赤き血団の結末
冒険者ギルドに侵攻を企てた一味は壊滅。損害、百七十八名という戦死者を出した傭兵部隊は重装歩兵二十二名を残し、対する救援に駆けつけた騎兵隊の損害及び冒険者の死傷者はゼロという圧倒的なまでの戦果の違いは、戦慣れしていた「赤き血団」を前にして奇跡的とも言える。
それは、騎兵隊に対抗しうる殿の槍持ちの軽歩兵隊と弓兵隊をあらかじめセージが壊滅させた事と、前衛列の軽歩兵隊が冒険者を脅威とみなさず不用意に側面を曝け出した事により上空からの弓の斉射に甚大な損害を被り、騎兵隊の突撃を満足な陣形で受け止める事が出来ずに一方的に制圧された事が大きく、何よりセージ・ニコラーエフという化け物じみた黒騎兵の戦闘力の前に壁として立ち回るべき重装歩兵が実力を発揮する事なく多くが討ち取られた事が決定的戦力差を生み、指揮官であった傭兵団幹部ベイグの一騎討ちの敗北が決め手となった。
そして、投降した副官のテルーガと重装歩兵隊の生存者は武装を解除された上で冒険者ギルド地下に当面幽閉される事になり、後続の騎兵隊二十五騎の到着を持っていよいよ勝ち目が無い事を悟った傭兵達は大人しく従っていた。
冒険者の多くは、騎兵隊隊長、騎士ガッシュ・ダナンシュの名の下に徴兵を受け、三十人からの歩兵隊が急遽組織される事となったが、全冒険者の総数からすると僅か五分の一という少なさである。
反撃を企てた女冒険者達は自主的に参戦を決意したため、別枠に組織された事を除いたとしても、八十人の冒険者は士気の低さ、というよりガッシュの目から見てあまりにも臆病であった為に全体の士気に関わると従軍を免除されたのはあまりにも情け無い結果であった。
そして、その様子を遠くの建物から伺っていた傭兵の偵察兵がその情報を赤き血団本隊に持ち帰ると、盗賊ギルドである町の東地区中央に位置する大きな館を包囲していた本隊は直ちに撤退を決断する。
現在指揮を取るファンガン・ローという人物は白い薄金鎧の下に上質な袴を着込んだ出で立ちに背中に両手棍という特殊な装備をした武人で、顔も鼻から前頭部までを守る白い虎の面で隠した小柄な人物だった。
小柄でありながら類稀な武術の達人と知られ、黒騎兵同様戦場のあらゆるモノを利用して戦うことでも名を馳せており一説によると赤き血団最強の戦士と噂されていたが、同時に隊の軍師を務めていた人物でもあり損害の如何により早々と撤退を決断したのは流石と言えようか。
(ベイグめ・・・冒険者相手に手をこまねいた挙句、騎兵隊の到着を許した上ほぼ全ての戦力を失うとは)
撤退の道中、彼に続く傭兵達の目は不満の色が強く、幾人かは町を出る前に離脱して略奪に走る者も少なくなかった。
ファンガン・ローは軍師であっても指揮官の器ではなく、何より赤き血団の素行の悪さには愛想が尽きていた為、離脱を止めるような事はせずに町を後にする。
隊伍も乱れた行軍はコラキアを離れてしばらくすると、各分隊の間隔も広くなっていき、他所の町へと続く交差路に差し掛かる時には各兵士長が隊員を率いて次々と離脱して行き、三百はいた兵も最後にはファンガン・ローの副官であるゴンゾン・ウガルという茶色い毛皮鎧に戦鎚を装備した大男と僅か二十人足らずの軽歩兵のみとなっていた。
ゴンゾン・ウガルが口少なくローを見て言う。
「これで良かったのでしょうか」
ファンガン・ローは苦笑まじりに言う。
「仕方なかろう。あのまま戦っても、五十騎の騎兵隊と黒騎兵、さらに徴兵された冒険者に盗賊ギルドの戦闘員を前にしては物量はほぼ互角。それどころか騎兵を持たない我が方は敗北は必須の状況。無駄死にしたかったのか?」
「そうではありませんが、コレでは伯爵閣下に依頼破棄と見なされても・・・。依頼未達成で破棄では、損害賠償金を要求されかねません」
「敵に黒騎兵がいると言う情報は無かった。そもそもクベールト・ゲーリーが性奴隷欲しさに蜂の巣を突くような真似をしなければ、黒騎兵は少なくとも敵にならなかったかも知れない」
「領民の盗賊ギルドへの評価を下げる意味合いがあると・・・」
「そんなモノは建前だ。ケツモチについた宿が数軒イタズラに手を出した所で民に寄り添うギルドの評価など簡単に揺るぐものか!」
「お陰で我等の目的は達せられず、と言う訳ですな」
「忌々しい・・・。どの面下げて帰れると言うのか。赤き血団の戦果の殆どが異種族への略奪だなどと知っていれば、隠蓑に使うべくも無かったと言うのに」
「巧みに捏造されておりましたからね?」
「まぁよい! 南下する途中にあるミスレ村で休息を取ったら、今一度コラキアに向かう」
チラと後ろを伺うと、二十人いた軽歩兵の姿も何処へかと消えていた。
「兵は全て離反したようですが?」
一瞬呆気にとられて肩を落とすが、すぐに肩を怒らせて歩き始める。
「所詮は外道の集まりだ! どこででも野垂れ死ねばいい!!」
「野垂れ死んで、くれれば良いのですが」
「うるさい、黙って歩けゴンゾン・ウガル・・・」
「御意・・・」
大小の凸凹コンビは、全てを失い、あるいは手放し、彼ら自身の目的に向けて再度検討し直さねばならなかった。
職人の集まる集落、ミスレ村は宿は風呂無しの一軒しかない。
熱りが冷めるまでは滞在する必要があったが、どうにも気持ちの萎える状況にファンガン・ローは憂鬱な気分になり、表情の見えない仮面の裏で眉間にシワを寄せて顔を曇らせた。