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コラキア奪還戦、その2

 コラキア北門、城壁上の歩廊に立哨する兵士が二人北側を遠く望んで監視を続けていた。

 街道の先に騎兵の一団を見て目を凝らす。


「お、おい、アレ」


「ああ、エッソス城の騎兵だな・・・」


 兵士達は、友軍が現れたのを見たにも関わらず、何もしようとする気配は無い。

 徐々に騎兵隊が近づいてくるのを見て、ようやく一人が城壁下の詰所に通じる真鍮の伝声管の上蓋を開けて通話を試みた。


「報告、街道北側より騎兵隊の接近を確認。どうしましょうか?」


『何!? なんて間が悪い・・・』


 まず門を守る衛兵の指揮官である兵士長の声が聞こえたが、伝声管の向こうで何やらゴタついているような会話が聞こえて来て反響が酷くて判別出来ない。

 ややあって、


『逐一報告せよ!』


 とだけ兵士長の命令が聞こえた後、伝声管の蓋を閉じるくぐもった金属音が聞こえて沈黙した。

 顔を見合わせてから街道の向こうに見える騎兵隊を見る歩哨の兵士達。

 騎兵隊が左右に展開して、先頭の二騎がコラキアに向けて軽快な足取りで馬を進めて来るのを目に留めて息を飲んだ。


「騎兵・・・一般兵か?」


「だが、隣の黒い鎧の方は・・・!」


「山の隠者。もしかしたら、アイツならどうにかしてくれるんじゃないか」


「山の隠者だぞ!? 報告しないと・・・」


 怯える兵士に向かって、一方の兵士は震える手を見下ろしながら静かに言った。


「報告はするさ。連絡兵が来るって。だが、全て馬鹿正直に話さなくたっていい」


黒騎兵チョルナカヴァレリャが、俺達を生かしておくと思うか!?」


「じゃあ、このまま町を、あの傭兵共に好きにさせるのか・・・!」


 揉めている間にもゆったりと進んでくる二騎の騎兵。

 兵士達はその姿を固唾を飲んで見守った。





「サー・ガッシュ、そろそろ弓の届く距離です」


 騎兵隊、先頭にガッシュが立ち、セージを横に並べて進む中、直後を走るガッシュの部下が囁くように言った。

 左手を上げて行軍を停止させ、ガッシュは後方に向かって大きな声で命令を発した。


「全隊横列! 左右に展開! カレン・ターリス、門の状況はどうだ」


 頭だけガッシュに向け、カレンが声を張り上げた。


「変化無し! 城壁歩廊上の兵士達は何やら戸惑っている様子です」


「御領主直属の我らを見て尻込みするとは。王国正規兵も落ちたものだ!」


 不満げに愚痴を零すガッシュに、呆れ顔でセージが言う。


「辺境に送られて来る兵士にそんな気概などある訳もなかろう」


「エッソス領を辺境と宣うか、北の野人!」


「ロレンシア帝国領と最も近しい山脈を隔てたこの地は最前線だ。辺境以外の何物でもないだろう。その領主の直属の貴様らがどんなに愛国心があろうと、士気が高かろうと、直接指揮を取る王家の者や王家直属の将軍から遠く離れた町の兵隊に何を決断出来る。そう言う目で見るなら、貴様が面倒を見れば良かっただろう」


「王国正規兵は立場上は我らの上だ。順序が違う」


「帝国は貴族の私兵こそが正規兵だった。そこが、王国軍との強さの違いだな」


「国王直属の兵がいるからこそ、トーナ王国は大陸一繁栄しているのだ」


白トカゲ人(スノーリザードマン)相手に、指示の行き届かない鈍臭い兵士でどこまで戦えるかな」


「ここは北の辺境ではないぞ、北の野人!」


 問答する二人に、ガッシュの左に立つ騎兵が口を挟んできた。


「サー、どうしましょうか。他の門に回るという手もございますが」


 口黙るガッシュに、セージが鼻で笑い、ガッシュは深く息を吐いて言った。


「ケレス兵士長、セージと共に連絡兵として門に向かえ。行ってくれるな、北の野人」


「家族が町にいなければ、貴様の命などクソ食らえだがな」


「ぬかせ! 状況次第では?」


「兵を斬ってでも門は開けさせる」


「・・・すまんな」


「貴様も焼きが廻ったか、力自慢のガッシュ。この俺にそんな口をきくとは」


「家族にうつつを抜かす貴様ほどではないがな、北の野人」


「ふん・・・」


 セージが馬を前に出す。

 ガッシュ配下のケレスもセージを追って馬を出した。

 叙々に城壁が近づいてくる。

 セージの目でも城壁上の歩哨の動きがわかる距離に差しかかり、セージはケレスに指示を出した。


「手綱無しでも馬は操れるな」


「ええ、問題ありません」


「背中の半凧盾ヒーターシールドを左手に構えろ。矢は腹に当たっても帷子を抜かれる事はそうそう無いだろうが、鉄兜サーリットの隙間をぬって目や顎に食らったら致命傷になる。頭を守っておけ」


 言われた通りに左手で器用に盾を背中から外すと、ケレスは左手に胸よりやや上に盾を構え、すぐに顔面を守れるよう気を配る。

 セージをチラと伺って言った。


「サー・セージ、申し訳ありません。自分だけ盾を・・・」


「気にするな。俺は矢くらい剣で叩き落とせる。それと、俺は騎士じゃない」


「我らにとっては同じ事です」


「騎士はこんな汚れ仕事はせんさ」


 やがて、二人の騎乗する馬が門に到達するや、一つの問答も無く下された格子状の城門がギリギリと縄を絞る音を立てて開けられていった。

 怪訝そうにケレスが城門の下部先端の鋭利な尖部を睨みつける。


「どういう事でしょう。何の問答も無しに門を開くなど」


 セージは物言わず馬を降りると、素剣ノーマルソードを抜刀して言った。


「見てくる。何かあれば全力で隊に合流しろ」


「サーはどうなさるのです!?」


「騎士じゃないと言った。汚れ仕事は任せておけ」


 言うなりセージは小走りで門をくぐる。

 いきなり落ちてきて鋭利な先端で牙を剥く、というような事は無かったことにケレスは安堵する。

 セージは門をくぐるや左右の兵舎を素早く見渡して警戒した。

 右手の兵舎の脇に立っていた女兵士が、音を立てまいと小走りでセージに近付いて跪いて来る。

 それを無言で睨み下ろすセージ・ニコラーエフ。

 兵士は地肌の露出した道に、右腰の短剣を素早く引き抜いて四角形を描く。

 入口のマークを入れ、向かいの線の内側に丸を五つ、手前の線の内側にバツを四つ、中央にバツを一つ付けそして、哀願するようにセージを見上げる。

 セージはしばらく、彼女の視線から思考を読み取る為に目を逸らさずに見つめ続け、やがて本心からであり意図する所が無いと判断するや、静かに、ゆっくりと、いつでも剣を振るえるよう腰を落として兵舎の扉へ近付いていく。

 扉に耳を近付けると、


『合図がこねぇな。まさか裏切ったんじゃねぇだろうな』

『顔見知りがいないとは限りませんから。今少しお待ちを・・・』

『裏切ったらどうなるか分かってるよな』

『それはもう・・・、傭兵団の皆様にはこれからもお世話になりますので・・・』

『分かってるんなら、いいんだぜ』


 声色から正規兵が傭兵に脅されていると察して、セージは扉を右脚で蹴破って兵舎内に踊り込むと中は騒然となるが、さすが傭兵の行動は早かった。直ちに抜刀してセージの方を振り向く。

 が、相手を知らなすぎた。

 傭兵の隊長らしき部屋中央の男が問答を始めてしまう。


「けっ、やっぱり裏切りかよ。だが、相手が悪かったな! たった一人で、」


 言葉が終わらないうちにセージは素剣を下から振りかぶって放り投げる。

 縦に回転して飛翔した素剣は、男の鎧を纏っていない腹部に深々と突き立った。

 何事か分からずに、腹に突き立った剣を見下ろす男。

 いきなり仲間に剣を突き立てられて一瞬動きを止めてしまう傭兵達。

 セージが大きく一歩を踏み出して男の腹に突き立った剣の柄を握ると、力一杯横に90度捻り、


「ぐひっ、ああ!」


 男の悲鳴を無視して右に振り抜いた。

 血が、臓腑が斬り裂かれた腹から床にぶち撒けられる。


「やろう!」

「やりやがったな!!」

「ぶっ殺してやる!」


 傭兵達が気色ばむやセージが振り返って咆哮を上げる。


「うおお!!!!」


 部屋にビリビリと震えて響くセージの咆哮に、室内の全ての者が畏怖を抱き身を縮こませてしまう。

 その一瞬に、セージは風のように動いて傭兵達に駆け寄り、腹を斬り裂き、首筋に剣先を突き刺し、首を跳ね、最後の一人の右眼球に剣先を突き刺して捻り脳を掻き切って、たちまちの内に命を奪った。

 成り行きを見守っていた兵士達は、そのセージのあまりの容赦の無さに震え上がってしまい、床にへたり込んでしまう。

 ぐるりと部屋を見渡し、敵がいなくなった事を確認すると、セージはつまらなそうに鼻を鳴らして何事も無かったかのように部屋を後にした。






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