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街道にて想い人は交差して

 朝日が眩しい。

 コラキアから北西の湖畔の城砦へと延びる街道の途中で、一台の馬車が停車していた。

 荷台の全体を覆う箱型の馬車は二頭の馬に引かれる高速馬車で、荷台の外観は半円型の黒い屋根のついた赤い囲いに囲まれた良質な作りで、両側面に窓が付いている。

 後方に小窓付き観音扉が備えられ、中には両サイドに人が腰掛ける為のクッション付きのベンチ。

 都合8人の人員を輸送する馬車で、速度を重視する為に牽引する馬も速馬ライディングホースを使用しているが、速馬は運搬用の駄馬ドラフトホースに比べて速力がある代わりに持久力がない為長距離の牽引には適さない。本来は単体で人を背に乗せるタイプの馬だ。

 盗賊ギルドが所有するアニアス専用の馬車であった。

 御者は配下の戦士、イースが務めているが、今は馬も人も休息を取っている為に馬車自体は道から外れて置かれている。

 近くの木に二体の速馬ライディングホースは繋がれ、根元の茂みの草をんでいた。

 その隣で、アニアスは、イースとヘイズの二人を伴って焚き火を囲み、拳芋とベーコンのスープで朝食を取っていた。

 童顔の優男、イースがカップにスープを注いでスプーンを投入するとアニアスに手渡す。


「どうぞ、レディ」


「ありがとうイース」


 ヘイズはと言うと、勝手に自分でスープをよそって一口食べて言った。


「しかしレディ、なんだってあの隠者に固執するんで? あんなのは制御不能な獣でしょうに」


 さも、野蛮人とでも言いたげなヘイズの物言いに、アニアスが鋭い視線で睨みつける。


「何が言いたい?」


「おっと、そんなおっかない顔しないで下さいよ。だってこりゃあ、俺達みんなが思ってる事ですぜ」


「やめなよヘイズ」


 イースが自分の分をよそって言った。


「そもそも、筋肉はあるけど小柄な君と違って、あの人は大柄で力強いでしょ」


 そんな事も分からないのかと肩をすくめる。

 ヘイズが苛立たしげに身を乗り出した。


「おい、そりゃどう言う意味だよ」


「君よりは魅力的って事」


 クスリと笑う優男。


「ふざけんなよ!? 顔だって俺の方がいいし、俺の方が色男だ!」


 自分を強調するように、右手の親指を立てて自らの顔を数回指すヘイズ。

 イースは小馬鹿にするように鼻で笑ってスープを一口、口に運んで笑った。


「顔だけじゃん」


「傷もついてねぇ!」


 さらに力強く親指で自分の顔を指す。


「傷は戦士の勲章だよ」


 呆れるように鼻で息をすると、イースはスープをスプーンでかき混ぜた。


「おい、イース。いいか、よく聞け。俺はアニアス様の為なら命だって投げ棄てる事が出来るんだぜ!」


「説得力ないねそれこそ」


「なんだと!?」


「アニアス様が、僕らのレディがミノタウルスに挑んだ時、君は後ろで震えてみてたじゃないか」


「震えてねえ!」


「アニアス様を身を呈して守ったのは誰?」


「おい、イース。いいか? あの男の方がレディに助けられたんだぞ! あいつがもっとうまくやってりゃあレディがあんな目にあうこともなかったんだ!」


「でも、助けた。その実力もある。僕らじゃあ勝てっこないって」


「そんな事ないね! 愛の力は俺の方が上だ!」


 アニアスがヘイズの言葉に顔をしかめて、スプーンをカップに放り込んだ。


「ヘイズ、いい加減にしろ。あたしの目が曇ってるって言いたいのかい」


「え、いや、そういんじゃなくて」


「じゃあ、なんだい?」


「だって・・・! あいつ逃げたんですよ!? レディが心配をよそに街道から外れてどっかに消えやがった! レディはなんだってあんなのを追いかけるんです!?」


「いい加減にしなよ」


 とうとう我慢出来なくなって、イースはカップを地面に置いてヘイズを睨みつけた。


「僕らだって、確かにアニアス様の幼馴染として育った。ぽっと出の厳つい戦士になんて負けたくないさ。でも、根本的に作りが違うんだよ、僕らとあの人じゃ」


 悔しげに膝の上で拳を握るイース。

 アニアスは何処と無く申し訳なさそうにイースを見る。

 そのアニアスの態度に、一層気分が悪くなったヘイズがイースにカップを持つ左手を突き出して言った。


「どう違うってんだよ。俺やお前の気持ちより、あの野人の方が上だって言うのかよ!?」


「体力も、武力も、気持ちだって負けてる。格上の魔物が、ミノタウルスがアニアス様に襲いかかった時、僕は咄嗟には動けなかった。でも、」言葉を切ってカップを手に取り、細切りにしたベーコンをひと掬いして視線を落とす「散々殴られて、吹き飛ばされて、それでもあの人は誰よりも早く立ち上がってミノタウルスに一撃加えたんだ。あの時、君は何してた?」


 口ごもるヘイズ。

 アニアスは一つため息を吐くと、カップを口に近付けて苛立たしげに言った。


「そのくらいにしろ、二人とも。あたしだってこんなのは一方的な片想いだって知ってる。けど、やめられないんだよ。セージは何度もあたしを助けてくれる。何の見返りも無しにだ。だから、あたしも何も見返りなんて求めない。ただ、この想いを諦めもしない・・・。これ以上、あいつの話はするな・・・!」


 そう言うアニアスの苦しそうな顔を見て、ヘイズは城砦から勝手に姿を消したセージ怒り、カップの中身をよく噛みもせずに喉に流し込んだ。

 しかしイースは、アニアスをいたわるように優しい目で見つめて言った。


「アニアス様・・・僕のレディ。貴女が素直じゃないから彼は振り向けないんですよ?」


「・・・どう言う意味だ?」


「好きな人でなきゃ、幾ら何でもミノタウルス相手に咄嗟に前になんて出れません。理屈抜きで大切なモノを守る為に牙を剥く。そんな、まるで闘犬ウォードッグのようなひとが、セージ・ニコラーエフってひとなんだと思います」


 スプーンで掬ったベーコンを口に運んで苦笑した。


「僕があの人を許せないとしたら、なんだって魔物なんかと、ハーピーなんかと暮らしてるかって事くらいですかね。どう見たって、アニアス様の事を愛してるのに、」


 バッと顔を赤くしてアニアスがイースを睨む。

 イースはそんなアニアスの視線を受け止めて言い切った。


「愛してる人がいるのに別の女と家族ごっこしてるのって、僕は許せませんけどね」


「イース・・・お前、何言って・・・」


 慌てるアニアス。

 いつだって彼女の事を蔑ろにしてきたセージが?

 あたし(アニアス)を愛してる?

 そんなはずは無い、愛してないから振り向かないんだ!

 混乱して表情をコロコロと変えるアニアスに、イースは聞こえないような声で呟いた。


「愛の形だって色々です。認めたくない、自分でも気付いてない愛だってあります。貴女(アニアス)が打算じゃなく、素直に向き合ってあげれば、イチコロだと思うんですけどね・・・」


 イースの心を他所に、アニアスは苦悶して身悶え、ヘイズは怒りのぶつけ処が無くスープをよそってはひたすら飲み込んでいた。

 やれやれ、この応援したい気持ちと邪魔立てしたい気持ちは、どこに向ければいいんだろうと、ため息を吐いて空のカップの中にスプーンを放り込むイース。

 ふと、朝食を取りながら口論していた一行からさほど離れていない平原の向こうから、聞き知った声が上がって一行はそちらに振り向いた。


『だから、知らんと言っているだろう! コラキアに入りたければ貴様一人で行け!』


『そう申されるなセージ殿! こうして出会でおうたのも何かの縁! ついでにワシの探し物も手伝ってくれ』


『何を探しているかも忘れたような物を探せるか! 一人でやれ!!』


 黒い毛皮鎧ファアーマーの戦士と鋼の胴当て(ボディアーマー)の老騎士という珍妙な組み合わせ。

 今まさに街道に戻った黒い毛皮鎧の戦士の後ろ姿を見て、アニアスは咄嗟に立ち上がって駆け出していた。


「「ちょ、うわっ、レディ!?」」


 イースとヘイズが呆気にとられながらも腰を半分浮かせる。

 全力疾走して、アニアスは両脚で力強く跳躍して、


「こんのっ、おまっ! えはっ!!」


 水平に飛翔すると両脚を綺麗に並列に折り畳んで空中で身を翻して、


「んん?」

「一体全体どこをほっつき歩いていたんだ!!!」


 黒い毛皮鎧ファアーマーの男の腰に、ドロップキックを直撃させた。


「うお!?」


 ドロップキックの直撃を食らってバランスを崩し、前のめりに数歩よろめくセージ・ニコラーエフ。

 アニアスは綺麗にその場に着地するや、左手を腰に、右手の人差し指を立ててセージを指差して言った。


「今度こそ逃がさんからな! このっ、犯罪者め!!」






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