ギルド長の出勤、すげない旅路
ギルドの正面口、観音扉が開かれる。
ホール兼酒場が遅めの朝食を取る冒険者で賑わい始めてきた頃、セージはラーラと子供達を連れて入ってくるなり、首輪から解放された子供達が床の上を文字通り飛んでカウンター目掛けて突進して朝食にありつく冒険者達を驚かせる。
カウンターについて朝食を取る冒険者に依頼の斡旋をしていた受付嬢二人が、椅子に登ろうとよじよじしている子供達を見て楽しげに笑顔で手を振った。
にこやかに嬉しそうに受付嬢達を見上げるアルア、ビーニ、チェータ。
珍入者の登場に冒険者達は、迷惑そうに顔をしかめる者、元気な小さなハーピーの姿に笑みを浮かべる者、様々だ。
セージははしゃぐ子供達を追って足早にホールを横切っていく。
「おい、お前ら! 店の中で暴れるんじゃない、埃が立つだろうが!」
「「「あーい」」」
全く分かっていない返事、かつ、すでにカウンターまで到達している所からしてあまり説得力はない。
しかし、ハーピーの娘、ラーラを連れて入場してきた新たなるギルド長に、酒場で朝食を取る内の半分の冒険者は席を立って挨拶してきた。
「おはようございます、ギルド長」
「おはようギルド長!」
「ギルド長、おはようございます!」
「はようっす、ギルド長」
「おう、おはよう。すまんな邪魔した。朝食を続けてくれ」
多種多様な挨拶に、軽く応じながらカウンターを目指すセージ。
つられて入ってくるラーラに、多くの男の視線が注がれる。
半人半鳥という外見ながら、女性としての線のハッキリした美しい姿に、目を奪われているのだ。
セージはすぐに彼らの視線に気付いてホール内を見渡して言う。
「俺の妻だぞ」
ばっと男達は一斉に目を逸らせたが、一部セージに反感を持つ者達は構わずに卑しい視線を投げ続けながら個人で持ち込んだ酒をあおる。
ラーラはそんな男達の視線を無視してカウンターまで行くと、受付嬢のサマエラに向けて微笑んで見せた。
「子供達が迷惑をかけて、ごめんなさいね」
「いーえー、問題ありませんー。裏の通りは人通りも少ないですしぃ、他の受付嬢達の目もありますから安全ですようー?」
裏通り、と聞いて、セージがそういえばと言う顔をすると、ラーラに睨まれる。
「セージ?」
「ああ、うむ。裏通りなら飛ぶ練習も出来るかな」カウンターに身を乗り出し「所で、護衛につける奴はいるか? 魔物には、安全とは言い難いだろう」
セージの心配を感じ取ってか、サマエラはカウンターの奥で作業する素剣で武装した受付嬢三人を指して言った。
「女の冒険者で何人かは、交代で受付嬢もやってますから。大丈夫でっすようー?」
「ん? そうなのか? 稼ぎの方は大丈夫なのか」
「女性ならではの副業ですよぅ。安いけど安定した収入になるし、何気に人気のアルバイトですねぇ」
「そうか。そう言う事ならいいんだが」
「でも、お子さんの面倒を見る分は上乗せしてあげてくださいねー?」
「経済的な所は疎い。無理のない金額で提示してやってくれ」
「賜りまーっした」
サマエラと話している間中、セージの足元でじゃれついていた子供達だが、世話役に任命された三人の武装した受付嬢、当日のアルバイト冒険者達がやってきて「お外で遊ぶ?」と問いかけられるや、
「おそとー!」
「あそんでいーい?」
「おとうちゃん?」
一様にセージの方を見上げてくる。
セージが困ったような顔をしながらも、
「お姉さん達の言うことをちゃんと聞くんだぞ。あと、通りから離れちゃいかん」
と言うと、「はーい」と嬉しそうに声を上げて三人の受付嬢の後についてギルドの裏に向かってヒョコヒョコと飛び跳ねて行く。
「一応、私もついて行くわね」
ラーラはほとんど面識のない冒険者兼任の受付嬢に、不安が残るのか一行を追って裏へと消えて行った。
その後ろ姿を見送って、再度ホールを見渡すと、何気なくサマエラに問いかける。
「所で、レナ達はどうしている?」
「はぁい、一つ依頼を受けていただきまして、先ほど出発されましたがー?」
「そうか。あまり無茶な仕事を受けていなければいいが」
「それよりギルド長ー、午後の張り出しに間に合うよう、新着の依頼に目を通してくださいねぇー。地下の執務室に、書類を置いておきましたのでぇー」
「はぁ・・・。異世界に来てまで書類をやるとは思わなかった・・・」
セージは独り言を言って陰湿な地下室に向かって歩いて行く。
上階の宿泊施設へと上る階段の裏に回ると、地下に通じる扉があり、今は扉は取り外されているが当初は鉄の扉が付けられていた。
魔法使いだったジャーカー・エルキュラは魔法で施錠と解錠を出来たことから保安の関係上鉄扉を好んだようだが、魔法が使えないセージにしてみれば自らを地下に閉じ込めるようなものだ。
ただでさえ陰湿な空間に、破壊の困難な鉄扉など自殺行為なので、就任早々地下室への階段を隔てる鉄扉は撤去させた。
それでも、地下に至るまで実に三十段の階段を下りねばならず、それほど深く掘り下げた空間が五階建ての建物の下にあるなど馬鹿げた建築物だと思えた。
現代建築と違い、強度がどの程度あるのか怪しいものである。
(時期を見て上の階に執務室を移したいな。地下は埋め立てたい気はするが、そう簡単ではないか・・・)
階段を下りていくと、執務室担当の受付嬢がミニスカメイド服姿で床掃除しているのを見かけて、つい下着の見えそうな態勢で雑巾掛けしているのに目がいってしまう。
複雑な気持ちで目を逸らして「んんっ!」と咳払いする。
セージに気付いた受付嬢は驚いて立ち上がって振り向くと、おずおずとお辞儀をして言った。
「お、おはようございます! ギルド長!」
結婚年齢に達したばかりの少女、ニニーリアだ。
彼女は先日の傭兵騒動でセージに助けられた後、両親も兄弟も病で亡くした孤独な身で傭兵に荒らされた家を修繕する目処も立たないと、ギルドへの就職を希望して来た。
傭兵とさして変わらぬゴロツキの集まりである冒険者ギルドなど、婚期を迎えたばかりの少女には厳しいのではと始めは断ったのだが、冒険者の女達と受付嬢達が面倒を見るからと強く採用を求めた為、見習いとして雇う事になったのだが、ようするにジャーカーの執務室であった地下室の不気味さを恐れて何も知らない娘に地下での業務を押し付けたと言うわけだ。
まぁ、代わりに冒険者の男の魔の手から守ってあげているようなので何も言えないのだが。
セージはガチガチに緊張したニニーリアに軽く手をあげると寛ぐよう軽く振って見せる。
「楽に仕事をしてくれ。お前がそうしていてくれるだけで、俺も仕事が心細くなくて助かる」
「は、はい。ありがとうございます!」
そして、床に這いつくばって雑巾掛けを再開するニニーリア。チラリと股座の白い下着が見え隠れして「ゴホンっ」と再び咳払いをした。
キョトンとした顔で立ち上がってセージを見つめてくるニニーリア。
セージは深くため息を吐いて言った。
「ニニーリア。その、なんだ。上の階に、物置にモップがあっただろう」
「ああ、ええ、はい・・・」
「床掃除はモップを使うものだ。取ってこい」
「ですが、モップは水がよく切れませんので・・・」
「脱水用のローラーが付いたバケツがあっただろう」
「私、まだ力が無くて・・・。上手に水が切れないんです。地下室の床は濡らしてしまうと、傷むのが早いですから・・・」
雑巾掛けでは駄目でしょうか、と、上目遣いで見つめてくる。
若干あざとい感はあるが、愛らしくナチュラルなその仕草に余計に目に悪いとセージはかぶりを振ってソファに腰を下ろし、机に向かって言った。
「そう言う理由があるなら、まぁ、仕方がないが。それなら、スカートの丈を直してもらえ。見えるぞ」
特段、女に困っているわけでもなかったので、嫌われるのも厭わずと正直に言ったのだが、ニニーリアはお尻の辺りを両手で押さえてしばらく床を見つめ、はい、と少し残念そうに返事をしながらも再び床の雑巾掛けを始めた。
ひょっとしてわざとなんだろうか、とも思ったが、セージはそれ以上は言わずに努めて彼女を見ないように書類に目を通し始めた。
レナ達一行は、コラキアの東門から町を出て町のすぐ東を流れる川に架かる大きな木製の橋を渡ると、北東の廃虚を目指して歩いていた。
道はあるにはあったが、農村の住民が通る以外には使われておらず、すれ違う人は無い。
遠く望むと、農村らしき集落がいくつか見えたが、そこに人がいるのか農作業をしているのかまでわかる距離ではない為、寂しい行軍が続いている。
先頭に道に明るいキルトスが歩き、中央を縄で引っ張る台車を引くアミナ、左右をレナとフラニーが固めて隊列を組んでいる。
台車は幅一メートル半、長さ二メートルの小さなもので、車輪も中型の油を刺した軸がよく回る軽く引けるタイプの物なので、比較的に力の無いアミナにも楽に引っ張る事が出来たが、調査で何がしかを見つけて台車に乗せたとあれば帰りには何人かで引かなくてはならないだろう。
ともかく、今の所は順調に進んでいた。
「なんかさー、拍子抜けよね」
ポロリとレナが零す。
「なんて言うか、こう、外に出ればモンスターが徘徊してて、倒しながら進むもんだと思ってたんだけど」
「レナ様、そんなにあちこちに魔物がいたらコラキアなんて一瞬で滅んでしまいますよ?」
「本当、レナってわからない事言うことあるわよね。ていうか、どんだけ危険に飢えてるのよ!」
指でさして批判するフラニーに、つまらなそうに戯けて見せるレナ。
「だってさ、冒険だよ? 戦ってこそ冒険者でしょうが」
「どんだけ脳筋なのよあんた・・・。この間、山小屋で冒険者に襲われた事思い出しなさいよ、どれだけ怖い思いした?」
「それは、まあ、うん・・・」
「戦いなんて、避けられれば避けた方がいいに決まってるわよ。まぁもっとも、これから行く廃虚が、野盗のアジトになってたり、亡者の巣窟になってたら嫌でも戦う事になるから安心なさい」
物騒な物言いに、キルトスが振り向く。
「お嬢さん方・・・、そういう事言ってると現実になりかねないからやめてもらえるかな・・・?」
「盾役なんだからそこは俺に任せろくらい言いなさいよ!」
「ええ・・・随分とドSなエルフだなぁ。入るパーティ間違えたか・・・?」
「つべこべ言ってないで前見て歩きなさいよ、前見て!」
「ああ、はいはい・・・」
女の子パーティに一人混ざってキャッキャウフフされながらの冒険に慣れていたキルトスは、今回同行させてもらえた女の子達の辛辣さが早々と身に染みていた。
聞けば、傭兵騒動の時に出会ったあの狂暴な戦士の関係者だという。しかも、どうやら全員彼に好意を寄せている様子で、キャッキャウフフを期待していたキルトスにすれば拷問に近い旅と化しており、早く廃虚の調査を済ませて帰りたい気持ちで一杯になっていた。
(ああ、レイラとジェニー、それにウルスのパーティは良かったなぁ。みんな俺を頼ってくれて、毎夜が楽しみでいっぱいだったのに。帰った途端、何故か修羅場になって解散してしまったしなぁ)
全員と関係を持った上に帰ったらデートの約束などしていれば、発覚した時点でお察しであり、女性の気持ちに立てないあたり、ジゴロを気取るソロ冒険者などいつかは居場所がなくなるものなのだが。
挙句にレナ一行にたどり着き、今の有様である。
なるようになったと言えなくも無いが、役割をきちんとこなして正規メンバーに数えられなければいよいよ居場所がない事に、キルトスはまだ気付いていなかった。
サマエラとのやり取りから、レナ達はそうらしい事は看破しており、すげない態度に現れてもいたが、駄目なら別の女の子達のパーティに入れば良いくらいにしか考えられないのは脳内ピンク色としか表現のしようがない。
兎に角、旅を無事に済ませるのが第一と、アミナの歩調を気遣いながらもキルトスは道を急いだ。




