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シェイニー・イン

 セージ・ニコラーエフは、意図せず冒険者ギルドの長に就任してしまった。

 もちろん、そんなものは知らぬ存ぜぬで山小屋に帰っても良かったのだが、人間便利に慣れると手放すのは惜しくなるものである。

 マーシャーズ・イン改めシェイニー・インを新たに仕切る事になったシェーンは従業員を雇う余裕も無く、また、育ての親であったマーシャに裏切られた上に傭兵から酷い事をされそうになって人間に近付くのが、とりわけて男に近付くのが恐ろしくてまともに宿を経営出来ないとかで、セージだけは近くにいても平気だと言う理由で彼女きっての頼みで一部屋を住まわせてもらう代わりに宿の手伝いをする事になっていた。

 暖かい部屋。程よく柔らかい布団。自動給水管付きの銭湯入り放題。

 とは言え、彼はギルド長に就任した以上ギルドに毎日出勤しては入ってきた依頼の精査をしてランク分け、種別分けをして掲示板に貼り出す依頼書を作成せねばならない。

 もちろん、彼は文章は苦手なのでウェイトレス兼受付嬢の娘達に手伝わせているのだが。

 そして、それは新しい住居となった宿でも同じ事だった。

 具体的に宿の業務である、建物内の清掃や布団の天日干し、シーツの交換といった業務は実際に手が回らない為、冒険者ギルドのウェイトレス兼受付嬢から二人、ローテーションで来てもらっている。

 今日は確か、リンジェとレンジェという双子だっただろうか。

 彼女達がちゃんと朝起きて業務をこなしているかどうか確認の意味も含めて、セージも朝早くから起きてカウンターに入る。

 従業員の名札が掛けられたカウンター内の壁を見ると、名前が読めるようちゃんと表に変えられており、業務を開始した時間も石版に石筆で記入されている為、問題はないようだ。

 セージは時間潰しが出来ないものかとカウンター内を調べて新聞のような物が無いか探してみるが、本は通常出回るような代物では無く紙すらも製造方法門外不出の高級品である為にそのように使い潰しで使われているはずもない。

 唯一あるのが、粗悪品の紙を束ねて作った帳簿であり、表面もザラザラで触り心地が悪い物だ。

 トイレットペーパーにするような物の一歩手前程度の帳簿に使われている紙は、乱雑に扱うとすぐに損傷してしまうし書物としての機能は全く持って無い。

 とりあえずリンジェとレンジェの朝の仕事終わりの報告を受けたら東区の西側寄りにある冒険者ギルドに出勤する為に出なければならないが、とりわけてする事も無く退屈そうに大きなあくびをしてみる。

 と、宿泊施設から伸びる通路からシェーンがバケツとデッキブラシを持ってやってくるなりセージを見て嬉しそうに駆け寄ってきた。


「あ、おはようございます小父おじ様!」


 ほんのりと石鹸の香りがセージの鼻腔をくすぐる。

 軽く咳払いして、セージが言った。


「掃除がてらまた風呂に入っていたのか」


「女湯に入れるのって、明け方しかないですから・・・」


「まぁ、もうここはお前の店なんだから。いいんじゃないか?」


 えへへ、っと恥ずかしそうに笑う仕草が可愛らしい。


(いかんな、これでは俺もただの変態ではないか・・・)


 シェーンの魅力にどぎまぎしているのを悟られないよう、眠いのを装って椅子の上で腕組みをして目を閉じ、顎を引いて下を向く。

 シェーンはカウンターに入るなり、そんなセージの膝に登って座り込み、背中を預けてきた。


「お、おい・・・」


「ラーラさんに、あまり好かれてませんから・・・。今くらい甘えさせてください」


「そういう所から改善しろと言っているんだ」


 困り顔のセージを、シェーンが見上げてくる。

 浅黒い肌に癖毛の金髪が魅力的な琥珀色の目の異少女アンドロギュヌスが、目を潤ませて小さな唇を少し開けて吐息を漏らす。


「そういうイタズラはよせ・・・」


 本気で困ってセージが顔を背けると、「フフフ」と小悪魔的に小さく笑って膝の上から降りて言った。


「朝食、作ってきますね。新鮮な卵が手に入ったから、久しぶりにハムエッグです」


「そ、そうか・・・。アレはパンに乗せて食べると最高だ」


「小父様の好物ですもんね! ちょっと、厨房行ってきます」


「ああ、うむ。すまんな」


「えへへ・・・。出来たら呼びますね」


「う、ん・・・」


 どうにも、シェーンといると調子が狂う。

 何処と無く他人に思えないのは何故だろう。


(背格好が姫殿下に似ているからか? いや、いい加減にしろよセージ・ニコラーエフ。過去を引きずりすぎだ・・・)


 思い描くと、また逃げ出したくなってしまう。

 誰かに相談できる過去でもなく、心の内に秘めた想いに胸を締め付けられながら、セージは窓の外からロビーに入り込んできた朝日を眩しそうに眺め続けた。






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