、どことなく機械的な佇まいは生者を感じさせない不気味さがある。
レナは台車の上の人形、シェリゼーに執着するゾンビ伯爵に嫌悪が募って身震いした。
シェリゼーが深くため息を吐いて残念そうに首を振る。
「伯爵閣下。いいえ、ジョスファン。私は戦うために作り出された古の遺物。あなたの愛を受け止め続けるべき存在ではありませんわ」
「何故、そのような、事を、言う。お前も、私を、愛してくれると、言ったではないか」
「生きていたあなたを、生きているうちは愛しても構わないと思いましたわ。けれど、そうやって醜い屍人に落ちてまで、悠久の時を過ごすなどとまで考えていませんの」
「私は、お前を、愛し続ける、ために、この魔法を、完成させ、たのだ」
「息も絶え絶えに語られても、ですわ。人間は限りある時間を生きてこそ愛おしい。時を超越しようと足掻く姿は、実に無様で、醜いものですわ」
「私の、元に、帰れ。シェリゼー」
「お断りします。生を捨てた時点で、あなたは愛おしき守るべき対象から、排除すべき異物へと転じてしまった。それでもこの五百年、あなたが変わる事を待ち続けましたが、屍人に堕ちた時点で、思考など止まっておりますものね。気付いて差し上げられなくて、ごめんなさい。ジョスファン」
「四肢の、関節を、支える、ミスリル、鋼線は、切断、してある。抵抗は、無意味だ」
ゾンビ伯爵が長剣を高く掲げる。
兵隊ゾンビ達がぎこちない動きで武器を構える中、レナは不気味そうに身を縮こまらせて言った。
「どこの昼ドラか知りませんけれどもね! 巻き込まれた私達そっちのけで勝手に盛り上がんないでくれる!?」
「あらあ、不法侵入して館内を荒らしたのはあなた方でしょう?」
「五百年も放ったらかしの屍人の館なんざ知ったこっちゃないわよ! 無人って思われてた館に人の姿の目撃情報があったから調べに来ただけだし!」
彼女の言葉を聞いて、ゾンビ伯爵ジョスファンが虚な目を見開いて言った。
「旅人が、興味本位で、覗きに、くるのは、構わぬが。我が、館の、調査だと・・・? 無礼! 極まりない! 無礼! 極まり! ない!」
兵隊ゾンビ達が左足を踏み鳴らす。五回、十回と踏み鳴らし、ジョスファンが左手を振り上げる事で一斉に止んだ。
ゾンビ伯爵が一歩踏み出して、無表情な口元を歪に大きく開けて叫んだ。
「無礼者は、打首、である!」
かすれた、声にもなっていない呻き声が四方から上がり、ゾンビ達が再び足を踏み鳴らす。
動く人形、シェリゼーが怯えるアミナの背に向かって問いかけた。
「あなたは、神官なのかしら?」
びくりと振り向いて、丸い目を向けるアミナ。
「は、はい? た、確かにそうですけど、何か?」
「私は動く人形。リビングドール。それは、生きた存在と言えるのでしょうか」
「ひえ? わ、分かりませんが・・・」
「私は、生きて見えまして?」
「よ、よく分かりませんが、生きていらっしゃるのですか?」
「試しに、回復魔法をかけてみて頂けないかしら?」
回復魔法?
人形に?
一行は困惑しつつも、動く人形シェリゼーに注目して固まる。
シェリゼーは寂しそうにしながらも、毅然として言った。
「私は元来、戦うために作られた存在よ。損傷したミスリル鋼線がもし治るのであれば、あなた方を解放して差し上げられますけど?」
レナがゴクリと唾を飲む。
フラニーが訝しげに眉根を寄せて小首を振り、キルトスは恐ろしい物を見るようにシェリゼーを眺めた。
恐る恐る、アミナがシェリゼーに手を伸ばす。
シェリゼーは、アミナをそっと見つめて言った。
「連れ出してくれた恩を、仇で返すような真似はしませんわ。この五百年の、止まった時を終わらせたい。ただそれだけですの」
美しくも不気味な動く人形の、哀しげな青いガラスの瞳に、アミナは「想い」を感じ取って右手の平を自然とかざしていた。
「水の女神、スクーラッハの名の元に。どうかこの者の傷を、余す事なく癒したまえと、我は祈り奉らん。傷の癒し手」
青く光を宿した右手を突き出して、アミナがシェリゼーの前に跪き、そっとその手で肩に触れた。
青い光は、シェリゼーを瞬く間に包み込んでいき、人形の四肢が、関節が鋼線のうごめく金属音を響かせていく。
「試してみるものですわね」
そして、シェリゼーは滑らかな動きで立ち上がるとだらしなく着崩されたままのドレスを両手で繕い、足首まで丈のあるフリルの付いたスカートを膝上あたりで引き裂いて歩きやすくすると、台車を降りて左手首の具合を確かめるように右手で握りしめてぐるりと回した。
「私の身体も、長年整備されておりませんから。どこまで戦闘に耐えられるかは分かりませんが。せめてあなた方が逃げるくらい手伝って差し上げますわ」
「いやぁ・・・。あのぉ・・・。手伝ってくれんのは有難いけど、ゾンビ何体いると思ってるのよ?」
引きつった笑みを浮かべてシェリゼーを見るレナ・アリーントーン。
一行の動向を見て、ジョスファン・ヒアキンスは、ゾンビ伯爵は表情も変えずに憎しみの篭った大きな声で配下のゾンビ達に命じた。
「愚かな、侵入者、は殺せ。シェリゼーを、奪い、返すのだ!」




