コラキア奪還戦、その4
冒険者ギルドの中では、冒険者達は鎧戸という鎧戸を閉めて籠城の態勢に入っていた。
敵が突入してきた時を考えて、テーブルを立ててバリケードまで立てている。
『出てこい! 冒険者共! テメーらは腰抜けの集まりか!』
『ついてる物もついてねぇのかあ!? ここは養護施設かよ!!』
『ママのオッパイでもしゃぶってんのか!? おい、腰抜け共!!』
外から浴びせられる罵詈雑言に、冒険者の男達は震え上がってしまっていた。
傭兵団、赤い血団が町に入ってきたのが昨日の夕刻辺りだっただろうか。
北に遠征に行く傭兵の一団があると噂になったのも一瞬の事。奴らはコラキアで宿を取ると嘯いて町内を武装したまま歩き、町の方々に散ったように見せかけて裏路地などを利用して冒険者ギルドの正面玄関口に集結すると直ちに隊列を組み、全ての冒険者の武装解除、及び降伏、さらには建物の明け渡しを要求してきたのだ。
これに腹を立てたコラキアで最も経験の豊富な冒険者五人からなるパーティが、完全武装で傭兵達の前にまず立ち向かって行った。
レベル5の戦士が一人、レベル4の戦士が三人、レベル3の神官が一人からなる依頼達成率の最も高かった彼等は、勇んでスイングドアをくぐって傭兵達の前に姿を晒すと、傭兵達は弓兵数十人からの弓の一斉射でいとも簡単に彼等の命を奪う。
数々の魔物や亜人と戦い、勝利してきたコラキアギルドきっての高レベル冒険者達も、戦争経験はなく、単純な物量の前にあっさりと敗北を喫すると、他の冒険者達は一様に戦意喪失して立て篭る有様だ。
盗賊ギルドから、マーシャーズ・インに宿泊していたレナ達一行の事を聞き、ガラの悪い傭兵団とセージが揉めて彼自身は御領主の城に連行された事を知って迎えに出たハンナをリーダーにした女冒険者四人がラーラ達ハーピーを含む一行を冒険者ギルドまで案内してきた時には、すでに正面玄関を押さえられており、やむなく裏口から中に入ったのだが・・・。
男達が知らずのうちに戦端を切った挙句、手も足も出ずにただ高レベル者の死人を出してしまったことに、ハンナは愕然としていた。
他の女冒険者はと言うと、どうやら対岸の火事程度にしか思っておらず、まるで見せ物のように戦いを見ていただけだったと言う。
「それで、名だたる冒険者が五人も無駄に命落としてちゃあ世話無いわね」
とは、開口一番のレナの言葉だ。
日を跨ぎ、傭兵団の冒険者達を罵る言葉が呪文のように繰り返されるようになると、男女問わず冒険者達は戦意を削がれていき、午後に入る頃には正規兵も盗賊ギルドも誰も手を差し伸べにくる気配も無くいよいよ敵の突入が秒読みかと言う状況の中、レナはラーラ、フラニー、アミナ、そして子供達とギルド三階の表通りに面した通路に腰を下ろして罵詈雑言を背景曲に天井を見上げて呆けていた。
人間の奏でる大声の低俗な言葉の嵐に、子供達、アルア、ビーニ、チェータは文字通り言葉を失い、今や鳥の声で鳴くことしかできなくなってしまっている。
通路の左右に視線を巡らせると、各部屋の扉は開け放たれており、レナ達を守ると言って一緒に上がってきていた女冒険者の中にも半ベソをかくような者が半分を占めてきており、限界を感じさせていた。
「こんな時に、お父さんは何してるのよ・・・」
以前のゲーム脳だったら、こんな状況すらイベントだと楽しんでいたかもしれない。
だが、レナ・アリーントーンを、小坂部麗奈を導いた転生者の男は、領主の城に連行されたきり戻ってきてはいない。
こうなったら、会得したばかりの勇者スキルで斬り込んで敵将の首だけでも獲るかと悩んでラーラとアミナの方を見ると、二人は一切の動揺をすることなくじっと小さく鳴く子供達をあやし続けているのを見て何故こうも堂々としていられるのだろうと疑問に思う。
その顔を見てか、ラーラは少し笑って言った。
「私だって怖がっているわ。そんな顔しないで」
「え、いや、そんな顔って?」
動揺するレナに、首を小刻みに左右に振って微笑むラーラ。
「そう言う顔よ。まるで得体の知れないものを見るような」
「そんな顔してない!」
「不安なのはみんな一緒よ。けれど、セージが必ず来てくれるって信じているもの」
ラーラの言葉に、微笑んで頷くアミナ・メイナ。
レナとラーラの会話を聞いていたのか、カリマール村のハンナが近くに来て腰掛け、部屋側の壁に寄り掛かって言った。
「ごめんなさい、皆さんを連れてきておいて。まさか傭兵団の狙いがここだとは・・・」
頭を垂れるハンナに、ラーラは困ったように見て言った。
「まさか、頭を獲られたのに元気いっぱいで攻撃的になるなんて、誰も想像できないわ」
「私は、統率を失った彼等が暴徒化する危険があると判断して皆さんをここへ連れてきました。それが、組織力が衰えるどころか戦闘行為に走るなどと・・・」
ハンナの言葉に、フラニーが肩をすくめて見せる。
「傭兵は曲がりなりにも組織よ。規模はどうあれ軍隊なの。頭の一つや二つ潰した所で、別のやつが指揮を引き継ぐのは当たり前。ただ私が誤算だったのは、あの時、あの部屋で、セージに殺された連中が全員頭ってわけじゃなかったって事かしらね。ムカつくほど元気いっぱいで困っちゃう」
「そうですね・・・。それにしても、男共のなんて頼りない・・・」
嘆くハンナに、彼女の同僚らしき緑色のふっくらとした髪の所々を細い金と銀の蛇鎖で飾った目鼻立ちの良い娘が軽く笑い飛ばした。
「嘆くだけ無駄ですわ。カリマール村のハンナ。冒険者の男なんて烏合の衆ですもの。比べて傭兵は、素行こそチンピラですけど、戦場に身を置くだけあって組織というものを理解しています。私達が思っているよりも、ずっとタフな集団ですわ」
緑色のふっくらとした髪を金銀の蛇鎖で飾る娘を見て、レナが不快感をあらわにして軽く睨みつけた。
「アンタ、ラーティファ・ヘインケイルだったっけ?」
「ラーティファ・ヘレン・ヘインケイル。王国貴族に名を連ねる、ヘインケイル伯爵家の娘ですわ。名前くらいまともに覚えなさいな下層民の東洋人」
「アンタさ、傭兵についても詳しいんだったらなんか打開策とか無いわけ?」
「ありませんわね。ま、せめて私達女だけでもまとまって抵抗しようじゃありませんの。薄汚い逸物を噛みちぎって差し上げますわ」
「貴族の令嬢の言葉じゃ無いわね・・・」
「変に言葉尻だけ着飾って見せても、そんな上辺だけの上品さだけでは冒険者は務まりませんから」
「なんだろう・・・。妙に親近感が湧くわ」
「私は湧きません。東洋人」
ガンッ! と、硬い何かが窓の鎧戸を打ち据えて、皆の肩がビクリと跳ね上がる。
『おらぁ! いつまでビビってんだ!? 威勢が良かったのは最初の五人だけかあ!?』
再び鎧戸を硬いものが打ち据える。
どうやら石を投擲してきているようだ。
ラーティファはハンナに目配せをして言った。
「弓と矢をありったけ集めましょう」
「どうするの、ティファ?」
「いい加減傭兵共の素行の悪さには限界ですわ。こちらも反撃の準備をしておかないとですしね」
ラーティファの言葉にレナも同調する。
「そうね。こっちも反撃といきたい所よね」
「無駄にレベルが高いだけの素人は黙っていらっしゃい」
「ムカつく言い方だね!?」
「貴女がセージ様の元にいるのが未だに信じられませんわ。セージ様の傍に立つべきなのは、この、私だと言うのに」
「いき遅れのお姉さんに言われたく無いんですけど」
「い、いき遅れですって!?」
血相を変えて怒るラーティファを見て、フラニーが哀しそうに笑う。
「レナ、それは言い過ぎよ。私なんてこう見えて三十路なんだから・・・」
「フラニーはエルフだからいき遅れじゃないっしょ。エルフの人生は長いんだしさ」
「幻想種じゃ無いんだから・・・。人間よりせいぜい三、四十年長く生きるだけよ・・・」
「うわー、中途半端」
「中途半端ゆーな!!」
ゴツンっと、さらに鎧戸に投石が当たる。
子供達が怖がって騒ぎ出した。
「キューキュー! キケケケケケケケッ!」
「キョワー・・・キョワー・・・キョワー・・・!」
「キーキクククククククククッ」
「大丈夫よ、みんな。大丈夫。ママがついているからね」
ラーラが翼を広げると、その内に這い寄り、彼女の腰や太腿に抱きついて「クククククッ」と怯えるように喉を震わせる子供達。
レナが我慢出来なくなって腰を浮かせた。
「全員に声かけて、戦える人だけでも突っ込む?」
「東洋人はおバカなのかしら」
「何よ、なんかいい方法でもあるわけ? 鳥の巣みたいな頭しちゃってさ!」
「鳥の巣!?」
「緑色の頭に巻きついてるチェーンが枯れ枝みたいで痛々しい!!」
「くっ、この、下層民が!」
「その下層民しかいない冒険者やってるアンタって寂しい人?」
「なんて不躾な人でしょう! 教養も何もあったものじゃない!」
「冒険者に教養求められてもね」
「ちょっと、いい加減にしなさいレナ!」
フラニーが流石に止めに入った。
「ラーティファが私達の持っていない物を持っているからって、所詮は形の無い権力にも満たないものよ。羨ましがっている暇があったらみんなをまとめないと!」
「微妙にフォローになっていないのがムカつきますわねこのエルフ」
「で、誰が指揮を取るのよ。私? それとも貴女?」
フラニーの挑発的な提案に、しかしラーティファは首を振ってハンナに微笑んで見せた。
「ハンナに決まっているじゃありませんの」
「「「はあー!?」」」
一同が驚く。
ラーティファはさも当然のように続けた。
「ハンナはカリマール村で幾度となく攻めて来たゴブリンを討伐した傭兵団の団長の娘ですわ」
「ひい!? ラーティファそれは内緒にしてって!?」
「心を決めなさいハンナ! それでもセージ様の施しを最初に受けた女ですか!?」
「そ、それは関係ないと思う、けど・・・!」
アミナがそこに割って入って言った。
「まあ!? ハンナさんはセージ様の従者の方だったのですね!?」
「いや、話ややこしくなるからここで入って行かないでアミナ・・・」
止めるフラニー。
くるりと向き直ってアミナは小首を傾げた。
「私はハンナ様という仲間を得られてとても心強いのです。フラニーお姉様もそうです。私達みんなでセージ様をお迎えしなくては」
「それよりも、今、この時をどう切り抜けるかなんですけど!?」
レナが叫ぶと、アミナは動じることもなく言ってのけた。
「私にはわかります。セージ様はすぐ近くまで来ています。反撃の時は間近です」
アミナの言葉に、子供達の声色が変わった。
「「「ギョヘーッ、ギョヘーッ、ギョヘーッ!!」」」
「まぁ、貴女達ったら! ママはまだ許さないわよ!?」
「え、アルア達どうしたのラーラ?」
冷や汗をかいて翼の内側で騒ぐ子供達を見つめるレナ。
ラーラは困り果てた顔で答えた。
「一緒に戦うって・・・。セージの傍にいるのは自分達だって言いたいみたい」
「ふ・・・、どこぞの東洋人と違って見込みがありますわね。私と肩を並べたいだなんて」
「言っておくけど、夫の側には近寄らせないわよ?」
「「夫!?」」
ハンナとラーティファが仰反るほど驚いて、今まで無口だったハーピーを見る。
ラーラは勝ち誇るように言った。
「セージは私達ハーピーの雄なのだから。私の目に叶う人しか近付かせないのは当然のことよ?」
「「なあっ!?」」
三階の通路にいて通路上に座っていたり、扉を開けて部屋の向こうに待機していた女冒険者達が、わっと腰を浮かせてラーラの方に注目する。
ちょっと怖くなって、それでも負けじとラーラはみんなを見渡して言った。
「私はやたらとセージが他の女に子を宿すのは許さないわ。セージは私達ハーピーのものだもの。私が浮気を許すのは私が認めた女だけ。理解してもらえたかしら?」
「「「「「わかりました! お母様と呼ばせて下さい!!」」」」」
「あ、あら?」
何故か妙に士気の上がった女冒険者達は、ハンナとラーティファの指揮の下、急速に戦支度を開始する。
弓と矢を集めに階下の武器庫に走る者、鎧戸をそっと開けて傭兵団の隊列を確認する者、各々の装具品や手持ちの武器に不備が無いか点検する者。
奇妙な団結を発揮し出した女達に、ラーラは困ってオロオロし出し、セージの為に人間達が団結を始めたことに子供達は嬉しそうに「キューキョロロロ」と歓声にも似た鳴き声を上げていた。
「何故こうなる・・・」
驚きを隠せないレナは呆然と準備に走る女冒険者達を眺め、アミナが誇らしげに笑顔で胸の前に両手を組み、フラニーは呆れるようにしながらも女達の戦支度を手伝い出していた。
「おかしいわね・・・。諦めるか私と敵対するものだと思っていたのだけれど・・・」
とんだ誤算に、ラーラは涙目になっていた。




