死人の館、その2
レナ達の一行は、庭の手入れに勤しむゾンビの気を引かないように静かに、しかし急いで館に向かって進んで行く。
長年放置されていたとは言え、かつては使用人だったであろうゾンビ達の不器用ながらも行き届いた手入れのおかげで石畳の道も悪くはなく、アミナの引くソリ型の台車も車輪に差された油がよく効いていて目立った音を立てる事もなく進む事が出来たのは幸いだろう。
石像群に囲まれた辺りに差し掛かり、緊張した面持ちでキルトスが大楯を掲げて前に出るが、何の変化も訪れない。ただの石像だったようだ。
石像群の間を抜けながら左右の庭園に目を向けると、男の庭師の形をしたゾンビの数は十を数え、ここがかつては権力を持っていた貴族の屋敷の廃墟なのだと気付かされる。
不器用な手入れをされているとは言え、流石に生前の細かい作業までは再現できておらず生え残った草が庭を不気味に彩り、片付け切れていない枯れ葉も相まって庭木の手入れと反して廃墟然とした印象を与える中、一行はエントランスから飛び出るように造られた広い庇の下に入ると建物に背を預け、身を屈めて各々の武器を構えて周囲を警戒するが、彼等に注意を向けて近付いてくるゾンビの姿はどうやら無くほっと胸を撫で下ろす。
フラニーが安堵の息を漏らして言った。
「とりあえず、ここのゾンビ達は魔法使いが作り出したような血肉を漁る怪物じゃないみたいだから一安心だけど、注目を集めたらどんな動きをするか分からないから慎重にいきましょう?」
「う、む、そうだな。って、それ俺のセリフなんだが・・・」
キルトスが同意しながらも不満げに抗議してくるが、フラニーにひと睨みされて口をつぐむ。
アミナが台車を転がして引き寄せると、四組の毛布に挟まれるようにしまっておいた鹿の皮を鞣して作られた背負い袋を背負いながらレナを見上げる。
「レナ様、心の準備はよろしいですか? って、私も初めての冒険で緊張していますが」
「気遣いありがとねアミナ。私も緊張はしてるけど、大丈夫よ。相手がゾンビなら人間じゃないんだし、きっと大丈夫!」
と、言いながら魔法の本を開いて地図を確認するレナ。
視認できる範囲が描かれた中にレナ達を示す緑のドットが中央に表示され、庭と思しき辺りには人知れず作業を続けているゾンビと思われる白いドットが緩やかに動いている。
しかし、肝心な建物の中は黒く塗りつぶされており、窺い知る事が出来ない。
「って、肝心な中の様子が分からないじゃん!」
喚くレナに、フラニーが怒ったように頬を膨らませて左手で肩を掴んできた。
キルトスが小剣を逆手に握って人差し指を立てて見せる。
アミナが困ったような顔で睨みつけて言った。
「レナ様、お静かに」
「あー、・・・ゴメン」
小さく謝るレナに、フラニーはため息を吐くと大きな両開きの扉に向かって聞き耳を立てた。
「物音はしないわね。動きは無いわけだけど、中にいるのが屍人なら人形みたいに佇んでいれば音は立てないわ」
言われて扉の脇の窓辺に近付いて中を窺うキルトス。
レースのカーテン越しで視界は悪かったが、やはり動きは無いと判断して皆に向き直った。
「ホール内も多分何も居ないだろう。問題は鍵が掛かっているかだが・・・」
魔法の本を開くのに剣をしまっていたレナがそっとドアノブに手を触れてみる。
フラニーがすかさず小声で言った。
「そっと回してね。こんなにも静まり返った中では、意外に音が立つものだから」
「わ、わかった・・・」
ゆっくり、ゆっくりとドアノブが回され、留め金の外れる音がわずかにするとそっと力を込めてみる。
押しても微動だにしなかったが、引いてみると立て付けの悪くなったような軋んだ音を立てて扉が開いた。
「鍵は掛かって無かったか。ラッキーだな」
そう言って促すようにレナに頷いて見せるキルトス。
殿をキルトスに任せて、レナ、フラニー、アミナが館に足を踏み入れる。
エントランスホールは朽ちかけてはいたが絨毯が敷き詰められており、縦9メートル、横15メートルもの広さのある部屋で、玄関から見て正面の壁の左右に扉の無い通用口が開き、左の壁の中央にも扉の無い通用口が口を開けている。壁という壁には絵画が飾られていたのだろうが、現代のようにガラスで保護されてはおらず額縁を残して完全に朽ち落ちてしまっている。
左の壁の通用口の左右には、小さな大理石の台座が設置されており、その上には中身の無い大きな大理石の杯が飾られていた。レナの知識で言えば、観葉植物を入れるプランターに似たような形があったように思える。
最後にキルトスがホールに入ると、レナはそっと静かに扉を閉めて大きく息を吐いた。
「き、緊張する・・・。子供の頃忍び込んだ幽霊物件と比べ物にならないくらい緊張する・・・!」
「それはそうでしょうよ。街中の廃屋なんて、ただ人が住まなくなった空き家でしょう? ここは、何らかの原因で一族郎党が命を落としたって伝説の残る、ジョスファン・ヒアキンス伯爵邸よ。現に表にはゾンビがいたし、中にもきっとわんさといるはずよ」
「ううう、フラニー、怖い事言わないで・・・」
「はぁ・・・。レナって初めて会った時より気が小さくなってない?」
「あーのーね、フラニー。普段から剣なんてぶんぶか振り回す世界にいたわけじゃ無いんだから。ゲームの中だったら平気でも、現実にそこにあるって言うのはまた違うんですからね!」
「はいはい、わかったわよ。よくわかんないけど。それで、何処から調べる?」
フラニーが話を振ると、キルトスが代表するように言った。
「正面の奥から調べてみよう。上の階に行くのは、階段で音を立てるかも知れないし、退路が無い。一階なら、最悪窓を打ち破れば外に逃げられるしな」
「いいわ、それで行きましょう。キルトス、前衛お願いね」
「はいはい、って、何でフラニーが仕切ってるんだよ?」
「いいから行きなさいよ、どん臭いわね!」
およそお淑やかなイメージの強いエルフにあって、微塵も思わせない勝気なエルフに追い立てられ、キルトスは被りを振って奥の通用口に歩み寄ると、大楯を構えてそっと顔を覗かせてみた。
幅3メートルの廊下が、左右に15メートル程度伸びており、正面の壁にはやはり扉の無い通用口が口を開けていた。
右をのぞむと、9メートル間隔で左右の壁に扉があり、二つ、ないし四つの部屋がある事を思わせる。
正面の通用口に近寄って中を見ると、会食場も兼ねた広間になっており、五つの立食用の長テーブルに並べられた皿とワイングラスの数々、そしてテーブルにはメイド姿のゾンビが六体、朽ち落ちた表情の無い顔で虚空を眺めて佇んでおり、朽ちて干からびた何かがたたえられた皿とテーブルを守っているかのようだ。
アミナが小声で呟く。
「痛ましいです。きっと、会食の、パーティの最中だったのでしょう。ああやって、ずっと何かを命じられるのを待っていらっしゃるのですね」
一行は、メイドゾンビ達を刺激しないように通路の右の扉を調べに行く。
会食場を兼ねた広間の隣は、一族だけで使われていただろう食堂になっており、大きな上等な長テーブルが中央に置かれ、やはり上等な椅子が整然と並べられていた。
火の消えて久しい暖炉の上には、銀の燭台と壁掛けの鹿の頭の剥製。壁という壁には、やはり絵の朽ち落ちた額縁だけが寂しく飾られている。
テーブルの上には、夕食の時に灯されていただろう銀の燭台と半分溶け落ちたロウソクが佇むのみ。
ヒアキンス一族が謎の死を遂げた当時は、何らかのパーティでも開いていたのだろうか。
他に奥の部屋を覗いてみたが、寝室になっており、ベッドの上の盛り上がり方から見て御遺体が安らかに眠っていると思われた事から中には入らずにそっと扉を閉めて引き返す。
次に、食堂の正面の部屋を開けてみると、縦横6メートルの広さの書斎のようだった。
窓辺には樫の木で出来た机が置かれ、クッションが素敵だったであろう主人を失った椅子がもの静かに置かれている。
館の主人の個人的な書斎だったのか、客をもてなすようなテーブルやソファと言ったものは置かれておらず、左右の壁際にはガラス戸の嵌め込まれた本棚が並び、ガラス戸に守られていた為か見た目は無事に見える分厚い本がびっしりと敷き詰められていた。
背表紙を見るに、どれも当時の館の様子を窺い知れる物は無かったが、レナは魔法の本を眺めながら机に白いドットがある事に気付いてそっと近付いてみた。
フラニーが気付いて声を掛ける。
「レナ、何か見つけた?」
「いや、よく分からないけど、地図見てたら机になんか映ってるのよね」
「机に?」
キルトスが大股で歩み寄って机の正面に回り込み、引き出しという引き出しを開けてみる。
一番下の大きな引き出しを開けると、本が一冊綺麗に収まりそうな何の飾り気もない木箱が出て来て一同の視線を集めた。
早速、キルトスが机の上に木箱を出して蓋を開けてみると、日記のような黒い表紙に挟まれた本が出てきたが、パッと表紙を開けてキルトスがすぐに後退る。
「悪い。趣味がないとかじゃないんだが、なんて書いてあるか読めない」
無理もない。この世界においては、文字を書くという文化に乏しく、貴族や商人でなければ無用の文化なのだ。
故に、冒険者の中でもよほど捜査能力に長けた者や魔法使いでもない限り文字とは無縁だ。
あからさまにレナが蔑むような視線を送ったが、神官として修業(行)に時間を費やして来たアミナは事情を察しており、申し訳なさそうにするキルトスに近付いて左手を差し出して言った。
「私も、それほど得意ではありませんが、日記程度なら読めるかもしれません。貸して下さい」
「お、おう。相当古いし、劣化してるから気をつけてな」
箱ごとキルトスから本を受け取ると、早速アミナは目を通し始めた。
湿気で多くのページがくっついてしまっており、ほとんどのページを見る事が出来なかったが、最後の方のページが辛うじて生き残っており、それに目を通して行く。
うーん、と、悩ましげにアミナが呻き声を上げる。
レナが興味深げに身を乗り出して言った。
「ね、ね、なんて書いてあったの?」
「どうやら、無機物に生命を与える魔法の研究をなさっていたようです。専門用語が多くてチンプンカンプンですが、魔法の開発には成功していたようですね」
「それが、ヒアキンス一族が亡んだ原因なのか?」
意味不明と、肩をすくめるキルトス。
アミナは被りを振って答えた。
「それは、なんとも。この本を持ち帰って古文書の解読を仕事にしている冒険者に託せば、何か解るかも知れませんが」
「それなら、ついでにこの辺の本棚から魔法に関する本をピックアップして持って帰りましょうよ。本自体、貴重な物だし使えなくても小銭くらいは稼げそう」
フラニーも乗り気で口を挟む。
レナが気乗りしなそうにため息を吐いて言った。
「そんな本なんかより、金銀財宝を貰って行こうよ。私達、冒険者なんだし」
「「「は?」」」
一斉に向けられる蔑むような視線。
「え!? 何!? なんか私、変なこと言った!?」
「いや、だって、レナ。私達冒険者ギルドの冒険者なんだから金銀財宝なんてついでくらいのものよ? 盗賊ギルドの冒険者じゃあるまいし」
「え、うっそ? だってフラニー、目の前に財宝あったら取るでしょ普通!?」
「あのね、レナ。廃墟とは言え、貴族の館といえば主人を失ったとあれば国の持ち物になるのよ? 依頼以外の物に手を出せば窃盗で衛兵にしょっ引かれる事だってあるの。そのくらい常識よ?」
「えーうっそー・・・。いいじゃん少しくらい別に・・・」
流石にキルトスもちょっと引き気味で首を左右に振る。
「おいおいレナ。人ん家から物を取ったって町会議会にかけられるだけで済むだろうが、国の物に手を出したら牢獄行きだぜ。下手したら斬首だ」
「は、マジで? ちょっと盗んだだけで殺されちゃうの?」
「そりゃそうだろう。恐れ多くも国王陛下の持ち物を掠め取ろうなんざ命知らずにも程がある」
「けど、法律の穴を潜って私腹を肥やしてる貴族や役人だっているでしょ!?」
「ほうりつ? てのが何か分からんが、悪いことして私腹を肥やしていたような貴族や商人が捕まって死刑になったって話だって、時々聞くぜ。コラキア前領主だって、ノアキア男爵の弾劾を受けて首刎ねられたしな」
「うへぇ、まじぃ、怖〜・・・」
つくづく異世界なのだと思い知らされる。
警察機構がないのが治安を悪くしているのだと思えば、あまりにも極端な刑罰が待っている。
なればこそ、治安の悪さに反比例して、国の崩壊は防がれていると言うことだ。
国家に仇なす者は、容赦無く断罪される。
権力を持たざる者が歯向かおう筈がないのだ。
しゅんとしてしまったレナをよそに、文字の分かるフラニーとアミナが手分けをして本棚から本を選定しては背負い袋に入れて行く。
その間、暇を持て余した事からレナは何気なく日記に目を通してみた。
異世界転移の影響からか、レナの目にはこの世界の文字はアルファベットに見えており、流石に日本語とはいかなかったが片言に読み解く事は出来たのだ。
ふと、気になる文面を見つけて呟いてみる。
「ついに、みつけて・・・みつけた? いにしえのいきにんぎょう・・・古の生きた人形かな」
「お? レナ、お前も文字読めるのか?」
興味深げにキルトスが近寄ってくる。
立ち読みもどうかと、レナは机の椅子に座って読み出した。
「ああ、うん。アミナみたいにスラスラとは読めないけど、ちょっとね」
「すげーな。で、なんて書いてあるんだ?」
「うーんとね。生きた人形を発見したって。古代遺跡か何かあったのかな。魔法で作ったのかも知れない」
「それで?」
「うわっキモッ!」
「え、なんだよ!?」
「ああ、ゴメン、キルトスじゃないよ。ジョスファン・ヒアキンス伯爵ってさ、異常性愛者だったのよ。人形に欲情したんだって」
「そうか・・・。ただの人形や像に欲情してたんなら、相当やばい奴だったんだな」
慎重にページをめくって、さらにレナが顔をしかめる。
「何か、生きた人形・・・ええと? リビングドールを連れ帰って性奴隷にしたって・・・うわっ、キモッ。生きた人形とやってたんだ!」
「生きた人形ってどんなのか見てみたいけどな」
「ここにもキモオタがいた!」
「キモオタってなんだよ! なんだか知らない言葉だが、絶対俺を馬鹿にしてるだろ!」
「当たり前でしょ、人形に欲情するなんて!」
「欲情するとは言ってない!」
「おんなじでしょ! キモッ、キッモッ!」
「うるさいそこ二人、黙って警戒してなさい。それと、その日記。貴重な資料なんだから勝手にいじらない!」
フラニーに叱られてしまった。
アミナも冷めた目付きで睨んできており、レナとキルトスは申し訳なさそうに肩をすくめると、日記をそっと閉じて木箱の蓋を閉め、周囲の音と窓の外の警戒に集中する事にした。




