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コラキア奪還戦、その8

「狙って・・・」


 宿の通路に並ぶ十の窓から短弓ショートボウで地上を狙う冒険者の女達は、弓を引き絞りつつハンナの号令を待った。


「狙って・・・」


 一番近い軽歩兵の集団に狙いを定めつつ、号令を待つ一同の目線に、緊張からくる焦りの色が目立つ。

 攻撃の号令は未だ出されない。

 ハンナもまた、自ら弓を構えて戦況を見ながら緊張に震える指が痙攣して誤射しないよう細心の注意を払う。

 セージが敵陣の後方で単身戦う姿が見えた。

 単独で怪力にモノを言わせてすでに三十の敵を倒す姿は、鬼神を思わせる。


(まるで大地の父神、アルカ・イゼスのよう・・・。我らの父にして、戦の神。アルカ・イゼス・・・)


 彼女の信仰する神に姿を重ねて瞳が潤む。

 天神サーラーナに仕える神の一柱、大地の神アルカ・イゼスは戦の神であり、子孫繁栄も守護する。


(ハーピーの王・・・我らの王・・・)


 彼の戦いを見れば、戦意も高揚する。

 だが、まだだ。まだ、攻撃の時ではない。

 後衛を尽く倒したセージだが、重装歩兵の壁の前に攻めあぐねる。

 今こそ攻撃に移りたいが、まだ遠い。きっと盾に阻まれて満足な戦果は得られない。

 耐えて叫んだ。


「狙って・・・!」


 いつまでよ、と、どこからか呟きが聞こえる。

 ジリジリと重装歩兵の壁がセージに迫って行く。

 だめだ、敵の陣営が遠ざかる。

 そっちじゃない。だが、流石のセージも武器が敵から奪った短槍ジャベリンでは甲冑プレートメイルを着た相手に満足な圧力は与えられない。きっとセージの力で攻撃すれば一人は確実に倒せるのだろうが、代償に短槍は砕けて折れてしまうだろう。

 そうなれば、甲冑を着た重装歩兵に全包囲を囲まれて身動きを奪われ、敗北する。

 それが分かるからこそ、彼も攻めあぐねているのだ。

 せめて、あの時、初めて彼がギルドの前で戦って見せた時のように両刃斧バトルアックスを使っていれば、片っ端から打ち倒して行ったであろうに。

 救援の意味も含めて、攻撃すべきかと決断を逡巡した時、通りの向こうから騎馬の一団が姿を現して目を見張る。

 前から二列目の騎兵の斧槍ハルバードに、エッソス家と王国軍の刺繍が施された三角の旗が閃いている。


突撃チャージ!!』


 二列縦隊の騎兵隊は左右に広く分かれて傭兵団の両脇に食らいつき、すれ違いざまに斧槍で突き、叩きつけ、端部列の歩兵を蹴散らして冒険者ギルド正面の通りまで突き抜けて左右に列を乱さずに疾走する。

 敵の指揮官の怒声が響いた。


『狼狽えるな! 軽歩兵隊、構え、槍! 再突入に備えろ!!』


『『『『『オウッ!!』』』』』


 軽歩兵隊がギルド正面の大通りに殺到して左右に分かれ、盾を掲げて槍を突き出す対騎馬戦の構えを取る。

 十分な近距離に、敵の側面がさらけ出された。


(今だ!)

「攻撃開始!!」


 ハンナが号令を発して敵側面に矢を放った。


「「「「「うわー!!」」」」」


 他の冒険者達も一斉に弓を射かけた。





「なんだ!?」

「側面! 防御! 側面!!」


 騎兵隊の突撃に多くの仲間を倒され、迎撃陣形に移ったところで突然冒険者ギルドの上から弓を射かけられ、十人近くが首に、肩に、脇腹に矢を受けて倒れる。

 さらに二射、三射と射かけられて咄嗟に盾をギルド側に向けてしまう。

 ガッシュは戦況を見て咄嗟に指示を変えた。


「全騎横列突撃態勢!!」


 騎首を敵陣に直しながら素早く縦列から横列に陣形を組み直す騎兵隊。

 浮き足立ちながら軽歩兵隊隊長が指示を出す。


「弓に構うな! 対突撃防御!!」


 防御陣形を再開する傭兵に向けて、ハンナがさらに号令を発する。


「敵は浮き足立っている! 攻撃続け!!」


 矢の雨が軽歩兵隊に降り注ぎ、傭兵達はまたも弓矢に意識を向けてしまう。

 決定的な致命傷になった。

 ガッシュが号令をかける。


「ノアキア第一騎兵隊! 突撃チャージ!!」


 陣形のまばらな軽歩兵隊はすでに半数が脱落していた。

 そこにガッシュ率いる騎兵隊の挟撃で、騎馬の壁で食い潰される軽歩兵隊。

 左右から駆け抜ける騎兵隊がすれ違い、去った後には、無事に立つ歩兵は一人もいなかった。

 あっという間の出来事に、指揮官のベイグが血の気の引いた顔で唇を震わせる。


「たかが二十騎程度の騎兵に・・・軽歩兵隊が全滅・・・?」


 息を飲み、右手で顔を拭った時、後方で、重装歩兵の向こうで咆哮が上がった。


「うおお!!」


 黒い毛皮鎧の男、セージが短槍を振り回して正面の二人の顔面を叩き抜く。

 甲冑兜アーメットがくの字にひしゃげて兵達が倒れる姿と、砕けて宙を舞う短槍の残骸がベイグ達の目に入って来た。

 男達が倒れる間に、黒い毛皮鎧の男が戦棍メイスを奪い取り、左右の手に握りしめる。

 まずい、と思った時には、竜巻のような戦棍の猛攻が重装歩兵隊に襲いかかっていた。

 丸盾ラウンドシールドが砕けて宙を舞う。

 甲冑兜アーメットごと頭を潰されて崩折れる者。

 胸部装甲ボディアーマーごと肋骨を叩き潰されて悶絶する者。

 首筋に戦棍を叩き込まれ首の骨をへし折られて絶命する者。

 黒い毛皮鎧の男の、圧倒的な圧力に、重装歩兵隊は浮き足立った。

 甲冑の重厚な質量で怯まず盾を掲げて四方から押さえつけられたら、さしもの怪力を誇るセージもあるいは、という事があったかもしれない。

 だが、浮き足立ち、隊伍を乱した重装歩兵隊はセージにとっては鈍重な鉄の塊でしかなく、振るう戦棍メイスに右往左往する相手の隙間を突いては一人、また一人と屠っていく。

 彼の戦いぶりを軽歩兵隊を全滅させたガッシュが眺めて言った。


「このままだと全滅するぞ。たった一人の黒騎兵チョルナカヴァレリャの為にな。指揮官は貴様か、それとも貴様か」ベイグとテルーガに斧槍の切先を向ける「どうなのだ。このまま我らと戦い全滅するか否か」


 黒騎兵という言葉を聞いて、ベイグは冗談でも聞いたように歪んだ笑みを浮かべ、テルーガは恐怖に顔を引き攣らせた。

 動揺して騎兵隊と重装歩兵隊を見比べるテルーガ。


黒騎兵チョルナカヴァレリャ・・・。一騎当千の北の殺戮兵・・・」


 ベイグはしかし、鼻で笑う。


「黒騎兵ならば何故騎乗していない。漆黒の鉄兜サーリットに漆黒の鎖帷子チェーンメイル、右胸に銀の鎌のバッジ。そのどれも付けていない。怪力自慢の紛い物だ」


 笑うベイグに、ガッシュが冷淡な視線を投げかけて言った。


「では、どうする」


「一騎討ちを申し込む!!」


 さらに動揺した重装歩兵隊がセージから一気に距離を開き、セージもまた追撃はせずに声の主をじっと見据える。

 声の主、ベイグが長剣を抜刀して切先でセージを指して言った。


「まずは貴様だ! 黒騎兵チョルナカヴァレリャを騙る黒い毛皮鎧ファーアーマーの戦士よ。貴様を我が剣技で細切れにしてくれる。その後で、」くるりと振り返ってガッシュを指し「貴様だ。騎兵隊の隊長」


「そうか。どっちにしても貴様の敗北は隊の命運を握っている。好きにする事だ」


 楽しげにガッシュが言うと、セージが不機嫌そうに喚いた。


「おい、ふざけるなよ力自慢。そこは貴様の出番だろうが」


「悪いな、北の野人。ご指名だ。文句を言わずに武器を掲げろ」


「クソ野郎が・・・」


 セージが左手の戦棍を投げ捨てて地面に落ちた丸盾ラウンドシールドを拾うと、丸盾を前面に掲げて戦棍を右腰に力を溜めるように構え、姿勢をやや低くする。

 長剣を構えたベイグがほくそ笑んだ。


(馬鹿が。貴様の鎧で我が剣は防げん。武器のリーチの差も歴然としている。あの怪力男を一撃で屠れば、味方の士気も戻る。そうすれば、重装歩兵隊の前に二十数騎の騎兵など恐るるに足りん)


 この時点で、すでに重装歩兵の半数が脱落しており、たとえセージに勝てたとしてもガッシュ率いる騎兵隊の敵ではなく、戦況を見て冒険者達も合流してくればどうなるかは明らかだったのだが、状況の変化にベイグの頭はついていけておらず、降伏すると言う選択肢が欠落していた。

 テルーガはといえば、付近の民家、鎧戸で閉ざされた商店の前に背中を預けて固唾を飲んで事態を見守る。

 冒険者ギルドのスイングドアを潜り、事態を静観していた冒険者達がポツリポツリと姿を現し始めていた。

 ギルド三階に陣取って弓を構えていた女達も、武器を下ろして固唾を飲んで見守る。

 セージがベイグに向かって至極機嫌悪そうに言った。


「それで、どう死にたい」


「ははは! 気でも狂ったか!? 長剣ロングソード相手に戦棍メイスで何が出来る」


「知りたいか」


「最早問答無用。死ね、黒い者よ!」


 狂気に歪んだ笑みを浮かべてベイグが駆ける。

 セージもまた、大きく前に踏み出して盾を胸の高さに掲げた。

 ベイグの剣が弧を描いて踊る。

 セージの盾が頭上に掲げられて剣を受け止めると同時に戦棍を持つ右手が前に突き出され、戦棍が手の中から解き放たれた。

 勢い、ベイグの胸部中央に戦棍の重い先端が激突して彼の体がよろめく。

 態勢を崩したベイグに、盾を掲げて体当たりを喰らわして転ばせると、セージは左足で剣を持つ右手首を踏みつけて叩き折り、右足でベイグの首筋を踏みつけて言った。


「技術だけで勝てると思ったのか。闘技場の試合じゃない。コイツは戦争なんだぞ」


 何が起こったか分からずに訳もわからずセージを見上げるベイグ。

 セージは冷酷に言った。


「俺の家族に手を出しやがって。クタバレ、クソ野郎」


 右足に力を込める。


「うぎ、ぐが・・・」


 叙々に、叙々に。


「ぐ・・・ぎぎ・・・がァ・・・!?」


 ゴキリ・・・と、生木の折れるような不快な音が響き、ベイグの首が折れた。

 がくりと力なく首が横を向く。

 テルーガがその場にへたり込んで茫然とし、生き残った重装歩兵達も手にした武器を尽く地面に落として膝をついた。

 ガッシュがテルーガに近付いて斧槍ハルバードの切先を向ける。


「降伏でいいのか、傭兵」


「降伏する・・・命だけは助けてくれ・・・」


「それは御領主様がお決めになる。貴様達を拘束する」


 ガッシュの言葉を聞き、ケレスが野次馬に出てきた冒険者達に命じた。


「ロープを持ってこい! コイツらを縛り上げろ!」


 怒鳴りつけられて何人かの冒険者がギルドに駆け戻っていく。

 冒険者ギルドを襲った傭兵は、ほとんどの兵を失い、敗北した。

 ギルド三階から、喝采が上がる。

 セージが見上げると、窓からラーラ、レナ、フラニーが安堵の表情で微笑みかけ、アミナが満面の笑みを浮かべて手を振ってきているのを見て浅くため息を吐く。

 窓から子供(子ハーピー)達がひょっこりと顔を出すや、窓枠に這い上って建物から飛び降りた。


「おい!?」


 慌てて一歩踏み出すセージに向かって、心配をよそに風に乗ってセージ目掛けて飛翔する子供達。

 次々に彼の両腕肩にとまり、右腹部にとまり、「チチチチ」と甘えて鳴き出すと、彼は代わる代わる頭を撫でてやりながら呟いた。


「無事でよかった。お前ら」


「「「おとうちゃん〜」」」


 セージの、父親の帰還に安心した子供達は、ようやく言葉を取り戻した。






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