死人の館、その3
アミナとフラニーは、一通り本棚の書物を調べて魔法の研究に関係しそうな物を選定して背負い袋に入れていく。
その数、十冊。
どれも分厚い書物で、背負い袋の重さも思った以上に重くなってしまい、小柄なアミナが背負うには無理がありそうにレナには思えたが、華奢で小柄な体躯に似合わず意外と力がある様子で軽々と背負って見せるアミナ。
少し驚いているレナの視線に気付いて、アミナが小首を傾げて見せた。
「どうかなさいましたか?」
声をかけられて、慌てて首を振るレナ。
「ああ、うん。意外と力あるのね、アミナ」
「スクーラッハ寺院の修行では、力仕事も多いですからね。おのずと・・・」
「そっか! そうだよね! 修行、修行かぁ・・・」
苦笑して顔を背けるレナ。
キルトスが二人のやり取りをよそに一同を見渡して言った。
「よし、じゃあ、めぼしい本を集めた所で上の階も調べに行ってみるか。まだ、日も高いしな」
フラニーも同意して頷く。
「そうね。まだ時間はあるでしょう。さっと調べて館を出ましょう」
しかし、アミナは顔を曇らせて首を横に振る。
背負い袋の肩掛けを両手で握りしめて、背負い直すように軽く弾ませて言った。
「私は反対です。森の日が落ちるのは意外と早いですし、庭園で庭師のゾンビに見られています。もし、暗闇に乗じて彼らが凶暴化したら厄介ですよ」
「まぁまぁ、アミナちゃん。いたってせいぜい十か二十だろう。俺の防御力と剣術があれば軽い軽い」
「確かに、キルトス様のレベルから考えれば、その程度は相手にできるのでしょうが、伯爵家ともなれば使える従者の数は相当な人数です。何体のゾンビがいるか分からないんですよ?」
アミナが少し重たそうに身動ぎしてキルトスを見上げ、それに気付いたフラニーが右手を軽く円を描くように振るって彼女の背負い袋をポンと叩いた。
目を丸くしてフラニーに振り返るアミナ。
「すごい、身体が軽くなりました。魔法ですか?」
「凄いでしょ。風系の魔法は物体に働きかけることで重量を軽く出来たりするのよ」
「素晴らしいです、フラニーお姉様!」
レナが呆れた顔で魔法の本を開いて館の地図を確認して言った。
「どうでもいいけど、行くならさっさと行こうよ。昼の二時には出ないと、日が落ちる前に森を出られないよ」
キルトスが首を小刻みに横に振って肩をすくめる。
「おい、館の中はその魔法で地図に出来ないって言ってなかったか?」
「通った道はマッピングされるみたい。オートマッピング機能がついてるのね」
「小難しいことは分からんが、敵の確認も出来るんだな?」
「そゆことー」
レナの答えに満足して、やや不服そうに顔を曇らせながらもキルトスが書斎の扉を開いて通路に出た。
左右を見て何者の動きもないことを確認すると、左手の奥、階段がある広い部屋目指して歩き始める。
レナ達も彼の背を追うようにして部屋を出てそっと扉を閉じると、上の階からどこかの部屋の扉を開閉する「バタン」と言う音が響き渡って足を止める一行。
「ねぇ、レナ。その本の魔法で上の階は確認出来ない?」
「目にした、行った場所じゃないと表示されないわよ。さっき言ったじゃん」
「・・・そうよね。行ってみるしかないわよね」
慎重になるフラニーとそれに答えるレナ。
キルトスは深く深呼吸すると、右手に小剣を抜き、左手の大盾を構え直して低い声で言った。
「よし、行くぞ」
足音をなるべく立てないよう、ゆっくりとした歩調で廊下を進んでいく一行。
不意に、パーティテーブルの並べられていた広間の方から足音が響き出して、慌ててエントランスホールに滑り込む。
彼らがエントランスホールの廊下側の壁に身を寄せるのと、足音が廊下に出てくるのはほぼ同時だった。
足音の数は三人(体)。
おぼつかないチグハグな足取りで隣の、階段がある広間に向かって足音は向かい、やがて石造りの階段を上がっていく音が響き渡る。
キルトスが小剣を持ったまま人差し指を立てて小声で呟いた。
(奥の部屋は、音の響き方から多分、画廊だな。彫刻やら絵画が飾られた部屋の筈だ。成人に達した子供のお披露目会パーティを開く場所だ)
(んーな知識どーでもいーわよ!!)
激昂しながらも小声で囁くレナ。
フラニーが左手を上げて囁いた。
(上に何かあるのか、異変が起きたのか分からないけど、行くの? 行かないの?)
(フラニーお姉様は、どうお考えですか?)
アミナが若干怯えながら問いかけると、フラニーは一呼吸おいて言った。
(行きましょう。ゾンビが相手なら、全力で走れば逃げ切れるでしょうし。暴れる音も聞こえないから私達以外の誰かが侵入したということではないでしょう)
(よし、足音はなるべく立てないようにな)
キルトスが先行して歩き始め、一行は隣の広間に足を踏み入れる。
彼が言った通り、そこは縦に長い広間で、舞踏会をどうにかとり行える程度の広さに、部屋を取り囲むように配置された大理石の像が等間隔に整然と並べられ、壁には他の部屋では見られなかったガラスのケースをはめ込まれた一層豪華な額縁に守られた風景画や人物画の絵画が飾られている。
「驚いた・・・。この絵画も持って帰れればいい値で売れそうだな」
声に出して呟くキルトスの腰を、レナが蹴り飛ばす。
(黙んなさいよ! 気付かれるでしょ!?)
驚いて振り向きつつ、不満げにキルトスが囁いた。
(お前が言うなよ!)
(はいはい、さっさと行くわよ)
フラニーも小声で言うと、率先して前に出て、広間の南の外壁沿いに設えられた石の階段に歩み寄り、聞き耳を立てる。
付近に物音がない事を確認して、左手を上げて皆を呼んだ。
大理石の階段は、一歩、歩くごとにどうしても音が立ってしまうが極力緩やかに上る事で音を抑えようとする。
幸い、ゾンビ達が反応するほどの音は立てずに二階に上り詰めると一階同様に一本の通路で仕切られて等間隔で扉が、左右に三つ並んで見て取れる。
一行は、慎重に進みながら何らかの音がしないか扉という扉に聞き耳を立てながら奥へと進んでいくと、一番奥の南側の扉からベッドが軋むような音が聞こえてフラニーが顔をしかめた。
何か聞きたげなレナに、反対側の部屋を指して静かに入るよう促す。
両手の空いているアミナがそっとドアノブを回してゆっくりと扉を開けると、そこはどうやら物置になっているらしく使用されていない家具が所狭しと並べられていた。
家具の数からして、人がどうにか通れる程度の広さしかなく、比較的に軽装な女性陣が先に入り、重装備のキルトスが最後に入るとそっと扉を閉める。
音の反響しない部屋の中で、大きな声を出さないように注意しながらレナがフラニーに向かって言った。
「ね、何の音がしたの?」
フラニーは困惑したような顔で細剣を正面のタンスに立てかけて眉間に人差し指を当てる。
「何の音、と言われても困ってしまうのだけれど・・・」
一呼吸おいて、ふぅっと息を吐いて続けた。
「アレは多分、寝てる音ね」
「イビキでしょうか」
小首を傾げるアミナ。
察したキルトスは、勘弁してくれと顔を歪めて首を振った。
「おい、マジかよ。ゾンビがヤってるって?」
「そこ、下品な言い回ししない」
「いや、だって! ゾンビだぜ?」
言い回しに気付いたレナが、でもと右手を上げて人差し指を前後に振りながら考えるようにして言う。
「ゾンビ以外のアンデッドなら、その、出来るんじゃないかな。吸血鬼とか?」
「おいおいレナ。吸血鬼は日中は動けないだろ」
「暗くした部屋の中なら平気なんじゃない? 分厚いカーテンで閉め切られた部屋とか」
「一理あるかも知れんが、それでも普通は地下だろう?」
「何にせよ、この部屋の正面の部屋で、行為がされているのは事実よ。由々しき実態だわ」
フラニーが羞恥の困り顔でこめかみを押さえて言う。
一同の視線が集まった事に不満そうに、今にも怒鳴り出しそうな顔で声を押さえて言った。
「だって! 不死者よ!? どんな姿であれ、ゾンビ同士が行為って、出来んのそれ!? 出来ないでしょ! おかしいでしょ!」
「フラニーお姉様、落ち着いてください。セージ様と夜の営みが滞っていたとしても、落ち着いてください」
「ええと、アミナ、そう言う事言ってるんじゃないから・・・」
「屍人に嫉妬なさるほど、ご不満があったとしても、落ち着いてください。生前の営みを繰り返しているだけですので」
「肉のそげ落ちた死体同士の営み・・・ぐはっ、グロすぎる・・・」
レナも想像してしまい、悶絶した。
と、外から扉が開く音がしてキルトスが慌てて女性陣を奥へと追い立てる。
「奥! 奥! 隠れろみんな!」
「奥ったって、空のベッドしかないわよ!」
抗議するレナ。
フラニーも何かに気付いてレナを押して言った。
「いいから行って! そこしかみんなで隠れられないでしょ!」
「何、このシチュエーション! 教師から隠れる修学旅行か!?」
「訳わかんない事言わないの、早く!」
「わ、わかった、わかったわよ!」
アミナを先頭に、レナ、フラニーが続いて大きな空のベッドに這い上がり、最後にキルトスが大盾を外に構えたまま半身ベッドに上がって屈み込む。
彼らの身を隠す部屋の扉が開け放たれ、一行は血の気の引く思いで息を潜めて様子を伺う。
何かが勢いよく部屋の中に追い立てられ、入口付近の埃を被ったタンスにぶつかる音が響いて勢いよく扉が閉じられた。
訪れる沈黙。
キルトスが、意を決してベッドから降りてタンスの向こうに視線を向けると、乱れたドレスに身を包んだアミナと背格好のよく似た長い金髪の美しい「何か」に気付いて目を見張った。
「なんだ・・・ありゃあ・・・」
彼の様子に異様なものを感じて、女性陣も身を乗り出して顔だけ覗かせて彼の先の「もの」を見て硬直する。
何かは、キルトスの声に気付いて顔を上げた。
半裸のその、何かは、球体の関節を軋ませてガラスの青い瞳を向けてじっと見つめてくる。
等身大の「人形」だ。
等身大の「人形」は、よろよろと立ち上がると、青い瞳に恐ろしげな光をたたえて絶望の底から滲み出るような声を絞り出して言った。
「あらあら・・・こんな所に生きた人間が・・・。うふふ・・・私を笑いに来たのかしら? 満足に身体が動かせない私を。不死者に堕ちて永遠の愛を私と紡ぐ愚かな伯爵から逃げられない・・・私を笑いに来たのかしら・・・?」
「「「「うぎゃー、呪いの人形だー!」」」」
思わず仰天してしまう一行。
大声を上げてしまった事に、今更ながら顔を青くするが、そんな様子を見て人形は言った。
「あらあら、なんて愚かしい。伯爵が気付いてしまったわ。私が一緒なら、すぐには殺されないでしょうけれど。・・・私を連れて逃げてみる?」
「よろこんで!!」
小剣を鞘に納めてキルトスが駆け出し、右腕で「人形」を担ぎ上げる。
「ばっ! ちょっとアンタ何してんのよ、罠かも知れないじゃん!」
「しのごの言ってる暇はないわ、さっさと行きなさい盾男!」
「フラニーちゃんの毒舌が心地良い今日このごろ!」
「いいからさっさと行ってくださいキルトス様! 邪魔で出られません!!」
「不当な罵倒ありがとうアミナちゃん! 俺は頑張るよ!?」
「気持ち悪いですこの変態ドエムやろう、さっさと行ってください!!」
慌ただしく部屋を駆け出るのと、南側の部屋の扉が開いたのは同時だった。
赤いガウンを羽織った、血色の悪い優男が無表情で一行をじっと見つめてくる。
レナは、震える手で魔法の本を開いて地図上のドットを確認しながら挨拶する。
「こ、こんにちはー・・・。今日は良いお日和ですねー・・・」
白いドットが、黄色、そして赤に変色していった。
ばっと階段を指して声を上げる。
「赤んなった! 怒ってる! 逃げよう!」
心理的に逃げる「コマンド」を選択する一行。
ワッと廊下を駆け出し、一目散にエントランスを目指す。
血色の悪い優男は、くるりと回れ右して部屋に戻ると、豪華な家具に飾られた部屋の壁際に設えられた、金の植物柄の縁に納められた楕円形の姿見鏡の前に立ってボソリと呟いた。
「シェリゼーが脱走した。繋ぎ止めよ」
階下で、庭園で、にわかにざわめきが起こり、ゾンビ達が生き生きと活動を開始を始める合図であった。




