ノアキア第一騎兵隊、発つ
アニアスに指差されてセージは少し困ったような顔をしたが、すぐに表情を消して言った。
「悪いが急いでいる。遊びに付き合っている暇はない」
背を向けてコラキア方面に歩き始めるセージに、老騎士キンバーデが不思議な物でも見るように問いかける。
「なんと、その方一体どのような罪を犯したと申すか」
セージは面倒くさげに一瞬天を仰ぐと、苛立たしげに老騎士に向き直って言った。
「クソっタレな傭兵共をぶっ殺しただけだ」
「ふむ。戦でもあったのかのう?」
神妙そうな顔で腕を組み、考えるように右手を顎に当てて顔をしかめる老騎士キンバーデ。
アニアスはセージと老騎士のやり取りに、苛立たしげに詰め寄って言った。
「セージ! ともかくアンタは盗賊ギルドとしちゃあ罪人なんだ! 少なくともアタシが首領に報告するまではね。馬車に乗りな、町まで連行するよ」
睨みつけながらも、どこか心配げなアニアスは、線がハッキリとした赤い革鎧に身を包んだ身体を強調するように身を捩り、左腰の小剣に左手を置いて揺らして金属音を立てる。
セージの方もウンザリと言った様子で肩をすくめたが、アニアスの態度にまんざらでもなさそうではあったもののコラキアに向き直り、不機嫌そうに背を向けた。
「若者はいいのう。実に初々しい」
二人のやり取りに老騎士キンバーデは褐色の金髪美女に気の毒そうに視線を向け、その立居姿に目を見開き、朝日に照らされた金髪に驚愕してその両手を取って言った。
「なんと! なんと麗しき!」
「う!? な、何だ貴様!」
「その太陽の加護を受けし小麦色の肌! 後光を照り返せし黄金の髪! 日の光と射抜かんほどに美しい琥珀色の瞳!!」
街道の乾いた土に右膝をつき、左手を胸に、右手をアニアスに差し出して老騎士が吠えた。
「姫様と呼ばせて下さりませ!!」
「ひい!?」
驚いたアニアスは、大慌てでセージの背に隠れた。
セージはというと、呆れ返った様子で跪く老人を哀れむように見下ろしていた。
「ジジイ、あんたの探し物ってのはコイツの事だったのか?」
「探し物とな?」
「違うようだな。違いなら近付くな」
「何を申すか!」
老騎士キンバーデが水を得た魚の如く跳ね上がり、セージの胸元に右手の人差し指を突きつけて言った。
「これほどの美女! これほどのいと美しき女子を見てときめかない男は終わりじゃ! 種として存在価値なぞない!」
「おい俺を指差すんじゃない。意味もわからん」
「美しき女子を守るは騎士の務め! 何卒! 姫様と呼ばせてくだされ!」
「冗談じゃない! なんなんだこの耄碌ジジイは!?」
アニアスがセージの背中にしがみついて身体を隠しながら老人を睨みつけるが、キンバーデはというとまるで意にも介さずに跪いて右手を伸ばしてくる。
「ああ、そのように恥じらうお姿が実に愛らしい!」
「ふざけるな! だいたい、あたしは盗賊ギルドの首領の娘にして、盗賊団アニアス派の最高幹部! その名もアニアス・ケルファトス! テメーみてーな勘違い騎士に懐かれたら迷惑だ!!」
「ご安心召されよ。某、名をキンバーデ・エヴァンデイルと申す王国聖騎士が一人。一度姫と認めた女子の命は必ずお守り通しまするぞ」
「バッカッカッッッッテメーは!! 王国聖騎士なんぞ20年も前に解体されてもう存在すらしてないだろうが!!」
「はて? ですがこのキンバーデめは見目麗しき姫を見出すまではと放浪していた身。こうして出会うたのも何かの縁。いや、運命にござりましょう! さあ、恥ずかしがらずに我が腕の中へ飛び込んで来られよ、姫様!!」
「嫌だよ!! 馬鹿かテメーは!? おい、セージ、なんなんだこのジジイは、あたしの事守ってくれよ!?」
ふ、と興味無さげにため息を吐くセージ。
「まぁ、色恋なんぞ人それぞれだ。頑張る事だな」
「他人事で完結するんじゃない!!」
ドカっとアニアスがセージの背中を殴るがセージは身動ぎもせず、さりとてアニアスを背に庇ったまま老騎士を見下ろして言った。
「まぁ、嫌がる女にしつこく言いよるのも、騎士としてはどうかと思うがな」
「そうだろう!?」
「何を申すか! 見返りの一つも求めずっ、ただひたすらにお守りする事の何がいけないと申すか!?」
キンバーデはセージに詰め寄ると再び胸を右手の人差し指で突いて宣った。
鬱陶しそうにキンバーデの右手を振り払う。
「指差すなと言ったぞ。貴様はストーカーか」
「追跡者じゃと!? なに! どこじゃ!? 見えざる追跡者なんぞこのワシが討滅してくれる!!」
「やれやれ、どこまでも話の通じないジジイだ・・・」
セージはアニアスを庇いながらも、早くコラキアに行きたそうに首を廻らせる。
三人がそうして問答していると、少し離れた場所で焚火に腰掛けて様子を遠巻きに眺めていたイースが立ち上がって、北を指差して叫んだ。
『レディ! 騎兵隊です!』
「「「騎兵隊?」」」
一同が街道の北を見やると、砂塵を上げて騎馬の一団が駆けてくるのを見て緊張した面持ちで身構える。
セージが左腰の素剣に手をかけ、アニアスが腰を僅かに沈めてセージの背を盾にし、キンバーデが斧槍を両手で構えて砂塵の主を待った。
特に逃げなければならない理由は無かったが、何処かの勢力、荒野を股にかける盗賊団や傭兵団であれば戦闘は避けられまいと身を固くする。
それに逃げた所で見通しの良い平原で騎馬から逃げおおせる手立てなどないのだから。
やがて、騎馬隊の姿が視認できるほどに近づいてくると、それがエッソス家の紋章と王国軍の紋章を併せ持つ旗を掲げた騎兵隊である事を認めて緊張を解く。
騎兵隊の数は五十騎。セージ達の前で行軍を止めると、先頭の甲冑に身を包み斧槍を右手に構える大男が馬上から見下ろして来た。
「北の野人ではないか。逃げたのでは無かったのだな!」
「どうでもいい。何の騒ぎだ」
大男は、ノアキア男爵の片腕の一人、騎士ガッシュだった。
ガッシュは忌々しげにセージを見下ろして言う。
「貴様が討ち取ったクベールト・ゲーリーの残党がコラキアの町に武装したまま入ったと早馬が来たのだ。傭兵というのは野盗よりも厄介だな。頭を失っても、バラバラにならん」
「俺のせいだと言いたいのか?」
「流石の俺でもそんな恥知らずな事は言わん!! だが、」身動ぎする馬の上でバランスを取りながら「協力するというのであれば歓迎するぞ、野蛮人」
「クソが。なぜ俺が貴様に協力せねばならん」
「盗賊ギルドの館を包囲しているようだ。冒険者ギルドもな。外壁を守る衛兵の士気の低さは悩みの種だが、何より貴様の家族とか言うハーピーが無事なら良いがな」
じっと睨み合うセージとガッシュ。
アニアスがそっとセージの背中に触れた。
老騎士がセージに向き直ってじっと目を見つめてくる。
苛立たしげにセージが腰の剣を左手で握りしめ、金属音を響かせた。
騎兵の一人が歩み出て馬を降り、手綱を左手に進み出て言った。
「セージ殿、そこにおわす盗賊ギルドの御令嬢は自分が警護します。お力を・・・」
貸して欲しい、とは言わず、ただじっと見つめてセージの心に委ねる。
セージがガッシュを睨み上げて言った。
「家族の安全は」
「冒険者ギルドに匿われたようだと報告が上がっている。女ばかりの集団が連れて行ったそうだ」
「そうか」
「冒険者ギルドの荒くれ者共が安全とは限らんがな。何より、コラキアの戦力に数えられる以上、傭兵共の標的になっているのは変わりない」
セージは物言わずガッシュを睨み続けた。
ガッシュの方はと言えば、その視線を真っ向から受け止めて、苛立たしげに、しかし敵意のない抑揚のない声で言う。
「馬を貸そうか」
「・・・悪いな。世話になる・・・」
強がりながらも、少し怯えるように言うセージ・ニコラーエフを見下ろして、ガッシュはやや寂しげに視線を逸らした。
「家族か。貴様ほどの男をそこまで腑抜けにさせるとはな」下馬した配下に向き直る「テネス、馬を貸してやれ。アニアス嬢達を守り、後から合流してこい」
「イエーサー」
「さっさと馬に乗れ、セージ・ニコラーエフ。腑抜けたとは言え、貴様の武力、あてにさせてもらうぞ」
大きな体躯からは想像も出来ないほど身軽に馬に跨り、セージは馬をあやしながらコラキアに向きを合わせる。
「貴様の為には戦わん。家族の為だ」
「・・・好きにしろ」
発とうとするセージに、アニアスが駆け寄る。
「セージ! あたしも、」
「後から来い。テネスは御領主直属の兵だ。頼りになる。イース達も守ってくれるだろう」
「あたしは!」
「それから、ジジイ」
キンバーデに頭だけ向けて見下ろす。
老騎士は穏やかな表情で彼を見上げた。
「何かのう?」
「貴様が騎士を名乗るなら、アニアスを必ず守れよ」
「言われるまでもないわい。お主の姫君じゃ、命をかけて守ろうぞ」
「・・・誰が俺の姫だ」
「素直じゃないのう」
「余計な勘違いはいらん。頼んだぞ」
「任せるが良い」
彼等のやり取りに、ガッシュが楽しげに横槍を入れた。
「済んだか?」
「何を笑っていやがる・・・」
「貴様がそこまで丸くなるとはな」
「やかましい・・・。さっさと行くぞ」
「ふん。一端の騎士気取りか?」配下の騎兵隊に向き直る「ノアキア第一騎兵隊! 前進!」
「「「「「おーっ!!」」」」」
セージを加えた騎兵隊は、コラキアに向けて駆け出した。




